『梁塵秘抄』 または ”わしふぃーるど”

━『欲望 Blow-Up』




『欲望 Blow-Up』(1966)
<内的ネオ・レアリスト>ミケランジェロ・アントニオーニ(Michelangelo Antonioni)




『欲望 Blow-Up』(1966)

監督: ミケランジェロ・アントニオーニ Michelangelo Antonioni
製作: カルロ・ポンティ Carlo Ponti
原作: ジュリオ・コルタザール
脚本: ミケランジェロ・アントニオーニ Michelangelo Antonioni
トニーノ・グエッラ Tonino Guerra
エドワード・ボンド Edward Bond
撮影: カルロ・ディ・パルマ Carlo Di Palma
音楽: ハービー・ハンコック Herbie Hancock
ヤードバーズ THE YARDBIRDS
(ジェフ・ベックとジミー・ペイジのツィンギターで「トレイン・ケプト・ア・ローリン」を演奏!)

  出演: デヴィッド・ヘミングス David Hemmings
ヴァネッサ・レッドグレーヴ Vanessa Redgrave
サラ・マイルズ Sarah Miles
ジェーン・バーキン Jane Birkin
 ヴェルーシュカ Verushka

『ヴェルーシュカ 変容/序文 スーザン・ソンタグ』(リブロポート出版)
ヴェルーシュカ―消滅し、遍在する身体―不在の願望と恐怖、そして美学
も合わせてご覧ください。



<Michelangelo Antonioni>

ヴィスコンティ、フェリーニと並ぶイタリア映画3大巨匠のひとりミケランジェロ・アントニオーニ。
アントニオーニはネオリアリズモ以降のイタリアにおいて、「愛の不毛」「孤独」「断絶」といった人間の疎外感やコミュニケーションの可能性、不可能性を、実存主義的にかつ抽象的に語る映像作家で人間の内的ネオリアリズモを見続ける作家です。従って、社会を深くえぐるよりも、作中人物の心を魂を見つめる作家でベルイマンに通底する映像作家です。リアリズムの視線は、より深い人間そのものに向けられ<内的ネオ・レアリスト>と称されています。
また、<ほとんど宗教色のない唯一のイタリア人監督>でもあります。



<Filmography>

「愛のめぐりあい」(1995)104mins
「南風、アーモンドの木、火山、ストロンボリ、カーニヴァル」(1992)8mins
「ローマ」(1990)9.5mins
「クムバ・メラ」(1989)18mins
「リスカ・ビアンカへの帰還」(1983)9.5mins
「ある女の存在証明」(1982)128mins
「オベルヴァルトの謎」(1979)123mins
  ---テレビカメラで撮られた作品。原作はコクトーの「双頭の鷲」
「さすらいの二人」(1974)124mins
「中国」(1972)240mins
「砂丘」(1970)110mins
「欲望」(1966)110mins
「三つの顔/第1話 リハーサル」(1965)25mins
「赤い砂漠」(1964)120mins
「太陽はひとりぼっち」(1962)125mins
「夜」(1961) 122mins
「情事」(1960) 140mins
「さすらい」(1957) 102mins
「女ともだち」(1955)104mins
「巷の恋/第二話 自殺未遂」(1953)
「椿をもたない婦人」(1952)105mins
「敗北者たち」(1952)110mins
「ある愛の記録」(1950)110mins
「怪物の別荘」(1950)10mins
「ファロリアのロープウェイ」(1950)10mins
「七本の葦、一枚の服」(1949)10mins
「迷信」(1949)9mins
「愛すべき嘘」(1949)10mins
「NU (都市の清掃)」(1948)12mins
「ポー河の人々」(1943-1947)9mins



<Monica Vitti>

『夜』、『情事』、『太陽はひとりぼっち』の「疎外の3部作」は現代人のディスコミュニケーションと自己疎外が、端的に男女の間の愛の不毛?を通じて描いて秀逸です。最重要作、最初のカラー映画「赤い砂漠(1964)」では、やたらに垂直に立つ、煙突や鉄塔で画面は分断され、無機質に工業化された風景の中、モニカ・ヴィッティ演じる神経症患者の離人感に満ち満ちた実験的映画で、モニカ・ヴィッティの狂気まみれの美しさが頂点に達する傑作です。今の人には離人感って即、わかっちゃいますよね。ちょと怖いですねェ。それから、余談ですが、当時、アントニオーニとモニカ・ヴィッティは公然の仲でして、ご存知のようにイタリアというのはカソリックの国で法的に離婚は認められていませんね。



<David Hemmings>

『欲望 Blow-Up』は、イギリスで撮影されたアントニオーニの最初の英語作品ですが、バックグラウンドとして当時流行の最先端を行くロンドンの様相が興味深く描かれ、トレンディなファッション写真家のライフスタイルが60年代カルチャーとともに活写され、当時のモッズルックの流行など最高におしゃれでポップな映画でもあったことに、異論は無いと思います。デヴィッド・ヘミングス扮する映画の主人公、トーマスのライフスタイルに憧れましたね!アントニオーニの映画からすればアメリカで撮った「砂丘」とならんで商業的な成功もあり多分に商業映画的なところもあるかもしれませんが、最高傑作...と私は思っています。
この映画を私は当時、高校受験が終わったその足で観に行き、まさにカルチャーショックを受けました。ヤードバーズ(THE YARDBIRDS)の演奏が観られるという事で、当時のロック少年には夢のような映画だったんですねえ。ジェフ・ベックとジミー・ペイジのツィンギターで「トレイン・ケプト・ア・ローリン」を演奏!ギターぶっ壊すベックとニヤニヤ笑いのペイジのカッコ良いことこの上なし。しかし、興味の中心はこの映画のラストで完全にひっくり返りました。...私のその後の私的映画史を最高に彩った唯一無二の傑作です!



バネッサ・レッドグレーブによって演じられ大胆にもセクシャルな謎の女にゾクゾクしましたし、ジェーン・バーキン(当時は無名!)ら若いモデル達による陽気なヌードシーケンス、当時のロックシーンを代表するヤードバーズのLIVE演奏シーンやハービー・ハンコックのJAZZをミックスした音楽、これらを含む多くの要素すべてが60年代カルチャーをリアルに描いてシャープで力強い映像の連続です。特に、デヴッド・ヘミングスがコインを拳の上で回転させるお遊びにははまりましたね。何日か練習すればできるようになるのですがまだ五百円硬貨が無かったので古銭の1円銀貨?で練習してました。



『Blow-Up』

カメラマンのトーマスは、夜の公園で逢い引きしているカップルを盗み撮りした。やがて男の方が姿を消したあと、女の方がトーマスのもとにやってきてネガを要求する。代償として女のヌードを撮らせてもらい、別のネガを渡して本物を現像した時、そこには女の逢い引き相手だった男性の死体が写っていた……。



サスペンス・スリラーを思わせる前半から、次第に不条理劇の様相を呈してくる後半まで、現実と虚構の境界線を見据えるアントニオーニの筆致は鮮やかです。
ラスト、街中を彷徨っているうちに、乗り込んできたモッズ族がテニスを始める場面に遭遇するシーンがあります。ラケットもボールもないテニスのシーンです。まさにパントマイム師達がボールのないテニスをする真似をしているのが描かれていて、その裏には何かの意味があるに違いないと解釈したくなるのですが、解釈はいりませんでした。足元に転がってきただろうボールを投げ返してくれと促されたトーマスはその見えないボールを投げ返すのでした。そのシーンを見ていた可憐な少年(私の事です!)は迷うことなくトーマスと一緒に見事ボールを投げ返したのでした。こうなると視聴者参加型の映画ともいえますね!思わず自分を褒めてあげたくなりますねェ!逆にその解釈の不在を通じて私の心の中に持っている見えざるボールに気付かせてくれたのではないでしょうか。おそらくそれは「審美眼」と呼ばれるものではないでしょうか。



 82年の『ある女の存在証明』を発表後、アントニオーニは脳卒中に見舞われ、半身不随と言語障害の後遺症が残ってしまったそうです。そうした事情から、やはり長編の監督は不可能と思われていたが、W・ヴェンダースとの共同作業『愛のめぐりあい』で奇蹟の復活を遂げ、S・ソダーバーグやウォン・カーウァイと組んだ最新作が控えるアントニオーニ監督です。
ekato


YOKO MY LOVE


『欲望』?????史上最低の邦題ですね!ずっ~と、そう思ってきましたけど..ま、いっか。



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