2011/05/06(金)02:04
経験の罠
人は誰しも勝利体験があれば、それを他の場面でも応用したくなる。
それ自体は悪いことではない。けれど、その勝利のエッセンスを誤って解釈していたなら??
「○○先生はこうしろと言われた」
→なぜそうしろと言われたかの背景を知らずに表面的な具体策だけが流布すると、対象(市場)の変化に対応できず、的を外れた硬直的なアクションが延々と続けられ効果がどんどん低下する。
→生産性の低下を現場の精神論でカバーすることを要求される。
「これまでこの方法でやってきて成功したんだ」
→別の方法では成功しないという根拠がないにもかかわらず、既存の小成功にこだわる。
あえてこれ以上の詳細はここでは語りませんが、
教会の中でも外でも、うまくいっていない組織や部署、部門というのは往々にしてそのような
経験の罠にはまり込んでいることが多いものです。
統一教会にいるからといって全く安心はできません。
(いやむしろ統一教会にいるからこそ??)
目先のこと、表面的なことに誤魔化されず、本質を見抜く目が必要です。
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