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崔泳美『三十、宴(うたげ)は終わった』
○朝日新聞 2005年12月7日 韓流、詩集にも来るか 韓国で公称100万部のベストセラー 韓国で公称100万部というベストセラー詩集『三十、宴(うたげ)は終わった』を中心とした選詩集が、この秋、日本でも刊行された。著者の崔泳美(チェヨンミ)さん(61年生まれ)は、学生運動に挫折してからの魂の遍歴を率直な性表現もまじえながら都会的な感覚で表現し、韓国で圧倒的な共感を得ている。ところが邦訳は初版700部。現代詩が敬遠され、詩集があまり売れない日本との温度差を浮き彫りにする一冊でもある。(白石明彦) 崔さんの第1詩集『三十、宴は終わった』は94年に出版され、『~は終わった』という流行語まで生んだ。ソウル大学で学生運動に参加して逮捕され、学生結婚してすぐ離婚という経歴や、端正な容姿と相まって、韓国詩界のシンデレラと呼ばれる。一方で、詩壇とは距離をおいている。 書肆(しょし)青樹社から出た邦訳『チェ・ヨンミ選詩集 三十、宴は終わった』(税込み1470円)は、98年の第2詩集『夢のペダルを踏んで』と合わせ38編の訳詩を収める。 崔さんによると、韓国の『三十』の実売は60万部ほど。今回の邦訳者で詩人の韓成禮(ハンソンレ)さんは「韓国で戦後、最も売れた詩集だと思う」としつつ、「男性詩人の安度ゲン(アンドヒョン)を始め、詩集が数十万部売れるケースは韓国ではざらです。詩が小説と同じくらい読まれるお国柄ですから」と話す。 現代詩がこれほど読まれる理由を、邦訳『選詩集』で解説を担当した詩人の佐川亜紀さんは次のように分析する。 (1)科挙で詩が重視された歴史があり、詩に文化的権威がある(2)尹東柱(ユンドンジュ)ら抵抗詩人の伝統があり、詩人がオピニオンリーダーの役割を果たす(3)それを受容する強い歴史意識が若い世代にもある(4)短歌に相当する「時調(シジョ)」などの定型詩が衰退し、詩歌の主流は自由詩(5)詩集が売れるから価格も日本の3分の1程度と安い(6)国語教育でも詩を重視する。 一方、日本で90年代以降話題になった主な詩集の発行部数は、茨木のり子さん『倚(よ)りかからず』(99年)14万5千部、石垣りんさん『表札など』(00年復刊)3万6千部、谷川俊太郎さん『世間知ラズ』(93年)3万部、アーサー・ビナードさん『釣り上げては』(00年)6千部など。 思潮社の詩誌「現代詩手帖(てちょう)」編集部の亀岡大助さんによると、同社の場合、初版1千部以上の詩人は谷川さんぐらいしかいない。 書肆青樹社代表で詩人の丸地守さんは「日本では無名に近く、初版700部でも冒険でした。今の日本は詩の読者がおそらく世界で一番少ない国ですから」と話している。 ●「息づかい感じる」日本の詩人は絶賛 表題にもなった一編「三十、宴は終わった」には運動という宴が終わった後の寂寥感(せきりょうかん)があり、全共闘世代の歌人道浦母都子(もとこ)さんの歌集『無援の抒情(じょじょう)』を思わせる。 儒教や社会主義など旧来の理念が崩れつつある現実を、崔さんは多義性に富む明晰(めいせき)な言葉で表現する。韓流(はんりゅう)ブームが続く中、文学の世界でも同時代性を感じさせる詩人がようやく紹介された。 〈とにかく彼は、大変人間的だ/必要なときいつも傍らで瞬く/友達よりもいい/恋人よりもいい/言葉はなくても、察して取り纏(まと)めてくれる/彼の前で、限りなくいい娘(こ)でいたい/これが愛ならば//ああ、コンピュータとセックスができさえすれば!〉 (「Personal Computer」から) 「彼」とはコンピューターのこと。IT社会における人間関係の変容と人間疎外を主題にしたこの詩で崔さんは、韓国では普通口にしない卑俗語を使い、読者を驚かせた。 今回の『選詩集』を2人の詩人に読んでもらった。片岡直子さんは半分ほど書き写したという。「運動の挫折による強い疲労感は同い年の私にないものであり、重く受け止めた。そこには20代を自分で選び取った人の、ある種の輝きがある。隣国で生きる詩人の確かな息づかいを感じた」 そして、佐々木幹郎さん。「実にいい詩集です。運動体験を振り返るだけでなく、いかに年取ってきたかを居直りながら表現しているのがほほ笑ましい。性感覚を歌う女性詩人はどの国にもいるが、男性社会のあつれきの下で女性の生き方を考え抜いてきた思想の言葉が彼女にはある。詩によってみごもった言葉をこれほど真剣に孤独に育てている詩人が隣国にいたとは。それにしても60万部はすごい」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006.01.24 14:43:39
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