スワップド列島(8)A面1 ともかくここから(7)
歩いても歩いても、何処にもたどり着かない。ふくらはぎがぱんぱんに腫れている気がする。足の裏が痛い。くるぶしも。 水の音が聞こえ出してから数時間で、絵梨井はとうとう座り込んでしまった。「もうやだ」 靴を脱いで、膝を抱える彼女の前に、寛二はしゃがみこむ。「じゃ、戻るか?」「……」 足を揉みながら彼女は考える。 ここまで来て、戻るのは嫌だった。だけどこれほど先が見えない道を行くことなど、今までなかった。 彼は絵梨井の隣に座ると、ぽんぽんと頭を叩いた。「何よ」「いや、何となく」 何でそんなに落ち着いてるの。彼女にとって、この幼馴染は謎だった。「あんた怖くないの? この先本当にトンネルが通れるのとか……」「正直言えば、わからん」「……何それ」「俺等結構長く歩いているはずなんだけど、人気が本当に感じられないんだよな」「電気が消えてるくらいだから」「や、だけど作業員は居るはずだろ?」 ああ。可能性の一つにぶつかる。「会えれば現状も聞けるか、とも思ったんだけど」 絵梨井は黙ってバッグからキャラメルを出して口に放り込んだ。「それに、だいたいこの辺りと思っていたものが無い」「無い?」「トンネルは一本じゃなくて、別の坑道もあるんだ」 何を言ってるんだ、と彼女は思う。ともかくこの幼馴染は一緒に行動しだしてから判らないところがどんどん増えてくる。 もともと本好きだということは知っていたが、普通に遊んだり、中学は運動部だったし、周りの男子達と変わらないよなあ、と思っていた。 だけど現在進行中の出来事で、彼がどうもその枠の中には入りきらないことに今更のように気付いてしまった。「だから」 少し苛立った声を上げてしまう。「何かこの先に悪いことが待ってるっていうの?!」「そんな気がしてる」「そうなの!?」「電気が落とされてるって言ったって、危険防止のためのくらいはあるはずなんだ。……となると、そのシステム自体が落ちてる可能性が高い」「……この先が、壊れているとか」 ああ、上手く言い表せない。もどかしかった。そもそも絵梨井はトンネルの仕組みを知らない。彼等がやってきたのは飛行機だ。帰りもその予定だった。「たぶん」「平気でいうんだ!」「怒るなよ」「だって」 怒るというか。何か苛々する。ともかく水を飲もう、と彼女は思う。腹が減っているのかもしれない。またバッグを探る。そんな彼女を寛二は黙ってみている。 ―――いや、そうじゃない。「何を」 しっ、と音を立てた。「聞こえる」「え」「……今度はあっちから」 今度は。水がこれから行くほう。だとしたら―――「あ」 光が。 そして、エンジン音が。「バイク?!」「走れるの?」「……」 寛二は黙った。じっと次第に近づいてくる光を待っているかの様だった。何が来るのか。どうしたらいいのか。 だから、自分達の目の前に止まったバイクの主がこう言った時には心臓が止まる思いだった。「……止まっていて良かった。そのまま行ったら、お前等生きて戻れるか判らなかったぞ」 男の声だった。腹の底から響かせることを知っている様な、野太い。「判らない?」「その先は、無いぞ」 な、と二人して声を揃えてしまった。「向こうは、埋まっているか、切れているか…… しっかりこっちも調べた訳じゃないが、ともかく『ずれている』」「……ずれて?」「地震で?」「いや、そういうことじゃない。ともかく、ここに居ても仕方ない。戻れ」「命令しないで!」 絵梨井は叫んだ。わんわん、とトンネルの中、絞り出したような声が響いた。「って言うか、あんた誰? 何でここにバイクで来れるの? あたし達がここに居るってこと知ってんの?」「おい絵梨井」「あんたもあんただ! 何でそんなへーぜんとしてるの!」「俺は」「悪いがこっちは公務員なんだよ」 さくっ、と男は二人の会話に切り込んでくる。「公務員?」 停められたバイクと、二人の間に入り込んできたその姿は。「……自衛隊のひと」 だった。宮田製菓キャラメル アウトレット選べるキャラメルセット(4袋)