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2008年07月22日
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こんな映画を観た。

内容に触れます!未見の方はスルーして下さい。



公開後数日を経て、

ネットでの感想もいろいろと出てきた「崖の上のポニョ」。

大体いくつかのパターンに分かれてます。


その1 手書きのアニメーションがすごい

その2 またしても急に終わる

その3 なんか変な感じ


面白いけど、期待していたものとは違う・・・・

というのが大方の感想のようです。


ここで師範代的な妄想映画分析をやってしまうと

「ポニョ」は、相当に怖い映画だと思う。

なぜなら、この映画はたくさんの「死」を描いているからです。

死人が出るシーンがある訳ではないのですが、

映画全体に「死」のイメージが何度も提示されます。


ポニョを見つけた宗介が無邪気に瓶を割るシーン

ぐったりとしたバケツの中のポニョ

ケアセンターの車椅子の老人たち

大水害で水に浸かる町

ポニョがぐったりとなる謎のトンネル

乗り捨てられたリサの車

竜宮城のごとき水の中のケアセンター


どのシーンにも、直接的ではありませんが

「死」が近くにあることを想起させます。

こういう点は、大人より子供の方が敏感に

感じ取っているのではないでしょうか?


そして、宗介のために魔法を使いまくり

世界を崩壊させたポニョが

唯一、他者への思いやりをみせる赤ちゃんのシーンが、

上記の「死」に対応するシーンとして

ラスト近くに唐突に登場してきます。

ちなみにこのちょっとへんなシーンが、

宮崎駿にとって、最も重要なシーンだと思われます。

「死」に対峙する「未来」「生命」「希望」を

描いたのではないでしょうか?

赤ちゃんの母親の声には、

「千と千尋の神隠し」で千尋を演じた

柊留美がキャスティングされているのも象徴的です。


ここ何年かの宮崎映画は、ハリウッド的(ディスニー的?)な

据わりのいいエンディングを用意しません。

「もののけ姫」しかり、「千と千尋」しかり

「ハウルの動く城」に至っては、

ものすごく唐突に戦争を終結させたりします。

この終わり方こそが、宮崎らしさであり

観客に対して「問い」を発したまま終わるという

制作者としてある意味良心的な作風であるとも言えます。

こういう作り方は実写映画では珍しくないのですが

アニメというジャンルでやった人は少なかったので

終わり方に馴染めない人が多いのかもしれません。

映画は、「世界」は死ぬ!さぁ、おまえはどうする?

という根源的な問いを観客に発して終わります。


宮崎駿はもう死ぬんじゃないかと思う。

いや、自殺するとかそういうことではなくて

表現者として死を覚悟していないと

こういう映画は作らないと思う。

黒澤明が「まあだだよ」で到達した境地に

宮崎も立っているのではないだろうか?


問題は、なぜ宮崎が「死」を語る境地に達したかだが、

師範代的見解は、

息子・宮崎吾郎が「ゲド戦記」を作ったこととに

大いに関係あると思う。

「ポニョ」と「ゲド戦記」はコインの裏表なのだ。

台詞と論理で「世界」と「命」を描こうとした吾郎に対して

動きと感覚で「世界」と「死」を描いてみせた駿。

このあたりを分析しだすと、長くなるので

続きは、また別の日にでも・・・・・・・


ちなみに、世間の皆さん言うほど

『ゲド戦記』を嫌いにはなれない師範代です。

「ポニョ」を観た後は、余計あの映画がわかる気がします。


師範代的な「ポニョ」の位置づけは

星飛雄馬の前に立ちはだかった中日コーチとなった星一徹です。

(これ、わかる人にはわかるよね?)

これは壮絶かつ麗しい親子の姿ではないか?

親父の覚悟を見せつけられた宮崎吾郎は

果たして「大リーグボール3号」を生み出せるだろうか?


http://www.ghibli.jp/ponyo/


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最終更新日  2008年07月22日 23時30分43秒

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