さけ すす うぶりょう
酒を勧む 于武陵
きみ すす きんくつ し まんしゃく じ もち
君に勧む金屈巵。 満酌 辞するを須いず。
はな ひら ふうう おお じんせい べつり た
花 発いて風雨 多し。 人生 別離 足る。
詩文説明
君に勧める黄金の杯。なみなみと注がれた酒を差し上げたいが、どうぞ遠慮などしないで下さい。花が咲いたら、風雨がそれを散らしてしまう事が多い、人は生きていく間に多くの別離を経験する。この人生には別離がつきものだ。
(この詩は別れの詩ではなく酒を勧めること自体に意を用いている。目の前に繰り広げられている楽しい酒宴である。花が開くと、とかく風雨が多い。咲いた花はたちまちのうちに散ってしまう。人生もそれと同じで会えば別れなければならないのが世の定め、だから今この時を酒を酌み交わしながら過ごそうではないか)と。
于武陵(810~ ?) 晩唐の詩人。
名は業。字の武陵で知られている。長安(西安)の南郊の杜曲の人。宣宗の大中年間(810~860)の進士。役人生活がうまくいかず、琴と書をもって、西安の東方や四川省など諸国を漂泊して歩いた。ことに洞庭湖・湘江あたりの風物を愛した。最後は崇山(落陽の東南にある山)にこもって余生を送った。
(サヨナラだけが人生だ・ 井伏鱒二 「戯訳 」)
この盃を受けてくれ、どうぞ、なみなみつがしておくれ。
花に嵐のたとえもあるぞ、「さよなら」だけが人生だ。
金杯(金屈巵=黄金の杯で晩唐の時代は把手が付いているので金屈という)。
中央画は中国漢詩本「勧酒」の挿絵。 右写真は井伏鱒二
井伏鱒二は于武陵の漢詩をこう解釈した。他にもこういった解釈の仕方をしているが、井伏鱒二の弟子の太宰治が「サヨナラだけが人生だ」の一句を愛誦し酔うといつも口ずさみ,随筆小説の「グッド・バイ」に載せてからだと云われる。またどうしたことか、太宰治も「グッド・バイ」を残して亡くなっている。私は于武陵の「酒を勧む」より、解釈の 「サヨナラだけが人生だ」 の方が独り歩きで有名のように思えます。もちろん日本国内でのこと。面白い解釈である。
人生、多くの出会いあり別れ有りの吟友の仲間たち。酒を飲み交わし楽しく過ごした一時。右はドームで野球観戦(花より団子・野球より一杯の盃なみなみと)。
井伏鱒二(1898~1993)【明治31年2月5日~平成5年7月10日】 (95歳)
広島県に生まれる本名満寿二、中学で小説を読む事を禁じていた関係で画家を志望。しかし日本画家の橋本関雪に入門を拒否され志望を本来の文学に戻し早大に入学した。しかし文学部長の片上伸と衝突して退学する。旧友と同人誌を創刊し「幽閉」を発表。それを改稿・改題「山椒魚」処女作となった。「さざなみ軍記」「ジョン万次郎漂流記」「本日休診」「漂民宇三郎」など高い評価を受けた。現在文学では最も長い作家の一人である。平成5年7月10日死去。享年95歳。