ある伝道者の日記。
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最近、嗚咽して泣いたことってあったかなと考えると、
ちょうど、一か月ほど前、とある少年の審判に立ち会った時だ。 少年院送致が相当という事案、そんな雰囲気の審判、 そして、終盤、弁護士、調査官、裁判官が、審判の部屋を出て、 協議を始める。 裁判室に残されたのは、少年、両脇にそのお父さん、お母さん、そして、右側の1mほど離れ た座席に、鑑別所の教官。そして、少年のすぐ後ろにわたし。 審判の結果はどうなるのか? その緊迫した状況の中で、父は少年の左側で、少年の左手をギュッと堅く握りしめている。 右側にいた母親は涙をこらえきれず、くしゃくしゃになった顔で少年を見、そして、少年の右 の手を強く掴んでいる。 わたしはそのお母さんの顔を見、その親子の姿を見ていて、涙が止まらなかった。 我慢しても我慢しても、嗚咽して、涙がこぼれた。 自分の傍で、痛いくらいに手を強く握りしめ、泣いてくれる両親がいるこの少年はなんと幸せ者だろう。そう思った。 なぜ、わたしは親子の愛や絆を見ると、涙が出るのだろうか・・・。 自分の手を強く握りしめて泣いてくれる人が傍にいたら、犯罪は確実に減るだろう。 人は人を愛するように努めるべきだし、人は人から愛されやすいように努めることが出来たらなお良い。 「愛のない者に、神はわかりません。なぜなら、神は愛だからです。」第一ヨハネ4:8 あれから一か月、その彼と、仲良く歩んでいる最中だ。 |
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