000000 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

☆Walking in Jesus☆

PR

X

全19件 (19件中 1-10件目)

1 2 >

みことば、信仰

2007年07月16日
XML
カテゴリ:みことば、信仰

こんにちは~大笑い

今日はクリスチャンの友人からとってもいい証しを聞いたので、それを分かち合います。

新約聖書の使徒の働きの中でパウロの改心の箇所がありますね。

その出来事の中でパウロは非常に興味深い事を語ってるんです。

 

ところが、旅を続けて、真昼ごろダマスコに近づいたとき、突然、天からのまばゆい光が私の回りを照らしたのです。

私は地に倒れ、「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか」という声を聞きました。

そこで私が答えて「主よ。あなたはどなたですか」と言うと、その方は、「わたしは、あなたが迫害しているナザレのイエスだ」と言われました。

私といっしょにいた者たちは、その光は見えたのですが、私に語っている方の声は聞き分けられませんでした。

私が、「主よ。私はどうしたらよいのでしょうか」と尋ねると、主は私に、「起きて、ダマスコに行きなさい。あなたがするように決められていることはみな、そこで告げられる」と言われました。

 

   

サウロ(パウロの改心前の名前)は徹底的に迫害して、クリスチャン狩りをしていました。

そんな中での出来事です。

突然光が照らし出され、余りのまぶしさでサウロは目が見えなくなりました。

そして光の中から声がしたのです、

「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか」

  

そう、イエス様御自身の声ですね。

その声で彼はイエス様に対して心を開き劇的な改心をしたのです。

  

で、なんですが、友人がこのみことばからこんなことを言っていたのです。

このパウロが救われた後の部分を見て欲しいって。

イエス様と出会い、救われた後、彼はとても大切なことを言ったのです。

  

主よ。私はどうしたらいいのでしょうか。

  

パウロが言ったこの祈りは非常に重要だ、だから自分はこの祈りをしてるんだと言ってました。

そう、確かに「あれしてください」「これしてください」的な祈りはよくするけど、そうではない、この「主よ。私はどうしたらいいのでしょうか」がとても重要な祈りだと。

その人も実践して祈り、その中で主からいろんなことを語られているということです。

  

ぼくはその話を聞いて、それは素晴らしいなって思いました。

この祈りは大切だなってね☆

  

そんなこんなで翌日日曜日に教会に行ったんですが、

礼拝前に席について、静まって、もう一度このみことばをじっくり読み返したら、一つのことが示されたんです。

その箇所を見ると、パウロが「主よ。私はどうしたらよいのでしょうか」ってイエス様に聞いたら、イエス様はこう答えたんです。

  

起きて、ダマスコに行きなさい。あなたがするように決められていることはみな、そこで告げられる。

 

ダマスコ。。。。ダマスコ。。。。だますこ。。。。

「あっそうだ!ダマスコってガラテヤ書に書いてあった」ってはっと気付いたんです。

  

けれども、生まれたときから私を選び分け、恵みをもって召してくださった方が、異邦人の間に御子を宣べ伝えさせるために、御子を私のうちに啓示することをよしとされたとき、私はすぐに、人には相談せず、先輩の使徒たちに会うためにエルサレムにも上らず、アラビヤに出て行き、またダマスコに戻りました。

それから三年後に、私はケパをたずねてエルサレムに上り、彼のもとに十五日間滞在しました。

しかし、主の兄弟ヤコブは別として、ほかの使徒にはだれにも会いませんでした。(ガラテヤ1:15~19)

  

  
そう、パウロは確かにダマスコにその後行ったんですね。  

 

3年間彼は誰とも会わないで、まず神様との関係を持ったのです。

今日で言えば引きこもりです。

パウロも引きこもりやってたんですね。

しかも3年間も(^o^)

でもパウロの3年間の引きこもり生活ってもの凄く重要だったんですよね。

その間、誰彼に指導受けるんじゃなくて、神様から直接にいろんなことを教えられたんでしょう。

それと同時にきっといろんなプライドとかが砕かれていったんでしょうね。

なんせパウロってエリート中のエリートで、聖書についてもそうとう知っていたし、熱心なユダヤ教徒だったから、まずそういうこれまでの知識とか経験とか、いろんなものが落とされて、新しく造り替えられていったのが3年間だったのだと思います。

その後おそらくアナニヤという使徒と会い、彼を通して、イエス様の光によって見えなくなってしまった目が癒されました。

そしてそこで福音を宣べ伝え、エルサレムへと行ったのです。

  

神様のパウロへの導き、「主よ、私はどうしたらよいのでしょうか」という答えは、直ぐに何か行動するとか、そういうことじゃなくて、

まず神様との交わりへと導かれてるんですね。

そう、だからまず「聞く」ということなんですよね。

そして神様との関係の中で整えられて、そして行動なんです。

  

そしてこの3年間が「主よ、私はどうしたらよいのでしょうか」なんですよね。

直ぐにアクションするんじゃなくて、座ること、

主は「まぁ~、まずは座りなさい」って言われているんだと思います。

人間的な表現をすれば、

「まぁ、座りなさい。そしてゆっくりと心を整えて私から学びなさい」

っておっしゃってるのかなって思います。  

   

今の時代インスタント時代で、何かアクセクしすぎてるんですよね。

今の時代だからこそ、霊的な引きこもりって大切なんだと思います。

そして今も神様は「まあ、座りなさい」って語っておられるんだと思います。

 

そしてこの「座る」っていう中、つまり霊的引きこもりの中で神様は整えて、その中で御自身の召しが示され、そしてそれに応答する歩みへと導かれていくんだと思います。

  

なんかそんなことを昨日の朝、礼拝前に示されて、凄いなぁ~って思わされました。

まっ、ともかくまずはヒッキー(引きこもり)生活なんですね(笑)

  

今週一週間も主の守りと恵みの内を歩むことが出来ますように☆

ではではウィンクバイバイ

 

 

   

☆++☆++☆++☆++☆++☆++☆++☆++☆++☆++☆++☆

※いつもありがとうございます。
今、「スィーツバイブル」というメールマガジンを発行しています。新約聖書ヨハネによる福音書からのバイブルメッセージを毎週金曜日にお送りしてます。

下のメールマガジン発行サイトから、お好きなサイトの名前をクリックしてください。すると登録サイトにつながります。

登録サイトに送り先のご自身のメールアドレスを入力して、登録ボタンをクリックしてください。

ぜひぜひ登録をしてください。よろしくお願いします。

まぐまぐ!   メルマ!   めろんぱん   カプライト

   

それとHFJメールマガジンサービスでも書いています。

こちらはクリスチャン専用のメールマガジンサービスです。

こちらを開いていただいて、15番を登録してくだされば、登録完了です。

どうぞよろしくお願いします<(_ _)>

またぜひぜひお友達や教会の方にも紹介してください。

どうぞよろしくお願いします<(_ _)>   







最終更新日  2007年07月17日 02時20分39秒
コメント(8) | コメントを書く


2007年06月17日
カテゴリ:みことば、信仰

こんにちは~大笑い

昨日、今日といい、もの凄い天気ですね~晴れ晴れ晴れ晴れ晴れ

梅雨とは思えない天気晴れ晴れ晴れ晴れ晴れ晴れ

空を見ても雲一つない濃い青、空気も真夏の空気、一日にして梅雨明けかなって感じちゃいました大笑い音符

今日も晴れで暑い暑い一日になりそうですね~熱帯魚 

 

 
さてさて、最近旧約聖書の詩篇を読んでいて一つのことを教えられましたきらきら




彼らは荒野や荒れ地をさまよい、住むべき町へ行く道を見つけなかった。

飢えと渇きに彼らのたましいは衰え果てた。

この苦しみのときに、彼らが主に向かって叫ぶと、主は彼らを苦悩から救い出された。

また彼らをまっすぐな道に導き、住むべき町へ行かせられた。

彼らは、主の恵みと、人の子らへの奇しいわざを主に感謝せよ。

まことに主は渇いたたましいを満ち足らせ、飢えたたましいを良いもので満たされた。
~詩篇107:4~9~

 


やみと死の陰に座す者、悩みと鉄のかせとに縛られている者、彼らは、神のことばに逆らい、いと高き方のさとしを侮ったのである。

それゆえ主は苦役をもって彼らの心を低くされた。

彼らはよろけたが、だれも助けなかった。

この苦しみのときに、彼らが主に向かって叫ぶと、主は彼らを苦悩から救われた。

主は彼らをやみと死の陰から連れ出し、彼らのかせを打ち砕かれた。

彼らは、主の恵みと、人の子らへの奇しいわざを主に感謝せよ。

まことに主は青銅のとびらを打ち砕き、鉄のかんぬきを粉々に砕かれた。
~同107:10~16~



この詩篇107篇、上上矢印上矢印上矢印の二つの箇所と同じ様なストーリーが何度も続いています。 で、これらのストーリー、共通していることがあるんですが、
罪の中に生き、自己中心的な歩みをしている人たちが苦しみに会い、その中で神様を叫ぶと神様がその苦しみから救われたという内容です。

ぜひぜひこの詩篇107篇、御自身でじっくりと読まれることをお勧めしますウィンクグッド


 

でで、読んでいて感じたのは、神様のなさる一つのパターンがここにあるんだなっていうことです。

もちろん神様のなさることをパターン化しちゃ駄目ですよね。

でも一つの特徴としてここに見いだすことが出来ると思います。

  

神様は時に人を苦しみの中に入れることを赦される。

でもこれ、決して意地悪とか憎しみとかじゃなくて、その人を愛されているからなんです。

っていうのは、その人が「自分がいかに空しく、何の力もない」ということを知るため、つまり自分に頼って、自分の力や努力、経験で解決しようとすることを諦めさせるためです。

そして自分に絶望させるため。

じゃぁ、絶望したらどうなるんでしょう?

その時初めて神様に全面的にお任せすることとなるんです。

人間って本当に我が強いから、いろんな経験とか人の協力などで、何とか自分でやろうとしちゃいます。

でもそれって「神様、私は自分で出来るので大丈夫です。もし出来ない部分があったらサポートしてください」って言っていることなんです。

そういう状態の内は神様は決して働かれません。

だって自分で拒否しているんですからね。

でももう駄目だ!ってなった時に初めて神様は働かれるのです。

神様はその時をず~~~~~っと待っておられるんだなって思います。



実はこれ、ぼくがこれまで経験してきたことなんです。

前回まで癒しについて書いてきましたが、この数年間、全く動けない状態に追いやられ、その中で本当に自分に絶望し、何も出来ないということを嫌というほど教えられました。

そして落ちていったんです。

でも落ちた先って真っ暗闇じゃなかったんです。

落ちた先はイエス様の優しい愛の御手だったんです☆

そしてその時初めてゆっくりとイエス様の愛の御手の中で休むことが出来たんです。

そしてイエス様に信頼し、頼るっていうレッスンをこの数年の間で学びました。


主は素晴らしいですね手書きハート

早く自分に絶望すること、諦めること、これが本当に大事なんだなって思わされます。

乱暴な言い方をすれば、落ちちゃえばいんです!

落ちた先は最高に安楽な場所、イエス様の御手の中ですからねウィンクハート(手書き)

この詩篇107篇、このことが書かれているんだなって思います。

そして主の愛の御手の中でゆっくりと休み、主にすべてを委ねる。

自分じゃなくて、自分の内におられるイエス様がすべてを成してくださる。

イエス様の中でもっともっと楽しんでいきたいですちょき

篇107篇を読みながらそんなことを教えられました大笑い音符

今日は礼拝ですね。

皆さんの教会の礼拝が豊かに祝福されるよう、お祈りしますね熱帯魚ぺんぎん熱帯魚ぺんぎん

 

ということで。。。 

ではでは大笑いバイバイ

 

 

=================================== 

※いつもありがとうございます。
今、「スィーツバイブル」というメールマガジンを発行しています。新約聖書ヨハネによる福音書からのバイブルメッセージを毎週金曜日にお送りしてます。

まぐまぐ!   メルマ!   めろんぱん   カプライト

上のメールマガジン発行サイトの名前をクリックして、そこの登録フォームにご自身のメールアドレスを入力して登録してください。
ぜひぜひご登録してくださればと心から願っています。どうぞよろしくお願いいたします。

またお友達や教会の方にも紹介してくださるととってもうれしいです。

 

また同じ内容をスィーツバイブルというブログでもやってます。

ここです。

是非お越しください☆

どうぞよろしくお願いします<(_ _)>







最終更新日  2007年06月17日 05時50分09秒
コメント(6) | コメントを書く
2007年05月12日
カテゴリ:みことば、信仰

こんにちは~大笑い

早いもので5月に入ってもう11日も経っちゃったんですね~うっしっし

で、しかもこのブログも前回アップしたのが4月30日。。。。

っていうことは12日も書いていませんでした<(_ _)>

この一週間ほど、体調が良くなくて、疲れちゃったんでしょうね、で、書いていませんでした。

ま、書こう書こうとは思ってたんですけどね、気付いたら今日になっちゃったんですウィンク

今はやっと身体のリズムが整って、調子いいです♪

またこれから少しずつ書いていく予定ですえんぴつノート

これからもどうぞよろしくです四つ葉

   

さて先週はGWでしたね。

ぼくは金土(4,5日)と東京の八王子というところに行って来ました。

それは教会のカンファレンスと言って、直訳は会議っていう意味なんですが、一泊二日で講師の先生が来て、みことばを味わう時っていう時でした。聖会とか、そういう訳の方ががかりやすいかもしれませんね。

ここは写真カメラ撮るのをわすれちゃって撮らなかったのが残念でしたが、でもとっても良い場所でした。

八王子大学セミナーハウスっていう場所で、東京の八王子駅からずっと山の方に入っていったところにあるんです。

なんか「ここ東京????」って思っちゃうような感じで、自然が豊かでまるで軽井沢に行ったような感覚でした。

鶯がホ~ホケキョッって耳元で鳴いているような感じで、講師のメッセージ中も野鳥の鳴き声がBGMになっていました☆

   

そこでは6セッションのメッセージタイムがあって、そこで新約聖書のエペソ人への手紙を一セッションに一章を解き明かし、結果、エペソ人への手紙を全部学びました。

この中からいろんなことを学びました。

一つは、神様がぼくに与えてくださっている霊的祝福です。

   

エペソ1章3~4節にはこう書いてあります。

神はキリストにあって、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前から彼にあって選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。

   

これ、凄くないですか!

だって神様は今ぼくに天にあるすべての霊的祝福をもって祝福してくださっているんですからね。

しかもぼくが生まれる前から特別に選んでくださり、神様の御前で聖く、傷のない者としようとされているって。

   

実はこれ、すでに与えられていることなんです。

天にある霊的祝福はぜ~~~~~んぶもう与えてくださっている。

その宝物を毎日の歩みの中で見いだすこと。

それは全部イエス様の内にあり、そのイエス様は今ぼくの内に住んでおられる。

このイエス様を深く知り、それを楽しむ。

そう、イエス様を楽しむことがとってもとっても大切なんですよね~。

  

神様の願われていること、それは神様がどなたであるのか、その素晴らしさを味わい知ること。

その高さ、広さ、長さ、深さを知ること。

それを心から楽しむことです☆

それを教えるために聖霊様が私たちの内におられる。

毎日の歩みの中で主がどんなに偉大であり、愛してくださっていて、全ての霊的祝福が与えられているということを教えてくださっている。

この聖霊様の御声に敏感であること。

それが今回語られました。

ほんと、そうですよね~♪

   

今回、それを学んだっていうよりも、イエス様を益々楽しみたい、そしてもっと深くイエス様について、既に与えられている霊的祝福を見いだす宝探しの一日一日を送りたいなぁって思いました。

   

それと、「一致」ということも語られました。

この一致、これから得ることではなくて、もうすでに与えられている。

イエス様が頭で、私たちは体。

これから手になったり足になったりするんじゃなくて、もう体として組み入れられている。

それが教会。

だからクリスチャンであるなら誰であっても、どの教会であっても、すでに一つなんです。

神様にあって一つとされている、

なんか嬉しかったです♪   

 

その外にも私たちに与えられている霊的祝福の一つが神様の相続財産だっていうこと。

お財布にお金が無い場合でも、クレジットカードがあれば買い物が出来ますよね。

実は私たちは特別なクレジットカードをもっている。

それが神様のクレジットカードなんです。

制限なしだし、どんなものでもこれを利用できる。

神様の財産を全部相続されているんですからね。

もっと大胆に求めていいんだなぁ~って思いました♪

そしてクリスチャンであることって凄いことなんだぁ~って思わされました。

  

それと、一致ということも語られました。

   

後は前にも書きましたが、結婚のことです。

エペソ5章の中でのみことばが語られましたが、結婚は神様から与えられた恵みであり、その結婚を通して御父と御子との関係、そして御子イエス様と私たちとの関係の絵であり、またその関係を楽しむために神様は男と女を造られたということが語られました。

あぁ~、やっぱり結婚したいな~って思いましたハート

  

その5章の中でその1節で

ですから、愛されている子どもらしく、神にならう者となりなさい。

「神にならう者」、これ、原語の意味はコピーっていうことらしいです。

だから私たちは神様のコピーになるっていうこと。

じゃぁ、どうやったら出来るのか?

イエス様を楽しむこと。そして内におられるイエス様と深く交わること。

交わりの深さ、そして質に応じてイエス様に似せられていくのです。

ま、要はイエス様を楽しむっていうこと。

結婚も同じだって言っていました。

結婚を楽しむ。

神様はもともと男だけじゃなくて、その助け手として女を造られた。

その男と女が結婚という主の契約の中で一つとされ、それを楽しむ。

夫が妻を導き、妻は夫を現している。

そんなことを学びました。

  

そして最後のセッションが終わった時、聖餐式(せいさんしき)をしました。

とっても恵まれました☆

   

さてさて、星今回の恵みその2星

初日の金曜日、数人の人と全てのプログラムが終わった後、夜の10時ごろ、近くに温泉温泉があるということで、行って来ました。

サウナに入り、温泉に入り、帰りにその施設の中にある喫茶コーナーでお茶コーヒーを飲んでゆっくりとくつろぎました。

でセミナーハウスに帰ったのが夜の12時過ぎ。

心身共にゆっくりとくつろげた一時でした。

  

そんなこんなのGWでした♪♪♪

ではではウィンクバイバイ

   

   

=================================== 

※いつもありがとうございます。
今、「スィーツバイブル」というメールマガジンを発行しています。新約聖書ヨハネによる福音書からのバイブルメッセージを毎週金曜日にお送りしてます。

まぐまぐ!   メルマ!   めろんぱん   カプライト

上のメールマガジン発行サイトの名前をクリックして、そこの登録フォームにご自身のメールアドレスを入力して登録してください。
ぜひぜひご登録してくださればと心から願っています。どうぞよろしくお願いいたします。

またお友達や教会の方にも紹介してくださるととってもうれしいです。

  

また同じ内容をスィーツバイブルというブログでもやってます。

ここです。

是非お越しください☆

どうぞよろしくお願いします<(_ _)>   







最終更新日  2007年05月12日 11時09分24秒
コメント(0) | コメントを書く
2007年04月21日
カテゴリ:みことば、信仰

こんにちは~スマイル

今日は風が強かったですが、天気自体は良かったですね音符

それにしても今週は不思議な気候、真冬になったり春になったり涙ぽろり

こういう時って体調崩しやすいから気をつけなくっちゃ☆

   

さてさて、最近味わったみことばをシェアします♪

旧約聖書のゼパニア書3章16~17節です☆

   

その日、エルサレムはこう言われる。

シオンよ。恐れるな。気力を失うな。

あなたの神、主は、あなたのただ中におられる。

救いの勇士だ。主は喜びをもってあなたのことを楽しみ、

その愛によって安らぎを与える。

主は高らかに歌ってあなたのことを喜ばれる。

  

主はぼくのただ中にいてくださっている。

このみことばが今の時代、イエス様が十字架にかかられたことによって実現したんです☆

そう、だから今イエス様がぼくの内に住んでいてくださっている。

今イエス様は肉体という制限が全くなく自由に信じた者たちの内に、ただ中に住んでいてくださっている。

私たちはそのイエス様の命によって生かされているんですよね。

だからいつも勝利を与えてくださっている。救いの勇士なんです。

  

これだけでも凄いことだなぁって思うけど、後半を見ると、主はぼくのことを喜びを持って楽しんでいてくださっている。

イエス様が楽しまれる。

しかもこのぼくのことを!!!!

凄くないですか~!!!!

   

イエス様はヨハネの福音書の中で何度となく、御自身と天のお父様とは一つだっておっしゃっておられます。

これ、別に父なる神様とはイエス様のことだとか、その逆だっていうことじゃないですよ。

父なる神様がおられ、イエス様がおられ、聖霊様がおられる。

でもそれぞれバラバラじゃなくて、お互いに結び綾なされて一つとされるっていうことです。

夫婦関係とおんなじです。

結婚して夫婦になることよって、身も心も一つとされます。

だからって妻=夫じゃないですよね。

お互い別々にいるけれど、全ての面で一つとされて結ばれるんですよね。

イエス様と父なる神様ってそういう関係なんです☆

そして聖霊がその真理を私たちに伝えてくださっている。

このお三人("人"が相応しい表現かどうかわかんないですけど。。。)の神様が一つとされ結び綾なされている。

そしてお互いの内に住まわれ、そこで計り知れない愛の関係を持たれている。

夫婦ってそういう父なる神様と御子イエス様との関係の絵なんです。

  

イエス様がこの地上に約2000年前に来られ、私たちの罪のために十字架にかかられました。

実はこのイエス様と私たちもまた一つとされているんです。

父なる神様とイエス様とおんなじように。

どうしようもない罪の塊である私たちのためにイエス様は十字架にかかられたんだけど、そのイエス様と一緒に私たちもまた十字架につけられたんです。

それは今日DNAというものなどでもわかります。

確かに私たちは2000年前から生まれていない。

でもその種っていうか、基の部分は2000年前にすでに存在していました。

それが今日に至るまで、たとえばDNAが受け継がれてきていることでもわかります。

そしてその罪だらけの私たちの基がイエス様の内にあったんです。

だからイエス様が十字架に架かっ時、私たちも一緒に十字架にかかったんです。

そして古い罪だらけの私たちは死にました。

そう、アダムから続いてきた罪の塊状態の私はそこで死んだんです。

  

そしてイエス様が3日目によみがえられたんですが、私もイエス様と一緒に全く新しくされてよみがえりました。

イエス様は天に上げられて、今父なる神様の右の座に座られていますが、私たちもイエス様と一緒に天にあげられて、神様の右の座に座っているのです。

霊においてね。

  

それと同時にイエス様は私たちクリスチャンの内に幕屋を張って住んでいてくださっているんです。

   

ぼくの内にイエス様がおられる。

そしてイエス様は喜んでぼくを楽しんでいてくださっている。

ぼくという存在そのものを楽しんでいてくださっている。

イエス様とともによみがえって、罪から解放されて新しくされたこのぼくを!

イエス様の命で生かされているこのぼくを!!

   

そしてイエス様はぼくを愛し、いつも深く深く、そして優しい愛を注ぎ続けてくださっている。

深い部分に至るまでぼくを愛し、愛で包み込んでくださっている。

こんなにも、こんなにも愛されている☆

その愛によって安らぎを与えられている。

  

主はぼく自身の故に喜びの歌をもって、今も楽しまれている。

こんなにも愛されている。。。。

  

今、このことを味わっています。

ぼくの小さな知識や考え、経験を遙かに超えていることです。

主がぼくを楽しまれている。

ぼくという新しい存在を楽しまれている。

  

私たちクリスチャンって凄いんですね☆

ハレルヤ!としか言いようがないです。

私たちはもっともっとこの恵みの大きさに目が開かれていくことが必要だと思います。

こんなに愛されているんですからね☆

  

っていうことはその私たちを主は決して無視されることはないし、悪くされる筈がないですよね。

すでにもうこんなにも愛され、祝福されている。

この恵みをもっともっと味わいたいです。

主よ、感謝します☆

  

明日は礼拝ですね。

皆さんのそれぞれの礼拝のために、そしてすでに豊かに注がれ、包み込まれて愛されている愛が、恵みが祝福をもっと深く味わい知ることが出来るよう、その領域が広げられるよう、祈っていきましょう☆

ではでは大笑いバイバイ

   

   

=================================== 

※いつもありがとうございます。
今、「スィーツバイブル」というメールマガジンを発行しています。新約聖書ヨハネによる福音書からのバイブルメッセージを毎週金曜日にお送りしてます。

まぐまぐ!   メルマ!   めろんぱん   カプライト

上のメールマガジン発行サイトの名前をクリックして、そこの登録フォームにご自身のメールアドレスを入力して登録してください。
ぜひぜひご登録してくださればと心から願っています。どうぞよろしくお願いいたします。

またお友達や教会の方にも紹介してくださるととってもうれしいです。

  

また同じ内容をスィーツバイブルというブログでもやってます。

ここです。

是非お越しください☆

どうぞよろしくお願いします<(_ _)>







最終更新日  2007年04月22日 01時36分17秒
コメント(11) | コメントを書く
2007年04月11日
カテゴリ:みことば、信仰

こんにちは~大笑い

今日は午後から天気が悪くなり、夜は寒かったです。

暖かくなったり寒くなったりで、体調の管理が大変ですね~しょんぼり

  

さてさて、最近新約聖書のテサロニケ人への手紙を読んだんですが、その中で何回も出てきた言葉があるんです。

それは「主イエスに結ばれた者」ということばです。

テサロニケ人への手紙第一の4章1節にはこう書いてあります。

さて、兄弟たち、主イエスに結ばれた者としてわたしたちは更に願い、また勧めます。あなたがたは、神に喜ばれるためにどのように歩むべきかを、わたしから学びました。そして、現にそのように歩んでいますが、どうか、その歩みを今後もさらに続けてください。

   
またテサロニケ人への手紙第二の3章12節にはこう書いてあります。

そのような者たちに、わたしたちは主イエス・キリストに結ばれた者として命じ、勧めます。自分で得たパンを食べるように、落ち着いて仕事をしなさい。

   

これ、両方とも新共同訳聖書です。

今まで新改訳聖書を読んでいて、そこにはこの「主イエスに結ばれた者」とは書かれていなかったので気付かなかったんですが、今回新共同訳聖書を読んだら、「主イエスに結ばれた者」って書いてあったんです。

  

でもこれって凄くないですか?

ぼくはこれ読んだ時、あぁ~、これって凄いことだなぁ~って思ったんです。

「イエス様に結ばれている」

これがぼくの今の状態だっていうことだって思ったからです。

感情がどうであっても、実際に今イエス様とぼくとはしっかりと結び合わされている。

っていうことはイエス様とぼくとは全く一つとされていて、ぼくを通してイエス様の思いがなされ、ぼくが行動するときにイエス様も一緒に行動される。

  

前に結婚の話をしましたが、まさに夫婦が一つとされるように、イエス様と私たちは今一つとされてるんですよね。

似たもの夫婦っていう言葉、これは夫婦として長年過ごしている内に、お互いに雰囲気とか嗜好とかが似てくるっていうことですよね。

おんなじようにイエス様とぼくとは、今まさに似たもの夫婦とされている最中なんだなって感じたんです。

イエス様と結ばれている、こうやって考えると凄いことですよねウィンクちょき

そんなふうに考えたら、何だかとっても嬉しくなりました手書きハート

  

これからもイエス様に似せられた者として歩んでいきましょう!

ではではウィンクバイバイ

   

   

=================================== 

※いつもありがとうございます。
今、「スィーツバイブル」というメールマガジンを発行しています。新約聖書ヨハネによる福音書からのバイブルメッセージを毎週金曜日にお送りしてます。

まぐまぐ!   メルマ!   めろんぱん   カプライト

上のメールマガジン発行サイトの名前をクリックして、そこの登録フォームにご自身のメールアドレスを入力して登録してください。
ぜひぜひご登録してくださればと心から願っています。どうぞよろしくお願いいたします。

またお友達や教会の方にも紹介してくださるととってもうれしいです。

  

また同じ内容をスィーツバイブルというブログでもやってます。

ここです。

是非お越しください☆

どうぞよろしくお願いします<(_ _)>   







最終更新日  2007年04月12日 02時45分31秒
コメント(4) | コメントを書く
2007年03月17日
カテゴリ:みことば、信仰

こんにちは~スマイル

今日は朝から寒かった台風ですびっくり

午前中は雨雨、みぞれまじり雪でした。

しばらくは寒い日が続きそうですね~ウィンク

 

さて最近、一つの言葉が思いに来ています。

それは「命の泉はここから湧く」っていう言葉です。

 
数日前の事、電車の中でふとこの言葉が思いに来て、これを思いめぐらしていました。

別にそれに関する聖書の箇所を読んでいたとか、そういうわけではなかったんですが、本当に何気なくこれが思いに来たんです。

  
で、思いめぐらしている中で、「『ここから湧く』の『ここ』ってどこだろう~???」 って自然と考え始めました。

で、「あっ、そうだ~。『ここ』って自分の内側だ!」っていう解答も自然と来て、「じゃぁ、今この瞬間もぼくの内側に命の泉が湧いてるんだ」って考えたんです。

  
   
新約聖書のヨハネの福音書7章37~38節にこう書かれています。

だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。

わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。

  
そんな事を考えていたら、何だかとっても嬉しくなって、内側から暖かいものを感じて来ました♪

 

帰ってから、電車の中で示されたみことばを開いてみました。

これは旧約聖書の箴言4章23節です。

力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。

いのちの泉はこれからわく。

  
ここを見ると、いのちの泉が湧き続けるためには、力の限り見張って心を守ることなんですね。

考えてみると思いってある意味怖いですよね~。

いろんな声に影響されたり、人を批判したり裁いたり、それとか良からぬ思いがふっと来たりとね。

時には自分を責める否定的な思いとか・・・

そういう思いが支配するとき、命の泉が湧くのを邪魔してしまうことになっちゃうんだと思います。

だからそういう思いが来たとき、それらを拒否する必要があるんですよね。

  

その時、自分の内側に命の泉が湧いて、それが周りにも流れ出ていくんだなって思うと、何だかとっても嬉しくなりました。

いつもいつも命の泉が湧き続けていて欲しいですよね~ウィンクグッド

そんなことをここ数日思いめぐらしていました。

  

明日は礼拝ですね。

皆さんの教会の礼拝が豊かに豊かに祝福されるように、教会での主にある交わりも豊かに祝福されるように、お祈りしますね~☆

ではでは大笑いバイバイ

  

=================================== 

※いつもありがとうございます。
今、「スィーツバイブル」というメールマガジンを発行しています。新約聖書ヨハネによる福音書からのバイブルメッセージを毎週金曜日にお送りしてます。

まぐまぐ!   メルマ!   めろんぱん   カプライト

上のメールマガジン発行サイトの名前をクリックして、そこの登録フォームにご自身のメールアドレスを入力して登録してください。
ぜひぜひご登録してくださればと心から願っています。どうぞよろしくお願いいたします。

またお友達や教会の方にも紹介してくださるととってもうれしいです。

どうぞよろしくお願いします<(_ _)>   







最終更新日  2007年03月18日 00時20分45秒
コメント(2) | コメントを書く
2007年01月20日
カテゴリ:みことば、信仰

こんにちは~スマイル

今日は寒かったです。前回の記事にも書きましたが、うちの方、湘南地域は朝雪雪が舞っていました。

この冬一番の寒さでしたショック

 

さてさて、今一つの言葉が思いに来ています。

それは舵取りということです。

昨日のデボーションの箇所だったのですが、マタイの福音書8章23~27節までのところを読んでから、この「舵取り」という言葉が思いの中にずっとあります。

  

イエスが船にお乗りになると、弟子たちも乗った。

すると、見よ、湖に大暴風が起こって、舟は大波をかぶった。

ところが、イエスは眠っておられた。

弟子たちはイエスのみもとに来て、イエスを起こして言った。

 「主よ。助けてください。私たちはおぼれそうです。」

イエスは言われた。

 「なぜこわがるのか。信仰の薄い者たちだ。」

それから、起き上がって、風と湖をしかりつけられると、大なぎになった。

人々は驚いてこう言った。

 「風や湖までが言うことをきくとは、いったいこの方はどういう方なのだろう。」

  

弟子たちとイエス様とのコントラスト、はっきり現れていますね。

弟子たちは舟が沈みそうで大騒ぎ、ところがイエス様はというと眠っておられたのです。

 
ぼくはこの箇所がとっても好きです。

ここからいろんなことをいつも教えられています。

 

で、今回はこの箇所を読んでいて「舵取り」っていうことが思いに来たんです。

  
「眠られているイエス様」

この舟は天のお父様が守ってくださるから大丈夫という信頼があるからこそ眠っておられたのですよね。

そして何よりも御自身が神であり、嵐を治める権威を持っておられるからこそ、そこに恐れはなかったのだと思います。

そして起こされた後、弟子たちに「なぜこわがるのか、信仰の薄い者たちだ」って言われて風と嵐をしかりつけて、大なぎとされました。

イエス様は別の箇所で、からし種程の信仰でOKって言われました。

からし種は胡麻粒くらいの大きさの種です。そんな信仰で良いって言われたのです。

  

ぼくはこの箇所を読みながら、ぼく自身の人生の舵取りはイエス様なんだなぁって感じました。

  

今日はwebデザインの集まりに東京に行きました。

その集まり自体は、こんなもんか~っていう感じで、集まって立食形式の軽食を食べて、専任講師の先生の話を少し聞いて、ゲームをして終わりっていう感じでした。

その後二次会、三次会と行ったみたいですが、ぼくはそのまま帰りました。

で、そこで参加者の方々と少し交わったのですが、成功されている方やこれからの方、いろいろといました。

何分時間が無かったのでちゃんとは話せなかったのですが、でもその人たち、土台があって、もともとあるキャリアを生かしてやっているっていう感じでした。

 

帰りの電車の中、「あぁ、ほんとにイエス様が舵取りなんだなぁ~」って感じました。

これからどうなっていくのかなぁ~って考えると、「わかんない」というのが本音です。

そこにあるのは信仰だけです。

主は人の一歩一歩を定め、御旨にかなう道を備えてくださる。
                                                   
(詩篇37:23;新共同訳)

   

今、イエス様っていう舟に乗ってるんだなぁ~って感じています。

そして舵を取っておられるのは主ご自身です。

ぼくはその舟でイエス様の様に寝ていることです。

イエス様はぼくの全ての全てをご存知で、一歩一歩を定めて、主ご自身の御旨にかなう道を備え、導いてくださるんですよね。

そしてその時々道を開いてくださり、その領域へと入れてくださる。

ぼくがすること、それは主に信頼して舟で寝ること。

  

そんなことを考えていたら、とっても楽になりました。

そして内側で「恐れるな。わたしがあなたの神だから」 って語られました。

イザヤ書41章13節にこう書かれています、

あなたの神、主であるわたしが、あなたの右の手を堅く握り、「恐れるな。わたしがあなたを助ける。」と言っているのだから。

  

前々回の記事で「主に信頼する」っていうことを書いたのですが、今主がぼくに対して「大丈夫だ!わたしがお前を購った。恐れるな、わたしはあなたの神だから。わたしに信頼しなさい。あなたは何もする必要ない無い。わたしは全てするからだ。お前はただわたしの中で眠りなさい。わたしに信頼することをわたしは待っているのだ。」って語っておられるように感じます。

 

これからどういう風に道が開かれるのか、主に期待しています。一歩一歩、主の御旨にかなう道を歩み、その過程で与えられていることをしていきます。

その時も主が共にいてくださっているから、主に信頼します。

今日は集まりの帰り道、電車の中でそんなことを思い巡らしました。

 

明日は礼拝ですねスマイル

主がこの礼拝を通して何を教えようとされるのか、心から期待します。

皆さんの教会での礼拝の内にも豊かな祝福がありますようにちょき

キリストの愛を込めて。。。。。

 

ではでは ウィンクバイバイ

 

 

=================================== 

※いつもありがとうございます。
今、「スィーツバイブル」というメールマガジンを発行しています。新約聖書ヨハネによる福音書からのバイブルメッセージを毎週金曜日にお送りしてます。

まぐまぐ!   メルマ!   めろんぱん   カプライト

上のメールマガジン発行サイトの名前をクリックして、そこの登録フォームにご自身のメールアドレスを入力して登録してください。
ぜひぜひご登録してくださればと心から願っています。どうぞよろしくお願いいたします。

またお友達や教会の方にも紹介してくださるととってもうれしいです。

どうぞよろしくお願いします<(_ _)>   

 







最終更新日  2007年01月21日 01時40分35秒
コメント(10) | コメントを書く
2006年11月17日
カテゴリ:みことば、信仰

こんにちは~スマイル

今日は何か肌寒いですね。

昨日のデボーションの中で教えられたみことばを分かち合います☆

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

正義を洪水のように、恵みの業を大河のように、尽きることなく流れさせよ。

(アモス書5章24節)

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

ここを読んで、ほんと、これ大切だなぁって思いました。

っていうのも、昨日一日の歩みを通して、これが大切だなぁって感じたんです。

 

昨日は人間関係で「うぅ~ん」って感じることがありました。

ま、今の仕事の中で内容が変わって、その内容ややり方を聞いてやっていたんです。

で、なかなかうまくいかない。。。。

 

その度に「ここは違いますよ」「ここをこうしなくちゃいけないですよ」って言われて、

心の中で「またか」とか「うざっ」って思ってしまいました。

でもね、初めての内容で相手は親切で教えてくれてるんですよね。

 

そんなこんなで何かもやもやしながら帰りました。

帰り道、これはいけないなって感じ、そうだ、へりくだって感謝すること、これが大切なんだ。

聖書にも「上の人のために祈りなさい」って書いてある。

この人を愛し、尊敬し、感謝しようって思ったんです。

で、夜聖書を読んだらこのみことば。

 

あぁ、ほんと、そうだなぁって思ったんです。

主は真実なお方ですね。

ハレルヤ、主よ、感謝します☆

 

今日は仕事に行かないで、これから病院に行きます。

具合が悪くなったんじゃないので安心してくださいちょき

数年前からの腰痛と足の激痛になって、その時からお世話になってる整体の先生のところに行くんです。

その人もクリスチャンなんですよ。

それと今は大分痛みは取れています。感謝です☆

 

では行ってきま~~~す!

ではではウィンクバイバイ

 

☆++☆++☆++☆++

今、「スィーツバイブル」というメールマガジンを発行しています。新約聖書ヨハネによる福音書からのバイブルメッセージを毎週金曜日にお送りしてます。

まぐまぐ!   メルマ!   めろんぱん   カプライト

上のメールマガジン発行サイトの名前をクリックして、そこの登録フォームにご自身のメールアドレスを入力して登録してください。
ぜひぜひご登録してくださればと心から願っています。どうぞよろしくお願いいたします。

またお友達や教会の方にも紹介してくださるととってもうれしいです。どうぞよろしくお願いします<(_ _)>   







最終更新日  2006年11月17日 10時12分06秒
コメント(2) | コメントを書く
2006年11月15日
カテゴリ:みことば、信仰

こんにちは~ スマイル

今日は聖書を通読している中で心に残った箇所を紹介します。

以下の箇所です☆

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

君候(くんこう)に依り頼んではならない。

人間には救う力はない。

霊が人間を去れば、人間は自分の属する土に帰り、

その日、彼の思いも滅びる。

 

 

いかに幸いなことか、

ヤコブの神を助けと頼み、主なるその神を待ち望む人。

天地を造り、海とその中にあるすべてのものを造られた神を。

 

 

とこしえにまことを守られる主は、虐げられている人のために裁きをし、

飢えている人にパンをお与えになる。

主は捕らわれ人を解き放ち、

主は見えない人の目を開き、

主はうずくまっている人を起こされる。

主は従う人を愛し、

主は寄留(きりゅう)の民を守り、

みなしごとやもめを励まされる。

 

主はとこしえに王。

シオンよ、あなたの神は代々に王。

ハレルヤ。

詩編146編3~10節

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

読んでいてとても励まされたので紹介しました。

主の恵みと哀れみが皆さんのうちにも豊かにありますように☆

 

ではでは スマイルバイバイ

 







最終更新日  2006年11月16日 02時06分08秒
コメント(4) | コメントを書く
2006年10月27日
カテゴリ:みことば、信仰

こんにちは~スマイル

今日は最近示されているみことばについて分かち合います。

今、スィーツバイブルっていうメルマガを発行していますが、先週金曜日(10月20日)の中で「幕屋」の事について少し書きました。

ヨハネの福音書1章14節にこんなみことばがあります。

言(ことば)は肉となって、わたしたちの間に住まわれた。

この「わたしたちの間に住まわれた」っていうことば、これは原語であるギリシャ語では「わたしたちの間に幕屋を張った」って書いてあるんです。

幕屋とは旧約聖書で神様がモーセに作りなさいって命じた神様を礼拝するためのテントです。事細かに寸法や材料等を指示して作らせたもので、その一つ一つに意味があるんです。

で、この幕屋の中なんですが、厚い幕で二つの部屋に分かれていて、入り口から入って最初の部屋は聖所、そして幕の奥の部屋は至聖所となっています。

そして至聖所には一年に一度だけしか入ることが出来ないんです。しかもだれでもっていうのではなく、大祭司という特別な人だけが入ることが許されているのです。

聖書は言であるイエス様が肉体をもってこの世に来てくださり、そして私たちの間(内側)にこの幕屋を張って、しかもその至聖所に住まわれているって書いてあるんです。

凄いですよね~(^o^) 

 

さてさて、その内容なんですが、この一週間、ずっとこのことを思いめぐらしていました。

新約聖書のヨハネの黙示録にはこんなことが書かれています、

そのとき、わたしは玉座から語りかける大きな声を聞いた。
「見よ、神の幕屋が人の間にあって、神が人と共に住み、人は神の民となる。神は自ら人と共にいて、その神となり、彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも苦労もない。最初のものは過ぎ去ったからである。」(ヨハネの黙示録21章3~4節)

これはこの地上と宇宙が滅んでしまい、その後、新しい天と新しい地が出来て、そこでの生活について書かれている箇所です。神様が私たちと共に住まれ、私たちの目の涙をぬぐい去ってくださりる。しかも死ぬことはもうない。そして悲しみも苦労も嘆きも全くない世界で永遠に暮らすこととなる。これが聖書の約束なんです。そしてその約束に希望があるんです!

でも、このみことば将来のことだけではなく、今すでになされているんですよね。

だってヨハネの福音書1章で言であるイエス様が肉体をもってこの地に人間としてお生まれになり私たちの罪のために十字架にかかってくださいましたが、それは私たちの罪のためなんですよね。

そしてそれを信じた私たちの内側に幕屋が張られていて、その至聖所にまことの大祭司であるイエス様が今も住んでおられるんです。そしていつも私たちの涙をぬぐい去ってくださっているんですよね。

 

またイエス様はまことの大祭司だってヘブル人への手紙に書かれていますが、大祭司って人々の罪を代表して悔い改めたり、父なる神様にとりなしの祈りをする働きをします。

っていうことはイエス様はぼくらのことをいつもとりなし祈っていてくださっているんですよね。そして内側から励ましてくださっている。苦しいとき、悲しくてしょうがないときには一緒に苦しみ泣いてくださり、嬉しいときは一緒に喜んでくださる。しかもくるしくてしょうがない、悲しくてしょうがないときには内側から励まし、その涙をぬぐい去ってくださるんですよね。

これ、すごいなぁ~~~~ってしみじみ感じています。クリスチャンってほんとにいいですよね~☆

 

でもそのイエス様の励ましを邪魔しているものがあるためにそれを味わえない。そう、そういう邪魔しているもの一つ一つ取り除いていきたいなって思わされています。

自分を降ろしてイエス様をいつも心の王座に座っていただき、そのイエス様との愛の交わりをし続ける歩みをしていきたいです。

イエス様を意識して、悲しまれることから離れていたいですね。

ぼくの内に住んでおられるイエス様を悲しませたくないですから。

 

このヨハネの福音書と黙示録のみことば、この一週間心にあり、味わっています。こんなすばらしい祝福に今この瞬間も現実に経験させていただいているんだなぁってね。

主に感謝です、ハレルヤ!

ではではウィンクバイバイ

いつもありがとうございます。
今回もぜひ下のランキングバナーをポチッとお願いします。
くつろぐ ブログランキング

 

それと今、「スィーツバイブル」というメールマガジンを発行しています。新約聖書ヨハネによる福音書からのバイブルメッセージを毎週金曜日にお送りしてます。

今日の記事の内容についても書いています。ぜひぜひご登録してください。

まぐまぐ!   メルマ!   めろんぱん   カプライト

上のメールマガジン発行サイトからぜひぜひ登録をしてください。
よろしくお願いします。

またお友達や教会の方にも紹介してくださると感謝です。どうぞよろしくお願いします<(_ _)>







最終更新日  2006年10月27日 05時09分16秒
コメント(4) | コメントを書く

全19件 (19件中 1-10件目)

1 2 >


© Rakuten Group, Inc.