「犬は『飼う』だけど、猫は『暮らす』なんだよねえ」
北海道に住んでいるとき、ある女性からそう説明された事がある。
とんかつ屋を営むその夫婦には、子供が無かった。その代わり、家には一匹の、巨大な猫が住んでいた。名前は、「新之助」。
床の上に横たわっている新之助は、手足の生えた暖かい枕のようだった。実際、親戚の子供たちは新之助を見ると抱き枕のように扱いたがり、その体重ゆえに逃げる事もかなわない彼は、極めて迷惑そうな顔をしつつも、されるがままになっていた。額に入った縦縞の模様が、ちょうど眉間に寄せたしわのようで、仏頂面がユーモラスだった。
あるとき、新之助のもとに新しい家族がやってきた。その猫は、眩しいほどの真っ白な毛皮に包まれていた。ちょうど真冬だった事もあり、あまり捻らず「ユキ」と名づけられた。
すると、不思議な事が起こった。それまで唯我独尊で生きてきた新之助が、にわかに父性に目覚めたのだ。まだ小さなユキを守り、細やかに面倒を見た。ユキもそんな彼になついて、どこへ行くにも後ろを付いて回った。
ある寒い朝、主人が雪掻きの為に、ちょっと玄関のドアを開けている隙に、身軽なユキはポンと階段を越え、家の外に出た。輝くような白い体毛が、昨夜から降り続いた雪と溶け合って、ほんの一瞬、その姿を眩ませた。
道路を通り掛かった車は、あっけなく小さな体を破壊した。
その日から、新之助は食事を食べなくなった。起きている間中ほとんど鳴き続け、ユキの姿を探した。いつもユキが隠れている本棚と壁の隙間を、何百回も覗き込んだ。
彼がユキの不在を悟ったのは、実に一ヵ月後の事だった。じっと窓の外を見る背中は、いつの間にかふた周りも小さくなっていた。
去年、7年ぶりに北海道を訪ねた。生きていれば、もはや猫又の部類であることを知りつつも、淡い期待を抱いて、新之助のいる家のドアを叩いた。
新之助は、やはりいなかった。
そして、彼と「暮らして」いた、奥さんもいなくなっていた。今も一人で店を続けているご主人と、4時間近く思い出話に興じたが、奥さんと新之助の行方については、ついに聞かずじまいだった。
僕は、必ずまた来る事を約束して、店を後にした。
キジ猫を見ると、新之助を思い出す。