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堀本恵美子(ほりもとえみこ)の写真日記

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コソボ・国際平和展(IEP Kosovo)

2006.11.09
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明日から、沖縄でコソボの子供たちの展覧会が開かれますが、今回は、コソボの学校訪問でプレゼントしていただいたコソボの子供の絵などをご紹介いたします。

訪問した3つの学校で、それぞれとてもユニークな作品を送られました。



はじめに訪問した学校でプレゼントされた滝の絵
とてもリアルに描かれていて、かなり大人っぽい作品です。
コソボの子供の絵のプレゼント-1


教室に飾られている粘土細工(小学1年生にあたる年齢の作品)
とても上手なのでびっくりしました。
コソボの学校の教室


プレゼントして頂いた民族刺繍で出来ている絵とその上に載っている粘土細工
とってもかわいいりんごです。
コソボの民族刺繍の絵の上の粘土細工


日本からの子供の作品を各学校にプレゼント(私の教えている絵画教室の生徒の作品)
とても喜んで頂けました。
日本の子供の絵


2番目に訪問した廊下に壁画のある学校の生徒の作品(毛糸の貼り絵とモザイク画)
とてもユニークで、根気の要る見事な作品です。
コソボの子供の絵ー2


日本からのプレゼントー七夕の絵のちりめんの風呂敷
7月7日の日の彦星と織姫のお話をしました。
日本からのプレゼントー七夕の絵のちりめんの風呂敷


3つ目の学校でプレゼントされたコソボの民族衣装を描いた絵
女性の校長先生(右)と絵の先生(左)
コソボでは、いろいろな分野で女性がかなり多く要職に就いているので驚きました。
コソボの子供の絵ー3(民族衣装)


日本の新宿区立・鶴巻小学校からのご好意で、コソボの学校へ贈られた生徒たちの沢山の絵や折り紙のプレゼントは、国際平和展/コソボの開催1ヶ月前に送ったにもかかわらず、私たちがコソボを離れる日までとうとう届きませんでした。

私は、折り紙を多量に手持ちの荷物に入れておいたので、”平和の折鶴”を生徒たちに教える時には本当に助かりました。

又、東京IIIゾンタクラブの”東京IIIゾンタクラブ・チャリティーアート展―コソボの子供の絵とともに”での収益からお送りした寄付金は、それぞれ、”生徒たちの絵を飾るパネル”、”中古の版画のプレス機”、”絵の上手な子供のための奨学金”とそれぞれの学校でとてもよく考えられて使われていましたので感激しました。

いろいろなハプニングがあリましたが、コソボの子供たちの限りないエネルギーに未来の光を感じたコソボ滞在でした。


 


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最終更新日  2007.01.07 13:54:00
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2006.11.04
コソボの子供たちの絵の展覧会の日程が決定しました。

日時 :2006年 11月10日(金)・11日(土) [いずみ苑文化祭の日]―12月末まで 
    (詳細は会場にご連絡ください)

場所 :老健施設 いずみ苑 (医療法人 和泉会)

住所 :〒904-2205 沖縄県うるま市字栄野比1150

電話 :098-972-7123 FAX :098-972-5688


コソボの子供たちの絵 20-30点と 今までの5回にわたる日本でのコソボの子供たちの絵の展覧会の資料 と 私の絵と版画を各1点づつ展示いたします。


和泉苑の苑長の安田未知子さんは、熊本で今日から開かれている身体障害者の”スペシャルオリンピック”に沖縄代表団を率いて行っています。
帰ったら展示が始まるそうです。

コソボの子供たちの絵の展覧会は、ガールスカウト日本連盟の本部(東京)でも展示されました。

ガールスカウトは2004年、その年のテーマが”平和”であったことから、コソボの子供たちの絵の展示を決定してくださいました。

そして、私の絵の展示と講演”国際平和展/コソボ”ー”アートを通じて世界をつなぐ、平和への思い”も開催されました。9月のことです。

そして、偶然にも安田未知子さんは、ガールスカウト日本連盟の沖縄中部地区の代表でもあります。いろいろな縁の繋がりを感じました。

沖縄で戦争体験のあるお年を召した方々をはじめ沖縄の方々は、コソボの子供たちの戦争体験を、本土の私たち以上によく理解共感してくださることと思っています。

安田さんは沖縄でご活躍されている方々の会報誌”談笑”に掲載されていますように、”中部ひめゆり同窓会”のメンバーで、ひめゆり部隊の下級生で、”校長のおそばつき”だった方です。

その壮絶な体験は、今読んでも凄まじいものです。
それらの体験から、様々な方々の為に尽力される人生を今日まで歩んでいらっしゃいます。

そのいずみ苑で、今回コソボの子供たちの絵の展覧会が開催されるのは、本当に貴重な機会と思っています。

心より感謝しています。

コソボの子供たちの作品 (日本の5年生から中学2年生の年齢の作品)


[戦乱直後の絵]

(戦争はノー)

コソボの子供の絵ー1


(燃える家々)

コソボの子供の絵ー2


(戦車の行進)

コソボの子供の絵ー3


(赤く燃える夕暮れ)

コソボの子供の絵ー4


[戦乱が収まって穏便な日々を取り戻してからの絵]

(魚釣り)

コソボの子供の絵ー5


(川の魚たち)

コソボの子供の絵ー6


(サーカス)
ー実際のサーカスを見て描いたのではなく、
写真を見て描いたとのことにびっくりしました。

コソボの子供の絵ー7


(母の日をテーマに描いた絵)
 コソボには、先生に感謝する日 ”先生の日”もあるそうです。
 日本の現状を考えさせられました。

コソボの子供の絵ー8


コソボでは、子供の時に、絵の授業を大切にしていることがよく現れています。

学校の廊下に壁画を描かせたり、世界の名画を子供の時から見せていることからもそれは伺えました。

コソボのどの学校に行っても、壁中に子供たちの絵が張り巡らされていました。それでも足りないようで、衝立まで並べて展示してありました。

子供たちが、”心の平和”を絵を描くことで取り戻そうとしているのが、痛いほどよく伝わってくる作品たちです。

日本でも”絵”を描くことの効用をもっと考えてみても良いのでは、と思える体験でした。








最終更新日  2006.11.04 19:40:35
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2006.11.02
テレビ局で、思い出しました。
2005年3月にコソボのテレビ局の一行が、私のアトリエに取材に来ました。
コソボで初めて個展を開いた画家で、国際平和展を開催した画家ということで、外務省の紹介で来ました。

”戦後60年の日本の現在”というテーマの取材です。
敗戦の混乱から、驚異的に発展してきた日本はコソボにとって、羨望の的です。
東大の卒業式の取材から始まって、愛知万博、広島、京都、大田区の工場地帯そして、国際平和展を開いている私のアトリエ取材へと回ってきました。

アトリエで、展示してある私の絵を写したり、60点近くのコソボの子供の絵を写したりしました。そして、コソボの画家の作品は30点以上額装して倉庫に保管してあるので、裏庭にも行って大事に保管してあるダンボールの中から作品を取り出す様子なども撮影しました。

撮影隊のうちのメンバーの二人は美大出身で、彼らの先生の作品もその中にあり、とても感激していました。

そして、メインは、私へのインタビューともうひとつは、コソボのテレビ局のディレクターと構成作家の印象を私が即興で抽象画で描く実演でした。


インタビューの質問は、なかなか興味深く、よく考えられているものでしたので、ここで紹介したいと思います。

1.略歴をご紹介ください。

2.作品のテーマは何ですか?

3.稀有な作風ですが、日本の伝統的な絵画とどのように関連しているのでしょうか?

4.形を通してではなく、色彩や動きで表現なさっているのはなぜでしょうか?

5.プリシュティナのアートギャラリーで展覧会をなさいましたが、コソボの反応は如何でしか?

6.昨年12月、東京でコソボのアーティストたちの展覧会がありましたが、どのようなお考えがあって開催なさったのでしょうか?

7.コソボのビジュアルアートについて、どのようにお考えですか?

8.日本とコソボのアーティストの協力による企画がおありですか?

9.アートにおける新しいスタイルについて、お考えをお聞かせください。特にアートと科学技術のコンビネーションについて如何でしょうか?


なかなか、鋭い質問ですので良く考えながらの答えとなりました。
ビデオは編集されて、コソボで6つくらいのテーマに分けてシリーズ放映されたようです。

撮影後にご招待したレストランでの食事の時、彼らは、「本当に日本が好きで夢のような国だ」と言っていました。「ずっと日本にいたい」とも言っていました。

「日本にもいろいろ問題は山積していますよ。」と言っても彼らの恐怖と不自由さと貧困から見れば、日本の様々な状態を知っても、それでもなお日本は極楽の様に写るのでしょう。

戦後60年でここまで発展してきた日本をお手本に頑張りたいという彼らの熱い思いが伝わってきました。

そこにいた日本人のメンバーは心からコソボの平和を祈りました。

そして、10月に行ったコソボの第12回国際平和展の会場で彼らと再会した時は、本当によく会えたものだと感激しました。
まさか、こんなに早く会えるとは、内心思ってもみなかったので、、、。


約束したその時の取材のビデオがまだ送られてきていなかったので、そのことを聞いてみましたら、まだ他の地域で放映中なので、終わってから送るということでした。。。。。


しかし、何回かの催促にもかかわらず、未だに送られてきていないのは、とても残念です。
いろいろな事情があるのでしょう。

インタビューのテープはこちらでも取りましたので、機会があるときにご紹介出来ればと思っています。



コソボからアトリエに来た取材陣
コソボからのアトリエ取材



コソボの第12回国際平和展の会場で再開 
12th IEP で コソボのテレビ局の人と再会






最終更新日  2006.11.03 01:34:26
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2006.11.01
コソボのテレビの生出演では、絵画のタイトルである”宇宙の愛のメッセージ”の説明をしました。
民族、国、言葉や各々の宗教を越えて、大きな宇宙の創造主の本に今ここに私たちは生かされていて、それぞれの立場を乗り越えて、お互いに生かしあいたいというメッセージです。

それと同時に私の絵は”氣”の絵画よばれているので、その説明も求められました。

「”氣”は、東洋の世界ではよく使う言葉です。私は英語には”spritual energey " (精神的エネルギー)と翻訳しています。
科学ではまだ計ることの出来ない”氣”というエネルギーがすべての生命や自然や宇宙にはあるようです。
目には見えない精神や宇宙の世界を描き続けてきた私にはとてもよく理解出来る言葉です。
私は、その”氣”に突き動かされて絵を描いているように思えます。
私の絵からは、よく”氣”が出ているといわれています。
作品を見ると、安らぐだけではなく元気が出てくると、よく言われます。」

こういった話にとても東洋の神秘を感じて頂けたようでした。


12th 国際平和展 堀本惠美子出品作品

12th IEP 出品作ー1


12th 国際平和展 堀本惠美子出品作品
2枚続きの current w-1201 Universe A・B 
をナショナルコソボアートギャラリーに寄贈
23th IEP 出品作ー2







最終更新日  2006.11.02 00:08:22
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2006.10.30
この10年来、私の絵の展覧会のタイトルは”宇宙の愛のメッセージ”です。
今回の国際平和展と、私の絵の”宇宙の愛のメッセージ”について、コソボのテレビ局に生出演して話すことになりました。

朝早く迎えの人とスタジオに入りました。
コソボでは、年配者は英語をしゃべらない人も多く、又慌しい人の動きの中で、段取りがあまり分からないまま時間が過ぎていきました。

いよいよ、カメラリハーサルが始まりました。
本番は9時20分と聞いています。まだ20分ぐらい前です。
通訳を介して”宇宙の愛のメッセージ”のこと、そして国際平和展でのコソボの画家の作品の印象などを聞かれました。

私は、コソボの画家や作品の印象については、
コソボの人口に比べて、画家の数が大変に多く、絵画が盛んであると思ったこと。
そして、画家はコソボの不安定な情況の中で、描くことにより画家自身が癒されていると思ったということ。
絵画は、世界共通語として、世界の人たちとつながる共通語であると改めて認識したこと。
絵画を通して”平和”を願う気持ちを広げることが出来ると確信したことなどを伝えました。

私は、テレビのモニターを見ながら、スカートのすその位置などを確かめながら、司会者がインタビューしているのを聞いていました。

リハーサルなのに、随分ときちんとやるのだなと思いながら、コソボアートギャラリーのスタッフが真剣に質問に答えているのが、印象的でした。

その時、”カット”と言う声とともにスタジオの皆が動き出しました。
ざわざわと人が移動します。

なんと、これが本番だったのです。
「何で? まだ時間前なのに、、、、、。」

実は、生放送も時間前に撮るのでした。
そして、不都合なところはカットする時間が必要なので、少し前に撮るのでした。

そのような説明もなかったので、生放送は生放送と、日本の感覚で理解してしまったのが間違いでした。

それで、ソワソワとスカートや椅子の座る位置を直したりしている姿がテレビに映し出されてしまいました。
本当に、皆で大笑いをしてしまいました。

でも、話の中身はキチンと伝えることが出来たのだからと自分で納得して、スタジオを後にしました。

コソボを発つ数時間前のことです。



コソボのテレビ局のビル
コソボのテレビ局






最終更新日  2006.10.31 00:19:02
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2006.10.29
コソボからの作家は、大作を展示することが出来たので、見ごたえのある作品でした。
アルバニア人の中に、一緒にセルビア人の作品が展示出来たことは、本当に快挙と言って良いと思います。

第1回から第4回までの国際平和展の中で、私が”宇宙の愛のメッセージ”をタイトルに展覧会をしてきたことは、コソボの中では、かなりセンセーショナルなことだったようです。

”宇宙の愛”とは、民族、国、言葉や個々の宗教を越えて、それらを統合した大きな宇宙の創造主愛だからです。

いろいろな考えを持った人々が集まっている会場です。そのような中で開かれたオープニングセレモニーは、広い展覧会場が埋め尽くされるほどの盛況でしたが、その賑やかさにもかかわらず、私はかなり緊張感を感じていました。

オープニングセレモニーでは、”宇宙の愛のメッセージ”を会場の皆さんにお伝えすることが出来ました。セレモニーが無事終了した時は、心底ほっとするとともに、コソボの人たちにこのような”思い”が広がり”平和”が近づくことを祈りました。



バルゼ ブザ の作品

コソボ バルゼ ブザ の作品

シェペンド チェリチ の作品

コソボ シェペンド チェリチ の作品


ザナ ラマヂニ の作品 (正面の作品)

コソボ ザナ ラマヂニ の作品 (正面)


ナディツァ ディエキッチ の作品 (セルビア人)

コソボ ナディツァ ディエキッチ の作品


エゼム バイマック の作品 (トルコ出身)

コソボ エゼムバイマック の作品







最終更新日  2006.10.30 11:18:35
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2006.10.28
日本からは、出来るうるあらゆる方法を使って、ほどほどの費用で、ついに5人の作家の作品をコソボへと送ることが出来ましたが、フランスからはそのようには行きませんでした。

どうしても、費用や大きさの点がネックになってしまうのです。

フランスの一人の作家は、フランスでの作品輸送中の作品破損で出品を断念しました。
もう一人は大きさの点で、コソボからの指示が間違っていたこともあり、シギエさんが飛行場まで手荷物として持ち込んだにもかかわらず、持ち込めませんでした。
もう一人は、モロッコから参加の画家の作品です。本人が作品と一緒に今回の国際平和展に参加しようとしましたが、コソボからの許可をもらえず、とうとう断念しました。
結局、モロッコからコソボへ作品を送ることも間に合わず、会期中には作品が届きませんでした。

結果、フランスからの作品到着は、なんと2点のみでした。

届いた作品がこれらの作品です。これらを見ても、コソボへの作品輸送がいかに困難かが分かると思います。


アンジェリン サマノスの作品
フランス人 アンジェリン カテラン の作品


ウゾリヌ シェリエ の彫刻作品 (手前の2点の彫刻)
フランス人 ウゾリヌ シェリエ の彫刻作品








最終更新日  2006.10.29 01:31:10
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2006.10.27
今回の第12回国際平和展/コソボ (コソボアートギャラリー コソボ・プリスティナ)の展覧会に快く参加してくださった日本、フランス、コソボからの作家(予定は各国5人づつの出品)の作品を紹介したいと思います。

展示風景のみを見ると、一見、3カ国からの出品の何気ないグループ展覧会のように見えます。
しかし、コソボでの展覧会となりますと、それぞれの国がそれぞれ、大変な努力の末に展示にたどり着いたことが分かり、本当に感慨深いものがありました。

今回は、日本からの作品を紹介します。
日本からのメンバーは、各ジャンルで日本を感じさせる作品を選択させていただきました。
快く賛同してくださった皆さんの作品です。日本の古い絵や布などを切り取りコラージュ作品にする、アメリカ人の作家の方も参加していただきました。

作品は、展覧会場に一部会期中に届かないものも出てきて、万全を期してもやはりコソボに作品を送るのは大変なことでした。

日本からの作家の作品は、コソボでは、かなりすっきりしているように見えます。コソボのひとたちは、日本の作家の作品に東洋的な繊細さと神秘感を感じたようです。フランスからの作品はずっとコソボの感覚に近いように見えました。



堀本惠美子の作品(和紙に水彩とミックスとメディア)
IEP 堀本惠美子の作品


澤井俊彦の写真(日本の四季)
IEP 澤井俊彦の写真


松島順子の版画(日本の草花など)
IEP 松島順子の版画


小川淳の作品(インクジェットの作品や和紙に描いた作品)
(左の2点は作品の写真を展示、アクリル画の作品は会期終了間際に届き、
展覧会を2週間近く延長してくれました)
小川淳の作品



ジェリイ・フォリーの作品(日本の絵や布などをコラージュした作品)
ジェリイ・フォリーのコラージュ











最終更新日  2006.10.28 00:08:15
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2006.10.25
第1回から第4回目までの国際平和展/コソボでは、堀本惠美子展”宇宙の愛のメッセージ”が開かれました。2003年のことです。

その時は、私は政情が不安定なことや、もろもろの事情でコソボには行けませんで、展覧会の開催に尽力を尽くしてくださったフランス人のシギエさんにすべてをお任せしました。
今回のコソボ行きでは、その時開始された4箇所の展覧会場を案内してくださいました。

第1回目の会場はコソボナショナルアートギャラリーです。ここは、今回第12回目の国際平和展が開かれたところでもあります。

今回の第12回展の展覧会の会期中には、一部屋を使って、第1回目の国際平和展のオープニングパーティや展覧会の様子を、ビデオで部屋の壁いっぱいに大写しをしてくださっていました。私は、初めてその時の様子を、動く映像で見ることが出来て大感激でした。

第2回目の国際平和展は、そこからすぐ近くのプリスティナ文化センターで開かれたそうです。
外からは、ふつうのお役所の建物に見えました。その時は、日曜日で中には入ることが出来ませんでした。

第3回目は、ミトロビッツァ文化センターで開かれました。
ここで展覧会を開くことは、コソボの人たちにとっては、大変難しいことでしたが、成功すれば、”平和”への第一歩を踏み出したことになります。

コソボの中で、アルバニア人とセルビア人との一番の紛争地帯になっているところです。
橋をはさんで、アルバニア人とセルビア人がまったく分かれて住んでいるのです。
橋を渡るのは、その当時でもほとんどが軍関係者や、大使館関係者のみです。
それほどまだまだ不安定なところです。
そのようなところを、実際の目で見ることが出来たことは非常に貴重な体験となりました。

軍関係者の人からは、このようなところで、”国際平和展”を開いてくれたということで、感謝の念を持って迎えられましたが、周りには緊張感が漂っていました。
心から平和を願って、早くその日が来ることを祈り続けました。胸がいっぱいになる一日でした。

第4回目の国際平和展は、コソボの中では、一番トルコ的な雰囲気の漂うコソボの中では、南にあるプリズレンのハマムギャラリーで開かれました。この日も日曜日でお休みでした。
コソボの中では明るい雰囲気が漂っているように感じました。
ほっとするひと時でした。


コソボアートギャラリー
コソボナショナルアートギャラリー



コソボアートギャラリー横のイスラム教会
イスラム教会



第1回国際平和展(IEP) の様子を写しているビデオ
第1回IEP のビデオ-1



第1回IEP のオープニングレセプションのビデオ
第2回IEP のビデオ



ミトロビッツァ文化センター(封鎖されていて今は使用されていません)
ミトロビッツァ文化センター



ミトロビッツァ
ミトロビッツァ コソボ側



ミトロビッツァ
ミトロビッツァの町



ハマムギャラリー(後ろの建物)前にある建物はお風呂屋さん
プリズレンのギャラリー










最終更新日  2006.10.26 00:47:42
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2006.10.24
コソボ美術館には、戦争時の武器や写真などを展示している棟と、土器の美術館があります。

土器の発見は、旧ユーゴスラビアが昔から人が住んでいた土地だということを証明していました。コソボの人から、この場所から様々な文明が分かれていったのだと説明を受けました。

”7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言葉、3つの宗教、2つの文字を持つ1つの国家”と言われたほどの旧ユーゴスラビア共和国連邦ですので、それも一理あると思いました。

埴輪や土器は日本のものと似ていますが、良く見ると、宇宙人のような顔にも見えます。

隣の棟には、大きな大砲が展示されていて、”太古の文明”と”破壊の武器”が隣同士に展示されているのも不思議な気がしました。


コソボ美術館



コソボの埴輪



コソボの土器



大砲






最終更新日  2006.10.24 21:38:45
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