N郎♪音汰。(楽天ブログ)

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ニュース・社会うんちく

2007/10/04
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土曜日のライブで歌う歌詞の中で「ネットカフェ難民」を一部使っているところがあり、その歌詞を整理する傍ら「ネットカフェ難民」について調べていたところ、Youtubeにアップされていた番組を見て少なからずショックを受けた。


YouTube - ネットカフェ生活者と日本の雇用環境


番組自体は今年の1月に日本テレビ系列で放送された「NNNドキュメント」だと思う。その中で登場してくる若者の姿。母子家庭で地方から出てきて、弟や妹への仕送りも出来なくなり、自らの生活も破綻してしまった20代の男性。10代後半の女性の手帳に記された言葉・・・「強くなる」「責任感を持つ」「夜ご飯食べない」・・・みんな一生懸命働いて生きているのに収入の低さからそうせざるおえない現代日本社会の現実。日本国憲法第25条に規定されている言葉「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」・・・なんとかしようぜ。







Last updated  2007/10/05 03:49:36 AM
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2007/07/22

DVDレンタルが開始されたので早速借りてきて観た。米元副大統領アル・ゴアによるスライド講座をベースとし、地球温暖化について解説する内容となっている。アル・ゴアが何故この問題に取り組むこととなったのか、家族の不幸など個人的体験も含め、全世界で1000回以上行われてきたスライド講座をベースとしているため、その説得力は絶大だ。もちろん地球温暖化に対して懐疑的な姿勢をとり続ける政治家などへの反論・欺瞞への指摘も含まれている。

映画(DVD)を観た感想を以下にざっと。

・「地球温暖化」という名称より「CO2濃度の増加」という名称のほうがより本質を理解しやすいかもしれない。DVDの特典映像のなかで語られていたように、サンゴが死滅する原因について、最新の研究では「CO2濃度の増加」による影響が指摘されている。

・昔から社会全体として省エネルギーに取り組んできただけに、まだ日本は米国と比較するとまともなのだろう。この方向はさらに進めるべきだと思う。日本は自動車の燃費基準ではEUに抜かれるまで世界トップであった。フォードやGMと比較し、トヨタやホンダの日本メーカーを評価するデータも提示されていた。

・911およびそれ以降の米国の戦争について、現ブッシュ政権の様々な疑惑や石油メーカーとの癒着が語られているように、この問題についてもまったく同じ構造あることがわかる。ブッシュが僅差でゴアに勝ち、さまざまな疑惑が報じられた2000年の米大統領選挙の影響は世界に大きな負の影響を与えてしまったようだ。

・米国のハリケーン、オーストラリアのサイクロン、そして日本を含む東アジアの台風は同じものであり、それが近年巨大化し、頻発するようになった背景には地球温暖化の影響があるという。つまり、今年も来年もそしてそれからも、台風の影響は肥大化していくということだ。世界各地で最高気温も年々記録を破り続けているとのことで、我々の生活に目に見える直接的な形でも、この問題は大きな影響を及ぼしていることが理解出来る。巨大クラゲの大発生など、近年のさまざまな地球環境及び生態系の異常は地球温暖化=CO2濃度の上昇とつながっているとのことだ。東アジアにおいては中国の急激な経済成長などの影響もあり、もちろんCO2濃度の上昇だけではないだろう。しかし、これまで考えられなかった異常が頻発する時代に突入していることは間違いない。

・映画のエンディングでは個人の行動を呼びかけている。例えば、なるべく公共交通機関を利用しようとか、地球温暖化に取り組む政治家に投票しよう、ダメなら自分で立候補しようとか・・・アフリカのことわざに「何かを祈る時は、行動もすべし」というのがあるという。日本人である我々もアフリカの諺から学ぶべきではないか。







Last updated  2007/07/22 10:58:40 PM
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2007/05/11
テーマ:ニュース(83399)

毎日毎日ショッキングなニュースが流れているが、今週、最もショッキングだったニュース、皆さんは何だったろうか?・・・俺はこのニュースにかなり衝撃を覚えた。

「国民投票法案、14日成立へ」・・・来週の月曜、参議院本会議で成立するという。既に衆議院は通過していたのだが、不覚にもそのニュースに気がつかなかった。それもあって今回のニュースにショックを受けたのだが、衆議院を通過したことに気が付かなかったのは自分が不覚だったということもあるのだろうが、しかし、マスコミが意図的に小さく扱っていたからというのもあるのではないかと思う。これは大々的にとりあげるべきニュースではないか。

憲法は国民投票で変えられるのだから、その法整備を進めるということ自体はおかしなことではない。しかし、他のことはさておいて何よりもまず憲法9条を変えようとしていること、自公の圧倒的な議席数の上で作られた法律案であるため、当然のことながら自分らにとって有利な法案となっていことなど、見逃せない点がいくつもある。

この法案の問題点について、どういった法律なのかも知らない人も含め以下を参照していただきたい。

●リンク:ビデオニュース・ドットコム/国民投票法案の中身を知っていますか
●リンク:日弁連/憲法改正国民投票法案に異議あり!

この法案が成立し、実際に憲法改正の発議が行われ、国民投票が行われるとしよう。第一の焦点はもちろん憲法9条だ。憲法9条を変えるべきではないという意見と、変えるべきだという意見が真っ二つに割れて、国民投票の結果白黒がはっきりつくのも、ある意味おもしろいことかもしれない。

(自分は憲法9条を守るべき派だ。憲法9条があるにもかかわらず自衛隊がイラクに派遣されているのだから、そのタガが外れたらどんなことになるのかは火を見るより明らかであろう。)

国民投票の結果、もしかしたら九条を変えるべきではないという意見が勝つかもしれない・・・とも思う。しかし残念ながら一番可能性の高い予測はこうだ。国民投票の投票率が低く、国民の多くは関心もないまま、結局は自民党と公明党の組織票によって憲法9条が改正されるというシナリオだ。そんな状況はもうXXの極みとしか言いようのない状況なのだが、それが一番可能性が高いと思われるところに、この社会が絶望的に救いようのないところだと思う。もう一度この歌を聴いて欲しい。

●MP3音源リンク:「神よ・・・」

憲法9条が改悪され、「集団的自衛権」の名の下に日本の軍隊も戦争に参加することとなった場合、誰が戦地に行くのか? 誰が殺されるのか? 誰が殺すのか? 何のための戦争なのか? 戦争のために税金をバラマいてよいのか?・・・人ごとでは全然ない。

自民党はなぜこうまでして憲法9条を変えたいのだろうか。もちろん自国の軍隊を堂々と持ちたいという考えもあるのだろうが、米政府からの圧力も大きな理由であると思う。

その米国であるが、ブッシュ政権の支持率は過去最低の28%に落ちこんでいるという。イラク戦争が誤った戦争であったということに米国民の多くは気がついているということだろう。イラク戦争をはじめた大義名分の大量破壊兵器の存在はデッチあげであった。もともとイラクとは何の関係もない9・11のテロについても、数多くの疑問と謎が投げかけられている。・・・イラク戦争とは一体なんだったのか、そして内戦で混迷する現在のイラクの状況は何を意味しているのか?たくさんの犠牲者は何故殺されなければならなかったのか・・・・

憲法9条を捨てた日本政府の軍隊はどうなる・・・・これはもう明白だ。「集団的自衛権」の名の元に、米国の軍隊と一緒に戦争に参加する・・・たとえその戦争がイラク戦争のようにデッチあげのウソにまみれた不正義の戦争であっても、アメリカが「悪の枢軸」とまで呼ばれるようになっていても、劣化ウラン弾や無差別攻撃でイラクの一般市民が虐殺されようがまったく関係なく。「集団的自衛権」の名の下にすべては正当化され、米国の戦争に意義すら唱えることもできないと思う。

日本史に、そして、世界史に残る新たな汚点をこの国が刻んでいくことは確実だ。日本が民主主義社会であるというのであるならば、その責任はまさに今の我々にあるといえるのではないか。

・・・

JR西日本の特急サンダーバードの中で20代の女性が強姦されたが、誰もそれを制止しなかったという。この国に生きる人たちはきっとそんな人たちの集まりなんだろうな~なんて思わずにはいられない・・・けど、きっと心の中ではみんな憤りを感じてたんだろうね。少しの勇気と連帯が必要なんだと思う。


最新記事はこちら








Last updated  2007/05/12 01:44:46 AM
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2006/12/08

1985年8月12日、羽田発大阪行の日本航空123便が長野県境に近い群馬県の御巣鷹山に墜落した。乗員乗客524名のうち520名が死亡するという、航空機単独の事故としては史上最大の被害者を出すこととなった。

 『昭和・平成日本「怪死」事件史』に収録されている記事の中で、作家の安部譲二氏はこの事件について次のように語っている。

「陰謀でもなんでもなく、日航機は撃墜されたとしか思えない」



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昭和・平成日本「怪死」事件史
“疑惑の死”から見える 日本の「闇」と「タブー」

宝島社
雑誌:66081-68
ISBN:4-7966-5355-4
2006年7月1日発売
定価840円



この本に収録されている記事の中で最も衝撃を受けたのは、123便事件について安部譲二氏にインタビューした記事だった。単発エンジン小型機の操縦免許も持っている安部譲二氏は日航の客室乗務員だった時代があり、123便事件についての著作もある。(『日本怪死人列伝』2002年 扶桑社文庫 )

安部氏によると、事件があった当時、新造された護衛艦「まつゆき」が相模湾で試運転をしていて、テストのためにその「まつゆき」艦上から無人標的機が発射され、123便の尾翼に衝突したというのだ。

「ぶつけたんじゃなくて、ぶつかってしまったんでしょ。」

自分はあまりに無知であった。今回この記事をブログに書くにあたり、123便墜落事件についてネットを調べていたのだが、この事件には多くの疑問や謎があり、安部氏が述べているような説はいまさら驚くような話ではなく、信憑性のある定説となっているようなのだ。

●リンク:事故についての疑惑・謎


次に挙げる二点により、安部氏が挙げたような説はかなり信憑性が高いと自分も思う。

理由1 運輸省事故調査委員会が尾翼破壊の原因として挙げている圧力隔壁の破損について、様々な事実から、それに伴って発生するであろう急減圧が実際には発生していないことがわかっている。つまり尾翼が破壊された本当の理由が隠蔽されたままになっているということ。

理由2 123便の破損した垂直尾翼の一部を「偶然」に護衛艦「まつゆき」が発見し、回収したということ。

圧力隔壁の破損を事故原因とすることには日本航空三乗組も疑問を投げかけ、再調査を求めている。

●リンク:日本航空三乗組 123便事故特集

護衛艦「まつゆき」については、尾翼が落下した地点を予測して捜索した結果、発見したというのならまだしも、どこから出てきた言葉なのかは知らないが「偶然に発見」と表明している時点で相当に意図的なものを感じざるおえない。


話を進めよう。123便は尾翼を破損しながらも、パイロットらの操縦努力によってなんとか飛行を続けることが出来た。そして静岡県焼津上空でUターンし、羽田に引き返そうとするが・・・・

「僕はね、最終的には撃墜するためだと思いますよ。本ではそこまで書けませんでしたけど。123便の操縦士は横田か福生に降りようとしていたと思うんですよ。」

以下のサイトを是非見ていただきたい。123便がどういった飛行経路をとったのかシュミレーションされていて、動的に理解できるようになっている。

●リンク:日航機墜落までの航跡


この経路をみれば明らかなように、123便は尾翼を破損しながらもなんとか飛行を続けることが出来ていたのだ。そして何らかの理由により山梨県大月上空で1回転し、再び横田基地方面へ向かっていく。しかし横田基地を目前にしてなぜか左へ急旋回し、御巣鷹山へと続く山岳部へ入っていくのだ・・・。

「自衛隊の浜松基地から2機の戦闘機(F14)が発進してるんですよ。どの時点で撃墜するためのミサイルをぶっ放したか、僕は分かりません。」

「あの機体が横田でも福生でも羽田でも、もしあのまま着陸してしまったら、内閣、吹っ飛びますよ」

ネットを調べていくと当時の週刊誌などの写真が掲載されているサイトもあり、目を覆いたくなるような墜落現場の光景に胸を痛めた。奇跡的にも4人の生存者がいたが、その中の一人、落合由美さんの証言にあるように、墜落直後にはまだ多くの人が生きていたという。

●リンク:生存者の一人・落合由美さんの証言

1994年9月25日放送のテレビ朝日「ニュースステーション」によると、米軍は墜落現場をいち早く特定し、墜落から2時間後に救難ヘリが現場に到着した。しかし、米軍の救難ヘリには突然の帰還命令が出されることとなる。その一方で日本のマスコミは、墜落現場は特定できていないと次の日の朝まで報道し続け、日本の救援隊が現場に到着したのはそれから14時間後のことであったという。

これらの不可解な事実を結びつける隠された真相について、以下のサイトのPDFファイルに詳細に記載されている。安部氏は123便に衝突したのは無人標的機としているが、以下のサイトでは無人標的機ではなく、国産巡航ミサイルが衝突したと推測されている。巡航ミサイルが6分間もの間123便を追跡し続け、最期に尾翼に衝突したというのだ。説得力のあるその内容を読みながら呆然としてしまった。そしてその後に続く更に驚くべき内容にも・・・

●リンク:日航機墜落事件の真相

なぜこのようなおぞましい事件が起こり、そして事実は「闇」に葬られたままとなってしまうのか?・・・これについて、次回紹介する事件についても同じことが言えるのではないかと思う。







Last updated  2008/07/29 01:01:48 AM
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2006/12/05

以前ブログに書いたように、いわゆる”東電OL殺人事件”について興味を持ったのは、渋谷の書店でたまたま立ち読みしたこの本の記事がきっかけだった。

takara.JPG

昭和・平成日本「怪死」事件史
“疑惑の死”から見える 日本の「闇」と「タブー」

宝島社
雑誌:66081-68
ISBN:4-7966-5355-4
2006年7月1日発売
定価840円


”東電OL殺人事件”の記事について、正確な内容が知りたくて、この本を同じ書店で購入していた。”東電OL殺人事件”に関する記事は、風俗系文学作家・酒井あゆみ氏へのインタビューを、ライターの沼清氏がまとめたものだ。

あらためて読み返し、よく出来た記事だと感心した。”東電OL殺人事件”に関する記事は6ページしかないのだが、その6ページの中に、酒井あゆみ氏の視点を通した被害者女性のイメージや、沼氏によるゴビンダ冤罪説の解説など、事実に正確に書かれていて、コンパクトにまとめられてる。

酒井あゆみ氏は、自らもホテトル嬢など風俗の経験があり、現在その経験を活かしてライターとして活躍中なのだが、そういった彼女ならではの視点でインタビューに応えており、虚飾なきコメントに感心させられる。

風俗をやっていると、お金が減るのが恐くなる。自分を守ってくれるもの、孤独を埋めてくれるものがお金だけになってしまうからです。

・・・(中略)・・・

セックス依存症・・・・・・。風俗で働いているだけで、そう見られてしまうことに驚きます。私見では、風俗業界に入る女性は、どちらかとえいば男性経験が少なく、恋愛も器用じゃない子が多数派です。

・・・(中略)・・・

風俗をやっている限り、客の数をこなすのが女としてのプライドです。彼女が安い料金で客や場所を選ばずにセックスしたのも、そのためだったように思います。たとえ客であっても、求められる相手が少なくなるのは、女として寂しさを感じないわけはないんです。


そして最期に酒井氏は次のように被害者女性の感性を分析している。

事件以来、『あんなエリート女性でもこんなことをやっているんだ』と、風俗に対する見方が変わっていった。そして現在、昼の仕事を持ちながら風俗でも働いている女性には『自分が特別な場所に身を置いていることが嬉しい』と思う感性があるように感じてしまいます。これまで私は風俗で働く女性を数多く取材してきましたが、その中には、高校教師とホテトルの二重生活をしている女性がいました。彼女は二つの顔を持つことで精神的なバランスが保てていると言います。東電OL殺人事件の被害者にもそういう感覚があったのではないか・・・・・と今は思うようになりました。


被害者女性の行動の動機について様々な憶測があるが、机上論や虚飾と感じざるおえないような憶測も多い。そんな中、酒井氏の意見は同じ立場に身をおいたことがある女性の意見としてリアリティーがある。この説得力のバックボーンとなっているものは、自らの経験を含め、実際に風俗で働く多くの女性に接してきた取材経験ではないかと思うのだ。

そんな酒井氏のコメントからは、人としての優しさと不条理に対する怒り、そしてわからないことはわからないという謙虚さを感じることができる。彼女の文章は、風俗嬢に対する偏見や誤解を解き、事実と真理に近づくための多くのヒントを提示してくれるように思える。

●リンク:酒井あゆみ OFFICIAL HOME PAGE


”東電OL殺人事件”について、この『昭和・平成日本「怪死」事件史』の記事をきっかけとして、はまっていったわけだが、それ以外の記事のいくつかにも興味を持った。そんな事件についてインターネットで調べていくうち、現代日本社会の「闇」と「タブー」に呆然としてしまう・・・・それらについて次回書く。


<自ブログ>
● きっかけ
● 佐野眞一『東電OL殺人事件』(1)
● 佐野眞一『東電OL殺人事件』(2)
● 佐野眞一『東電OL殺人事件』(3)
● 渋谷・円山町







Last updated  2006/12/07 02:02:57 AM
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2006/12/02
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レッズが優勝を決めた日の浦和の街の夜 つけめん亭前


地元の浦和レッズがJリーグ優勝を果たした。Jリーグ当初の最弱チームが・・・とか、J2にまで落ちたチームが・・・とか、そんな話はもういいだろう。ここ数年、レッズはJリーグ屈指の強豪チームとして定着しているからだ。

浦和レッズがこれまで獲得したタイトルを並べてみよう。

2003年 ナビスコ杯優勝(リーグ総合 6位)
2004年 2ndステージ優勝(リーグ総合 2位)
2005年 天皇杯優勝(リーグ2位)
2006年 リーグ優勝


■幅広きサポーター

レッズがここまでこれた最大の要因は、熱烈なサポーターのおかげというのは言うまでもない。大型補強を可能にした資金源もスタジアムを満員にするサポーターあってのことだ。

そのサポーターであるが、老若男女、そして公私とも、本当に幅が広い。

広大な畑作地域を何十分も自転車に乗って埼玉スタジアムまでかけつける小中学生、一家総出でスタジアムに出かける親子連れ、優勝争いにかけて野菜の値段に選手の背番号を付ける近所の八百屋さん。ウチの兄貴はただの真面目なエンジニアであるが、レッズの試合がある日には赤いレプリカを身に着け、ホームはおろか、遠くアウェイまで出かけて声援をおくることもある。

他人の迷惑も顧みない独善偏狭な迷惑サポーターもいることはいる。がしかし、そんな独善偏狭とは正反対の幅広い支持を集めていることが、浦和レッズの強みなのだと思う。

特定の層に偏らない幅広い支持。何をするにおいても、これは強みとなるのではないだろうか。


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浦和駅西口・伊勢丹デパートのたれ幕

■コントラスト

Jリーグ発足当時の一番人気は、日本代表のカズやラモス・北澤・武田を擁したヴェルディ川崎であった。若い女性ファンが多かった印象がある。そのヴェルディも今では2部に落ち、当時のような人気は見る影もない。チームというよりも選手個人に人気があったからこそ、それらの選手がいなくなった時、ヴェルディの未来は決定していたのかもしれない。当初は川崎をホームタウンとしていたが、本命は国立競技場であり、後にホームを移したように最初から川崎に骨を埋めようなんて気持ちもなかったようだ。

浮動人気が必ずしも悪いわけではないと思うが、チームとしての本当の支持を獲得できぬまま、ヴェルディは落ちていった。

Jリーグ開幕初年の優勝チームと最下位チームの現在は、痛ましいぐらい正反対の結果となっている。動かしようのないこの事実から、改めて多くのことを学ぶべきではないかと思う。


■セオリーと実践

浦和レッズが強豪に変身するエポックとなったのは、2002年のW杯日韓大会開催だと思う。W杯のため、現在の埼玉スタジアム2002は造られた。収容人数6万人を超える県のサッカー専用スタジアムをフルに活用し、潤沢な資金を使えるようになったことが、現在のような選手層のぶ厚いチームを作り出すバックボーンとなった。

埼玉という、サッカー熱が高く、人口過密地域をホームタウンとし、Jリーグの理念を忠実に実践していったことが浦和レッズ成功の要因となった・・・そう考えた時、現在の浦和レッズの姿は当初から約束されたもののようにも思える。

が、しかしその道のりは決して平坦なものではなく、イバラの道のりであった。当然ともいえるセオリーを当然のように実践していくことがいかに大変であり、そして重要なことなのか。頭で考えるのは簡単だが、それを実践し、結果を出していくということは、一つの隙も許されないような厳しいことなのだとも思う。

浦和レッズが優勝した日、こんなことを思わずにはいられない。


<自ブログリンク>
● 浦和(その2)・サポーターズパラダイス









Last updated  2006/12/04 01:52:31 AM
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2006/11/14

朝目覚めると8時37分。もう遅刻だよ~と思いながらバタバタ出て行く準備をしていると、いつもは殺伐と朝の準備をしているファミリーは穏やかに朝食をとっていた。

ちょっと不思議・・・漠然とそう思いながらも慌てて家を出て、浦和駅で上野行きの東北・高崎線に乗り換える。なんかいつもと違って電車の中がにぎやかだな~と思って見渡すと、乗った車両にはなぜか子供が多い。「今日は東京で何かイベントでもあるのか??」と不思議に思った。

・・・・気が付いた。「今日は埼玉県民の日か・・・」 顔をあげて電車の車内広告を見ると、スタンプラリーの広告があり、「11月14日は埼玉県民の日」と書かれている。今思えば、みんなディズニーランドにでも行くところだったんだろう。

1年に一度ぐらい埼玉県民であることを自覚せよっていう日なのかな~と思いながらも、その日が休みだったら埼玉県民であることを自覚するけど、東京に通勤している人には何の恩恵もないよな~とも思った。

今日の遅刻の理由:「埼玉県民の日」だったから。これは仕方がない・・・かな(笑)。

ネットで調べると11月14日は明治時代、太政官布告によって「埼玉県」の名称が生まれた日だという。

●リンク:埼玉県/埼玉県のシンボル


千葉や神奈川も同じような日があるのかと調べてみると、千葉にはあって、神奈川にはないようだ。東京都はある。

●リンク:おこたのこだわり(電脳書斎)「都道府県民の日を探る(東日本編)」
●リンク:おこたのこだわり(電脳書斎)「都道府県民の日を探る(西日本編)」


仕事場の埼玉県民2名に、「今日は何の日?」って質問をしてみた。誰も答えられず。県民の日の恩恵にあずかれないんだから仕方がない。11月14日なんて固定した日にしないで、11月の第何週の日曜日とかにすればいいんじゃないかな~。その日は県の施設をすべて無料にするとか。

いろいろイベントもあるようだけれど、平日にやられても働いている人や東京に通勤している人には何の恩恵もないし、そんな配慮はゼロなんだろうね。埼玉県の税金の何割が「埼玉都民」と呼ばれる人たちによってまかなわれていることか。

●リンク:(埼玉県)県民の日協賛行事(イベント)

県の役人の発想って井の中の蛙そのまんまなんじゃないかな。自分の生活しか見えていない。平日にやるっていうのもイベントは自分らの勤務時間中にやろうってことなんだろうね。

こんな無配慮な発想だから埼玉県の誕生を祝う日がいつのまにか空いてる平日に安くディズニーランドに行ける日になっちゃうんだと思う。子供は楽しいかもしれないけれど、埼玉県内にお金が落ちるような日にしなきゃ。〇〇だよな~

埼玉県のガンは県の役人・・・と言わざるおえない。こんなことだから埼玉県と「埼玉都民」との断絶状態はいつまでも解消されないんだろうね。埼玉県は秘められた潜在能力を活かし切れていないよ。


埼玉県の「県民の日」にちなんで、ブログの埼玉ネタのリンクでも貼っておこう。

● 合併のはなし
● 図書館恐るべし

● 浦和(その5)・これ行政の課題
● 浦和(その4)・ライブハウスの変遷
● 浦和(その3)・『砂の器』と埼玉会館
● 浦和(その2)・サポーターズパラダイス
● 浦和(その1)・意外にお洒落な街

● 自然式食堂 餉餉 さいたま新都心店

● 続・京浜東北線・信号機トラブルの影響で朝の通勤客混乱…
● 京浜東北線・信号機トラブルの影響で朝の通勤客混乱・・…







Last updated  2006/11/14 09:47:55 PM
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2006/10/13

被害者の女性の行動について、自分はどのように考え、どう解釈したか。実は本を読んだ直後の8月の上旬に長々とした考察を書いていたのだが、的はずれなことを書いているのではないかと不安を覚え、ブログに投稿するのは控えていた。

男性である自分にはどうしても見えにくいこと、推測は出来ても実感として確信を持てないような動機があるのではないか・・・・そう思い、彼女の行動について、ざっくばらんに女性の意見を聞きたいと思っていた。

長年の友人で、男性以上にバリバリ働いているHに、まずこの本のことを話した。Hは興味を持ったようで、次に会う時には『東電OL殺人事件』はおろか、『東電OL症候群』まで読み終えていた。沖縄料理の居酒屋で呑みながら彼女の意見を聞いた。

「私は、ほら、こうして(N郎♪)さんと呑んでいるように、男の人と呑んだり、職場にも女性の友達がたくさんいるからそんなことはないけれど・・・・彼女、(男の人といろいろやりとりして)それなりに楽しかったんじゃない?」

Hらしい意見だった。そんな意見を言うかもしれないと、ある程度は想定していたが、少なからずたじろいだ。被害者の女性について悲惨さばかりに目が行きがちになるが、まったくの悲惨であったかどうか、価値観の問題でもあるため、そう決めつけてしまうことに自分も躊躇があったからだ。自らの意思で行動していた彼女は、彼女なりに充実していたのではないか・・・・すべてではないが、確かに生前の彼女のエピソードを語っていた男性客との交流は、彼女にとって楽しみでもあったのかもしれない。

「でも、私だったら・・・やっぱり出来ない。」

少し考え、うつむきながらHは首を横に振った。彼女の「心の闇」を自分に置き換えることはやはり難しいようだった。

「この本を他の友達にも知らせたいんだけど・・・・周りを見回してみて一番カゲがありそうなのは・・・私だから(笑)」

2冊の本を夏休みの数日で一気に読んでしまったという。読まずにはいられなかった・・・Hはそう話していた。

もう一人の友人のMには、事件のことを説明しながら円山町を歩き、道玄坂地蔵、そして事件の現場となったアパートを紹介して、最期に神泉駅から井の頭線に乗った。

神泉駅のホームで電車を待ちながらMは言った。

「きっかけは男だったんじゃない? 男に貢いでいて、それで騙されとか、裏切られたとか・・・。あとからは知らないけれど、最初のころはきっとそんなことがあったんじゃないかな・・・。会社のライバルに負けたからとか、父親が死んだからとか、そんなのありえないわよ。」

Mらしい意見だった。彼女と同じく父親をガンで亡くしているMであったからこそ余計に説得力があった。失恋なり、男に裏切られたことが彼女を自暴自棄にさせたのかもしれない・・そう確信を持って話すMの意見を聞きながら、妙に説得力があることに感心した。被害者の女性の「心の闇」は、論理ではなく直感で判断したほうが混乱することがないのかもしれない。


Hの意見にしても、Mの意見にしても、男性の自分には想像はできても、彼女らのように確信を持ってこうだと口にするようなことはできない意見だった。やはり視点が異なれば、そこから生まれてくる憶測も異なったものとなるのだろう。女性の意見を直接聞けてよかったと思う。

この事件を知った人は彼女の行動の動機についてあれこれと思惑をめぐらす。興味深いのは、そこで出て来る推測には、思惑をめぐらす本人の経験なり、人柄が出てくることだ。
被害者の女性のことを知り、多くの人が惹き付けられてしまう理由はそんなところにあるのではないか。彼女の行動の動機についてあれこれ思いをめぐらすのだが、思考の基準にあるものは、他の誰でもなく深層心理の中にある自分自身となっている。彼女の「孤独」に思いをめぐらす行為は、実は自分自身の「孤独」を見つめ直す行為ともなり、それゆえにどこまでも深くその謎に惹き付けられてゆく。

『東電OL殺人事件』を読んだ読者から、筆者の佐野氏にものすごい数の手紙や読者カードが寄せられたという。これについて続編の『東電OL症候群』の中で、精神科医の斎藤学氏と対話する医療機関主催のシンポジウムに出席した際、佐野氏は次のようなことを話している。

この手紙をここで読みたいんですが、非常に多いので全部紹介するわけにはいきません。とにかくみなさん、たたきつけるようにして書いている。特徴的なのは、自分の人生を実に詳しく書いていることです。私はこれこれこういう者です。いまこういう年齢を迎えました。自分にはこういうことがありました。 ~(中略)~ 彼女はもうこの世にはいないわけですけれど、この本を通じて彼女と対話すると、自分の心の内面の闇を語りたくなってしまような、そういう女性なんじゃないかと思うんです。

筆者の佐野氏自身も彼女に強烈に惹き付けられ、そしてこの本が生まれた。そこには佐野氏自身の「心の闇」がシンクロナイズしていたことを、『東電OL症候群』のエピローグの中で告白している。

 私は「発情」した根源をむきだしには語らなかったが、行間には私個人の親と子、兄弟にまつわる誰にも話せない闇と哀しみを潜ませたつもりである。さらにいうなら、「個」の哀しみを語るとき、「類」としてしか語れない人間存在そのものの哀しみを込めたつもりである。
 それは、丸裸で無人の地べたに寝かされたような、あるいは、宇宙にたったひとりで放り出されたような極北の孤独である。あえて言うなら、それが私の「発情」の根源だった。


8月の上旬に自分が最初に書いた彼女への考察は、簡単に述べるとこういうものだった。彼女にはある目標があり、その目標のために他のことをすべて犠牲にしていたのではないか、少なくともいわゆる普通の「幸せ」は捨て去っていたのではないか・・・・。自分がこのような推測をした背景には、何よりもかつての自分が似たような経験をしてきたことがある。一つの目標のため、時間も人生もすべて注ぎ込み、他のことは一切捨ててきたというような。そしてまた、自分は兄を亡くしているのだが、亡くなった兄も彼女と同じような面があって、他のことをすべて犠牲にして創作活動に打ち込んだ。そんな生活のコンプレックスの裏返しか、芸術に対してだけは孤高であろうとした。孤独であった時の彼は思考回路に歯止めが効かず、人間的に暴走していたと思う。思考に幅がなく、周りが見えなくなるというか・・・。だが、その「孤独」について自分もよくわかる。似たような思いを彼女から受取ったのかもしれない。

彼女の「孤独」は自分にとっても共感できるものであった。そしてこの事件に触れた多くの人が同じようにその「孤独」に共鳴した。そこには佐野氏のいう「人間存在そのものの哀しみ」が横たわっていたからこそであり、それゆえに、事件から10年近く経った今でも、こうして語り継がれているのであろう。彼女の問題であるのと同時に、自分自身の問題として・・・。


●自ブログリンク:佐野眞一『東電OL殺人事件』(2)
●自ブログリンク:佐野眞一『東電OL殺人事件』(1)
●自ブログリンク:きっかけ
●自ブログリンク:渋谷・円山町







Last updated  2006/10/14 08:08:28 PM
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2006/09/24



このノンフィクションによって被害者の女性はカリスマとなった。彼女の人柄や日常生活は多くの読者に衝撃を与えたのと同時に、特に女性読者にシンパシーをもって受け入れられることとなった。

作者が取り上げている彼女のエピソードに「逆両替え」のエピソードがある。彼女は道に落ちているビール瓶を拾って酒屋に行き、五円で換金する。その小銭を百円玉に、百円玉がたまると千円札に、そして千円がたまると一万円に両替えしていたという。このエピーソードに象徴されるように、1円単位でお金にこだわる女性であった。

お金に細かかった彼女の性格には、大学時代に一家の大黒柱である父親が亡くなったことが影響していると推測できる。一家の稼ぎ手を失い、切り詰めた生活をせねばならなかったのではないか。事件のあった当時、父親の死によって家計の負担が長女である彼女に一気にかかり、そのことが彼女の人生に過重な負荷をかけ、結果として彼女に転落の道を選ばせることになったのではないかという話もささやかれていたという。

その父親の死についてであるが、東電に勤めていた東大出の父親のことを彼女はとても尊敬していた。最愛の父親をガンで失う際、大学生だった彼女は拒食症に陥ったという。そしてその死が、彼女の人間形成に大きな影響を与えたのではないかと佐野氏は見ている。作品の最期に収録されている精神科医との対談の中でもその考察がなされている。

彼女は円山町で縦横無尽に狼藉を働いていたのと同時に、愚直なほどの働き者で、一本気な性格でもあった。
五時に会社を退社し、六時過ぎに円山町に現れ、神泉駅を十二時三十四分に出る終電車に乗り込む六時間の中で、自らに課したノルマをこなすように、毎日四人の男を相手にしていたという。客を四人見つけるまでは絶対に終電車に乗らず、客にお金がないとビルの階段下でも駐車場の物陰でも構わず利用し、そして必ず母親と妹の待つ自宅へ帰っていた。佐野氏はこれらの事実に衝撃を受けたと記しているのと同時に、「根っからの働き者」と、彼女を評している。この評はまた彼女のことを知る円山町のラブホテルの支配人の次のような言葉の中にもあった。

「それにしても彼女はえらいよ。雨の日も風の日も毎晩この街に立つんだからな。宮沢賢治だよ。それにどんなことがあっても必ず終電で帰る気力を残しているんだからね。稼いだらすぐにパッパと使うプロには絶対真似のできないことだよ」

律儀で人間らしいエピソードも紹介されている。二年間「客」としてつき合った五十代の男性には一昔前の女学生のような生真面目な文字で手紙を書き、オルゴールが内蔵されたクリスマスカードやバースデーカードを送っていたという。また、フリーでコンピューター業界の広報関係の仕事をしていた「客」のためには、仕事の参考になろうかと新聞の切抜きを集めて送ったり、節税対策のためにと、客としての一回分の料金と同額の『村さ来』の領収書を持ってきてくれたりしていた。粗相をはたらいたホテルにはワープロで詫び状を作成し配るということもあった。

円山町での伝説的なエピソードの他に、「東洋経済」主催の高橋亀吉賞で佳作を受賞した経済論文を書くなど、エコノミストとしても功績を残している。また、東電に同期入社した四年制大学卒の女性のなかで、管理職までになったのは彼女一人だけであった。

二十八歳(1985年)のころ彼女は再び拒食症に陥り、入院したことがあった。その原因について、社内のライバルとの競争に敗れたからではないかと佐野氏は推測しているが定かではない。何らかの挫折があったのではないか。1988年には東電からシンクタンクへの出向を命ぜられ、二年間の出向生活を送っている。「クラブホステス」をはじめたのもその出向時代の三十二歳(1989年)ごろと言われ、それまでハイレベルな経済論文を発表をしていたものが、ピタリとなくなった。売春生活がはじまったのもこのころで、「クラブ」とは風俗関係の店のことを指していると佐野氏は指摘している。そしてこの出向時代に受けた何らかのトラウマがその後の生活に大きく作用しているのではなないかと氏は推測し、「クラブホステス」から「ホテトル嬢」へ、そして立ちんぼの夜鷹へという転落のコースは、彼女にとって年齢との闘いの軌跡でもあったのだろうと記している。

物語が終盤に近づいた、第四部の第五章 拒食 を読んでいて、自分はあふれる涙を止めることが出来なかった。帰りの電車の中で立ちながら読んでいたのだが、高校から大学時代にかけての友人の証言に、ボロボロと涙が止まらず、どうすることも出来なかった。

「彼女とは高一で同じクラスになりました。慶応の女子高は中等部からあがってくる人が約半分、公立中など外から受験してきた人が半分で、私も彼女も公立中組だったので、親近感をもちました。ふっくらして背が高いなあ、というのが第一印象でした。公立中学出身者らしい生真面目さにも、私と同類の人だなと、好印象をもちました。真面目でしたが、とっつきは決死て悪くなく、この人となら話せると思いました。
 成績はいつもトップクラスでした。そういえば女子高を受けたとき、風邪で三十八度何分かの熱を出し、前の晩は一睡もできなかったけど全然大丈夫だった、といっていました。中学時代は走るのも速かったそうです。身長も百六十五センチくらいあり、積極的に発言もするし、勉強もよくできるという学級委員タイプでした。~」

「お父さまが闘病していることは誰にもいわなかったと思います。お父さまが死んだことは私もあとになってから聞きました。しばらくしてお悔やみをいったところ、母はお嬢さん育ちだし、妹はまだ幼いので、これからは私が一家の大黒柱となって、この家を支えていかなければならない、といったのも印象に残っています。そのとき彼女はきっと生涯お嫁さんにいかないんじゃないか、と思いました」

このブログを書くため、電車の中で本を読み返しながら彼女のことを思い、知らぬ間に涙が出ていることも多かった。その涙は自分の兄弟や親しい友人に対するような感情なのかもしれないし、人として可哀そうという同情に近い感情なのかもしれない。彼女の孤独と求道的な姿勢に対するシンパシーであるのかもしれない。
円山町でたった一人で客を探し続け、駐車場でもビルの階段下でもいとわず、最期にはアパートの空き室で殺されることとなった彼女の孤独に対してなのか、職場に行けば毎日同僚や部下と顔をあわせ、家に帰れば母親と妹がいたとしても、救われることがなかった彼女の孤独に対してなのか・・・。

彼女について、病んでいたのだから、そういう性分だったのだから仕方がないという意見を見かけることがある。なるほど、そういった面もあったのだろう。しかし知りたいのは、何故彼女がそういった性分になってしまったのかということであって、そこには少なからず、この社会、~現代日本社会のありようが反映されているのではないかと思わざるおえない。それ故に彼女の孤独は多くの女性読者からシンパシーをもって受け入れられ、彼女らの想いを代弁した悲劇のヒロインとして、そしてこの理不尽な社会の殉教者として、多くの人の心を捉えて離さないのではないかと思う。

売春に限らず、危険のある仕事は他にもたくさんあり、そんな危険のある仕事に従事せねばならないのは何も本人の意思ばかりではなく、選ばざるおえない社会的・経済的背景があることは言うまでもない。そしてまたいくら女性が強くなったと言われても、男性と比較して女性が社会的に弱い立場にあり、オトコ中心社会というのが現実の姿であって、女性が一人で生きて行くためには精神的にも経済的にも厳しいこの社会である。それに加えて表でも裏でも、年齢が高くなるにつれて可能性が閉じられていく年齢差別の社会でもある。会社の中でも、そして男性相手の仕事の中でも、年齢を重ねるにつれ、自分自身の価値がどんどん下がっていき、居場所がなくなっていくことを彼女は痛いほど感じていたのではなかったか。そんな逆風にどこまでも歯をくいしばり、必死で立ち向かっていくかのような彼女の姿が、同じプレッシャーの中で生きている多くの女性読者にシンパシーを与え、最期には命を失うこととなってしまったその悲劇に、自分を含め多くの読者が涙を流すこととなったのではないかと思う。

人間として彼女がもっと賢ければ、円山町の空きアパートの一室で命を失うこともなかったであろう。しかしその一方で、どうしようもないぐらいのその愚直さが、多くの人の心に何かしらを残したことは間違いない。

自分は被害者の女性にはもちろん会ったこともなく、事件から10年近く経った今、たまたま本を通してよく知るようになっただけの存在だ。しかし来年三月の彼女の命日には円山町におもむき、道玄坂地蔵に花をたむけようと思っている。自然にそうしたい気持ちだ。自分の親族以外で亡き人をいたわりたいなどと思ったのははじめてのことかもしれない。佐野氏のこの作品を読み、彼女のことをあれこれと考えてきて、どうやらいつの間にか自分の心の中にも彼女の存在があるようだ。この『東電OL殺人事件』がノンフィクションの金字塔と評される一番の理由はそういったところにあるのかもしれない。


・・・と、ここまで書いておきながら、そう簡単にはまとめられないことに愕然としている。彼女の経歴を時系列で追っていけば大枠は想像がつき、つじつまが合うのだが、東電に戻ってから亡くなるまでの数年間の謎は深まるばかりだ。
出向を終えた後、彼女は東電に戻り、経済調査室副長という管理職に就いた。それ以降、売春生活に拍車がかかり、円山町の街角に立って大っぴらに客を引きはじめることとなる。最期はたったの二千円でも客をとっていた・・・。

「巨大なピースがはめこまれないまま未完成に終わったジグソーバズル」と佐野氏が最期に喩えたように、今、氏と同じような気持ちにさせられている自分に気づく。

彼女の「心の闇」についての続き、そしてこの事件をめぐる雑多なことについて次回以降書いていく。

●自ブログリンク:佐野眞一『東電OL殺人事件』(1)
●自ブログリンク:きっかけ
●自ブログリンク:渋谷・円山町







Last updated  2006/09/24 07:38:55 PM
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2006/09/15



このノンフィクション、文庫本は541ページあり、結構な厚さなのだが、一気に読んでしまったという感想をよく見かける。俺も細切れの時間を見つけては読み続け、読み終わるまで関心が途切れることはなかった・・・というより、以前書いたようにほとんど活字中毒状態であった。多くの人がそこまで惹き付けられるのは、事件そして被害者の日常生活への衝撃がもちろんあるのだが、佐野氏の文章と構成がそうさせていることを見逃してはならない。

しかしこの作品、例えばアマゾンコムなどの書評をみると、ひたすら揚げ足取りに徹し、異常と思えるほど内容を貶している書評を見かけることがある。何故にこれほどまで極端に否定的な書評が書かれるのか・・・・。

作品の中では、事件発生後、渋谷・円山町の紹介から始まり、東京地裁で第一審が出るまでの経過が描かれている。ネパールをはじめとしていくつもの土地を佐野氏が取材した内容を元に、事件の検証や関係者の証言で要素が占められ、佐野氏独特の視点と文体で事件の闇に迫ろうとしている。その過程でいくつもの事実や論証が提示されていくのであるが、その事実や論証が、結果的に警察や検察のやり方、そして高裁以降の判決を批判する形となっている。この作品が読まれることを嫌い、貶めたいと思っている人たちがどういった立場の人たちなのかは、作品が提示した内容を見れば自ずからわかるであろう。極端に否定的な書評は一体誰の視点で書かれているのか・・・表面に出ている事象に対して注意深くその背景を考える必要があると思う。

事件発生後、容疑者としてネパール人のゴビンダ氏が捕らえられたのだが、作者は自らが取材した要素によって、彼が犯人ではないという結論に達している。事実、東京地裁での第一審判決は無罪であった。東京地裁がゴビンダ氏を無罪とした根拠は、証拠として提示された物的証拠の数々がゴビンダ氏を犯人とするには説得力に欠け、弁護側が主張しているように、逆にゴビンダ氏が犯人ではない可能性を高めるものであったからだ。

ゴビンダ氏を犯人とする物証として、検察側は現場に残されていた精液入りのコンドームを挙げているが、精子の劣化度合いの説明がいい加減であるなど、検察側の証拠は不十分であり、一審で無罪判決となったのは道理であると思う。しかし、その一審判決は、高裁で翻ってしまうのだが、それについての見解は続編『東電OL症候群(シンドローム)』で書くこととする。

一読者として一番不可解な物的証拠は、巣鴨で見つかった被害者の定期入れだ。佐野氏が推理しているように、被害者の定期入れを巣鴨の路上から民家の庭先に捨てたのは、犯人、もしくは犯人に関係ある人物であると考えるのが自然であり、被害者自らが巣鴨に出向いて定期を紛失した可能性もあるなどという検察側の論証はあまりにお粗末と言え、ゴビンダ氏が巣鴨に出向いて捨てたと説明すれば逆に検察側のボロが出てしまうことがわかっていて、それを回避するための苦肉の詭弁ではなかったかと勘ぐってしまう。

・・・

このノンフィクションを読み進めていくうちに、いくつもの驚くべき事実に遭遇した。被害者の女性が常習的に売春をしていたことや、円山町の駐車場の影でも事を済ませていたことなどをはじめとして、容疑者として拘留されたゴビンダ氏と被害者との関係、特にゴビンダ氏の住んでいた部屋に出向いて三人のネパール人と続けざまに事を成した彼女の行動など、表面的な報道からは知ることのなかったいくつもの事実に少なからずショックを受けた。

何年か前、ゴビンダ氏の裁判を支援する「無実のゴビンダさんを支える会」という会のチラシを見たことがある。そのチラシで見たゴビンダ氏の印象は、日本に出稼ぎにきて真面目に働く清廉潔白な一青年の印象だったのだが、この小説を読むと必ずしも清廉潔白なわけではなく、同じ本を読んだ友人が「ちょいワル」と表現したように、若き男性としていかにも人間臭い日常を送っていた。被害者の女性とも複数回、客として関係を持っており、事件のあったアパートの一室も、最初はゴビンダ氏が彼女を連れ込み、事を果たした場所であった。それゆえに現場にはゴビンダ氏が使用したコンドームが残されていて、それを物証とされ、容疑者とされることとなった。

しかし、そのような事実があったにもかかわらず、様々な矛盾点からゴビンダ氏は一審で無罪と判決された。清廉潔白な一青年だとばかり思っていた俺は、彼と被害者との関係をこのノンフィクションで初めて知ることとなり、少なからずショックを受けたのだが、それらを隠すところなく描いた佐野氏の論証は、逆にゴビンダ氏無罪説に説得力を与えているように思う。

ゴビンダ氏は一審での無罪判決のあと、新証拠も出ぬまま高裁で逆転有罪となり、最高裁で無期懲役が確定した。現在その判決のため横浜刑務所に服役しているのだが、ゴビンダ氏について詳しいことは以下のサイトを参照していただきたい。事件についても経緯が掲載されている。

●リンク:無実のゴビンダさんを支える会

被害者の女性に興味があってこの事件に関心を持ったという人であっても、事件のために無期懲役となり、冤罪と言われながら今現在も拘留されている人がいるという事実を受け止めるべきではないかと思う。

・・・

ゴビンダ氏が犯人でないとすれば真犯人は一体誰なのか?・・・必然的にその疑問へ向かうのだが、真犯人については残念ながら今なお不明である。佐野氏も真犯人は一体誰なのか推測したであろうが、そのイメージが書かれることはあっても、これと特定できる具体的な内容は書かれていない。一審で無罪判決が出されたのであるから、検察も事実をありのままに受け入れ、捜査をやり直すべきであったのだろうが、その欠陥は訂正されることなくゴビンダ氏犯人説のまま突き進んだ。単にメンツだったのだろうか?

これらの経緯を読み進めていくと、ゴビンダ無罪説の証拠をことごとく無視し、あくまでもゴビンダ氏を犯人と断定し続けた高裁以降の裁判と検察側の姿勢にこそ不可解さを覚えてしまう。被害者の女性の「心の闇」について書かれたものがいくらでもあるのに対し、社会的に追求されるべき「権力の闇」について書かれたものはあまり見たことはない。佐野氏のこのノンフィクションは、被害者の女性の「心の闇」を追求しようとしたのと同時に、警察・検察・裁判での「権力の闇」への導入口を、取材を重ねることによって世に提示したという点でも評価できる作品ではないかと思う。

巣鴨で見つかった定期入れは何を意味するのか?被害者の「心の闇」が闇のままであるように、事件の真相もいまだ闇の中なのだ。

佐野眞一『東電OL殺人事件』、次回は被害者の「心の闇」について書く。

●自ブログリンク:きっかけ
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Last updated  2006/09/18 10:42:43 PM
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