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憂我なる<JAZZ LIFE>

2007年06月30日
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第12回 つむぎの郷 サウンドフェスタ 2007
平成19年7月21日(土)   けやき公園  開演16時   料金:入場無料



◎宮本貴奈Special Unit/宮本貴奈(p)、吉野弘志(b)、狩野泰一(篠笛) スペシャルゲスト中西圭三(vo)

◎TIME FIVE/田井 康夫、野口 鎮男、勅使河原貞昭、吉村晴哉、杉江浩平 etc

◎TAK and Friends/鈴木 卓(p)、井上信平(fl)、加藤 真一(b)、仙道さおり(per)

◎WOUASSI and OKINI BAND/Vincent Wouassi,Jr(三味線、ds、vo)、松田信男(Key)、佐藤えりか(b)、斎木なつめ(vln)、ナナオ(vo)    
○ アプリコット・カフェ   
○ ニューフレンズ







最終更新日  2007年06月30日 14時08分34秒
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2006年11月05日
BILL EVANS
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秋の夜長、今晩も私はジャズ史に燦然と輝くビル・エヴァンス・トリオLIVE AT THE VILLAGE VANGUARD 1961.6.25の歴史的名演をじっくり聴いています。CDチェンジャー持ってますのでCD3枚分一気聴きです。おそらく、いやジャズ史上でもっとも重要な真のインタープレイが実現されたことを記録する奇跡的な録音です。この夜、彼らトリオ(ビル・エヴァンス+スコット・ラファロ+ポール・モチアン)の創造しようとしたピアノ・トリオ・サウンドは奇跡的な完成を見ました。もう何度も、今も、この日の録音(3枚組)を聴いていますが3人が文字通り一体になり繰り広げられる幸せな音楽(...と呼ぶしかない!)は「...きわめて類似した感性を共有する三者が互いの出す音に間断なく反応しつつフレキシブルに動き回り、しかも結果としてたちあらわれた音楽は、美しくカットされたクリスタルの容器のような硬質の輝きとプロポーションナルな完璧さを持っている....」と評されインタープレイと呼ばれる、お互いの音をよく聴いて、それに反応する形で次の音をつむぎだしてゆく演奏方法をここに完成させたのでした。
ビル・エヴァンス■後編■は前のページ(11/04)にあります。続けてご覧ください。



-The Complete Live at Village Vanguard June 25, 1961-
Bill Evans(P) Scott Lafaro(B) Paul Motian(Ds)



Scott LaFaro
Monterey Jazz Festival,1958-WILLIAM CLAXTON JAZZ SEEN(TASCHEN)

......しかし、悲劇は十日後の7月6日にやってきました。スコット・ラファロはニューヨーク郊外で自動車事故を起こして即死してしまいました。まだ25才の若き天才の死に、エヴァンスは堪えられず9ヶ月の沈黙とドラッグ使用の悪癖に染まってしまったのです。かけがえのない最高のパートナーとの交感が最高潮に達しつつある瞬間に永遠に失ってしまったという冷厳な事実は以後のエヴァンスの演奏活動がこの日の追体験でしかなかったんじゃないかなって思い始めてしまうほどです。まさかエヴァンスほどの芸術家にたいして失礼で感傷的過ぎるとは思います。が、これからもこの日の名演が語り継がれるたびにある種の羨望を抱く事でしょう。彼ら三人はあらゆる点で対等であって、あの永遠に煌く美しい瞬間を演奏した彼らをCDというメディアであっても追体験できる事がどんなに幸せな事か知れません。ジャズピアノの革新を成し遂げたビル・エヴァンスは多くの革新者がそうであったようにその時代にあっては異端のピアニストであったと思います。エヴァンスの前にエヴァンスのようなピアニストはいませんでした。彼のピアノの一音一音が彼の美意識そのものです。彼の恐ろしいほどに繊細で緊張感にあふれ、それでいて無垢な美しい音楽と精神は、時にはとても深い井戸を覗きこむような感じでとても怖くなる時があります。







エヴァンスは1929年生まれですから生きていればまだ77歳です。1980年9月15日51歳で彼は救急車に運ばれた病院で昏睡状態になり息を引き取りました。死因は、肝硬変、出血性潰瘍ならびに気管支肺炎。ある時点から生涯ヘロイン・コカイン中毒に蝕まれ、自らは決して医者に診せる事がなく症状を悪化させる一方で、それは緩慢な自殺であったのかも知れません。死の5日前まで演奏活動をしていたのですが肝臓が腫上り胃に潰瘍ができ出血し指は大きく腫上り鍵盤を押さえるととなりの鍵盤までなってしまうほどだったという。それでも彼の独特の音色は最後の演奏までも生きていたそうです。いかにもユダヤ人の個人主義者かつ冷徹な改革者といった風貌が良く似合うリリックで女性的なロマンを感じさせるピアノの音には実はある時期から暗い死の影が絶えず付き纏っているように感じます。



彼の歩んだ人生には決して平坦ではなかったようです。それは愛する者達の悲劇的な死の存在があります。最高のパートナー、若き天才ベーシスト、スコット・ラファロの自動車事故死(エヴァンス32歳)。エヴァンスはジャズ・クラブ、”コンサーツ・バイ・ザ・シー”でウェイトレスをしていたネネット・ザザーラを愛するようになり求婚する。それまで夫婦同然の暮らしを送ってきた恋人エレインは、エヴァンスの正直な告白を冷静に受け止めたかに見えたが、エヴァンスがニューヨークを後にするやいなや地下鉄に飛び込み自殺をとげる。半狂乱に陥ったエヴァンスは、エレインの死によって、しばし遠ざけていたドラッグの魔の手に救いを求めるようになる。(エヴァンス44歳)。兄、ハリーのピストル自殺(エヴァンス49歳)。それらの死の度に麻薬への依存が深まっていったようですが、やはり共にJAZZの革新を成し遂げた盟友ラファロの死からは生涯立ち直ることができなかったのではなかったのかと思います。あの愛に満ち溢れた名曲「ワルツ・フォー・デビィ」はエヴアンスがまだ二十歳前の時に兄ハリーの娘デビィの為に作曲したというのも....やっぱりと納得してしまいます。エヴァンスとラファロの緊密なインタープレイこそ男たちの夢見る一つの愛の形でもあります。ラファロの死後、ラファロの服を着てさまようエヴァンスの姿が見受けられたという事が事実であるか定かではありませんが、二人のたった一年半の短い出逢いの至高の瞬間の輝きは今もなお失われる事はありません。

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左2人目から、ラファロ、エヴァンス、モチアン



スコット・ラファロ(1936.4.3~1961.7.6)・・・若くして頂点を極めながら、悲運の事故で散った天才ベーシスト。アメリカ、ニュージャージー州ニューアーク生まれ。最初は、テナー・サックス、クラリネット奏者であったが、高校を卒業するとベーシストに転向。イサカ音楽院に学んだ。56年、チェット・ベイカーのコンボに参加。その後、シカゴでパット・モーランのグループに、ロス・アンジェルスでライトハウス・オールスターズに参加した。59年4月には、ニューヨークに移り、ベニー・グッドマン楽団に参加した。59年秋に、ビル・エヴァンス・トリオに加わり、ビル・エヴァンスとのインタープレイで、アコースティック・ベースの頂点を極めた。しかし、”ワルツ・フォー・デビイ”、”サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード”で聴くことができる、世に名高い61年6月25日のニューヨークのクラブ”ヴィレッジ・ヴァンガード”でのライヴのわずか11日後の61年7月6日、自動車事故でこの世を去った。ビル・エヴァンスの最上のパートナーの29歳の若すぎる死でした。

ラファロ事故死直後のアルバム「Easy to Love」収録の名曲"ダニーボーイ"をぜひ聴いてみてください....。





DVD『JAZZ625 BILL EVANS TRIO 1&2』

1965年3月の英BBCのTV番組用に演奏されたビル・エヴァンス、チャック・イスラエル(b)、ラリー・バンカー(ds)のセッションを収録。

1.テーマ
2.エルザ
3. サマータイム
4. 降っても晴れても
5. マイ・フーリッシュ・ハート
6. リ・パーソン・アイ・ニュー
7. イスラエル
8. テーマ
9. ハウ・マイ・ハート・シングス
10. ナーディス
11. フー・キャン・アイ・ターン・トゥ
12. いつか王子様が
13. 我が愛は海より深く
14. ワルツ・フォー・デビイ

JAZZ625の625とはその当時のテレビのブラウン管の走査線を意味している。当時、ビル・エヴァンス35歳、チャック・イスラエル(b)28歳、ラリー・バンカー(ds)36歳。
きちっとネクタイを着用し頭は七三分けの大学教授みたいなエヴァンスの、ピアノに頭を深く垂れた演奏姿は感激もの!大好きな「マイ・フーリッシュ・ハート」や「ワルツ・フォー・デビイ」「いつか王子様が」などなど60年代のリリシズム溢れる名演が堪能できる!















エヴァンスはネネット・ザザーラと出会った頃から長髪にし、髭をたくわえるようになった。が、それは、すでに肝臓は決定的なダメージを受け、それに起因する”むくみ”を隠す為の手段だった。1973年8月5日にエヴァンスとネネットは結婚する。エヴァンスにとってはじめての子供に当たるエヴァンが誕生、ニュージャージー州クロスターに邸宅を購入、家族4人の生活に入る。エヴァンスの両手は異常にむくむことが多々あったが、高額なローンは、エヴァンスをさらに過酷なツアーへと追いやり、エヴァンスはますますドラッグに耽溺していった。

ビル・エヴァンス■後編■は前のページ(11/04)にあります。続けてご覧ください。







最終更新日  2006年11月05日 00時18分29秒
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2006年11月04日
BILL EVANS


DVD『BILL EVANS COMPLETE LAST PERFORMANCE』

ビル・エヴァンス、マーク・ジョンソン(b)、ジョー・ラバーベラ(ds)とのトリオによる、1979年1月30日の演奏。なんとマーク・ジョンソンを最前列に配した布陣。エヴァンすが、マーク・ジョンソンに寄せる信頼感の強さに驚かされる。エヴァンスはこの頃から自らの体調不全が致命傷に近いものであることを感じ取っていたという。



ビル・エヴァンス・トリオの最後のベーシスト、バークリー音楽大学を卒業したてのマーク・ジョンソン!エヴァンス自ら、「スコット・ラファロとポール・モチアン時代のトリオに匹敵する」と称したほどの入れ込みようでした。1979年1月、この新しいトリオは活動を開始する。トリオは瞬時に”トリオとしてのサウンド”を確立、最初のトリオをさらに発展させたような音楽とレヴェルに達しつつあるとエヴァンス自ら指摘していた。

このトリオは、スタジオ録音を一枚も残さずLIVE盤でしか聴くことができない。



マーク・ジョンソン/Marc Johnson

1935年10月21日ネブラスカ州オマハ生まれ。 11歳でチェロを始めた。16歳の時にテキサスに移住している。ハイ・スクール時代にベースを始めた。ノース・テキサス州立大学に入学して室内楽で活動。スコット・ラファロのベースを研究。73年ハワード・ジョンソンのバンド、77年にウディ・ハーマン楽団に参加。78年4月チャック・イスラエルの代役として、ビル・エバンス・トリオに参加。78年10月フィリー・ジョー・ジョーンズと共演、11月ビル・エバンス?トゥーツ・シールマンスのクインテットに参加、エバンス・トリオでパリ・コンサート。79年8月エバンス・クインテットでレコーディングに参加。その後。82年スタン・ゲッツ、83年ジム・マクナマス、84年エンリコ・ビエラヌンジ、同年5月ディック・カッツ、10月フレッド・ハーシュらと共演した。85年5月初リーダー作品をジョン・スコフィールドを含めたカルテットで録音している。この年9月には、ジョー・アバークロンビー・トリオに参加。エバンス・トリオ最後のベーシスト。代表作としては、「ベース・デザイアーズ」(ECM)、「ザ・サウンド・オブ・サマー・ランニング」がある。



しかし、エヴァンスに衝撃的な悲報がもたらされる。兄、ハリーの不可解なピストル自殺だ。エヴァンスの受けた衝撃は大きく、以後のスケジュールはすべてキャンセルされうほどだった。兄、ハリーへの追悼アルバムを録音することによってハリーの死をなんとか乗り越えたエヴァンスは、病に取り付かれたように過密かつ過酷なツアーに明け暮れる。エヴァンスは自分の体が最悪な状態に向かっていることを知りながら、ひたすらピアノに向かい続けた。

「マークやジョーと演奏するのが楽しみでしようがない。どうか私からその楽しみを奪わないでほしい。いつも最後の曲を演奏するころには、もっともっと演奏したくなって困ってしまう」













-1980.8.31~9.7サンフランシスコ、ジャズ・クラブ「キートン・コーナー」LIVE盤-
Bill Evans (P)Marc Johnson(B) Joe LaBarbera(Ds)



1980年9月11~13日、体調の悪化から『キーストン・コーナー』へ出演不能となり、フォート・リーのアパートで静養する。

14日、ジョーランバートがアパートを訪ね、強制的にエヴァンスをマウント・サイナイ病院に入院させる。

15日、午後3時30分、ビル・エヴァンス、他界。死因は、肝硬変、出血性潰瘍ならびに気管支肺炎。



エヴァンスの葬儀は9月19日、マンハッタンのセント・ピータース教会でしめやかに執り行われた。



ekato
You are so beautiful!



10月28日の日記
「スコット・ラファロ(1936.4.3~1961.7.6)」
も合わせてご覧ください。






たまゆら1/fさんから、ビル・エヴァンスの演奏シーンの動画を紹介していただきました。
お楽しみください!
http://www.youtube.com/watch?v=Ym3OK4Dw2uM

<My romance 1972>
http://www.youtube.com/watch?v=gT8e3XTSFOs& ;mode=related&search=

<How my heart sings - 1972>
http://www.youtube.com/watch?v=iK3RNUV4Ics& ;mode=related&search=

<Waltz For Debby>
http://www.youtube.com/watch?v=WFoGJvzWBak& ;mode=related&search=








最終更新日  2006年11月05日 00時25分07秒
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2006年02月13日

モダン・クラリネットの最高峰バディ・デフランコ



JAZZ GREATS! Buddy DeFranco
(1923.2.17 - 現役ing)

「音域、テクニック、トーン、きらめき、イマギネーションはいずれも最高、モダンジャズにクラリネットという楽器を持ち込んだ最初のアーティスト」
『エンサイクロペディア・オブ・ジャズ』



モダン・クラリネットというと、私のモスト・フェイヴァリットはバディ・デフランコ。83歳現役!ジャズ史の生き証人ともいえるジャズ・グレイツ!
アルトサックスのアドリブにちょっと疲れを感じたとき、バディ・デフランコのクラリネットのよくスイングする爽快な音色に感動、アドリブの中にもクラシカルでメロウな要素が聴かれとてもリラックスできます。といってもメロウなムードだけではなく、完全にバップのホットな演奏も聴かれます。クラリネットでバップなんて!完全にパーカー・フレーズが出ています。ハーモニーの原理や対位法など音楽理論を研究、精通したバディ・デフランコだからこそ、その完璧なテクニックを駆使した縦横無尽の演奏で、イマジネーションあふれるインプロヴィゼーションを十二分に堪能させてくれます。



バディ・デフランコ/ミスター・クラリネット(紙ジャケット仕様)

モダン・クラリネットの巨匠、バディ・デフランコは23年2月17日、ニュージャージー州キャムデンに生まれる。父親は貧しい盲目のピアノ調律師だったが家庭にはいつも音楽が溢れていたという。最初はクラシックを学び正規の優れた音楽教育を学んでいたが、後にベニー・グッドマンを聴いてジャズに目覚め魅せられる。そして、39年からプロ活動を開始。チャーリー・バーネット、ジーン・クルーパ、トミー・ドーシーなどの有名ビッグ・バンドで腕を磨いた。
40年代の半ばにチャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピーらを中心として突如起こったビ・バップ運動は、またたく間に当時のジャズ・シーンを席捲してしまうが、デフランコはデキシーやスウイングのスタイルにしか通用しなかったジャズクラリネットにいち早くこのバップを取り入れた演奏を試み、今までのスウィング・スタイルとは違うクールでモダンなフレーズをちりばめた独自のスタイルを確立、一つの方向を造り出した。チャーリー・パーカーとの出会いは、その後の彼の生涯を決定づける衝撃的な影響を受ける事となった。



その後メトロノーム オールスターズのSP盤で新しい方向を示し、世界中のクラリネット吹きに衝撃を与えた。カウントベイシーのコンボではクラーク テリーやワーデル グレイとのセッションで大活躍をしていた。絶えず前進を続け、高い評価を受け、ダウンビートやメトロノームの人気投票でも「キング オブ スウイング」のベニー グッドマンを抜いてNo.1になり、彼がそれまでのキング・オブ・クラリネットだったベニー・グッドマンを人気、実力ともに超えた唯一の存在として認められた。スウィング時代には花形楽器として君臨したクラリネットも、時代の流れと共にサックスやトランペットにその座を奪われることになったが、デフランコのように進歩的な考えをもったミュージシャンの活躍により、時代に遅れをとったこの楽器に新しい命が吹き込まれることになった。最後のクラリネット・ヒーロー。日本なら間違いなく「人間国宝」ですね。
デフランコのヴァーヴ時代の5タイトルが紙ジャケ仕様で発売されています。内4作品は世界初CD化!。美しいジャケットが秀逸。




バディ・デフランコ/イン・ア・メロウ・ムード(紙ジャケット仕様) バディ・デフランコ/クッキング・ザ・ブルース(紙ジャケット仕様)



バディ・デフランコ/枯葉(紙) バディ・デフランコ/スウィート・アンド・ラヴリー(紙ジャケット仕様)



ekato
49歳にして突然ジャズのトリコになってしまったJ・J氏に捧ぐ









最終更新日  2006年02月13日 06時56分12秒
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2005年08月31日

クール・ジャズの象徴!悲運のトランペッター、チェット・ベーカー



-Chet Baker-
(1929.12.23-1988.5.13 )
trumpet/vocal
チェット・ベーカーは1929年オクラホマ州に生まれ。1940年南カルフォルニアに移り住み1946年ハイスクールを卒業し、すぐに兵役についた。除隊後、ある晩ロサンゼルスのクラブに出演していたデクスター・ゴードンと一緒にプレイさせてもらったのがプロ・ミュージシャンと競演した最初であった。 1952年、バップの創始者チャーリー・パーカーに見いだされロスで彼のカルテットに1週間参加、今日のモダンジャズの創生の一翼を担った。 その後、ジェリー・マリガンのピアノレス・カルテットに参加、当時のマイルス・デビスを凌ぐ人気を得るまでになった。いわゆるウエスト・コースト・ジャズ全盛時代である。 1953年、自己のバンドを結成しヴォーカルでの評価も高まるなど活発な活動を展開したが、麻薬常習からトラブルが絶えずやむなく活動の大半をヨーロッパで行った。彼のトランペットを聴くに、「努力の人」とか「セッションで鍛え上げた」という汗のにおいが全然しないわけで、歌と同じく持って生まれた才能でたちまちスターになってしまった天才肌の人なんでしょうね。

「LIVE AT RONNIE SCOTT’S」というビデオでは、チェットの故国アメリカのジャズ・シーンを酷く憎んでいるかのごとき発言がインタビューで数多く見受けられ、驚くほどです。この破滅型の天才トランペッターの晩年のその容貌の驚くべき変貌は、どうしても”人間のもつ弱さ”というものを突きつけてくるようです。しかしながら、彼のプレイまでを駄目にしたわけではないことに救いがある。



「チェット・ベーカー・シングス」

『つまりこのレコードは「チェット・ベーカー・シングス」という曲が一曲あって、それが十四楽章に分けられた組曲ふうの大作ということである。第十楽章の「My Funny Valentine」は『ポギーとベス』の「サマータイム」みたいなものだろう』...寺島靖国

『彼の歌は、無邪気な甘ったるさで女の子たちをなぎたおした』...レックス・リード

『歌い方を知らないのに、何かが心に響くヤツの歌って聞いたことあるかい』...オーネット・コールマン



ジャズ界のジェームス・ディーン........。
端正な顔立ちと、甘い歌声で、ジャズ界きってのアイドルと称されたチェット・ベーカーです。1950年代のはじめ頃はマイルス・デイヴィスよりもずっと人気があったのです。ウエスト・コースト・ジャズはロサンジェルスやサンフランシスコなどの西海岸の主に白人ミュージシャンがやる、クールでオシャレなジャズでした。チェット・ベイカーはこのウエスト・コースト・ジャズのスターだったのです。彼がいかにとんでもない人生を送ったかは、彼の死の直前にブルース・ウェーバーという写真家が撮影したドキュメンタリー映画、「レッツ・ゲット・ロスト」を観るとわかります。ぜひご覧ください。



『...10代は、ボビー・ハケットに夢中だったという。これで謎が解けた。ベイカーの軽いサウンドはボビー・ハケットに範を求めていたのだ。ヒックス・バイダーバック~ボビー・ハケット~チェット・ベーカーのラインはウエスト・コーストのトランペット奏者の原点であった、という見方もできる。今にして思えば、全盛期のベーカーは”ウエスト・コーストのビックス・バイダーバック”であったのかも知れない。』...斉木克己



チェットは、生涯にじつに多くのレコーディングをのこしたが、歌う曲はおなじみのスタンダードばかり。しかしチェットが歌うと、そこに独特の世界が広がり、聴く者はついついその霧につつまれてつぶやくような演奏世界に引き込まれてしまいます。中性的と形容されるアンニュイな歌声、その歌声とリリカルなトランペットのハーモニーが絶妙です。そういう意味では、チェットの歌と演奏には麻薬的な魅力が潜んでいます。チェットは音楽理論はダメ、譜面ももちろん読めなかったそうです。それが為か、ジャズ・ヴォーカルにありがちな大胆なフェイクは行なわず、決してメロディを崩さずストレートに歌い上げるスタイルはいたってシンプル、それでいて実に味わい深い。まるで耳元で囁くようなソフトな感触の歌声はロマンティックなダンデイズムを感じさせてくれる。



55年、ディック・トゥワージック(p)を含むカルテットで渡欧したが、ディック・トゥワージックはバークレイ・レーベルで二度目のレコーディングを終えた後、サン・ベノワ通りのホテルの部屋で麻薬のショックで命を落とした。実はツアー中に、チェットに麻薬を教えてのはトゥワージックだった。これがチェットにとってのつまずきの始まりとなった。彼を”本物の天才”と評価していたチェットは悲しみに打ちひしがれた。
60年にMGMから映画「夜が泣いている」の主演を持ちかけられたが、なぜかそれを蹴ってヨーロッパへ行ってしまう。相手役はなんとあのナタリー・ウッドであったという。彼はウエストコーストよりヨーロッパを好んだのだ。



彼の歩み続けた人生は波乱に満ち、まさにジャズそのもの....。麻薬常用のために体をこわして、傷害事件にあったり、収監されたりと、59年後期から60年代はジャズ・シーンから姿を消していたが73年に復帰する。



77年に「ユー・キャント・ゴー・ホーム・アゲイン」(A&M)を発表し評判になったが、アメリカの風は彼に冷たかった。逃げるような形でヨーロッパへ渡り、各地を転々とする。86年には初来日を果たしている。



My Funny Valentine(1937)

へんてこりんなバレンタイン。可愛くって、可笑しなバレンタイン。
あなたを見ていると、思わず微笑んでしまうわ。
あなたの姿ときたら笑っちゃう。写真向きじゃあないわね。
でも、私好みの芸術作品だわ。
体型はギリシャ彫刻より落ちるし、口元はちょっと締まりがないし、
話し方だってスマートじゃないわ。
でも、髪の毛一本変えちゃダメ。私のこと愛してるんだったらね。
そのままでいてね、可愛いバレンタイン。ずっとそのままでいて!
私には、毎日がバレンタイン・デーなの。



1988年5月13日金曜日午前3時。チェット・ベーカーは宿泊先のアムステルダムのオランダ・ビート・ホテルの2階の窓から転落して謎の死をとげた。部屋には、ヘロインが残されていたという。
チェットのヴォカールはトランペッターの余技などではなく別格の天才シンガーであり、そのヴォーカルの甘さとはかなさの奥底には我が身を滅ぼしてゆく人間独特のアナーキーな退廃感が漂っている。チェットは晩年、トランペット一本を持ってヨーロッパ中をさ迷い歩かねばならなかったが、その枯れ切ったとしか云い様のないトランペットからは技術の巧拙を超えた"Something"が伝わってくる。かつて、ビリー・ホリデー、レスター・ヤング、バド・パウエルが晩年、ボロボロになっても魂の歌を歌っていたように、ジャズの中にすでにある破滅性としてのジャズの本質を生きただけなのではないか...。






ekato


この「My Funny Valentine」を愛し続けたチェット・ベーカーは好んでこの曲を何回もレコーデイングしています。まさに永遠の輝きを放つ素晴しい恋の歌ですね。人生の中で、最小の単位は二人...。恋人同士には、毎日がバレンタイン・デーなんですね?!忘れちゃいませんか?


マイ・オークションをごらんください











最終更新日  2005年08月31日 00時12分45秒
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2005年07月24日
 

○o。『8年ぶりに活動を再開している大西順子』。o○
秋吉敏子さんを別格として、最近のジャズ状況の女性ピアニスト・ブームの先駆けである大西順子さんは2005年4月5日(火)吉祥寺サムタイム、トランぺッター大野俊三の帰国縦断コンサートのメンバーとして8年ぶりに活動を再開し7月のライヴ・スケジュールはありますが、8月以降のスケジュールは未定....。



LD『JUNKO ONISHI TRIO at the Montreux Jazz Festival 1996』

大西順子 (pf) 荒巻茂生 (b) 原大力 (ds)

 昨晩、結城市の茨城県結城市紬の郷サウンドフェスタ♪へ行って来ました。西藤大信カルテット featuring ドミニク・ファリナッチ、TOKU(Vocal,flugelhorn)、Rene Marie(ボーカリスト、ソングライター)、Quentin Baxter(Drums)、鈴木 道子(Vocal)など豪華メンバーが出演、白熱のJAZZ NIGHTでした!
宮本貴奈 and Friendsの終演後、ベースの米木康志さんに大西順子さんの活動再開について直接お聞きする機会がありました。米木康志さんは7月の大西順子トリオのメンバーです。

「 彼女自身は、まだ再開を躊躇している状態のようで、とりあえず7月一杯、一ヶ月限定の活動.....」ということだそうです。
大西順子さんの完全復帰を切に望みます!!!



Special Thanks ! To Junko Onishi with Love.



『Wow』

大西 順子(1967.4.16~)・・・活動を停止しながらもなお、人気、実力ともにJジャズ界のトップに君臨する女流ピアニスト!とても女性とは思えない強力なタッチとドライブ感と訴求力は今尚その天才を感じさせてやまない!京都生まれの東京育ちの小柄で華奢な美人ながら相手を射抜くような鋭く強い眼光の持ち主。4歳からピアノを始める。高校時代、兄が持っていたセロニアス・モンクのレコードを聴いて衝撃を受け、ジャズに開眼。都立国立高校卒業後、1986年、バークリー音楽院留学のため渡米。同窓のデルフィーヨ・マルサリス、ロイ・ハーグローブ、ジェフ・キーザーらと共演。在学中にスライド・ハンプトン・バンドでプロ・デビュー。89年同校を首席で卒業。その後ジェシー・デイヴィス,ゲイリー・トーマス、ジョー・ヘンダーソン、ケニー・ギャレットらのバンドでの活動、テレンス・ブランチャード、グレッグ・オズビーらとの共演、ミンガス・ビッグ・バンド、ミンガス・ダイナスティなどへの参加により注目を集める。アップタウンのオーキーズ(ライブハウス)の飛び入り演奏で認められ、1991年、ジョー・ヘンダーソンらと世界ツアーに参加。92年に帰国。向井滋春グループやバークリー時代の仲間と結成した自己のトリオで活躍する。93年に初リーダー作『Wow』をリリースし、大ベストセラーとなり旋風を巻き起こす。ジャズ・レコード・セールスでは珍しく5万枚の売り上げを記録した。同年のスイングジャーナル誌ジャズ・ディスク大賞日本ジャズ賞を受賞。7月、ビリー・ヒギンズ(ds)、ロドニー・ウィテカー(b)と共に初の海外録音「クルージン」発売。



『ライヴ・アット・ヴィレッジ・ヴァンバード1』

1994年、ニューヨークの名門ジャズクラブ「ビレッジ・バンガード」に日本人初の自己グループを率いて一週間公演。94年の『ヴィレッジ・ヴァンガードの大西順子』発売。94年12月、スイングジャーナル誌読者投票で史上最も人気のある女性ジャズ・ミュージシャンに選ばれる。
95年の『ヴィレッジ・ヴァンガードの大西順子II』がスイングジャーナル誌ジャズ・ディスク大賞銀賞。3月出光音楽賞受賞。4月、スイングジャーナル誌読者投票にて<ジャズマン・オブ・ジ・イヤー>をはじめ 、<アルバム・オブ・ジ・イヤー><コンボ><ピアノ>の4部門受賞。以降、『ピアノ・クインテット・スイート』もスイングジャーナル誌ジャズ・ディスク大賞日本人ジャズ賞受賞。96年の『プレイ・ピアノ・プレイ』もがスイングジャーナル・ジャズ・ディスク大賞日本人ジャズ賞受賞。97年5月、スイングジャーナル誌読者人気投票で4年連続<ジャズマン・オブ・ジ・イヤー><ピアノ>他一昨年に続いて<アルバム・オブ・ジ・イヤー><コンボ>などの4部門を受賞。6~7月、約1ヶ月間のカナダ・NYツアーを実施。98年の『フラジャイル』(以上Somethin' Else)など、ジャズ界の話題をさらうベストセラー作を次々とリリースし続けた。



『hat trick』JACKIE McLEAN meets junko onishi

また、96年には、ジャッキー・マクリーン、ジョー・ロバーノのアルバムに参加したほか、日本人若手ミュージシャンによるJazz Workshopにも参加、3枚組コンピレーション『パンドラ』をプロデュースしている。そのどれもが日本人のジャズ・アルバムとしては破格のセールスを記録し、彼女が出演するジャズ・クラブはかならず立ち見が出た。数々の賞を受賞し、CMや女性誌をはじめとするマス・メディアのも頻繁に登場するようになった。この当時、大西順子ががまさに日本ジャズ界の牽引力になっていた。



『フラジャイル』

1998年7月、エレクトリック・ピアノやクラヴィネット、オルガン、エレクトリック・ベースを用いジミ・ヘンドリックスの「HEY JOE」、クリームの「SUNSHINE OF YOUR LOVE」を取り上げた非4ビートな『フラジャイル』を発表。そのグルーヴさはジャズ・ファンの度肝を抜いた。



人気と実力を背景に実名を挙げて音程が悪いなどどと日本人ミュージシャンをコケ下ろしたり、正論ではあるがレコーディングやライブの現場に対する不満を歯に衣を着せぬ口調でぶちまけるなど辛辣な発言が目立ったり、非4ビートな『フラジャイル』の評価などが原因で摩擦が生じ引退、隠遁へと加速したと推測されていた.....???



エレキな順子さん!U^ェ^U

スイングジヤーナル誌のジャズメン・オブ・ザ・イヤー、コンボ・オブ・ザ・イヤー、ピアノ・オブ・ザ・イヤーの4部門で4年連続第1位を獲得。聴衆を魅了する力強いピアノタッチとドライブ感は「格闘技」とも評される。
1998年12月6日、文化パルク城陽で里帰りコンサートを開催、99年4月、アルトサックスの巨人、フィル・ウッズとの共演盤「クール・ウッズ」発売。10月、ブルーノート・クラブ・ツアーを実施(東京、大阪、福岡)して以降活動を停止していた。



◆7月のスケジュール◆

◇7/13(水)【南青山 Body And Soul】

大西順子 (pf) 米木康志 (b) 原大力 (ds)

◇7/29(金)【六本木 Alfie】

大西順子 (pf) 米木康志 (b) 原大力 (ds)



ekato

「祝 大西順子 復帰!祈願 完全復活!」...U^ェ^U


○o。J-JAZZ界大輪の花!絶好調!寺井尚子☆J-Jazzの女神☆。o○ ♪

○o。JAZZ in Elegance!...木住野佳子 in OGO SHANTE 。o○ ♪

○o。「ソフィスティケイテッド・レディ」秋吉 敏子Solo  Jazz Live in L'AUTRE MAISON 西の洞o○ ♪も合わせてご覧ください。



おまけに○o。『親爺握手自慢高嶺乃花美女十景』見れば判る!。o○☆J-Classics&Jazzの女神達☆可愛いだけじゃダメかしらん.............!? ♪も合わせてご覧ください。











最終更新日  2005年07月24日 17時50分15秒
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2005年07月09日



■<Rene Marie & 宮本貴奈 ベルスタサマージャズコンサート>■
in 7/19(火)栃木県小山市ベルトリー音楽院
~Open 18:30 / Start 19:00~


■宮本貴奈トリオ w/Quentin Baxter (Dr)  & 佐藤’ハチ’恭彦(Bass)■
・スペシャルゲストボーカル /鈴木道子

・会費 大人:前売り¥3,000(当日¥3,500)/小人(中学生以下):前売り・当日共¥1,500 

<お問合せ先> ~ベルトリー音楽スタジオ鈴木まで。
TEL:0285-25-1577 / FAX:0285-25-1125



Takana Miyamoto



■宮本貴奈<Piano,Melodica,Recorder>■

アトランタ在住の結城市出身ジャズピアニスト。高校卒後、1993年米国のバークリー音楽院に入学し、在学中96年ウラノフスキー作曲賞、97年第1回松下ピアニスト賞を受賞、97年映画音楽科・ジャズ作曲科二科を卒業。その後NYに移り、98年、ランディー・エドマン・ジャズピアノ大会にて優勝、本場で一流ミュージシャン達と共演を重ね、国際的に音楽活動を始める。2001年ジョージア州アトランタに移り、インターナショナル・ジャズ・ソサエティーにより、"ライジング・スター・ピアニスト"に選ばれる。「ピース・オブ・ケーキ」「イッツ・オール・アップ・トゥ・ユー」「ツリーソング」の3枚のソロアルバムをリリース。現在、ジャズ歌手二―ナ・フリーロンの専属ピアニスト・編曲者として世界各地で演奏活動を行っているが、ピアノ・編曲と音楽監督をつとめたフリーロンのアルバム、「ソール・コール」は、2000年のグラミー賞に二部門でノミネートされた。 



宮本貴奈ニューソロピアノアルバム“Piano Tales”



■Rene Marie(レネー・マリ-)■

 

バージニア州ロアノーク市出身。ボーカリスト、ソングライター。
幼少の時に兄のピアノレッスンを見学しながら独学でピアノを習い、ラヴェル、PPM,ビートルズ、ジェームス・ブラウン、ニーナ・シモン、ロベルタ・フラックなど幅広いジャンルに影響を受ける。18歳の若さで結婚、二児の母となり、銀行に勤めながら趣味として音楽を続けるが、1998年に自己製作CD”ルネッサンス”をプロデュ-スし、プロとして活動を始める。MAXJAZZレーベルと契約、”How Can I Keep FromSinging?"を発表、第二作目の”Vertigo"は、フランスのジャズアカデミーに、2002年国際ベストジャズボーカルCDに選ばれた。(ちなみに同年の候補者はジョニ-・ミッチェルとカサンドラ・ウィルソン!アメリカのグラミー賞に当たる名誉です。)同レーベル第三作目、”ライブ At Jazz Standard"が今年4月に発売され、ビルボード誌で売り上げ20位をマークし、又ダウンビート誌のジャズ評論家投票で4位に選ばれた。ピアノで鍛えたハーモニー感、抜群のリズム感、独特のインスピレーションを持って、歌詞の意味を深く理解し表現できる、味わい深いボーカリスト/ソングライタ-である。屈託のないステージトークも好評である。
 パートナーのAddae Jahi(サックス奏者、作曲家)とアトランタ在住。宮本貴奈の最も尊敬する女性の一人で、人生と音楽の良きアドバイザーである。日本食ではおすしが大好物、その他、日本の美術に興味があるという。



スペシャルゲスト!Quentin Baxter (Dr)

1970年8月28日サウスキャロライナ州チャールストン生まれ。
クエンティンはドラマー一家に生まれました。父母そして彼の3人の兄弟と共に、クエンティンも教会で様々な種類のドラムやパーカッションを叩いていました。北チャールストン高校在学中から彼は引っ張りだこのドラマーとして尊敬されていました。またゴスペルミュージシャンとして数々の地域コンサートに最初にお呼びの掛かるドラマーとして、彼の檀家(教会)の音楽監督、キリスト教教会のコーラス隊のドラマー、そしてゴスペル音楽講習会の若手音楽家として活躍していました。
クエンティンは地元のサウスキャロライナ大学と後にチャールストン大学にて音楽理論と作曲の学士号を取得、そして今はジャズパーカッションの助教授として勤めています。大学で教鞭を取る傍ら、Gradual Lean, Brazilia, Q. Baxter Jazz Ensemble w/ Poetic Jazz Society of Charleston, Charleston Jazz Allianceなどで演奏したり、作曲活動、また自己のグループEmanonを率いて活動中です。サイドマンとしては現在モンティ アレキサンダー、ルネ マリーとツアー中。宮本貴奈トリオのメンバーとして、ニューアルバム"Live at Churchill Grounds"にも参加しています。また James Spaulding, Bobby Watson, Eddie Henderson, Donald Byrd, Charlie Byrd, Sonny Fortune, Wycliff Gordon, Marcus Printup, Terry Gibbs, Marcus Robertsなどの素晴らしいミュージシャン達とも共演しました。日本をはじめ、韓国、グアム、ハワイ、ジャマイカなど海外でも活躍。数多くの音楽スタイルをこなすとても器用なドラマーとして有名です。昨年はドラム独奏でチャールストンのガラ教会のリズムを聞かせてくれます。お寿司、シーフード、ブルーマウンテンコーヒーと赤ワインが大好きで、今回の来日、そして小山ベルトリー音楽院、結城での公演をとても楽しみにしています。

■佐藤’ハチ’恭彦
7/19(火)のベルトリー音楽院コンサートでのベーシストは佐藤’ハチ’恭彦でした。若手を代表するすばらしいベーシストです。

ちなみに彼のホームページはhttp://www008.upp.so-net.ne.jp/hachi-bass/

■7/23(土)茨城県結城市紬の郷サウンドフェスタ■
茨城県結城市紬の郷サウンドフェスタ

ボーカル/Rene Marie
ピアノ/宮本貴奈
ドラムス / Quentin Baxter
ベース / 米木康志
スペシャルゲストボーカル / 鈴木道子
スペシャルゲスト / TOKU

昨年の宮本貴奈トリオLIVE&茨城県結城市紬の郷サウンドフェスタ

■宮本貴奈さんからのメッセージです。

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皆さんこんにちは。宮本貴奈です。暑中お見舞い申し上げます。今ジャズフェスティバルの仕事でダラスに来ています。
来週帰国します。今回はふるさとの茨城県結城市紬の郷サウンドフェスタ10周年記念もあり、スペシャルゲストをアメリカから二人、
ボーカリストのRene Marieと、「Qちゃん」ことドラマーのQuentin Baxterを、大好評にお応えして招待して関東ツアーをやります。
日本国内からもTVコマーシャルなどでおなじみのTokuや、ソウルフルなボ-カリスト鈴木道子、ドラマーTommy Campbellなど豪華メンバーが参加します。みなさまそろって御出かけください。

Rene Marie & 宮本貴奈関東ツアー

Vocals / Rene Marie
Piano / 宮本貴奈
Drums / Quentin Baxter, Cecil Monroe (7/24), Tommy Campbell (7/26)
Bass / 米木康志, 佐藤’はち’恭彦(7/19) 嶌田憲二 (7/26)
Guest Vocals / 鈴木道子 (7/19, 22, & 23)
Special Guest / Toku (7/23)

7/19 (火) ベルトリー音楽院 栃木県小山市(0285-25-1577) (7pm開演)
7/21 (木) 南青山Body & Soul (03-5466-3348)www.bodyandsoul.co.jp(8:30pm&10:20pm)
7/22 (金) Cafe Ups 茨城県古河市 (0280-32-4713) www.sanyoh.jp/ups(8pm)
7/23 (土) 茨城県結城市紬の郷サウンドフェスタ www.ogr.cc/soundfesta(5pm開演 他のバンドも出演します)
7/24 (日) 吉祥寺サムタイム30周年記念ライブ( 0422-221-6336) www.sometime.co.jp/sometime(7:30pm&9pm)
7/26 (火) 渋谷 JZ Brat (03-5728-0168) www.jzbrat.com(7:30pm&10pm)
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宮本貴奈サイドマン出演
7/13 (水) w/ Toku @ 六本木 Alfie 03-3479-2037 http://homepage1.nifty.com/live/alfie/(8pm&10pm)
7/14 (木) w/ 藤原大輔(sax)@ 新宿 Pit Inn 03-3354-2024 www.pit-inn.com(8pm)
8/ 2 (火) Toku & 宮本貴奈 duo @ Cafe Ups 茨城県古河市(0280-32-4713)www.sanyoh.jp/ups(8pm)
ーーーーーーーーーーーーーーーーー


ekato


 ↑ン!(´-`).。oO







最終更新日  2005年07月10日 14時55分38秒
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2004年12月26日
 
○o。J-JAZZ界大輪の花!絶好調!寺井尚子☆J-Jazzの女神☆o○




○o。寺井尚子(ヴァイオリン)。o○





寺井尚子(1967.5.1~神奈川県出身)・・・瑞々しい感性と豊かな表現力で人気の実力派女性ヴァイオリニスト。4歳よりヴァイオリンを始める。12歳で毎日新聞社主催「学生音楽コンクール東日本大会」奨励賞受賞。14歳で再度受賞。
86年、ジャズ・ヴァイオリニストとしてプロ・デビュー。95年、ケニー・バロン(p)に認めれ、<Things Unseen>のレコーディングにゲスト参加。以降、数々のアルバムにゲストとして参加した後、98年12月、初のリーダー・アルバム<Thinking of You>をリリース。99年9月には、セカンド・アルバム<Pure Moment>をリリース。一方、レコーディング活動と並行して、ザ・シンフォニーホールにおける関西フィルハーモニー管弦楽団との共演をはじめ、寺井尚子カルテットによるサントリーホール公演、東京・大阪・福岡の各ブルーノートでの公演、赤坂BLITZでの公演など、精力的なコンサート活動を展開。スイングジャーナル誌人気投票「MISC INSTRUMETNS(その他の楽器部門)」第1位。 (以降、現在まで4年連続第1位)


 
2000年9月、ギタリスト、リー・リトナーをプロデューサーに迎え、サード・アルバム<Princess T>をリリース。リー・リトナーをはじめ、レコーディングに参加したミュージシャンのサポートを得て行った全国主要都市6ヶ所におけるホール・ツアーも大成功をおさめた。このツアーの模様はライブ・アルバム<LIVE>で聴くことができる。また、「トップ・ランナー(NHK)」、「クラシック・アワー(NHK)」、「新・題名のない音楽会(テレビ朝日) 」といったテレビ番組にも多数出演するなど、幅広い活動を展開している。
2000年には関西フィルハーモニーのニュー・イヤー・コンサートにソリストとして客演。スイングジャーナル誌主催ジャズ・ディスク大賞「ニュー・スター賞」受賞。平成12年文化庁芸術祭テレビ部門 優秀賞受賞作品 NHKドラマ「袖振り合うも」音楽監督担当。



2001年 リシャール・ガリアーノをゲストに迎え、初のセルフ・プロデュースによる5thアルバム「All For You」発表。アルバム発売をはさみ、<寺井尚子All For Youツアー2001~2002>を全国8か所で展開。
2002年 リシャール・ガリアーノの「ジャンゴ・ドール」受賞記念コンサートに招かれ、フランス・レマンで再度共演。



ハービー・ハンコックをプロデューサーに迎え、東京スタジアムで開催された「東京JAZZ 2002」のオープンニング・アクトとして出演。その演奏を聴いたハービー・ハンコックの要請で、マイケル・ブレッカー、ウェイン・ショーターら錚々たるメンバーによる<SUPER UNIT>に唯一の日本人アーティストとして特別参加。
レコード会社を東芝EMIに移籍。


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○o。 寺井尚子 。o○

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◇寺井尚子コンサート2004.12.19 Winter in 那須野が原ハーモニーホール◇

ギター/細野義彦◇ピアノ/北島直樹◇ベース/成重幸紀◇ドラム/中沢剛





絶好調!





とにかく凄い!演奏でした。
寺井さんの美しい笑顔と、踊るような演奏!バイオリンが歌ってます。寺井さんから白い炎がたっているように見えて感激でした。ルックスは別にして、とにかく、先ずはその深い音色です。この音色だけで、魂を揺さぶられる。純粋に音楽に対峙する時の真摯な姿勢がピュアな音として弾き出され、音楽の存在意義とも言える純粋な感動を与えてくれます。特にクラシックの素養の有る女性ミュージシャン特有の繊細さは、今の私には一番心地良いものです。すべてのフレーズが歌っています!こんなバイオリンを聴いたのは初めて!



一曲目のショスターコビッチの難曲「JAZZ WALTZ」から最高のテンションで始まりそのテンションはヒートアップする一方!アップ・テンポの情熱的な演奏とスローな叙情的演奏も優雅さと躍動感が融合していてこのコントラストが実にお見事!ウエスタン調やタンゴ調、ワルツなど独自の寺井サウンドを聞かせてくれます。終始ステップを踏みながら体全体でリズムを取る美しい仕草が実に情熱的。

 

1最後の「ハバネラ」の力強さには驚きでした。次第にヒートアップしてスピード感強烈なグルーヴをグングン繰り出してきます。フレーズの中にいろいろなアイデアが湧き出てきて各パートのソロも見せ場でした!片腕と紹介した北島直樹のピアノがソロのテンションを高めてきてなかなか存在感のある演奏を聴かせてくれ尚子さんとのツーショット・インタープレイには正しくJAZZの醍醐味!お見事!各自ソロパートへの指示の出し方もてきぱきして女王様然として小気味GOOD!ボンデージも良く似合うのでは!!!あは!U^ェ^U





ジャズ・ヴァイオリンといえばグラッペリだと思っていたけど、尚子さん全く違うスリリングなアプローチで聴かせてくれます。たとえクラシック曲でも寺井尚子が弾くとジャズになるのは、ジャズ特有のリズム感覚=グルーヴ感を持ち合わせているからですね。「JAZZ WALTZ」はショスタコーヴィチの曲ですが、寺井さんのジャズ・バージョンは狂おしいというか官能的というか、聴いていてとても艷めかしい気分になる名演です!またお持ちかねのピアソラの「リベルタンゴ」も素晴らしい出来でした!寺井尚子のヴァイオリンならではの官能的なジャズはその美貌と相俟ってワン・アンド・オンリーの個性を既に確立してます。アンコールでの音の数を極力減らしたトラディショナル曲「DANNY BOY」は、泣きたくなるような深い郷愁を感じさせる感動的な名演でした。



ホント!彼女はエンターティナーだな~とも思います。彼女のミニ・スカート姿は実に結構!人に見られることを常に意識して、表情も豊かだし、動きも美しい。ホントに美しい人なんで、照明を浴びて浮かび上がる姿を見てるとオヤジうっとり~。
”スカートの下の激情”なんちゃってオヤジギャグもでるほど~。
名付けて魅惑のジャズフェロ(JAZZ FHEROMONE)1000%!!!
最後まで鬼気迫る演奏をハート・ツー・ハートで届けてくれました。









 ステージでは「弾きやすいから」(寺井)とノースリーブ姿が多く、クリスチャン・ディオールの新デザイナー、ジョン・ガリアーノやニナ・リッチの服をさらりと着こなす。そんな寺井に最近は追っかけサラリーマンファンも登場し、「ライブが終わった後、宝塚ファンやジャニーズファンがよくやる『出待ち』をするサラリーマンも多い」(スタッフ)とか。

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初めてのフォト&エッセイ集「弦の熱情」(宝島社刊)◇ライヴ「過ぎ去りし日々」収録DVD付



ekato

「NAOKO MY LOVE.」












最終更新日  2004年12月26日 00時54分35秒
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2004年12月17日

■宮本貴奈トリオ w/Quentin Baxter (Dr) & 上村信(Bass)■
in 12/23(木)栃木県小山市ベルトリー音楽院<ベルスタコンサートVOL.24>

~OPEN 17:30/START 18:00~



Takana Miyamoto


■宮本貴奈トリオ w/Quentin Baxter (Dr) & 嶌田憲二(Bass)■
in 7/28(水)栃木県小山市ベルトリー音楽院<ベルスタコンサートVOL.23>♪
も合わせてご覧ください。

♪今回はホワイトX'masパーティーコンサートです。”座って聴く”だけにとらわれないX'masならではのスペシャル企画!!!
お飲み物やちょっとしたおつまみとデザートもご用意しております。クイズに正解した方には景品も・・・宮本貴奈トリオ&ゲストが送る本格Music♪JAZZ中心のアットホームな立食型コンサートです。



宮本貴奈<Piano,Melodica,Recorder>

アトランタ在住の結城市出身ジャズピアニスト。高校卒後、1993年米国のバークリー音楽院に入学し、在学中96年ウラノフスキー作曲賞、97年第1回松下ピアニスト賞を受賞、97年映画音楽科・ジャズ作曲科二科を卒業。その後NYに移り、98年、ランディー・エドマン・ジャズピアノ大会にて優勝、本場で一流ミュージシャン達と共演を重ね、国際的に音楽活動を始める。2001年ジョージア州アトランタに移り、インターナショナル・ジャズ・ソサエティーにより、"ライジング・スター・ピアニスト"に選ばれる。「ピース・オブ・ケーキ」「イッツ・オール・アップ・トゥ・ユー」「ツリーソング」の3枚のソロアルバムをリリース。現在、ジャズ歌手二―ナ・フリーロンの専属ピアニスト・編曲者として世界各地で演奏活動を行っているが、ピアノ・編曲と音楽監督をつとめたフリーロンのアルバム、「ソール・コール」は、2000年のグラミー賞に二部門でノミネートされた。

■お問い合わせ■




栃木県小山市駅東通り1-35-7 ベルトリー音楽院

<<会費>>

大人 前売り¥3,000-(当日¥3,500-)/小人前売り当日とも¥1,500-
TEL/FAX 0285-25-1125 ベルトリー音楽スタジオ(鈴木まで)






最終更新日  2004年12月17日 14時59分19秒
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2004年10月31日



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日本赤十字社が新潟県中越地震の義援金受付を開始しております。
みなさまの温かいご支援よろしくお願い申し上げます。
日本赤十字社「新潟県中越地震災害義援金募集中」をご覧ください。
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JAZZ in Elegance!...木住野佳子 LIVE in OGO SHANTE




<<Kishino Yoshiko Trio>>
 
木住野佳子(Pf) 鈴木良雄(B) 市原康(Ds)



昨日(10/30)木住野佳子さんのLIVEにいって来ました!熱々サインもご覧下さい!
会場は家から100K以上2時間も離れた群馬県勢多郡大胡町の「SHANTE」、音が良くて素晴らしい会場でした。夏に仙台のLIVEのチケット手配してたのですが、どうしても行けなくてこの日を待ってました。U^ェ^U
この夜の彼女は、1stはノースリーブの黒のパンツスーツで登場です。美白!真っ白な陶磁器のように美しいです。二の腕も若く美しい。あは!2ndは上記の写真と同じ感じのスカート姿、優美で可憐!あ!市原康(Ds)さん茶髪にしてるよ!ちょと老けて見えるな。鈴木良雄(B)さんはますます好々爺然としていい味だしてます。
 エヴァンス派の木住野さんのピアノは、女性らしい優しくて、しかもよく歌うピアノで、全体的に聴きやすく耳に凄く馴染みます。木住野さんのピアノの音色の美しさは定評があります。絶対音感を持つだけにあって他の追随を許さない美しさがあります。あえてミディアムなテンポでゆったりとしたプレイからは、彼女ならではの洗練されたタッチと美しい旋律が流れ出してきて存分に酔いしれ堪能してきました。 U^ェ^U
それにしても木住野佳子さんのオリジナル曲にはホント名曲が多くコンポーザーとしての才能は、最新作「プラハ」で実証されました。日本的な情緒を感じるのも木住野さんならでは。
でも、ピアノトリオの編成ですからCDやDVDで聴くシンセやエレピを取り入れたコンテンポラリーな感じよりもジャズ色濃くて、結構ストレート・アヘッドなアドリブが随所に聴かれてノリノリになっちゃいました。やっぱりJAZZは生です!JAZZ生よ!2セット目の頭に「ワルツ・フォー・デビー」を演奏、木住野さんの敬愛するビル・エヴァンスの詩情とダイナミズムを消化した繊細な演奏は、深い感動を与えてくれました。
アンコールは勿論感動の「ダニー・ボーイ」でした。極美!



<2004 10/30演奏曲目リスト>

━((1ST))━
マンハッタン・デイライト
バイ・ザ・シー
ザ・レッド・ブラウズ
ララバイ
オアシス

━((2D))━
ワルツ・フォー・デビー
ユー・アー・ソー・ビューティフル
新曲(Untitled)
ヴェラ・クルーズ
ザ・ブレスト・ワールド

アンコール  ダニー・ボーイ



”ユー・アー・ソー・ビューティフル&エレガント”



DVD「テンダネス・ライヴ!」商品番号: UCVJ-1001
収録:2000年10月23日/赤坂ブリッツ

(1)ストレンジャー・イン・パラダイス(2)わが恋はここに(3)ロスト・イン・ザ・ドリーム(4)マンハッタン・デイライト(5)フィール・ライク・メイキング・ラヴ(6)ラヴ(7)ワルツ・フォー・デビー(8)イスラエル(9)テンダネス(10)ララバイ(11)バイ・ザ・シー(12)G線上のアリア(13)ザ・ブレスト・ワールド
(14)アンコール-ダニー・ボーイ

木住野佳子(p)古野光昭(b)市原康(ds)藤陵雅裕(sax)新澤健一郎(key)村山達哉(va)栄田嘉彦/桑原幹子(vn)笠原あやの(vc)



<木住野佳子 Yoshiko Kishino>

東京生まれ。両親の薦めで3歳からピアノをひきはじめる。その頃から絶対音感に恵まれ、通っていた幼稚園の音楽教室でその才能の片鱗を披露していたという。音楽好きのファミリーの中にあって、クラシックを学ぶかたわら、中学時代にはビートルズのコピーバンドを結成するなど、早くもバンド志向に目覚めていた。ラジオのヒットチューンにも敏感で、高校時代はいくつものバンドに参加して学園祭などで大活躍するなど、音楽少女(ロック姐ちゃん=本人の弁)として多感な青春時代をすごした。桐朋学園大学音楽部に入学し、本格的にクラシックを学ぶと同時に、ロック更には一世を風靡したリー・リトナーや渡辺貞夫の音楽にインスパイアされて、フュージョン・バンドにも加わる事になる。出場したヤマハ・ポピュラー・コンテストでは「ベスト・キーボード賞」を2度受賞するなど、この時代に幅広いポップス感覚を養っていく。



大学卒業後、自らのグループを結成し、ライヴ活動を続けると共に、作・編曲にも励む。この後、ライヴ活動の際の「即興演奏」の重要性に興味を持ち、この事でジャズへの関心を急速に高める事になる。当時の彼女のジャズ・アイドルはオスカー・ピーターソンだったとか。1987年、有森也実のデビュー作となった松竹映画「星空の向こう」の映画音楽を担当し、その作・編曲面での評価を受けるチャンスにも恵まれる。この頃から都内のライヴ・ハウスを中心に、坂田明ら個性派ミュージシャンと交流を持ち、当時参加していた民謡の伊藤多喜雄グループでは、イスラエル、エジプト、トルコを訪れる中近東ツアーに参加する等、活動の幅をより一層広める事になる。彼女のジャズへの傾倒は亡き白人ピアニスト=ビル・エヴァンス研究という形で深まり、その後の演奏面、作・編曲面に色濃く反映されていくことになった。



そして、2004年3月。1年半ぶりに全編木住野のアレンジでストリングスをフューチャーした新譜『プラハ』をリリース。まさに木住野の新境地クラシカル・エレガンスなサウンドで話題を呼んでいる。
 ジャズのみならす、ジャンルを拡げをサウンドはスケール感のあるアーテイストとして大きな可能性を秘め、期待を寄せられています。




「.....音を全部コピーするような、エヴァンス研究家のピアニストの方がいらっしゃいますけど、私にはそんな根気はなくて、ただ、寝る時にいつもエヴァンスをかけてた時期がありました。睡眠学習で私の中にエヴァンスが入ったのかもしれないですね(笑)。その時分かけていたのは、特にお気に入りの曲だけではなく、さまざまなエヴァンスで眠りました。私の中でのエヴァンスはトータルなイメージがあるというか、どの曲、どの演奏のそれぞれに興味が湧くんですね。」
(2000.12.27インタビュー)



「.....例えば、ソロについてはどちらかというとあまり語られないピアニストだと思うんですが、ソロ・アルバムの『アローン』というのが実はとても好きで、私の最新アルバム『テンダネス』の一曲目「ダニー・ボーイ」も、エヴァンスがこのソロでやってるのを聴いて感動したからなんです。」
(2000.12.27インタビューより)



『テンダネス』の一曲目「ダニー・ボーイ」について
「私が好きな、しっとりしたメロディのこの曲は、今回の中で一番感動的な演奏になりました。ピアノ・ソロとストリングスという構成で演奏したのですが、この曲は、演奏者全員が、作り出す音楽の中で一つになることができて、私は、ピアノを弾きながら、涙が出てきました。あの時の感動を、聴いてくださる皆さんと共有できたら、嬉しいです。」
(CDA「Teaderness」より)



「歌う女・歌わない女」

GRP初のインターナショナル・アーチスト、 木住野佳子さん。あえて女性ピュアリストと紹介いたします。これほど「Tenderness」という言葉が似合う女性はいません。ビル・エヴァンスの詩情を愛する木住野さん、そのリリカルなピアノはエヴァンス派と称されることもありますが、木住野さんのピアノには透明感にあふれていて、語りかけてくるような優しさがあります。女性らしさを存分に感じさせるエレガントでしっとりとした大人の色香が感じられるような”女性J-JAZZ”の最高峰です。
最近では名器ベーゼンドルファーを操り新境地を開いています。



このLIVEでの白眉!アンコール-でのダニー・ボーイを演奏する木住野佳子さんには女神ミューズが降り立っているかのようです.....。あらゆる意味での”女性美”って言葉があるなら、まさにこれがそうでしょう。
音楽の源にあるもの.....。奏でられる美しい旋律とともに湧き上がってくる温かなものこそ、あなたが正しく名づけるべくものです。どうぞお好きな名前を付けてください。そして、もし勇気があったらあなたが一番好きな人にその名づけたものの名前を伝えてあげてください。苦渋に満ちた人生をもっと甘く味わう為に.....。
こうしたクオリティの高い感動こそ人を幸福にするものと確信いたします。



「ビル・エヴァンスは、あくまでも内に向かうというか、自分の中に向かっているということ。本人はつらいだろうけど、その内省や沈潜、そうした姿勢にすごく惹かれるものがありました。そうした人間性の中で、独特なアドリブを探っているという魅力になるでしょうか.....。」
(2000.12.27インタビューより)



『木住野 佳子/プラハ』
木住野佳子(Pf)ジョージ・ムラーツ(b)パヴェル・ズボリル(dr)他
今回は木住野佳子自らがストリングス・アレンジを全面的に手掛け、女性的で洗練されたピアノ・タッチと美しい旋律、そしてストリングスとの調和が彼女の新しい世界観と美しいサウンドを創り出しています。



ekato
YOSHIKO MY LOVE


世の中で、一番美しい女は、うたう女です...。
ようこそKISHINO.NETへ!



10月6日の日記
「ビル・エヴァンスに花束を~LIVE AT THE VILLAGE VANGUARD 1961年6月25日」
も合わせてご覧ください。

ラファロ事故死直後のエヴァンスのアルバム「Easy to Love」収録の名演"ダニーボーイ"をぜひ聴いてみてください....。

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最終更新日  2004年11月01日 00時58分13秒
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