◆映画『蝉しぐれ』
原作藤沢周平。幼なじみで互いに淡い恋心を抱いていた少年と少女。少年は義にかたく、剣の道に精進していたが、父が藩内のお家騒動にまきこまれて刑死。冷たい世間の目にさらされつつ、村廻りの役人として地道に生きている。少年との仲を裂かれた少女は、江戸の上屋敷に奉公して殿のお手付きとなり、若君を生む。あまりにもかけはなれてしまった二人の生き方だったが、かつて少年の父をまきこんだお家騒動が、再び今度は殿の側女となった少女を狙い、やむをえず少年はまきこまれる。非常事態の中で再開した二人は、互いの気持ちを確かめるが、再び二人の道は分かれる。そしてそれぞれ家庭を持ち、子供を育て上げた身となって再会した二人。幼い日の思いと、今も抱き続ける思いを確認するが、やはり二人の道は重ならない。「いくらくやんでもくやみきれない一生の後悔」と告げるかつての少年は、黒塗りの豪奢な駕籠の格子戸に指をからめ、静かに涙を流し続けるかつての少女を見送る。主演、市川染五郎&木村佳乃。
見る前は、男の人が抱きがちな浪漫だよなあ、と思ってあまり乗り気ではなかったのだが、拍子抜けするほどすんなり受け入れられて、じーんときた。映像の力だ。ひたすら苦しい半農の下級武士の生活。田舎道を横切る蛇。少年が毎朝顔を洗い、少女が洗濯をする小川。盛夏の蝉時雨と冬の深い雪。アマガエル。さりげない映像がとてもきれいだった。木村佳乃、和服似合うぞ。主人公市川染五郎の親友を演じた今田耕治とふかわりょうがかなり印象的で、しかもいい味を出していた。