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英国民謡好きの戯言

英国民謡好きの戯言

2011/10/16
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カテゴリ:音楽/その他

続き。


山田五郎→山
森田美由紀→森
岩本晃市郎→岩




森 NHK大阪放送局のR3スタジオからお送りしております「今日は一日プログレ三昧・再び」。開始から4時間半ちょっと…たとうとしておりますね。この後10時45分までお送りいたします。次ですけれども、今日2回目の「私とプログレ」。ご記憶でしょうか。
山 お1人目は小林明子さんが意外なプログレとの結びつきをね。スティーヴ・ハウ好きだったということを告白してくださいましたが。
森 2番目にご登場願うのはこの方です。


「今日は一日プログレ三昧・再び」をお聴きの皆さん、宮台真司です。

僕がですね、たぶん中学1年、中学2年の頃だったと思いますけども、渋谷陽一さんが当時のNHK-FMでやっていましたけども、それでですね、ピンク・フロイドの特集をやってらっしゃって。一番印象的だったのは「ユージン、斧に気を付けろ」っていうですね。素晴らしい…短い曲ですけども、それを聴いてもう滅茶苦茶はまりカセットに録音して。金もなかったのでアルバムを買えず擦り切れるぐらいまでテープを聴いた記憶があります。

中学3年から高1ぐらいになるとね、僕はどんどん暗黒の方に行き、実はジャーマンプログレの方に行くんですね。
ファウストの「ファウスト」っていうね、まあこれフィストって英語で言えばね、拳骨の写った透明ジャケットのアルバムがあるんですね。
その廉価版を聴いて、最初「なんだ?」と思いましたけれども、2~3回聴いてるうちに凄くノイジーなんだけれど凄い綺麗でなんか心にしみるんですね。
今でいうトラッシュ系というかヘタウマ系というかですね、かっこ悪いのがかっこいいみたいな不思議な感覚が漂っていて。そういうのにどんどんはまっていくと完成されたシンフォ系みたいなのってのは、ちょっともう僕の好みじゃないなっていうのをますます思うようになるってそういう展開ですかね。

しかし78年~9年、ちょうど79年というとYMOの“ソリッド・ステート・サヴァイヴァー”が大ヒットするんですけど、そのあたりからプログレとかアングラとか言ってる奴はやばい!という感じになったので、もう一切そういうこと言うのはやめてお洒落方向になびいたようなふりをして生きていました。

が、90年代に入って寺山修司が亡くなるんですよね。それあたりを境にして僕が当時大学で教えてた教え子たちがやっぱり、かつてのアングラとかプログレ的なものとかに凄い強い関心を持つようになる。ああ…って。俺実は凄いプログレ好きだったんだけど、そろそろ言ってもいいのかなあっていう風に。
ある時期はあれほど窮屈であんまりだったシンフォ系のプログレですよね。つまりイエスとか初期のクリムゾンとかがやっぱすごく良いなーって思えるようになってきました。
その理由なんですけどね、やっぱり死ぬ気でやっているっていうことです。本当に死ぬ気でやってるなあってことがよくわかる。

68年からたとえばアート・ロックって形でプログレの前史が始まったとして、プログレが75~6年で終わるとすると、たった8年しかないんですよ。あまりにも変化と成長のスピードが早いですよね。

そうだ、それで僕は思い出すのは95年ぐらいにロバート・フリップをインタビューした時に、69年までは年間150回ぐらいやる。これも凄いんだけどギグのすべてで恩寵の扉が開いた。神の光が。神に注いだとか言ってるんですよね。だからすべてが奇跡だったと。ところが70年代に入ると恩寵の扉が閉じて光が降り注がなくなったので、また恩寵の扉を開くのを待ってひたすらディシプリンに、訓練に励む毎日であるとかいう風に宣言をしていたのが本当に印象的です。

僕も本当にそういうイメージで68年から75年ぐらいまでは奇跡の時代だったですよね。プログレって時代の産物なんですね。なのでその時代の雰囲気がわかって聴くともっと凄いんですよ。
今ただ何も知らないで聴くよりも本当にもっと凄いものだというのがわかるし、そこから時代の匂いとかね、風景とか肌触り、全部が甦ってくるような何かなんですね。
くれぐれも忘れないようにしていただきたいのは、当時のアヴァンギャルドっていう風に言われるようなシーンってのはね、本当に社会の動きと連動していてプロテスト、つまり社会的な抗議を含めてね、本当に皆死ぬ気で作っていました。
それをできるだけ若い人たちは感じった上でね、今後自分たちが表現する時にもあの時代の死にもの狂いぶりをね、もう一度再現していただければと思いますね。


森 「私とプログレ」。お話しいただいたのは社会学者の宮台真司さんでした。
山 宮台さんもう、まるっきり同世代ですしね。宮台さんが通ってた高校ではプログレかなり流行ってたと。僕も聞いてますよ。
森 随分探求されたようです。
山 探求されました。難しい人だからやっぱりジャーマンに行きます。

森 宮台さんがお好きだというファウストの曲をおかけしたいんですが、ファウストっていうのは?
山 ジャーマンの…ドイツのプログレと言えば、ま、当時ジャーマン・ロックと言われたジャンルの人たちなんですけども、僕オーストリアにいたんでジャーマン・ロックが好きだと思われがちなんですけどもそうでもないんですよ。
ただその留学中に、このファウストのファーストって1枚目を買って来いと。なぜならそれ当時日本で凄い高い値段で売られてたんですよ。友達に頼まれてさんざん苦労して探して買ってったのにそれじゃない方だって言われて。ファースト2種類あるって。嫌な思いをした記憶がありますね。
森 そんなレアな?
山 レアでしたよね。
岩 今でもレアです。珍しいです。
山 こぶしのレントゲン写真みたいなジャケットの。
岩 レントゲン写真で。アートワークも全部透明のビニールで。レコードも透明なんですよ。
山 それ!
岩 クリアビニールなんです。
山 それがね透明じゃないやつを買っちゃったんだよ俺。透明じゃないやつがあるんですよね、それの。
岩 あります、ありますね。
森 リクエスト。ファウストにいただいています。香川県35歳男性、達磨落としさん。「“悲しきスキンヘッド”。それは僕のことです。20代の頃調子に乗って髪を伸ばして染めたりしていましたが、気が付けばすっかり寂しいことに。何故若い頃はいつまでも自分が若いとか、自分が死なないくらいの妄信に浸っていたのでしょうか。ファウストが何の事を歌っているのかはっきりわかりませんが、ふざけた曲調を聴くとむかつくと同時に脱力します」と。
山 “サッド・スキンヘッド”って曲ですね。
森 そうですね。ではお聴きいただきましょう。ファウスト73年のアルバム「ファウスト4」から“サッド・スキンヘッド”。

33. The Sad Skinhead(邦題:悲しきスキンヘッド) / FAUST


森 ドイツのバンド、ファウストの“サッド・スキンヘッド”でした。
山 プログレというかもうスカですよね。
岩 そうですね。ドイツ・ロックをプログレと呼ぶかどうかはあるんですよねまたね、これも。
山 そうですよね。
森 続いてはこのコーナーです。



続く。






Last updated  2011/10/18 02:31:46 PM
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