炬燵蜜柑倶楽部。

2007/11/04(日)14:31

うつほに吹く風 第二部(104)第九章その7

時代?もの2(248)

「まあお兄様」  仲忠が来ると知るや、梨壺の君は席を設けさせ、早く早くと女房達を軽く促した。女房達もこの「異母兄君」を嬉しく誇らしく思っていたので、いそいそと準備をする。  梨壺の君は嬉しそうに微笑んだ。 「毎日参殿はしていたのだけど、なかなか抜け出せなくて、悪かったね」 「そんな。帝の御前ですもの。仕方ありませんわ。ですからこちらからも消息は控えておりましたの。お体は如何ですの?」 「ありがとう、大丈夫。ところで、身体と言えば、あなたこそ」 「私ですか?」  彼女は首を傾げる。 「水くさいな。こういうことは真っ先に言ってくれても良かったのに」 「…あら、どういうことでしょう」 「僕や父上にはすぐにでも伝えてくれていいことがあったでしょ」 「あ…」  梨壺の君も女房達も、顔を見合わせる。 「おめでたいことだよ。もう藤壺の御方ばかりで、妃は誰も要らないんじゃないか、と口さの無い連中が噂していた中だもの。あなたがやはり東宮さまからそうやってご寵愛を受けていたことはやっぱり嬉しいし、何より僕等にとっても名誉なことだもの」 「お兄様、そうはおっしゃいますが、私の身にもなって下さいな。胸はむかつく身体は怠い、私からすれば何もおめでたいことは無いですわ」  仲忠はごめんごめん、と笑った。女一宮も懐妊中は気分が良くなかったことを思い出したのだろう。  「それで、いつ頃からですか? その」 「相撲の節会の頃からちょっと暑気あたりかな、と思う様な気分だったので、その頃じゃないかと…」 「七月から… もう師走じゃないの。ずいぶんと隠してたね。父上は知っているの?」 「父上に私が会う機会があると思いますの? お兄様」 「あー…」  仲忠はぴしゃ、と額を叩く。 「でもお兄様、どうしてお知りになったのですか?」 「実は五宮が」 「あの方が」  梨壺の君は眉をひそめる。 「あの方は前々から私に言い寄って来ていたのです。私に東宮さまの訪れが無いから、と。自分だけは私のことを大事に思う、などと甘い言葉をつらつらと並べたのにまあ。信じられない方!」 「何か言われたのですか?」 「普段『私だけはあなたのことを大事に思っています』とかおっしゃってました。けどさすがに最近は音沙汰が無くて気楽なものです。私が身籠もったということで、どうでもよくなったのでしょう」  あはは、と仲忠は笑う。 「五宮は聡明な東宮の弟君だと言うのに、どうも落ち着かないひとだな。あのひとは世間から色好みだ色好みだと騒がれて、自分勝手に振る舞い、帝に対しても控えめにすること無く、何でもかんでも皆奏上してしまう方だ。あなたも気を付けて」 「はい」 「宮中は皆良くない心持ちの者ばかりだ。特に多くの妃やその周囲の女房といった者達の心無い噂などは流してしまえばいい」 「皆悪い方という訳では無いのですよ、お兄様。何と言うか… 太政大臣の方のすることが、何かと皆の評判まで落としてしまうのです」 「…そう言えば、嵯峨院まの女四宮の所へは最近東宮さまもお通いにならないということだけど」 「…あの… 何と言うか」  梨壺はやや言いにくそうに。 「ちょっとこの春、あの方のところで少々いざござがありまして。東宮さまの御衣が破られてしまって…」 「…女四宮がですか?」  仲忠は思わず目をむく。 「ええ… まあ私も伝え聞いているばかりですが。それに、あちこち東宮さまのお体を引っかいたり傷を作ったりなさったということで…」 「それは… ちょっと…」  同じ男として状況を想像してみたらしい。仲忠の表情も微妙なものになる。 「でも、だからと言っていつまでもこのままでは居ないでしょう。前はあの方が一番ご寵愛されていましたし。東宮さまは私を召した時にでも、『女四宮を可哀想だとは思うのだが、さすがに今は…』と仰せになりますし」 「…もしかして、男として大切な所を傷つけられたのかな。そうだったら大変大変」 「まあ! お兄様!」 「それじゃあますますお嫌いになってしまうかもね」 「嫌なかた!」  ふん、と梨壺の君はそっぽを向く。さすがに彼女も東宮の妻の一人であるが故、意味はすぐに理解できたのだろう。 「それでは僕はそろそろ」 「もうお帰りですの?」 「うん。さすがにね。二、三日後にまた来るね」 「お待ちしてますわ、お兄様」  そう言って仲忠は宮中を退出した。  三条殿に戻り、仲忠は女一宮の居る筈の所へ向かうが、昼間の御座所にも寝所の中に見当たらなかった。  不思議なことだ、と彼は女房の中務の君に問いかけた。 「宮はどうしたの? 何処かに行ったの?」 「ああ大将さま。ほほほ、今日はお髪を洗う日ですので、西の対に」

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