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つまずく石も縁の端くれ

2006年10月26日
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カテゴリ:アート
化け物.jpg

第一会場の「日本に生息した化け物たち」、期待通りでした。確
かに未知のものを集め分類することが科学なら、化け物だって、
立派な科学の対象だったのでしょう。それでいろいろなことが
分ってきた結果、化け物たちの存在は否定されて、迷信・伝承
の類とされ、文学や美術、民俗学、宗教などの中だけの存在に
なってしまいました。

この展覧会では、現存する資料(人魚や天狗や河童のミイラな
ども含む)を展示して、現代の科学の目でもう一度、化け物た
ちを見直してみようとの企画なのでしょう。

この類の展覧会で思い出すのは、一昨年、川崎市民ミュージア
ムで開催された「日本の幻獣展」です。こちらでは「化け物」
は「幻獣」として定義されていました。展示資料も天狗や河童
から現代のツチノコやクッシー、ヒバゴンまでと充実していま
した。

今回の科博はそれに比べれば、ずっと規模も小さいもので二番
煎じのようにも思えました。資料の数も少なく見劣りしたので
すが、やはり最大の関心である、人魚や天狗のミイラを見るこ
とができたので、まぁ満足です。

会場においてあるリーフレットには天狗と人魚のミイラのレン
トゲン写真と専門家の解説が掲載されています。

天狗.jpg

天狗のミイラ。これは鳥(ヤマシギ)の胴体に猫の頭と手足を
くっつけて作ったものだそうです。人魚のミイラは、何と頭が
ふたつあります。これは紙で作ったハリボテの頭に魚の口をは
め込み、シュロの枝か何かで作った胴体に魚の鱗をはめ込んで
あるそうです。

人魚.jpg

江戸時代、このようなミイラがたくさん作られて、「見せ物」に
なっていたのです。見た人はきっとやはり人魚や河童、天狗な
どの存在を信じたことでしょうね。こういうミイラを作る職人
はいったいどういう人だったのか興味がわきます。

そして、いつの時代にもこういう珍品を集める収集家もいるの
ですね。コレクションを自慢しあっていた殿様もいたそうです。

国立歴史民俗博物館所蔵の百鬼夜行図の一部分が展示されてい
ました。横には映像が自由に移動できるモニターがあり、絵巻
物感覚を楽しむことが出来ます。「江戸の誘惑」にあった鳥山石燕
のアート感覚に溢れた作品には負けますが、妖怪図鑑としては
面白いものでした。

エジプトのミイラ展に向かう一室で、南方熊楠の展覧会も開催
されていました。南方は苔とか粘菌とか隠花植物の研究者であ
り、エコロジー運動のさきがけともなった明治、大正、昭和に
かけての学者です。

南方は明治42年の神社合祀による和歌山の森林伐採反対運動
を過激に指揮した人でもあり、その際、合気道の開祖植芝盛平
が彼の運動を応援していたことから、興味を持っていました。

8歳の時に筆写した「和漢三才図会」(105巻)もありました。
現代で言えば百科辞典を写すのと同じこと。そして、彼の履歴
を綴った延々と細長く続く自己紹介文を眺めただけで並大抵の
人物ではなかったと思います。

粘菌とかにはあまり興味はわかないのですが、南方マンダラに
代表される彼の思想については、興味がありますね。

南方.jpg






最終更新日  2006年10月31日 21時51分16秒
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