「博士と私」①(前編)

  
  「博士と私」

  
   作・とうばんぜんじ

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  これが、ずっと未来の話か、ずっと昔の話なのか
  それはさっぱりとわからん。
 
  明日のことかもしれないし、昨日のことかもしれない

  それが、どんな場所で起きた事なのか
  どんな国で、どんな村で起きたのかもわからないことにしておこう。

  しかし、そんなことはやはりどうでもいいことなのかもしれないからじゃ。

  わしの館にその娘が来たのは
  ずっと昔から決められたことかもしれないからじゃ

  そう、その夜。

  気の遠くなるほど大昔に、
  丘の上で磔にされた聖者
  その誕生日を祝う聖なる祭りが
  今年も始まろうかとする夜に…

  その娘は、今にも死にそうな黒い子猫を抱いてわしの部屋の扉をたたいた。

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  「私は、呆れてるのよ!」

  「何が、世界屈指の名医よ!
   なにが天才科学者よ!」

  「この鉄屑ばかりのゴミの山は何?
   どこで拾い集めてきたのかわからない廃品だらけ
   スクラップ置き場?」

  「町中の医者が、クリスマスだからって
   お金が無いから猫の具合なんか診てられないって
   そんなふざけた話があるの!」

  「こんな寒い夜に、あたしのクーは今にも死にそうなのに!」

  「それになによ、なにが『地雷に注意』よ!
   『野犬に注意』『原因不明の伝染病に注意』よ!
   こうやって、ちゃんと着てやったわよ!
   そんなくだらない、脅しに乗るもんですか!」

  「だいいち、なによ!」

  「なんだって、わたしは、こうもついてないの!
   もう、3日もなんも食べてない。
   なんであたしだけ、こんなについてないのよ!

   あたしがなにか悪い事をしたっていうの?

   ふざけないでよ、あたしは…

   あたしは…

   ただ、毎日、みんなの言うとおりにまじめにおとなしく
   みんなの機嫌伺いながら、一生懸命生きてきたのに

   なんで、仕事もクビになるの?

   なんで、クーは死にそうなの?

   なんでよ、なんでよ!

   どうしてよ!」

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   それが儂を見るなり、最初にその娘が叫んだ言葉だった。
   
   儂はといえば、一人寂しく、ロボット達にケーキを作らせて、
   マフラーを編ませとった最中だったから、
   
   まあ、つまりは暇だったんじゃが…、突然の来客に驚いた。

   まあ、目の前に全身雨と泥水だらけのその子を見たらのう、
   なんとも言えぬ、気持ちになってな。

   まあ、この物語が始まったというわけなんじゃ。

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   物語というもんは、みんな“エピソード”の集積じゃ。

   つまり儂とクラリスが出会えたからこの物語は始まったのじゃ

    しかし、人生とは不思議なもんじゃ

   昨日までかたくなに思っていたことも
   今日になればまた違った角度で見ることが出来る。
   いかに小さな事で自分に壁を作っていたかに呆れる。

   たったひとつの出会いで
   人は大きく変われるものじゃ

   人が孤独にならないですむ唯一の手段は
   やはり人のために自分がなにかを出来た時なのかもしれぬ

   いや、なにかをしようとした時から
   人は変わり始められるのかも知れぬ。

   そう、目の前で、雨に濡れながら
   涙だか鼻水だかぐちゃぐちゃな顔して
   凍えるようにぶっ倒れるその子を見たら
   儂の孤独なんぞ、あまりにもちっぽけなものだと思ってな

   儂は、数年ぶりに重く大きな鉄の扉を開いて
   人を儂の部屋に招き入れたのじゃ。

   といっても、担ぎ込んだというのが正確な表現か…
   すでに、精魂果てて、ドアの前でぶっ倒れおったからな

   この雨の中、ほっぽっとくわけにもいくまい。

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   気がついてみると、そこはとんでもない部屋だった。

   学校の体育館くらいの広さだろうか、倉庫なのかもしれない
   そこに並んでいるのは、実に奇妙な、複雑な…。
   いえ、奇っ怪な機械たちばかりだった。

   自動販売機と洗濯機と大型ミキサーが合体したような洗濯機には、
   自動販売機の缶ジュースの代わりに洗剤が数種類はいってたけど、
   そのそばの床にはぼろ雑巾みたいな洋服やシャツや靴下が散乱していた。
   多分、この服たちは、この謎の機械の被害者たちなのだろう。

   冷蔵庫とオーブン電子レンジと炊飯器とパソコンが合体したような機械は
   何か料理が失敗したようなへんな匂いの煙が出ていた。

   ゲームセンターから盗んできたような古いピンボールのゲームマシンには
   なんと、神棚と振り子つきの鳩時計までついてるけど、
   はたして御利益あるのだろうか?(ひやあせ)

   修理中だか、改造中だかわからない巨大なオープンカーも
   巨大なエンジンがはみ出てる。

   傘型のハロゲンランプは差していたらあったかそうだが、
   どうみても火傷しそうだ。
   
   バッテリーは無いみたいだけど、コードがついてる。
   これでどうやって道を歩くんだろうか?

   腕時計型の謎の機械類は、どう見ても子供のおもちゃにしか見えない。
   銀製のペンダント型のアクセサリーをガシャコンガシャコン作ってる機械も
  動いてるがそこから吐き出されてるのは、子ブタのフィギュアにしか
   みえない。
   
   どうみてもかわいくない。
   なんか、竪琴を抱えているが、乞食みたいなかっこしてる。

  「なんじゃ、ブータンのペンダントが欲しいのか?」
   後ろから声がした。白衣を着た、ひげもじゃと寝癖頭。
   奇怪なこの館の主が不気味に笑っていた。

  「ブータン?なにそれ」(睨み返すことしか出来なかった。)
  「知らんのか?吟遊詩人の子豚じゃ、夢に出てきた聖者じゃろうが!」
  「…。」(酔ってるのか、このジジイは!と思った。)

  「ブータンは、ホーリーフールじゃ。
   “聖なる愚者”じゃ。
   わが身を削り、とんこつスープになってまで
   人びとの笑顔になろうとする。」

  「知るか!!あんたの夢なんか、あたしが知る訳ないだろう!」

  「ふん。儂の夢ではない。」
  「じゃあ、誰の夢だって言うのよ!」

  「おまえさんの夢じゃよ。」
  「はああ?」
  「儂の館に、人が訪れたのは数年ぶりじゃからな、
   ちょいといろいろ調べさせてもらった。」

  『クラリス・エンデ・フィールズ。19歳
   幼いころに両親を事故で無くして以来
   飼っていた子猫だけが友人の天蓋孤独な身の上』
  
  「バスト82、ウエスト65、ひっぷは85、なかなか悪くないのう」
   デヘへへ…

  「あたしがねてるあいだになにをしたあああ!」
   ガッシャアアアン!
  
  「うわああ!わしの、高級エスプレッソ抽出マシンがああ!」
  「カフェイン増量装置があ、茶柱発生装置があ!」

  「コーヒーに“ちゃばしら”なんか、あるかボケ!」

  「うう、なんてことするんじゃあああ!」

  「そりゃあ、こっちのせりふだ、訴えてやる!」

  「訴えるも何も、誰もこんな場所には来れやせぬわ♪
    この儂の館は一般世界から隔絶されとる
    次元が違う“聖地”じゃからのう」
   
   「どういう意味よ!?」
  (あたしは腹が立った。)

   「こうして私が来れたじゃないの、確かに町中の人から
   嫌われていたのは知ってたけど、博士は有名人よ。
   まあ、ここまで、変な人だとは知らなかったけど」

  「町では、儂のことをまだ忘れてはおらんのか?」

  「だれもが、この山にには近づかないようにって、噂してるわよ、
   世界一のお医者さんか、発明家だったけど、戦争で頭を怪我して以来
   こんな山奥でなにやら怪しい研究や、人殺しの実験してるって!」

  「山にはたくさんの罠や地雷があるから、入ることは自殺行為だし、
   原因はわからないけど磁場が乱れてヘリコプターでさえ
   上空を飛べないって…」

  「そうじゃ、だが、そんな恐ろしい場所に
   おぬしは来たんじゃのう、なぜじゃ?」

  「ああ!」

  「クーは、あたしのクーはどうなったの?」

  「今ごろ、あの電子レンジの中で美味そうなシチューのダシに
   なっとるわい!」
  
  「きゃあああああああああっ!」

  「クー!!!!」
   
   そしてあたしはあの機械に駆け寄った、そして、怪しげな煙を吐き出してる
   冷蔵庫と、炊飯器と、オーブンレンジの合体した奇怪な機械の前で
   気絶しそうになった。

   レンジの中に、クーが、回ってる。

  そして、おもいっきりレンジの扉を開けた。

  ビーッ!ガガガガガガガ…。
  ぷすん。ぷすん。ぷすん。

  驚いたことに、レンジの中には、七面鳥の丸焼きが回ってるだけだった
  あまりの長時間焼きつづけていた性なのか、真っ黒焦げになっていた。

  「ふう、やっと、機械が止まってくれた。
   超小型常温核融合自動発電装置が、さっき暴走してな、
   止まらなかったんじゃ」(あたまを掻きながら)

  「礼を言いたいところじゃが、
   これじゃあ、せっかくのパーティーの主役がだいなしじゃなあ」
  (悲しそうな顔)

  「クーはどこなのよ!」
  「ああ、奥のコタツの中で寝取る、
   もうだいぶ、元気になったはずじゃ。
   さっきは、猫舌のくせに、HOTミルクを美味そうになめとった」

  「クー!」
  「ニャアアアゴ。」

   コタツの中からクーが出てきた。
  
  「クーは助かったの?博士が助けてくれたの?」
   あたしはうれしくなって、クーを抱き上げた。

  「ただの栄養失調じゃよ。
   糞づまりで食欲がでなかったのじゃろう。
   腸の中に消しゴムがはいっとった。」

  「よっぽど、ひもじかったんじゃろう。
   ブタの消しゴムなんか食っちまうんじゃからのう」

  「ああ、この消しゴム探してたやつだ。」

  「どっか、ブータンに似とるじゃろう」
  「うん」

   博士は、不思議な人だった。
   いたずら好きで、うそつきで、Hだけど…。

  すこしやさしそうな顔を見せるときがある。
  そんな時、多分、博士は私とクーをそんな顔で見つめてたんだと思う。

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   クーは私のひざの上でいつもどおり寝ている穏やかな寝顔で…
  安心した私は、急にさっきの事を思い出した。ブタの消しゴム。
  奇妙なブタのペンダント。

  あいかわらず、横で動いてる珍妙な機械は
  ガシャコンガシャコンと機械は大量に、
  「ブータン」とやらのあまりかわいくない子ブタのペンダントを作っている。

   その調整をしてるのか、博士はあーでもない、こーでもないと
   パソコンのモニターをみながら、キーボードを操作している。
   その表情は困ってるようでもあり、楽しんでるようでもある。

  「博士、いったい、
   こんなセンスの無いペンダントたくさん作ってどうするの?」

  「ははは、頼みがあるんじゃが、
   またこいつも暴走しまってるみたいなんでな、
   ちょいとデータ取り直さんのならんのじゃ。
   
   もいっかい、寝てくれんか。
   
   こっちの機械は、大型の融合炉と直結してるから無理やり止めると、
   メルトダウンしてしまって、地球に大穴が空いちまうんじゃ」

  「め、メルトダウンって、これも原子力で動いてるの!?」
  「わしは、中途半端な装置は作らんのじゃ、ははは」


  「ハハハ、じゃないでしょ!どうすればいいのよ!」
  
  「とりあえず、こいつを頭にセットして寝てくれ」
  
  またもや、博士は奇怪な装置を持ち出して来た。
  なんか薄型のヘルメットだ。ヘッドフォンとゴーグルもついてる。
  そして、ソファーベッドを引っ張り出しt来た。

  「いやよ、こんな場所で寝られるわけ無いでしょ!
   それに、また,Hな事されるかもしれないし、冗談じゃないわ!」

  「しかし、なあ、この純銀は50tはあるんだぞ、
   ぜんぶ失敗作のブータンペンダントになってしまうのは仕方ないとしても
その銀が底を尽きたら、メルトダウンは必至じゃなあ」

  「おだやかな、顔して恐ろしい事いうなあ!」(T.T)

  「もとはといえば、おぬしの夢に出てきた願望がこのブータンなのじゃ、
   おぬしにも責任がある。ブータンの存在力の係数値がプログラムに情報を
   おくってしまい製造個数にトンでも無い数値が書き込まれたようなんじゃ」

  「意味不明よ!もっとわかりやすく説明してよ」

  「つまりだ、この装置は、人の夢や願望を立体造形化して、3D表示して
   それを純銀製のアクセサリーを作る機械なんじゃよ。
   儂は、おぬしにクリスマスプレゼントをしたくなってな
   おぬしが一番喜ぶデザインのペンダントを作ろうと思ったのじゃ。」

  「だから、さっきこの、“夢の中解読記憶VIDEO装置”を
   気を失って寝とったおぬしの頭にセットしたんじゃ」

  「入力は順調じゃった。おぬしが夢の中でしたさまざまな冒険は
   一言では表せぬくらい、シュールで、
   幻惑的で、過激で、不可思議なものだった。
   しかしその物語の中心にいたのが、聖者ブータンだったのじゃ。」

  「そのブータンが上手く3D表現できれば、このマシンはただひとつだけ
   素敵なブータンの勇姿を造形しあげて、すばらしいペンダントを
   作り出すはずだったのじゃ。」

   「しかし、どうやら、機械は満足しないらしい。
    失敗したときは2個目を、2個目が失敗したら3個目を作るプログラムに
自ら書き直した様なんじゃ…。

    まったく困った話じゃ。まあ、つまるところデータ不足の様なんじゃ。」

  「そんなこと言ったって、あたしはブータンなんか知らないよ!」
  
  「人は、自らの本心を知ることは少ないものじゃ、ましてや、
   その願望がわかったとしても、その願望を達成しようと努力しながら
   生きることも難しい生き物じゃ。

   だからこそ、ペンダントに変えた夢をペンダントにして持ち歩けば、
   日々、自分の夢と会話しながら忘れずに生きていけるじゃろう。」

  「…。」
  「「ブータン」っていうの?この乞食みたいなデブな子豚。
   それが私の夢なの?願望なの?」

  「ああ、すばらしい夢じゃ。
  ビデオを見せると危険じゃから見せることは出来ぬが」
  「どうして危険なの?」
  
  「夢は“主観”の“癒し”の作業じゃ、
   それも脳、魂が、自らの心の平安を保つために行う
  “聖なる作業”と言って良い。
   そこに“客観性”が入ってしまうと、精神はバランスを崩す。
   あくまでも心は主観で肉体を動かすようにしなければ、
   人は何も出来なくなってしまうのじゃ」

  「頭痛くなってきた」
  「わしの発明に、茶々をつけるのか!
   儂の発明品に副作用なんかあるわけないぞ!!」
  
  「説明の意味が訳わからないって言ってるのよ!」
  「ハハハハハッ、そうか、しかたないのう。」
  「どっちがじゃ!」

  「これを飲め、時間が無い!」

   「何よ、これ?」
   
  「仕方ないからのう、この半睡眠薬を飲んでくれ!
   まあ、麻酔みたいなもんじゃ、覚醒したくなったら
   自らの意識を働かせればいつでも覚醒できる。
   
   儂は、夢の中でおぬしが危険な目にあわないように協力する。」

  「危険って?なにが危険なの?」
  
  「先ほどの夢の中で、聖者ブータンは、多くの魔物たちに囲まれ
   最悪のピンチだったんじゃ、もしそのシーンになったら
   ブータンに力を貸すものが現れなければ
   ブータンは魔物の餌になってしまうじゃろうからなあ」

  「勝手に夢に進入するのはまずいんじゃないの?」
 
  「いや、夢で、心を癒すのは己自身であるべきじゃが、
   それが“悪夢”であるなら癒すのに協力する者がいるのは…。
   悪くない話じゃ」(ウインク)

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  そして、わたしは、奇妙なバナナ味のジュースを飲み始めた。

  はたして本当にブータンの夢なんか見れるのだろか(ひやあせ)


(後編につづく)




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