『梁塵秘抄』 または ”わしふぃーるど”

◇完全版!セルジュ・ゲンズブール◇

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♪背中のアヴァンギャルド、振り向けば愛♪セルジュ・ゲンズブール♪ジェーン・バーキン♪
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<仏の異端児セルジュ・ゲンスブール Serge Gainsbourg>

1928年4月2日、パリに生まれる。本名”ルシアン・ギンスブルク”ロシア系ユダヤ人。
フレンチ・ポップスは、この人なくしては語れない。時代の先駆者としてのその存在の大きさと功績は計り知れない。
寝ぼけ眼に、無精ひげ。酒太りで腹もデップリと出ている。咥え煙草に、汗くさそうな風貌。パッと見は小汚い酔っ払いのオヤジ。
攻撃的で、猥褻で、ナンセンスで、屈折していて、耽美的で...ダンディで。1日に「ジタン」を4箱も吸い、アルコール中毒、ステージでも煙草と酒は必需品。


しかし、そんな彼にも美しい女性が集まってくる。ブリジット・バルドーやカトリーヌ・ドヌーブ、ジェーン・バーキン、ソフィー・マルソー、イザベル・アジャーニ、ヴァネッサ・パラディ等美女と次々と浮名を流し、伊達男の名を欲しいままにした。シンガー/コンポーザー/俳優/映画監督とマルチに才能を発揮し、酒と煙草と女を愛したフランスの異端児セルジュ・ゲンスブール。
やっぱり男はルックスではなくて才能、あるいは実力だよな!




パ・コム・レゾートル(他者と違うこと)
「私や娘たちのためにも生きていて、お願いだから煙草やお酒を控えて...」というジェーンの切実な涙の訴えにも耳をかさず、1973年5月。45歳にして最初の心臓発作に見舞われる。しかしそれでもジターヌ煙草をアタッシュケースに詰め込んで救急車に乗り込んだという。1984年3月11日には、丁Vの生番粗「セット・スュル・セット」出演中に5百フラン札を燃やして見せ、視聴者から非離が殺到。




ロリータ趣味全開!65年フランス・ギャルの「夢見るシャンソン人形」で当たってからはロリータポップスの創造者ってことになる。.....イイナイイナ!




「Je T Aime ... Moi Non Plus/ジェーン・バーキン」

当時41歳のゲンスブールと、22歳だったバーキンとの19歳もの年齢差を超えた愛のささやきをエモーショナルに歌い上げたこの曲には、まるでセックス・シーンを思わせるような2人のあえぎ声が挿入されており、そのスキャンダラスな詞と斬新で美しいメロディは世間を騒がせた。レコード会社はBBCが放送禁止処分を決定したとの報道に、シングルを回収してしまう。....ザマアミロ!
実はこの「Je T Aime ... Moi Non Plus」のレコードにはファースト・ヴァージョンのリリースがあったのです。それは、以前ゲンスブールの当時の愛人と言われBBの愛称で知られた女優ブリジット・バルドーと共に録音したものであり、このジェーン・バーキンとのデュエットはリテイクでした。他の男性と結婚していたバルドーにとって、この曲はエロティック過ぎたということでBBはレコード発売直前になって、この曲を決して世に出さぬようにとゲンズブールに懇願。幻のシングルとなった。.....アハハハハ!




Yahoo!BBこと<ブリジット・バルドー Brigitte Bardot>


TVショーへの出演をキッカケに恋に堕ちた二人の一瞬の輝きを封じ込めた68年作のCDが「ボニーとクライド」。バルドーはギュンター・ザックス・フォン・オペルと結婚している最中にセルジュ・ゲンズブールと恋仲になり、ゲンズブールに「私のために,あなたが想像できる最も美しい曲を書いて」と頼んだことにより、彼が一晩で書き上げたものです。BBの舌ったらずな歌唱や日常の声をサンプリングしたみたいな茶目っけがグー。タイトルに引用された映画の主人公同様、彼らに明日はなかった。.....Yahoo!BBさんも広末なんか使わないで素直にBrigitte Bardot使えば良いのにネ!.....ソウダソウダ!




今も昔も!当時の相関図!おまけです。虫めがねでお楽しみください。皆さんお盛んで人生楽しいでしゃろ。どなたか楽天相関図ちゅうの作ってみてください。




「Je T Aime ... Moi Non Plus」
監督 ■セルジュ・ゲンズブール
出演 ■ジェーン・バーキン■ジョー・ダレッサンドロ■ジェラール・ドパルデュー


1975年の映画「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」はゲンスブールの初監督映画。異性愛と同性愛を絡めた、ミステリアスな三角関係を描くラブロマンス。公開当時の76年には、とんでもない悪評で物議をかもしだした映画だったが、この映画を、フランソワ・トリュフォーだけは絶賛したという。
ジェーン・バーキン演じるジョニ-。洗いざらしのジーンズにランニング、白のスニーカーにショートカット、手足は長く、ガリガリでおっぱいはペチャンコ。男の子みたいなんだけど妖しい、あぶなげな魅力で見るものをひきつける。




「ジェーンは私が待ち続けていた女性だ。最初は分からなかったが、私の中に変化が芽生えてきた。私には彼女が最後の女性だ。彼女が私のもとを去ったら...。私は彼女を愛している、明言できるよ、こんなことを人に言うのは初めてなんだがね」




セルジュ・ゲンスブールがクラブのピアノ弾きだったころから、あこがれの存在だったのはボリス・ヴィアンだという。シャンソン・ジャズ・レゲエ・ロック・サンバ・マンボ・アフロ・ラテン・ポップス なんでもあり。ジャマイカで全編レコーディングしてレゲエをいち早く取り入れたり作品を発表するたびにセンセーショナルな話題を提供し既成のジャンルをものの見事に越えた活動を繰り広げたゲーンスブールは凄かった!



『ゲンスブールを歌う女たち』というCDがあります。 百花繚乱匂うが如く!セルジュ・ゲンスブール自身の曲を女性シンガーたちに歌わせた曲を集めた極上のフレンチポップス・コンピレーション・アルバムですね。

1.無造作紳士(ジェーン・バーキン)
2.手ぎれ(ジョー・ルメール)
3.ぬかるみ(ペトゥラ・クラーク)
4.プチ・パピエ(レジーヌ)
5.太陽の真下で(アンナ・カリーナ)
6.ラ・ジャヴァネーズ(ジュリエット・グレコ)
7.ブラッディ・ジャック(ジジ・ジャンメール)
8.さよならを教えて(フランソワーズ・アルディ)
9.夢見るシャンソン人形(フランス・ギャル)
10.ヘリコプター(ミレイユ・ダルク)
11.神様はハバナタバコが好き(カトリーヌ・ドヌーヴ)
12.ルル(バンブー)
13.プレヴェールに捧ぐ(クレール・ダスタ)
14.マリン・ブルーの瞳(イザベル・アジャーニ)
15.ハーレイ・ダヴィッドソン(ブリジット・バルドー)
16.虹の彼方(ジェーン・バーキン)
17.ホワイト・アンド・ブラック・ブルース(ジョエル・ウルスル)
18.レモン・インセスト(シャルロット・ゲンスブール)
19.タンデム(ヴァネッサ・パラディ)

<ジェーン・バーキン、セルジュ・ゲンスブール共演>



「ガラスの墓標」

一時期 "渋谷系" と呼ばれる若者達に絶大な人気を誇っていたゲンズブールとバーキン。伝説のカップル、ジェーン・バーキン&セルジュ・ゲンズブール共演第一作!ゲンズブールとバーキンの、私生活さながらの甘く切ない愛を描く。




壊れそうな儚げに歌う彼女のウィスパー・ヴォイスは素晴らしく官能的です。今にも壊れてしまいそうな、儚げで、か細い、吐息のような声。それが彼女のブランド・イメージとなり、ゲンスブールはこれを最大限に生かそうと彼女のために曲を次々と生み出しプロデューサー&作詞・作曲のゲンスブールの才能も惜しみなく発揮された。
この結婚生活は12年続き、常に大衆とメディアに話題を振りまいていた。60年代後半、70年代のジェーンはまさしくセルジュのプロデュースの賜物であった。この幸福な時代にジェーンは30本あまりの映画に出演する。






1974年に仏のTV番組でセルジュ・ゲンズブールとジェーン・バーキンが共演したロリータショウ!バーキンがショーガールや娼婦に扮し、悪趣味な笑いを振りまく過激な作品です。




しかし、1973年5月の最初の心臓発作以降、ジェーン・バーキンは母親みたいに献身的な看病を見せ節酒節煙を強く説き、ロリータからママへと変身してしまっていた。以後、ジェーン・バーキンの人気上昇のかげで「ムッシュ・バーキン」は酒に酔っては朝帰りし、ジェーンを殴るようになった。
1980年、ジェーン・バーキン、ケイトとシャルロットを連れてセルジュのもとを去る。しばらくして、映画監督ジャック・ドワイヨンのもとへ。
81年、”バンブー”と出会う。彼女の写真集を作ったりなどして、”バーキン”の家出から立ち直る。

1989年l月、連続5回の入院。4月、肝臓の3分の2を切除する大手術。一命を取り留める。




1991年3月2日土曜日の探夜、ヴェルヌイユ通りの自宅で死んでいるのをバンブーが発見。死因は心臓発作による。3日午前1時頃、公式発表。5・6日、パリ部外ナンテールのヴァレリアンの追悼の儀。7日、父母の眠るモンパルナス墓地に埋葬。享年63才。




91年版プチ・ラルース百科事典には、 「無頼漢で刹那的な人間像の後ろに鋭い感受性を秘めた作詞、作曲兼歌手。”ジュテーム・モワ・ノン・プリュ”」 と記されている。



<ジェーン・バーキン>
◇janebirkin.net◇


1946年12月14日英国ロンドン生まれ。
リチャード・レスター監督「ナック」で映画に進出し、
続いて映画「欲望(Blow Up)」(ミケランジェロ・アントニオーニ)に出演。
18歳で『007』のテーマ曲などで知られる作曲家ジョン・バリーと結婚したが、一子をもうけて離婚。フランスに渡り、フレンチ・ポップの雄、セルジュ・ゲンスブールと映画『スローガン』で共演し結婚する。
セルジュとの間にもうけた愛娘シャルロット・ゲンスブールと映画監督ジャック・ドワイヨンを父親に持つ末娘のルー・ドワイヨンは女優として活躍しています。



「彼女がお手本」という女性も多いかと思います。本業はもちろんのこと、ファッションやライフスタイルまでがお手本とされるカリスマ性を持った女優さんですね。ジェーンは現在、国境無き医師団のサポート・メンバーとして戦禍のサラエボを訪問し子ども達のために歌い、アムネスティの人権活動を支援するなど様々な社会活動に取り組んでもいる。





輸入DVD『Arabesque(アラベスク)』日本未発売


「東洋的なリズムはセルジュのスラブ魂、トランクやヴァイオリンを離さないジプシー的なところに強く結びついている」とジェーンは語る。

このパリでのライヴ『Arabesque』は彼女がずっと歌い続けてきたセルジュ・ゲンズブールの名曲の数々をアラブ風、アンダルシア風にアレンジして歌い直してみようというちょっとした思いつきに端を発したらしい。1999年アビニョンのフェスティバルで、アルジェリア出身のミュージシャン、ジャメル・ベニイェレスとそのオーケストラの協力を得て、ゲンスブールのエキゾチックな音楽性にさらにアラベスク、すなわちアラブ風、ジプシー風のアレンジが施されたコンサート<アラベスク・コンサート>は大成功をおさめる。やがてパリのオデオン劇場で五夜連続のコンサートが行なわれほどまでに受け入れられ、ヨーロッパ各国だけでなくアメリカやアジア、日本も回るワールド・ツアーにまで発展した。
アラベスク・バイオリンの第一人者、ジメル・ベニイェレス、クラシックとアラブ音楽を学んだピアニストのフレッド・マッジ、ペルシアからアラビアに伝わった弦楽器リュートを奏でるアメル・リアヒ・エル・マンスリ、フランス在住モロッコ人のパーカッショニスト、アジズ・ブーラルー。この四人をバックに私の敬愛する越路吹雪さんもよく歌っていた名曲「エリザ」はイーディッシュ風の嘆きの歌に変わり、中欧的なメランコリーを感じさせるまでに見事なアレンジで歌われ素晴しいです。ほか「コーヒー・カラー」、「いつわりの愛」、「シックなランジェリー」、「バビロンの妖精」などなど、セルジュの名曲の数々をアラベスクに歌われています。故ゲーンズブールの映像が映し出されジェーンの追悼のリーディング・シーンからは、二人の間には離婚後も音楽を通じての愛があった事を充分に感じられ心暖まる思いをしました。ジェーン・バーキンのあんなにも無防備でくしゃくしゃな笑顔はホント素のままの姿で、かつて愛したセルジュ・ゲンズブールの歌を歌い踊ることの喜びが溢れてて感動的でさえあります。

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ジェーン・B.....あなたは少女時代を『残酷な二度と帰れない国』 と、あるインタビューで表現していましたね。でも、年を重ねても、相変わらず少女のような素敵な笑顔、しぐさのあなたは無造作であらゆる 囚われから解放されたかのようにナチュラルで素敵です。

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CAT-O





<Cinemagraphy>

1964年 「ナック」
1966年 「カレードマン・大胆不敵」「欲望」
1968年 「ワンダーウォール」「太陽が知っている」
1969年 「カトマンズの恋人」「スローガン」「ガラスの墓標」(ともに共演:S.ゲンスブール)
1972年 「マドモアゼルa GO GO」(共演・音楽:S.ゲンスブール)
1973年 「ドンファン」(共演:B.バルドー)
1974年 「おかしなおかしな高校教師」「麗しのカトリーヌ」「まじめに愛して」「冒険喜劇大出世」
1975年 「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」(監督:S.ゲンスブール)
1976年 「スキャンダル」「仮面~死の処方箋」
1977年 「ムッシュとマドモワゼル」
1978年 「ナイル殺人事件」
1979年 「メランコリー・ベビー」(共演・音楽:S.ゲンスブール)
1980年 「放蕩娘」(監督:J.ドワイヨン)「エゴン・シーレ」
1981年 「地中海殺人事件」「孤独な果実」
1983年 「愛しのエレーヌ~ルルーとペリシエの事件簿」「地に墜ちた愛」
1984年 「ラ・ピラート」(監督:J.ドワイヨン)
1985年 「ベートーベンの甥」「マンスフィールドの追憶 孤独な果実」
1986年 「悲しみのヴァイオリン」
1987年 「ふたりだけの舞台」(監督:J.ドワイヨン)「アニエス・vによるジェーン・b」「カンフー・マスター!」(ともに共演:C.ゲンスブール)「右側に気をつけろ」
1989年 「ダディ・ノスタルジー」
1990年 「美しき諍い女」
1994年 「百一夜」
1997年 「恋するシャンソン」
1998年 「シャンヌのパリ そしてアメリカ」









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