炬燵蜜柑倶楽部。

2005/08/27(土)07:48

わるつ(18)第四章その5

NK関係(202)

「昔よく、港や浜で会ったよね」 「そーだったよな」  港と言っても、横浜やそこらの小綺麗なものを思い浮かべてはいけない。  潮の香り、というよりは、打ち上げられた魚のにおいが染み着いているところである。乾いた貝殻がコンクリートの上にうず高く盛られている。時には鳥が落としたのではないかと思われるような小さな魚が、乾いて死んでいる。  そういう土地の、浜辺にテトラポットがたくさん置いてあるような所。大きな船ではなく、小さな漁船が群をなしているような所だ。沿いの道路には、未だに土曜日の夜になると暴走族が走り回っている。  俺達の郷里は、そういうところだった。 「ああいう所は好きだったのよ。ほら、空とか、ここよっか、ずっと綺麗じゃない。星も見えるし」 「蚊とかも多かったけどな」 「そーよ。だって同僚の子なんて、蚊柱知らないのよ?」 「げっ!街育ちってそんなものかね」 「そういうもんでしょ」  夏の夜。蚊に食われながら、それでも浜辺の、あまり族の方々の来そうにない、砂混じりの板張りの床の小屋でよく二人で会った。ぽりぽりと太股を引っかきながらの逢い引きなんぞムードもへったくれもなかったが、それでも楽しかった。  だけど、それだけだった。  それだけで全て、満足できたなら、お互いそのまま楽しく何年か過ごして、あの土地で不自然なこともなく結婚して、もしかしたら今の年には、子供の一人二人いてもおかしくなかったかもしれない。実際、時々来る郷里の友人からの電話には、そういった話も出るのだ。  だけどそうはいかなかった。俺はドラムが叩きたかったし、彼女はそこだけで完結しない、広い世界を見たくなった。  そして郷里の友達からしてみれば、きっと俺達はまだ子供の延長をしているのだろう。いい大人が何をしているのか、と言われるだろう。  だけどそれは決して間違った選択ではないと思うのだ。 「…ところで聞いてもいい?」 「はい」 「どういう子なの?」 「…聞きたいの?」 「そりゃそうだよ」  まあそうかもしれない。彼女にはその権利はあるだろう。 「…驚かない?」 「驚くような人なの?」  うーん、と俺は麦茶の残りを飲み干した。 「猫みたいな奴なんだ」 「まあ確かにあんた猫は好きだもんね。ノエちゃんもそうだったし」 「小柄で、華奢で、目が大きい」 「最近にしては珍しいよね。だいたいいつもある程度の起伏があった方が最近は好きだったくせに。それでもさらに大きくしようなんてあたしには言ったくせにさ」 「…黙りなさい。年は下。…六つ下、かな?」 「高校生?」  彼女は軽く眉をひそめる。俺はうなづく。 「…もしかしてオズ、…それって、まさか、…」 「え」 「あの子?こないだ駅前で」 「あーっ!」  俺は頭を抱える。 「…そーなんでしょ」 「…言うなーっ!」 「ああそうなんだあ。…ほー…まあ確かに驚くわよねえ」  俺はばたばたばたと手を振り回す。こうまで照れることはないのじゃないか、と思いつつも、そうせずには居られない。耳まで真っ赤なのは、耳たぶから感じられる熱で丸判りだ。 「まあ確かに可愛いけどさあ。あんたの趣味も変わったわね。『だから』手を出せない?」 「…という訳でもない」  何せ周囲が周囲だ。ケンショーという実に好みに性別を超越するいい例を俺は知っている。何をどうするのかも知らない訳でもない。  紗里も一応顔馴染みなので奴の傾向も知っていた。 「じゃあ何オズくん?女の子には手が結構早かったくせに」  困った。  さすがに困った。紗里に訊ねられれば答えなくてはならないのは判っていても、答えられることと答えられないことがあるのだ。 「何が引っかかっているっていうの?その、誰でもいいってところ?」 「まーね…」 「そのへんが、引っかかってる?」 「…のかもしれない」  少なくとも奴は、嫌いでなければ、誰とでも寝られるのだ。それを考えた時、俺は妙に胸が痛んだ。見ていられなくなる。 「…たぶん俺は、『特別』になりたいんだ」 「『特別』ね」  紗里はうんうん、とうなづく。 「その上でそういうことになったとしたなら、いいんだけど、…そうでないとすれば、所詮俺も、あいつを引っかけてたあの駅前の連中と同じかなって…思ってしまうんだ」 「真面目ね。ま、そういうとこは好きだけどさ」  紗里はふっとため息をついて、俺の頭を抱え込んで頬に軽くキスをする。 「そう言ってくれる?」 「まーね。だってさ、あんた手が早いって言われてたちょっと前も、そん時はそん時で熱心だったじゃない…そりゃ高校の頃とは違うけどさ」  そうなのだ。「今の」問題はそこにもある。  何と言っても、奴は同じバンドのメンバーなのだ。 「ケンショーさんは、どおだったの?やっぱりメンバーに恋人が居た訳でしょ?」 「めぐみが居た頃?…でもケンショーと俺って、そもそも好きになるポイントが違うだろ?奴はそもそも声に惚れるんだし」 「じゃあんたは、何処に惚れたの?」 「…」  彼女は呆れたように肩をすくめた。 「また黙る。その点だけははっきりさせた方がいいわよ。何となく、なら、何となくなりに」 「…はいはい。進展があったらまたご報告するよ。ところで紗里、お前はそういう相手ないの?」  矛先が自分に向けられるとは思っていなかったらしい。彼女はぶ、と麦茶を吹き出しそうになった。 「…いきなり何聞くのよ」 「あ、お前もそういうの、あるんだ」 「…悪かったわね…上手くいったら紹介するから、黙って見てなさい!」  了解、と俺は手を上げた。 

続きを読む

このブログでよく読まれている記事

もっと見る

総合記事ランキング

もっと見る