陰惨アサイラム

2007/07/20(金)23:39

文系のプロポーズ

戯言(34)

「遅れてごめんね。待たせてしまったかい?」 「まあ、ちょっとだけ、ね」 「本当にごめんね。渋滞に巻き込まれて、動けなくなっていたんだよ」 「気にしてないわ。で、今日はこんな所に呼び出して、何の用?」 「ああ、君に渡したい物があってね」 「何? また本か何か?」 「いや、もっといい物だよ。さあ、手を出して」 「え? 何、これ。……結婚指輪!?」 「もう付き合いはじめて3年だからね。そろそろ頃合かと思ってさ。僕の安月給では君と二人で生きていくだけで精一杯だし、贅沢はさせてあげられない。二人の結婚生活に物質的な豊かさはないだろう。でも、精神的には豊かなものにしてみせる。それだけは、約束する。だから、こんな僕とで良かったら、結婚してくれないか?」 「……本当に、精神的には豊かにしてくれるの?」 「ああ。絶対に」 「一生、幸せにしてくれる?」 「ああ。約束する。精神的には、だけどね」 「浮気したり、他の女の子と仲良くしない?」 「ちょっと待って。今、君は『浮気したり、他の女の子と仲良くしない?』と言ったけど、文法的にそれは間違っているよ。この場合は『浮気したり、他の女の子と仲良くしたりしない?』とでも言うべきだ。言葉というものは須らく適正に使用されねばならない。ところで、君は『須らく』の意味は知っているかい?」 「え? 『全て』とか『全部』って意味じゃないの?」 「違う。全く違う。『ぜひとも』って意味だよ。だいたい、以前から思っていた事だけど、君ってやつはラ抜き言葉は使いたい放題だし、勝手に意味不明な略語は作るし、言葉のイントネーションはことごとく変だし。君が使う間違った日本語は、日本語の持つ美しさ、玄妙さに対するテロリズムだよ。というか、本当に君は日本人なのか? 実はフィリピンあたりからの密入国者だったりしないか? 仮にそうだったとしても、僕は驚かないけどね」 「な、なんで突然そんな話になるのよ! 密入国者!? あんた、頭おかしいんじゃないの!?」 「そんなに怒らないでくれよ。結婚したら君とは死ぬまで一緒なんだから、本音で話した方が良いと思ったんだ」 「じゃあ何!? あんたは今まで私と話してて文法がどうのこうのとか、ラ抜き言葉がどうのこうのとか、そんな事ばかり考えていたわけ!?」 「うん。僕って文系だし。心の中では『うっはこいつの日本語最悪だなあ』と思っていたよ。というか、むしろ小学校から国語の勉強をやり直せと思っていた。いや、思っている。今でも」 「ここまで馬鹿にされたのは生まれてはじめてだわ! さようなら! もうあなたとは二度と会わない!」 「ええと、二人称は『あんた』か『あなた』かのどちらか一方に統一した方がいいと思うよ」 「うるさい! もう帰る!」 「家まで送ろうか? 歩いてフィリピンまで帰るのは大変だろう?」 「フィリピンじゃねえよ!」

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