N郎♪音汰。(楽天ブログ)

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音楽についてうんちく

2006/05/29
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月曜日は疲れるぜ~~
毎週月曜日の夜になると疲れきって思考回路がまわらなくなる。なぜだろう?火曜日になると全開するんだけどね。休みとの切替のせいなんだろうか・・・・

とまぁ、こんな感じで家に帰ってきたんだけど、ブログサーフィンをしていたら『気まぐれ深夜喫茶』っていうセンスあふれるタイトルのブログを見つけ、執筆されているマダムQさんにご挨拶がてら日記一覧を眺めていたら、まぁこれがまた懐かしい曲のオンパレード!!

ダウン・タウン・ブギウギ・バンドの「欲望の街」を見つけて嬉しくなり、さらにスクロールしていくとある曲の名前を見つけて手が止まってしまった・・・・

茶木みやこ 「まぼろしの人」

ウォ~!!

そんなにメジャーじゃないけれど、好きな人は大好きっていうこの曲。ネットでいろんな人を書いているのを見ても、この曲・・・・ていう人多いよね。

この曲は1977年 毎日放送 『横溝正史シリーズ』 のテーマソングとして使われた曲だ。

エンディングで、湖畔に沈みゆく夕日の光景や、昭和レトロな街(野田の醤油工場)を歩く金田一耕助(古谷一行)の映像を背景に、なつかしき時代の情景をみごとに描いた詞と、いかにも横溝ワールドな曲・アレンジ、そして茶木みやこの息づかいが感じられるあのボーカルが、最高にノスタルジックな映像を作り上げ、おかげですっかり『横溝正史シリーズ』と金田一耕助にはまってしまった。

映画 『犬神家の一族』(1976年)の名曲「愛のバラード」(大野雄二)に匹敵するぐらい、テレビドラマ『横溝正史シリーズ』での茶木みやこの歌はインパクトが大きかった。

♪陽炎揺れる名もない駅に
遠い汽笛のゆらめきが
かすかな余韻を残す頃
見上げた空には静けさが満ちていた・・・・



『横溝正史シリーズ2』の主題歌も同じ茶木みやこが歌った「あざみの如く棘あれば」という曲だったのだが、明らかに「まぼろしの人」の詞のほうが優れていると思う。「あざみの如く~」を作詞した阿久悠には申し訳ないが、二つの詞の決定的な違いは、情景描写にあると思う。短い言葉の中であれだけの情景描写の出来た「まぼろしの人」が優れすぎているというべきなのか。作詞は寺山寿和。

トランジスターレコードリンク「まぼろしの人」が試聴できる!!

このなつかしい「まぼろしの人」が聴きたくて、「ミュジックミステリー 横溝正史の世界 金田一耕助の冒険」というアルバムをアマゾンコムで手に入れた。そのアルバムについてはまた別に書く。

で、茶木みやこさんのホームページ、見てってください!!いまだに現役として活動し、ギターを抱えて全国をまわっている茶木さん、超カッコイイ!!

茶木みやこ オフィシャルサイト

お手本になるようはシンガーソングライターだと思う。


<自ブログ>
●関連記事一覧:金田一耕助についてうんちく 映画&音楽








Last updated  2006/05/30 03:27:55 AM
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2006/05/20

今日のニュースでこんなのがあった。

第59回カンヌ国際映画祭で18日夜(現地時間)、宮崎駿監督(65)の「風の谷のナウシカ」(84年)のニュープリント版が上映された。

 往年の名作や名優の作品を上映する「カンヌ・クラシック」部門に選出。宮崎アニメ人気は欧米でも絶大で、開場の1時間前から行列ができた。約450人収容の劇場がほぼ満席になり、上映後は拍手喝采・・・・

記事全文/「ナウシカ」復活上映に長蛇の列 (スポーツニッポン)


今、久石譲のアルバム「WORKS I」(POLYDOR POCH-1652 1997.10.15 )の中に収録されている「Symphonic Poem “NAUSICAA”」を聴きながらこの文章を書いているんだけど、「風の谷のナウシカ」、宮崎駿作品の中でも最高傑作だと思う。

記憶にある宮崎駿作品をさかのぼると、まずNHKで放送された「未来少年コナン」、当時その漫画映画としての面白さに虜になってしまい、同じ面白さを引き継いだ映画「ルパン三世・カリオストロの城」(ルパン三世といえば大野雄二、カリオストロの城といえば「炎のたからもの」なんだけどそれはまた別に書くよ)、そしてこの「風の谷のナウシカ」へと続いていく。

「千と千尋の神隠し」など、今でこそ世界的巨匠として作品を世に送りだしている宮崎駿だけれど、この「風の谷のナウシカ」、宮崎駿が映像作家としてやりたいことを存分にやれた初めての作品なんじゃないかって思う。

腐海から想起される環境汚染・放射能汚染や核兵器を思わせる巨神兵など、人間と環境の共存というテーマに真正面から取り組んだ作品であり、かつエンターティメントとしてもレベルが高く、歴史に残る作品なんじゃないかな。こんな映画が現代日本で作られ、大ヒットしたことに日本もまだまだ捨てたもんじゃないゼっ!て当時思った。

ちなみに「風の谷のナウシカ」はその年のキネマ旬報で第7位、「となりのトトロ」は第1位、そして「千と千尋の神隠し」がベルリン国際映画祭金熊賞やアカデミー長編アニメ賞などを受賞するんだけれど、世間の評価は宮崎作品に遅れてついていってるように思う。だから過去の作品がこうして世界的に再評価されてるってことは、作品のテーマに共感しただけに嬉しいことだ。



大ババ 「なんといういたわりと友愛じゃ。オウムが心を開いておる。子供たちよ、わしのめしいた目の代わりによぉく見ておくれ 」
女の子1 「姫ねえさま真っ青な異国の服を着てるの。」
女の子2 「まるで金色の草原を歩いてるみたい。」
大ババ 「おぉ・・その者青き衣をまといて金色の野に降り立つべし・・・」

クライマックスのこのシーンで思わず泣いてしまったって人って多いんじゃないかな・・・。俺も思わず泣いてしまったよ、このシーンで。

この一連のシーンで音楽が果たした役割は大きい。

♪ラン、ランララ、ランララン、ラン、ランラララン・・・

ノスタルジックな少女の歌声が流れ、傷付いたナウシカは息を吹き返す。大ババの「その者青き衣をまといて・・・」の背景では壮大なシンフォニーが流れ、そしてエンディングへと続いていく。オープニングでも使われたテーマ曲をバックに、谷の復興を描きながら余韻を残して映画は終わっていく。

オープニングでもタイトルが現れるところや巨神兵が歩いていくシーンで、このテーマ曲を聴き戦慄を覚えたよ。

多分この映画を観た人の多くが、”音楽・久石譲”の名前を脳裏に刻み込んだんじゃないかと思う。

監督・宮崎駿&音楽・久石譲はその後も続いていくんだけど、「風の谷のナウシカ」、この作品の音楽が一番印象に残ってるよ。

久石譲オフィシャルサイト






Last updated  2006/05/21 04:36:27 PM
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2006/05/18

友達とメールで会話していてブログの話題となった。
個人的な日記であるブログが人と人とのコミュニケーション手段として大いに発展していることに、何でだろう?と質問され、漠然とこう答えた。

「みんなさみしんじゃない?返事が来れば嬉しいし」


機動戦士ガンダムの映画「めぐりあい宇宙編」の主題歌で、井上大輔が歌う歌詞のなかにこんなフレーズがある。


Yes, My Seet , Yes, My sweetest
I wanna get back where you were
愛しい人よ もう一度
Yes, My Seet , Yes, My sweetest
I wanna get back where you were
誰も一人では生きられない

(作詞 井荻麟、売野雅勇)

この歌詞のフレーズや似たような言葉を聞くたびに、一人で生きてる人っていっぱいいるんじゃない?一人でも強く生きろよ!!とつい思ってしまう(笑)。

極端な例を出すと、旧日本軍で海外へ出兵し戦後数十年たって帰還した横井さんだって、小野田さんだって一人で生きてたじゃんって。

多分こんな疑問はこのフレーズに言葉の選び方の安直さを感じるのと、みんながそうだと決め付けてしまうことへの反発っていうのがあるんだと思うけど、まぁ、考えさせられるフレーズではあると思う。

「生きる」という言葉の定義・範囲を考えてみよう。

「生きる」という言葉は文字通り、「死ぬ」ことの反対の意味として、生きているとか、生存しているとかっていう意味でも使われるだろうし、生活するっていう意味でも使われるだろう。ただ漠然と日々を生活するのも生きることだろうし、ジャングルの中で飢えに苦しみながら必死で生きるものもちろん生きることだ。

では、「今、お前は生きているか?」と問われたとしたら・・・・答えるのにちょっと躊躇してしまう。素直にYesって言えないかもしれない。

黒澤明監督の「生きる」という映画がある。定年前にして自分の死期を知った市役所の課長が、目が覚めたように自分がすべきことを自覚し、小さな公園を作るために奔走するという映画なのだが、この映画のタイトルで使われている「生きる」という言葉は、ただ流されるまま漠然と生きるという意味ではなく、自分の真理に従い、自分が生きている意味を突き詰めた結果として「生きる」というような意味が込められていると思う。

「いまを生きる」という映画もあった。”今を生きる”というような使われ方は、一生のうちで二度とは戻ることのない「今」という時間を自覚し、後悔せぬよう精一杯、自分に正直に生きようとか、そういった意味で使われることが多い。

「生きる」という言葉の定義をそんなところまで拡張して、”誰も一人では生きられない”というフレーズをもう一度考えてみよう。

黒澤明の「生きる」にしても、”今を生きる”という使われ方にしても、そこには必ず他者との関わりがあると気付く。他者と関わることにより自分を知り、自分と関わった他者が、それをきっかけとしてなんらかの発見をしたり、「生きる」ということは他者と関わることではじめてその意義を持つものなのかもしれない。


「みんなさみしんじゃない?返事が来れば嬉しいし」

同じ趣味の人と会話したいとか、普段想っていることを共感してもらいたいとか、それによって新しい自分を発見したり、感動したりと、無自覚であっても多くの人が他者と関わりたい、「生き」たいって思っているのだろう。その願いに従って、コミュニケーションの手段はこうして形を変え発展してくのだと思う。

メールで会話した友達も、そのうちブログをはじめと思う。








Last updated  2006/05/20 06:11:34 AM
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2006/05/08

1979年に公開された松本零士原作の劇場映画サントラ


999.JPG
作曲/青木 望
指揮/熊谷 弘
演奏/コロンビア・シンフォニック・オーケストラ

コロムビアミュージックエンタテインメント

今、万感の想いを込めて汽笛が鳴る。
今、万感の想いを込めて汽車が行く。
ひとつの旅は終わり、また新しい旅が始まる。
さらばメーテル
さらば銀河鉄道999

さらば少年の日よ・・・・


城達也のこのナレーション、今でも鮮明に覚えている。
まだ小学生で、そしてこの映画は初めて泣いた映画だった。

”・・・私はあなたの想い出の中にだけ居る女。
私はあなたの少年の日の心の中にいた少年の日の幻影”

鉄郎とメーテルの別れのシーンでは涙が止まらなかった。
人と人との別れが、こんなにも悲しく、こんなにも切ないものだということを、この映画で知った。


その別れのシーンで流れていた音楽が、このアルバムの12曲目

「終曲―別離そして新たなる出発」

静かにメロディーを奏でるストリングスは、幾重にも重なりながらリズムセクションを交えて劇的なサウンドへと変化し、別れのシーンを最高に演出してくれた。

別離のクライマックスで使用されたこのメロディーラインは、8曲目

「愛の目覚め」

でも使用されている。クライマックスに入る前に、観客はそのメロディーラインを聴いていたこととなる。


1.序曲―メインテーマ
2.“鉄郎”勇気ある少年
3.惜別 そして未知への憧れ
4.“テイキング・オフ!”銀河の彼方へ
5.氷の中のレクイエム
6.可憐な少女 ガラスのクレア
7.時間城へ
8.愛の目覚め
9.心の詩とアルカディア号
10.惑星メーテル
11.銀河に散ったクレア…涙
12.終曲―別離そして新たなる出発


「心の詩とアルカディア号」の使われ方をみても、これだけ劇中音楽が演出として効果をあげた映画も珍しいのではないかと思う。

「惑星メーテル」のメローディーライン、パーカッションとストリングス&ブラスセクション、そしてコーラスのコラボレーションも最高に好きだ。
「序曲―メインテーマ」にも言える。


映画のエンディングとして使われたゴダイゴの「銀河鉄道999」
は大ヒット曲となったが、タケカワユキヒデの曲がよかったのと同時に、奈良橋陽子・山川啓介のクレジットとなるその詞もよく出来た、いい詞だったと思う。

このサントラは、はじめて自分で買ったアルバムとなった。
そしてまた、まだ若かったころ、とっても好きだった人にプレゼントしたアルバムでもあった・・・。







Last updated  2006/05/09 04:25:51 AM
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2006/05/06
テーマ:洋楽(2543)

1983年12月、ロンドンのマーキーでのライブを収録したもの。


※左はLDのジャケット

CD 1994/05

ビデオ・・・あるが入手困難らしい

DVDってあるんだっけ?


学生だったころ、洋楽好きの友達のアパートでこのライブビデオを観せられた。

オープニングの「Pipeline」(ベンチャーズの曲を超へヴィーにカヴァー)を観て、~おお!これが本場のロックのライブか!! と息をのみ、「Oriental Beat」で登場してきたヴォーカル/マイケル・モンローに、~女みたいな化粧して、演奏力はあるのか? と疑念を抱きながらも、次曲「Back To Mystery City」でのマイケルの見開いた目に、ヴォーカリストとして只者ではないことを悟った。
極めつけに「Motorvatin'」でのEギター/アンディ・マッコイのあの動き!!! をみて、このバンドがフツウではないことを理解した。

そして、「Don't Never Leave Me」⇒ 「Tragedy」 ⇒ 「Malibu Beach Nightmare」 と続くハノイ・ロックス黄金のライブラインナップにすっかり虜になってしまい、終盤の「Train Kept A Rolling」での客のハチャメチャぶりに驚き、マイケルとドラム/ラズルがポジションチェンジして演奏する「Blitzkrieg Bop」の状況にパンクを見て、観終わった後、~あのライブのテンションは一体なんだったのか・・・と頭に残り続けた。

ハノイ・ロックスを愛するロックファンやミュージシャンは多いが、なぜにそこまで虜になってしまうのか・・・このライブビデオを観れば疑問のすべては解消すると思う。

昔、大宮の南銀にフリークスというライブハウスがあった。そこでたまたま見たオードリーヤーヤーという日本のバンドは、曲からルックスから、まるでハノイ・ロックス(の真似)だった。彼らもこのビデオを観て、これだ!!って思ったに違いない。(彼らは今、どうしてんだろう)

ロックのライブっていうのは、ホールや、ましてや東京ドームとか横浜アリーナとか、そういった広さの場所では本来の価値を楽しむことは不可能だと思う。ライブハウスとかクラブとか呼ばれる広さの場所で、大音量で体験してこそ、その有り難味・楽しみ方がわかるものだ。東京などの大都市ならば体験することは可能だが、そうでない人はこのビデオを観れば、ロックの本来の楽しみ方が理解できると思う。
・・・と書きながら、東京でも無理かもしれないと思った。ロンドンでのこのライブに居合わせることが出来たらどんなにスゴイことだったろう。


ハノイ・ロックスはドラマー・ラズルの事故死をきっかけとして1985年に「消滅」した。

以後のバンドとしてのブランクは本当に惜しいことだと思うが、近年マイケルとアンディにてハノイは再結成された。亡くなったラズルは仕方がないとして、ナスティやサムがいないのは淋しいが、今もハノイをやっている彼らには、死ぬまで「ハノイ・ロックス」をやっていて欲しい!

追伸)

散々観て!って書いたけど、現在映像が入手困難であることを知って愕然。DVD出して~!!







Last updated  2006/05/06 10:30:37 PM
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2006/05/03

連休中は遠出しようと思っていたけど、諸事情により家にいることになってしまった。ということで、今日はドアーズを紹介。ドアーズを語り出すとこれがまた止まらなくなる。

好きなバンドは?と訊かれたら、まずはレッド・ツッペリンって答えるけれど、ドアーズも必ずその名前を挙げる。

なぜドアーズが好きなんだろう~って分析してみると、正統派ロックやハードロックの系統とは異なる、バンドの持つその独特の音楽っていうのを最初に挙げる。鍵盤楽器の繰り出すサイケデリックなフレーズやEギターのロックの形にとらわれないリフ、ワールドミュージック的様相も持ったドラムス・・・。ドアーズサウンドの後期はブルースどっぷりになるんだけれど、それはそれでいいとして、初期のころのあの独特のサウンドは、まさにドアーズならでは。
その極めつけがセカンドアルバム『STRANGE DAYS / まぼろしの世界 』だと思う。





収録アルバム
STRANGE DAYS / まぼろしの世界

1967/10

Elektra KEKS74014


ドアーズの魅力として、次にジム・モリソンの原始動物的なヴォーカルを挙げる。うまいとか、きれいとか、そんな小手先の次元を超越していて、圧倒的な存在感とリアリティーを感じさせてくれる。残念ながらアルバムを重ねるごとにヴォーカルの質は落ちていくのだが、ファースト~セカンドのベストテイクで言うなら、あそこまでの緊張感とそれを支える安定感を持ったヴォーカルは海外でも聴いたことがない。特にシャウトにおいて、まさに動物の叫びって感じだ。モリソンの才能と言えよう。

また、一方でモリソンの滅茶苦茶さというかカリスマ性というべきか、そんなところがドアーズの愛すべきところだ。
モリソンの滅茶苦茶さはライブでのパフォーマンスなど、伝説となっているような話がいくつもあるが、その実際はおいておいたとしても、3枚目のアルバム『太陽を待ちながら』に収録されている最後の曲「ファイヴ・トゥ・ワン」でのヴォーカルを聴けば、その滅茶苦茶ぶりはわかる。
「ファイヴ・トゥ・ワン」のモリソンのヴォーカルは、バンドとして音を合わせるべきところで明らかに外している、というより、外れているのだ。酔っ払いながら録音したのではないか?と思われるほど。
曲を聴く限り、明らかにおかしい。普通のアーティストであるならば信じられないようなテイクをレコードに収録したものだと思う。が、そんなテイクが収録されているところが逆にモリソンの魅力となっているのかもしれない。

ドアーズはバンドの時期により評価が極端に分かれるイメージがあるが、いつの時期のドアーズが好きかと問われれば、最初から最後まで好きなところがあると答える。ファーストやセカンドも好きではあるが、ドアーズとして最悪とか問題作とか言われている4枚目の『ソフト・パレード』にしても、音楽的には他のどのアルバムよりも洗練されていると思うし、歌詞については確かに陳腐なものが多いが、曲については名曲も多い。
なんでこんなに不当な評価になってしまっているのかと考えると、ファーストとセカンドでの固定観念にとらわれたリスナーがドアーズの可能性を理解出来なかったからではないかと思われる部分もある。逆に言うと、ファーストとセカンドでのドアーズの個性がそれほど強烈であったということでもあろう。

そのため、それ以上の期待を背負わされたバンドは、ドアーズらしさを強調した路線と大衆受けする路線との巨大なプレシャーの狭間でもがき続けたというところなのだろう。
サードアルバムでの、アルバムとしてのコンセプトの破綻がそれを物語っている。(しかし、俺はそのサードアルバムをむしろファーストやセカンドより好きで、愛着がある。)

表参道の居酒屋で呑んでいて、たまたま隣にいたジム・モリソンのTシャツを着た若者とドアーズのアルバムでどれがベストかを議論したことがある。ファーストアルバム意外ありえないと怒りながら力説するその若者にビビり、ジム・モリソンのTシャツを着た若者には今後話しかけないようにしよう(笑)と思わざるおえないほど、ドアーズを愛するリスナーの愛着は強烈だ。

ドアーズで好きな曲を挙げろと言われれば、ファーストの「ブレーク・オン・スルー」「ハートに火をつけて」、『モリソン・ホテル』の「ロードハウス・ブルース」「太陽を待ちながら」「インディアン・サマー」、『L.A.ウーマン』の「L.A.ウーマン」、『ソフト・パレード』の「ソフトパレード」、『太陽を待ちながら』の「大地に触れずに」・・・など、各アルバムに好きな曲はある。

ドアーズがドアーズサウンドらしいという意味での代表曲を挙げろと言われれば、「大地に触れずに」を挙げる。オリバーストーン監督の映画「ドアーズ」(1991)の中でもアメリカ先住民の幻想と一緒にモリソンが踊るライブシーンで効果的に使われていた。
が、ドアーズのドアーズサウンドとしての最高傑作は何かと考えると『まぼろしの世界 』のラストナンバー、「音楽が終ったら」を挙げざるおえないだろう。

「音楽が終ったら」は演奏という面においてもパーフェクトというべきで、次のアルバムのラストナンバー「ファイヴ・トゥ・ワン」のクオリティーとは、モリソンのヴォーカルという点で雲泥の差だ。(前述のように「ファイヴ・トゥ・ワン」のテイクも愛すべきテイクなのだが・・・・)

ドアーズらしいレイ・マンザレクの鍵盤のフレーズから始まり、モリソンさあふれる歌詞・ヴォーカルの絶叫、ロビー・クリーガーのうねりまくるギターソロ、ジョン・デンズモアの雷雨を彷彿させるようなドラムパフォーマンス、そして何よりもサウンドが静から動に変わっていく部分でのバンドとしてのパーフェクトな一体感。

この曲においてバンドとしてのサウンドは最高潮に達していると思う。

曲の体裁はファーストでの伝説的傑作「ジ・エンド」の延長路線にあると思うが、明からに「ジ・エンド」を凌駕する、ロック史、いや音楽史に残る傑作ではないだろうか。

曲が試聴できるサイト









Last updated  2006/05/03 10:32:44 PM
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2006/05/01

5月が始まったばかりだというのに、今日はまるで初夏のような暑い一日だった。で、お気に入りの曲を紹介。

いつのことだろう、94~95年ぐらいのことだったか、たまたま耳にしたこの曲 『LA LA (MEANS I LOVE YOU) 』 に惹かれ、アーティスト名をメモしておき、後からアルバムを購入した。





収録アルバム
THE LIVING RETURN /
SWING OUT SISTER


1994/09/13

PHCR-1250


ゆったりと構えたリズムセクションに乗ったサウンドは癒し系というべきか、とても心地いい。

2コーラス目のサビに続く間奏で、曲調が変わり、ストリングスをバックにWOWを効かせたEギターのソロが入るところが絶品。決して派手ではないが、ツボを押さえ、聴かせてくれる。コーラスとのコラボレーションもまた絶妙でこの曲の最大の聴きどころだと思う。

♪La la la la la la la la la means i love you

ヴォーカル・コリーンのこのサビにEギターが絡み、ブラスセクションがフレーズを奏で、流れゆく時間を感じさせてくれる。

曲を試聴出きるサイト(是非聴いてみて!)


追伸)

LA LA (MEANS I LOVE YOU) の原曲はフィラデルフィア・ソウルの雄、ザ・デルフォニックス(The Delfonics)が大ヒットさせた曲で、1968年に日本でも「ララは愛の言葉」というタイトルで発売されている。

原曲を試聴できるサイト

~デルフォニックスの原曲もいいよね~!!。他の曲もいい感じ。デルフォニックス、気に入ってしまいました。探そ!

Youtube
●♪ 「 LA LA ( MEANS I LOVE YOU ) 」

SOS 関連記事
●♪ 「 あなたにいてほしい Now You're Not Here 」
●♪ 「 What Kind Of Fool Are You?  」







Last updated  2008/02/15 02:35:43 AM
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2006/04/18


古賀千春の『鐘の音』に触発されて、久しぶりに日本語の歌詞を聞きたい気分になった。
もともと音楽としてのロックやリズム・旋律よりも、詞を重視して曲を選んできたが、日本人の曲は聴いていてフラストレーションのたまる詞が多いのと、言葉よりも音楽自体の持つパワーを鑑賞し、音楽にノるようになって、何時の間にか日本語の曲はほとんど聴かなくなってしまっていた。

だが、久しぶりに詞に心を動かされ、また詞を聴きたい気分になった。

『太陽へ続くハイウェイ』

長渕剛のアルバム『HUNGRY』(1985年)の最後の曲だが、いい詞の曲というと、今でもまずこの曲を挙げる。
17歳から20歳ぐらいまではこの曲をひたすら聴いていたように思う。洋楽ロックに傾倒するようになってからはすっかり聴かなくなってしまい、アルバムを手にすることもなくなり、長渕剛も『JEEP』(1990年)あたりで止まったままだった。

今朝、仕事へ向かう前に、自宅で『HUNGRY』のCDを引っ張り出してきて、『太陽へ続くハイウェイ』をMP3に変換し、携帯音楽再生機にファイルを入れて、駅までの間、歩きながら聴いた。この曲を聴いたのはいつ以来だろうか?少なくとも10年は聴いていないと思う。

・・・やはり最高に素晴らしい歌だった。京浜東北線の電車に乗り込みながら、完全に曲に浸ってしまった。
何よりもその歌詞、そして歌い上げるボーカルは決して上手いとはいえないが、ボーカルとして表現されるべき命がこめられていた。長渕剛はこの『HUNGRY』ツアーで倒れてしまい、ロックバンド路線に挫折し、そして『STAY DREAM』へと続くのだが、そうなるであろうことを予想させるほど、頂点に達した曲だと思う。

試聴出来るサイト

この曲との出会いが、自分の第二の誕生の原点であったことを思い出す。第一の誕生はもちろんこの世に生まれてきたこと。そして第二の誕生とは、他の誰でもなく、自分が自分の意志によって、これからを生きていこうと決めた時のこと。


そう書きながら、今日は奇しくも自分の誕生日であることに気が付いた。それはきっと偶然ではなく、『太陽へ続くハイウェイ』を今日聴く運命にあったのかもしれない。

試聴出来るサイト








Last updated  2006/05/02 09:28:21 PM
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2006/04/12
テーマ:ボサノバ(1)


楽天ブログを書く余裕が出てきて、ようやくプロフィールを書いた。

で、好きな音楽のところに書いたんだけれど、これまでのことを思い出してみるといろいろある。

小学生のころはアニメソングとか映画音楽とか、歌謡曲とか。映画『銀河鉄道999』のサントラが最初に買ったアルバムだった。
10代後半は日本のシンガーソングライターを聴き出し、歌詞重視で、長渕や浜省なんかを好んでいた。アルバムでいうと『ハングリー』とか、『JBOY』とかね。長渕の「太陽へ続くハイウェイ」、思い出すと最高に好きだったな~。

それからバンドをやるようになって仲間の影響で洋楽ロック、ディープパープルとかハノイ・ロックスとかピストルズとかコピーしたり。
だんだんジェフ・ベックとかドアーズとかにはまり、その後はヴォーカルに目覚め、カンツォーネとかシャンソンとか、尾崎紀世彦なんかを聴くようになった~というよりよさがわかるようになった。
その後は大音量で聴く(ノレる)ロックに回帰して、レッド・ツェッペリンとか、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンとかライブ向きのハードロックを好むようになり~
ロックが中心みたいだけど、好きな音楽は多岐にわたる。NHKの大河ドラマ主題曲集とか大野雄二とか・・・そのうち書くからね~。

で、ここ半年ではまっていたのがボサノバ。

ボサノバっていう音楽はホント不思議な音楽だと思う。聴くだけで癒されるというか、朗らかになるというか、現代でも全然古くない60年代の凄い発明だよね。

好きなボサノバの曲を挙げろっていわれたら・・・

「ビーチ・サンバ」 アストラッド・ジルベルト(うた)
「ソーナイス」 マルコス・ヴァーリ(曲・うた)
「イパネマの娘」アントニオ・カルロス・ジョビン(曲)+アストラッド・ジルベルト(うた)

ジョビンの曲が多いんだけれど、一番好きなボサノバの曲はって聴かれたら・・・

「プリティーワールド」

って答える。セルジオ・メンデス&ブラジル’66ね。ボサノバっていうよりはボサロックって感じかな。楽器の音がいいのか、リズムがいいのか、曲調がいいのか、ヴォーカルがいいのか・・・最後にコーラスが入っている部分なんか超好きだ。

昔よくJR新宿駅南口のコンコースとかディスカウントストアで売っていた1500円ぐらいのボサノバ名曲集CDなんかを買ってきて聴いたりしていたんだけれど、曲は知ってるけれどアーティストがどんな人で、どんなアルバムがあるかなんか最近まで全然知らなかった。
インターネットで調べて、セルジオ・メンデスとブラジル’66のアルバムが今でも聴けることを知り、渋谷のTSUTAYAなんかから何枚か借りてきたりしたんだけれど~

超シブい。ボサノバの王道を行っているかと思いきや、ボサロックって感じで、ちょっとびっくり。「ドック・オブ・ベイ」は最初聴いたとき、なんじゃこれはって思ったけれど、よく考えてみたらこれってカヴァーなんだね、味わい深いよ。セルジオ~の「フール・オン・ザ・ヒル」は前から曲は知っていたんだけれど、このボサノバの曲、いいよ!って友達に聴かせたら、ビートルズだって言われて・・・・なんのこっちゃと思ったけれど、俺が無知だった・・・というのもあるけれど、セルジオ・メンデスの音楽的センスはそんなことをリスナーに思い起こさせないほど原曲を消化して新たなイメージとしてアウトプットしているところにあるんだろうね。

「プリティーワールド」、聴いてみてね。いい曲だよ~。

試聴出来るサイト







Last updated  2008/02/13 09:26:42 PM
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2006/04/11


今日は小雨。19:30に渋谷から山手線に乗り、新宿で総武線に乗り換え、高円寺まで行ったんだけれど、高円寺ってもっと栄えた場所かと思っていたら意外とそうでもなかった。JRのホームから階段を下りると、階段の途中で工事かなにかで幅が狭くなっていて、階段がとても混んでいた。

ライブは既に始まっていて、はじめて入るそこ(高円寺ALONE)は満席。客の入りがよいのとPAをやっていた人が全てをこなし、お客さんの椅子の配慮からチケットまで切っていたのにはちょっとびっくり。きっとスゴイ人なんだろう。
渋谷アピアで3月に観たピアノ弾き語りのアーティスト『古賀千春』の曲とボーカルがとってもよく、今日のライブで音源(CD)を用意していてくれるっていうんで、絶対に行かねばって思ってた。

客の入りがよいのは彼女目当ての客のようで、確かに彼女の演奏はお金を払ってでも観る価値があると思う。ボーカルがズバ抜けてよく、ボーカルにうるさいN郎♪も太鼓判を押すよ。
歌詞がまたよく、渋谷で惹き付けられた曲をまた聴きたかったってのもあった。

「鐘の音」

っていう曲なんだけれど、これまでがんばってきたけれど上手くいかず、ブルーで落ち込んでいる自分から、「今日が大事」って気付いて、立ち直る様を歌にした曲で、まだ若いアーティスト『古賀千春』の立ち直ってゆく姿が見えるのと同時に、聴いている側にとっても共感を覚え、自分を省みさせてくれるような名曲だよ。

ライブは途中SEを歌詞とシンクロさせ、効果的に使ったりしていて、ボーカルもあいかわらず超よく、鍵盤の演奏も力強く、よいパフォーマンスだったと思う。

ライブの後、3月の渋谷アピアでのライブCDを俺のために用意してくれていて、感激して急いで家へ帰った。そのライブCD、今聴いているんだけれど、ボーカルのよさにはあらためて感激。

真によい音楽は宝石にも匹敵する価値があるよな~って思う。1万円だしても欲しいって思うもの。CD(アルバム)を手にしてこれだけワクワクしたのここ近年、無いように思える。

絶望の淵のなかでも、希望の光が差し込んでくる・・・そんな音楽だよね。






Last updated  2006/04/13 03:01:21 AM
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全42件 (42件中 31-40件目)

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