遊☆戯☆王 『記憶は鎖のように』 2*「いくよ、私のターン!」 少女――葵が、高らかに宣言する。 「ドロー!」 デッキの一番上のカードを手元に加える。 そのカードを確認し、中々のカードを引けたことに頬を緩めてしまったことが災いした。 「この瞬間、罠カードを発動するわ」 葵と対戦する相手が、それを見逃さず、宣言した。 「えっ?」 そのカードを手札に入れ指を離そうとしていた手が止まる。 「罠カード、『はたき落とし』よ。ドローカードは墓地へ行ってもらうわ」 少女の場のカードが表になる。カードには剣を取り落とす腕の絵が描かれていた。 『はたき落とし』罠カード 相手のドローフェイズに発動することができる。相手はドローしたカードをそのまま墓地へ送る。 「うわー、せっかくいいカードだったのにー」 葵は渋々ドローしたカードを墓地におく。 対戦相手である少女が墓地へと送られたカードを確認する。 「『団結の力』か。なかなかのカードを捨てれたわ」 『団結の力』装備魔法カード 自分のコントロールする表側表示モンスター1体につき、装備モンスターの攻撃力と守備力を800ポイントアップする。 葵と対峙する少女の名前は美咲。フルネームを水鳥美咲という。葵と美咲は、いつもの店のデュエルスペース、ではなくこの町のとある場所にあるデュエルリングでデュエルしていた。 「『団結の力』? 確かモンスターの数だけ装備したモンスターの攻撃力が上がる強力なカードだよな」 デュエルリングでデュエリストが立つ場所は高い位置にあり、ギャラリーなどは少し下にいることになる。葵のいる場所の下で、少年がつぶやいていた。 「頑張れよー」 名前は神楽清。数ヶ月前に一方的に葵の鉄拳を食らった少年である。今は葵の教えもあり、それなりにカードに詳しくなっている。 というか、清自身もデュエリストとしてそこそこの実力を持つまでになっていた。すくなくとも自分よりも一回り以上に幼い小学生たちに十連敗するようなことはなくなった。 「うん、頑張るよ」 葵は清に呼びかけ、すぐに真面目な顔をして対峙する美咲へと視線を向ける。 「のろけもいいところね。とりあえずそんなことばかりやってるなら、このデュエルは勝たせてもらうわよ?」 美咲はすでに勝ち誇ったような態度である。 「負けないよ、私も。私は『逆巻く炎の精霊』を攻撃表示で召喚するわ。バトルフェイズ! 『逆巻く炎の精霊』でダイレクトアタック!」 『逆巻く炎の精霊』 炎 ★★★ 炎族/効果 このカードは相手プレイヤーに直接攻撃することができる。 直接攻撃に成功する度にこのカードの攻撃力は1000ポイントアップする。 ATK/100 DEF/200 場に現れた小柄というか本当に小さい、炎を纏う小人がその手に持つ、やはり小さい杖を美咲へと向ける。 「直接攻撃が可能なモンスターだったわね。まぁ"最初"はたった100ポイントのダメージ、構わないわ」 涼しい顔で美咲は精霊の攻撃を受ける。弱弱しい炎が100ポイントのダメージを美咲のライフから削った。 美咲 LP2700→2600 「逆巻く炎の精霊は特殊能力で攻撃力を上げるよ」 葵の言葉とともに、精霊の纏う炎が強くなる。 『逆巻く炎の精霊』攻撃力100→1100 「攻撃が成功すると攻撃力を1000ポイント上げるカードだったな。最初はともかく、放置してたら痛い目にあう」 清がカードの能力を確認する。 葵の今のデッキは炎主体のデッキ。前に彼女が説明してくれたように、相手のライフを削るカードが多い。 「でも、守りきれなきゃ手痛いダメージを食らうだけ」 元々の攻撃力が100と低いこのモンスターは攻撃力が上がるとはいえ、能力故に警戒され、攻撃力が低いうちに破壊されるのが普通だ。 「カードを2枚伏せて、ターンエンドだよ」 葵の場に2枚のカードが現れる。おそらくは『逆巻く炎の精霊』を守るための罠カード。 「私のターン。ドロー」 美咲は静かにカードを引く。引いたカードを見ても特に表情は崩さない。 葵 LP3000 手札・3枚 フィールド・逆巻く炎の精霊 伏せカード2枚 美咲 LP2600 手札・5枚 フィールド・モンスターなし 伏せカード2枚 「私は手札から、『トーチ・ゴーレム』を特殊召喚するわ。あなたのフィールドへね」 『トーチ・ゴーレム』 闇 ★★★★★★★★ 悪魔族/効果 このカードは通常召喚できない。 このカードを手札から出す場合、自分フィールド上に「トーチトークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守0)を2体攻撃表示で特殊召喚し、相手フィールド上にこのカードを特殊召喚しなければならない。 このカードを特殊召喚する場合、このターン通常召喚はできない。 ATK/3000 DEF/300 美咲がモンスターを召喚する。カードはデュエルリングの機能で相手フィールドまで送られ、空いているモンスタースペースへと置かれた。 「『トーチ・ゴーレム』の特殊効果で、私の場にはトーチトークンが2体、特殊召喚されるわ。まだ通常召喚はしていないけど……『トーチ・ゴーレム』の効果で通常召喚はできない。だからこのカードを使うわ。『強制転移』!」 『強制転移』魔法カード お互いが自分フィールド上のモンスターを1体ずつ選択し、そのモンスターのコントロールを入れ替える。選択されたモンスターは、このターン表示形式の変更は出来ない。 葵の場に機械仕掛けの巨人と美咲の場に小さな機械仕掛けのトークンが2体現れ、そのうち一体の後ろに空間がねじれたような穴が現れる。 「『強制転移』はお互いがモンスターを一体選択してコントロールを入れ替えるカード。私は『トーチトークン』を選択するわ」 美咲の発動したカードは対象を選択するカード。葵の場には『逆巻く炎の精霊』と『トーチ・ゴーレム』の2体。 (選択できる状況で『強制転移』なんて……攻撃力の高い『トーチ・ゴーレム』は私にとってはいいカードだけど、何かを狙ってるのかな) 確かに生贄可能のトークンを用意できるとはいえ、攻撃力0のモンスターが2体も攻撃表示で召喚されてしまうカードだ。通常召喚はできない以上、次のターンで相手にそれこそ『トーチ・ゴーレム』でトークンを攻撃されれば大ダメージを受けることになる。それゆえにその状況を逆転するために攻撃力0のトークンを相手に渡すための『強制転移』だが、選ぶモンスターが任意であるこのカードと『トーチ・ゴーレム』の組み合わせは、相手フィールド上にモンスターがいない状況でこそ威力を発揮するコンボのはずだった。 (『逆巻く炎の精霊』をあげてもいいけど、多分それも含めて狙ってるんだよね) まだ美咲のターンはメインフェイズ。『逆巻く炎の精霊』を奪われれば、『トーチ・ゴーレム』を無視して攻撃力1100での直接攻撃を食らう。また能力により攻撃力が2100となる。『トーチ・ゴーレム』との攻撃力差は900。なんとかすれば埋められる差である。反撃のための対策済みだろう。かといって、『トーチ・ゴーレム』を渡せば『逆巻く炎の精霊』を破壊されるだけ。 「どうしたの、早くしなさい」 美咲が急かすように言う。『トーチ・ゴーレム』は単体では相手に戦力を与えるだけのカード。ならそのためのカードも用意しているだろう。それこそ『強制転移』のような。 「私は『逆巻く炎の精霊』を選択するわ」 葵が言うと同時、『逆巻く炎の精霊』の背後の空間に捩れた穴が現れ、吸い込まれる。同時に美咲の場のトークンも吸い込まれる。 「ふーん、そっちを選んだの」 互いの場に残った穴からモンスターが出てくる。葵の場にはトークンが、美咲の場には『逆巻く炎の精霊』が。 「じゃ、『逆巻く炎の精霊』でダイレクトアタック!」 先ほどまで主だった葵へと炎を放つ精霊。 「きゃぁっ」 美咲への攻撃時よりも激しさを増した炎が、葵を襲う。 葵 LP3000→1900 『逆巻く炎の精霊』攻撃力1100→2100 「うぅん……でもまだ大丈夫!」 葵が場と手札を確認する。 「後は何もせず、ターンエンドよ」 美咲がターンエンドを宣言する。 「じゃぁ、私のターン、ドロー!」 葵 LP1900 手札・4枚 フィールド・トーチ・ゴーレム トーチトークン 伏せカード2枚 美咲 LP2600 手札・3枚 フィールド・逆巻く炎の精霊 トーチトークン 伏せカード2枚 ドローカードを確認する葵。次のターンで逆巻く炎の精霊に直接攻撃されれば終わってしまう。 だからその前に、『逆巻く炎の精霊』を倒さなくてはいけない。 「うん、これなら」 葵が『トーチ・ゴーレム』で『逆巻く炎の精霊』を攻撃しようと決めたとき、美咲が口を開く。 「罠カード発動!『グラヴィティ・バインド‐超重力の網‐』!!」 「えっ!?」 『グラヴィティ・バインド‐超重力の網‐』永続罠カード フィールド上に存在する全てのレベル4以上のモンスターは攻撃をする事ができない。 オープンされたカードに目を見開く葵。 「これで、レベル4以上のモンスターは攻撃できなくなるわ」 『トーチ・ゴーレム』は言わずもがなレベル4以上のモンスター、今の状況で『逆巻く炎の精霊』を倒せる攻撃力のモンスターの攻撃が封じされてしまった。 そして、『逆巻く炎の精霊』はレベル3。フィールド全体に効果を及ぼす重力の網も、『逆巻く炎の精霊』はかいくぐってしまう。 「どうする? 次のターンで私の攻撃が決まれば終わりよ」 美咲は葵を見る。 だが、葵は諦めたような表情はしていなかった。 「うん、攻撃できないね。"レベル4以上のモンスター"は」 妙に含みのある言い方をする葵。何か対策でもあるのだろうかと警戒する。この場面を覆される状況を模索する。 (レベル4以下なら攻撃も可能だけど……レベル4以下で『逆巻く炎の精霊』の攻撃力を超えるモンスターがいるなんて思えない。グラヴィティ・バインドを破壊されれば『トーチ・ゴーレム』も攻撃可能だけど……確かに手札もリバースカードもある。でも私の伏せてあるカードは『アヌビスの裁き』。グラヴィティ・バインドを破壊しようとすれば、その効果で無効にし、『トーチ・ゴーレム』を破壊してその攻撃力分のダメージを与えることができる……!) 『アヌビスの裁き』カウンター罠カード 手札を一枚捨てる。 相手がコントロールする「フィールド上の魔法・罠カードを破壊する」効果を持つ魔法カードの発動と効果を無効にし破壊する。 その後、相手フィールド上の表側表示モンスターを1体破壊し、そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手プレイヤーに与えることができる。 「私は手札から、魔法カードを発動するわ!」 葵が宣言する。グラヴィティ・バインドを破壊するカードならば、勝負は決定する。『アヌビスの裁き』はスペルスピードが最速のカウンター罠。同じカウンター罠出なければ除去できず、2枚の伏せカードに都合よくそれが存在するとは思えない。あったとしてもグラヴィティ・バインドに発動しているはずだった。 「発動するのは、『フォース』!」 「!?」 『フォース』魔法カード フィールド上に表側表示で存在するモンスターを2体選択する。 エンドフェイズまで、選択したモンスター1体の攻撃力を半分にし、その数値分もう1体のモンスターの攻撃力をアップする。 予想は外れた。こちらのカードを破壊するカードではなかった。 「『フォース』……モンスターを2体選択して半分の攻撃力を片方のモンスターへと追加するカード……でも」 美咲はフォースというカードの効果を思い出し確認する。 「でも、何?」 葵は似合わない不適な笑みを浮かべて問い返す。 「『逆巻く炎の精霊』の攻撃力を下げても……」 「このカードの効果はエンドフェイズまでだもんね。次のターンでは戻っちゃうから、意味がない」 美咲の考えたことを言い当てるように言う葵。しかし、何か考えがあると言う顔をする。 「私は、『逆巻く炎の精霊』の攻撃力を半分にし……『トーチトークン』へ与える!」 「なっ!?」 『逆巻く炎の精霊』攻撃力2100→1050 『トーチトークン』攻撃力0→1050 「『トーチトークン』へ!?」 ほとんど存在を無視していたに等しいモンスターの存在を確認する。攻撃力0のモンスターである以上、警戒していなかった。 そして―― 「そう。『トーチトークン』のレベルは、1」 「っ!」 つまり、グラヴィティ・バウンドを抜けられるのだ。 「……でも、攻撃力は同じ。相打ちでも狙うの?」 相打ちにされれば、こちらの場は攻撃力0の『トーチトークン』だけになる。しかし、グラヴィティ・バインドがある限り『トーチ・ゴーレム』での攻撃は心配要らないし、グラヴィティ・バインドを破壊しようとすれば、『アヌビスの裁き』が発動するだけだ。 「ううん、相打ちなんてさせないよ。私はさらに手札から、もう一枚『フォース』を発動!」 「えっ!?」 もう一枚の『フォース』。これで、 『逆巻く炎の精霊』攻撃力→525 『トーチトークン』攻撃力→1575 「攻撃力が上回った……!」 美咲が愕然とする。この状況で、手札に二枚の『フォース』である。何らかの状況のために温存していたのだろうが、今まででも使いどころはあったはずだ。というか、同名カード2枚を温存するなんて、手札事故もいいところである。 「これで、『逆巻く炎の精霊』は倒せるね」 さすがに、この展開は予想していなかった。美咲は、『トーチ・ゴーレム』を使った戦術を深く模索していた。テストデュエルも何回も繰り返し、思案してきた。結果、手元に攻撃力3000という強力なモンスターを持つ以上、相手はほとんどの場合で今の状況ならばグラヴィティバウンドを破壊しに掛かり、『アヌビスの裁き』の餌食になってきたのだ。 だからこそ、それをせずモンスターの、いや攻撃力0のトークンの攻撃力を上げることで打開しようとするのを見るのはほとんど初めてと言ってよかった。 「くっ」 しかし、『逆巻く炎の精霊』が破壊されても『フォース』の効果はエンドフェイズまで。次のターンで『トーチトークン』を生贄にし、モンスターを召喚して、自分でグラヴィティバインドを破壊、葵の『トーチトークン』を攻撃すれば、わずかライフ1900を削ることは容易だった。 (手札には『サイクロン』がある……攻撃力2500の『サイバティック・ワイバーン』も『ゴブリン突撃部隊』もいる。イケる!) だが、葵の声がその計画を打ち崩す。 「勝てるって思った? それ、フラグだよ♪」 おそらく、心の底でこの瞬間に負けを覚悟したのだろう。手札が、見えなくなった。 「手札の最後の一枚を発動するよ。『巨大化』!!」 美咲は絶句し、何も言えなくなった。『巨大化』のカードが発動された時点で、『強制転移』を使った自分のターンからの流れをすべて理解する。 「『巨大化』は自分のライフが相手よりも少ない場合、装備したモンスターの攻撃力を倍にすることができる。私のライフは貴方より少ない。だから、『トーチトークン』の攻撃力を倍にするわ!」 『巨大化』装備魔法カード 自分のライフポイントが相手より少ない場合、装備モンスター1体の攻撃力を倍にする。 自分のライフポイントが相手より多い場合、装備モンスター1体の攻撃力を半分にする。 魔法カードの発動により、トークンの姿が大きくなり『トーチ・ゴーレム』にも引けをとらない大きさに成長する。 『トーチトークン』攻撃力1575→3150 「『強制転移』で『逆巻く炎の精霊』を渡したのは、自分のライフを減らすためだったのね」 『逆巻く炎の精霊』によるダイレクトアタックでライフが逆転し、『巨大化』の倍加効果が使用できた。葵は攻撃宣言に対し発動できる罠は伏せていない。『トーチ・ゴーレム』を渡していれば『トーチトークン』を攻撃されて終わっていたのだ。 「『逆巻く炎の精霊』なら『トーチトークン』を攻撃しようがダイレクトアタックしようが結果は同じ。一撃でライフが0になることはないから、『逆巻く炎の精霊』を渡した。たぶん、貴方は私がグラヴィティ・バインドを発動するのを信じてたのね」 「うん、まぁね。『トーチ・ゴーレム』には補助となるカードが必要不可欠だもの」 美咲はもし葵が『強制転移』に『トーチ・ゴーレム』を選んだ場合のことも考えていた。 当然、『トーチ・ゴーレム』で『逆巻く炎の精霊』を攻撃。罠が伏せてあるなら、攻撃が無効化されるか、『トーチ・ゴーレム』が破壊さされていただろう。次のターンで『逆巻く炎の精霊』の攻撃を受け、ライフが大幅に減る。こちらの伏せカードに攻撃対策のものがグラヴィティバインドなのは、『トーチ・ゴーレム』召喚のときに読まれていただろう。葵は、信じていたと言った。『トーチ・ゴーレム』が破壊されていようがいまいが、次に美咲はトークンを生贄にして『サイバティック・ワイバーン』を召喚して『逆巻く炎の精霊』を破壊するか『トーチトークン』へ攻撃していたし『トーチ・ゴーレム』が破壊されていなければ、それはそれで終わる。 よく考えれば今のように『フォース』を使うのなら『トーチ・ゴーレム』などは破壊するわけにはいかないはずだ。そしてライフの差により『巨大化』が使えない。 手札を完全に活かすために美咲の『強制転移』を利用したのだ。 「私の勝ちだね。でも一応、『逆巻く炎の精霊』は私の友達だから、貴方の場の『トーチトークン』を攻撃する」 葵の『トーチトークン』が、美咲の『トーチトークン』へと突進する。そして、その機械的な爪で、同じ姿をしたモンスターを破壊する。 「……どうでもいいけど、それなら『逆巻く炎の精霊』に『フォース』使う意味ないわね」 ライフポイントが減少していくのと合わせるように美咲が零す。まったくそのとおりだったりする。 美咲 LP2600→0 デュエルの、決着の瞬間である。 「ふぅ、私の勝ちだねっ」 葵が深い安堵の息を吐く。美咲は、自分の敗北を完全に認め、無理をして笑ってみせる。 「あはは。負けたわ。もうコテンパンってやつかしら」 デュエルリングが二人のデュエリストを地上へと戻す。葵と美咲は互いに歩み寄り、軽い握手を交わす。デュエルが終われば勝者も敗者もないという、二人に問わず多くのデュエリストの誓いである。 「よ、お疲れお二人さん」 そんな二人に、清が近づく。葵へはペットボトルのお茶を、美咲へは缶コーヒーを手渡す。実はよくデュエルをする二人へのお決まりの労いだった。 「これでこの前の負けの借りは返したよ、美咲?」 葵が豪快にお茶を流し込んでから言う。言われた美咲はチビチビと飲んでいたコーヒーから口を離し、言い返す。 「あの時は……『機械犬マロン』を破壊した挙句、一旦場から手札に戻して存在を知っていたはずの守備用モンスターに攻撃して反射ダメージで自爆したんでしたっけ?」 美咲は意地悪く微笑み、葵が痛いところを付かれたとばかりに頬を膨らませる。 「あー、そんなのもあったなぁ。俺でもわかったぞ、あれは」 清も意地悪く言うと、さすがに葵も怒ったのようで、 「うるさいなぁっ! いいじゃん、どうせ清は美咲に一回も勝てないくせに!」 と言い返す。 「し、しかたねぇだろそれはっ」 清もそれなりに力を付けてきたとはいえ、特殊召喚を駆使しモンスターを絶やさず、また『トーチ・ゴーレム』のような捻った戦略も見せる美咲には、コンボよりは一枚のカードの効果で闘っていく清ではまだまだ届かない。勝てというのはさすがに厳しかった。 「っていうか、この前清くんに負けたのはどこの誰でしたっけ?」 再び美咲が意地悪く言う。 「ぬぬっ、それはいっちゃいけませんっ!」 やはり痛いところを付かれた葵はこれ以上の反論ができなくなった。 「ふはは。俺の超連続魔法コンボに手も足も出なかったなしな!」 大きく胸を張って誇る清。実際はコンボというよりはただ単に多くの魔法を発動するだけであるが。 「あ、あれは手札事故で……」 葵がそのことを思い出したのか、消極的に反論する。 「それも実力のうちってね。まぁ攻撃力4900で守備力0のモンスターに『メテオ・ストライク』による貫通ダメージってかなりエゲツない気もするけどね」 助け舟なのか追い討ちなのかわからない言葉を言う美咲。 「いや、2枚の罠と4つも発動した魔法カードのうち一枚も除去も対抗もできないなんてダメだろ。ってか実質『メテオ・ストライク』だけ除去できれば俺、次に負けてたのに」 さらなる追い込みをかける清の言葉に、 「うるさーーい!!」 ペットボトル(蓋なしお茶入り)を投げつけることで返答とした葵だった。 「ぐはっ」 「あらら」 清はあんまりだと思い、美咲はやれやれと肩を竦める。 「とりあえず、これでデートの権利は私のだからね!」 そのデート相手に容赦なくお茶をぶっ掛けておいて何を言う、と心中で思いつつ、美咲は言う。 「仕方ないわ。今回は譲っておくけど、次は負けないから」 「おかしい、そのやりとりは男として嬉しいものであるはずなのに喜べない! おかしい! 何でだっ!」 それはお茶かぶったからでしょうと冷静に言う美咲。 「よし、兎に角いくよ、清くん!」 葵は清の手をとり、施設の出口へと走りだす。 「うわ、ちょっとまて、せめて着替えさせろっ!」 お茶まみれの服と髪でデート。正直に言って格好つくとかいうレベルではない。 一人残された美咲は、ふと先ほどのデュエルを思い出す。 「……もしかして」 あの時、アレを発動せずああしていればああなり、こうなってそうなって、勝っていたのではないか。 「それとも、それも読んでいたのから」 負けてしまったデュエルの勝っていたかもしれないことなど、考える意味はないと思い、やめる。 「楽しんできてね、清くん」 とっくに姿を消した少年へと向けて小さくつぶやいた。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * |