世界再生まであと少し
「…ロイドくんってば、ほんっとにお人好しで馬鹿だよなぁ…。」 俺が軽い口調で小馬鹿にすると、ロイドはもいつもと同じく返してくる。 もう解って、それが当たり前だから。 「…っだーもー!相変わらずうるせーなー、ゼロスは。 いいか、ドワーフの誓いにもあんだぞ?…ドワーフの誓い十八番、騙すより騙されろってな!」 びしっとポーズまでつけながら、ロイドは言い切る。何にそんなに自信があるのかさっぱり解らなかったが、それは力のある言葉に思えた。少しの計算も何の打算もない、真っ直ぐな言葉が何よりも強い物だと感じられるから不思議だ。 「はぁ~、これだから田舎育ちのロイドくんは困るんだよなぁ。」 それでも、俺は更に悪戯に言葉を続ける。相手が気にしている部分を的確に突いて。 「あーっ、田舎者とか言うなよ、イセリアだって捨てたもんじゃないんだからな!親父だっているし、ほら、学校だってリフィル先生がちゃんとやってんだから…。」 それに対するロイドの答えなんて予想の範疇もいいところだ。俺の頭なら…いや、俺じゃなくても余裕で予測できる。それに余裕でまた返す訳だ。言葉遊びにもならないくらいの日常会話。 「はいはい、数学じゃなくてお子ちゃまの算数のレベルをクリアしてからそれは言おうな、ロイドく~ん?」 「…う…で、でも、それは俺だけで!ジーニアスとか頭いいし、コレットだって頑張り屋なんだからな!」 そう、大体ここで幼馴染みを出してくるんだ。自分の大事な誇れる人達を。俺には存在しない人物を。 「…人の事ばっか自慢してどーすんのよ。自分が出来る様になってから言えっての。」 「うーっ…ちょっと自分ができるからってそーやってえらそーに言うなよな!」 結局図星でも事実でもあることを刺されれば逆ギレもいいところで返される。俺はあっさりそれを纏めてしまえばいい。 楽しい会話はこれで終わり。 俺はロイドとは違うと言って終わりなんだ。 「ちょっとって言うか、俺様首席だけどね~?ロイドくんとはレベルが違うのよ、レベルが。」 …今俺は、こんな調子で毎日やんややんやとやっているのだ。たまに外野が入ると更に賑やかになったりして、それがまたうるさいったらなくて…でも、それがいつしか普通になってくるから怖いものがある。 そう、これが俺様の今の日常。 ハイソでノーブルな神子様のには似つかわしくない…いや、神子以前に俺自身に似合わないこれこそが。 「ロイドく~ん、俺様眠いし肌荒れちゃうから見張り変わってくれよー。」 既に良い子はぐっすり熟睡タイムの丑三つ時…とまではいかないが、夜中と言っていい位に夜の帳が降りた夜半。小声ながらも野営の見張り組の当人達には聞こえる声音で、冗談混じりにロイドの毛布を引っ張りながらゼロスが言う。 「……もー…うるさいぞ、ゼロス。俺との交替はまだだろ?それまで大人しく見張りしてろよな。」 眠そうな声音でロイドが不機嫌に答える。これがコレットやジーニアスからだったら違うのだろうと、少しばかり胸がちくちくする思いをする羽目になるのは解って居ながらもやめられないのだ。 「だぁってさー、一人ぼっちじゃ寂しくて俺様死んじゃうかもしんないぜ?…ロイドく~ん、交代が駄目ならちょーっと付き合ってくれよ。」 「………やだ。寝れる時は寝とけって教わったからな。」 誰が教えたのかは一目瞭然だった。ロイドの本当の父親であるクラトスだろうと、ゼロスは嫉妬混じりに思った。 しかし、その焼き餅の甲斐もあってか素っ気ないロイドの態度にもめげずに布団を再び引っ張りながら、いじいじと膝を抱えつつ近くに生えている草を引き抜いたりと無言でアピールする。 そうして暫く経った後…きっかり五分程度で沈黙は破られる。 「……ったく……あーもー、わかったよ、起きりゃいいんだろ?」 いつも立てている後ろ頭を無造作がりがりと掻きながら、引かれる布団を引っ張り返してそのままむくりと起き上がるロイド。それを見るゼロスの表情はどこかホッとした様な、それでいてこれが当たり前なのだという安心感を持った物になる。 だが、それも一瞬のことだ。 すぐにその笑みはいつもの軽さを持ってあっさりとした表情になる。 ロイドは一向に気にしないままで眠たげな瞼を擦りながら問い掛ける。 「…で?なんか話でもあんのかよ、ゼロス?」 「え?…あー…ん~?別に、話って話はないけどさぁ…こんな夜には人寂しくなるじゃない?人肌恋しいっつーの、かな~…なんて。」 ロイドが律義に木立ちに背を任せたゼロス隣りに腰掛けながら問い掛けるのに、あやふやな返事を返しながらゼロスはへらりと笑う。誤魔化すには笑うのが一番だと学んだ結果だった。 「…そんな理由で人の事起こすなっつーの。」 「でも、ロイドくんはちゃーんと付き合ってくれんじゃん?俺様、そーゆーのって結構嬉しかったりするのよ。」 少しの本音を混じらせながらぽつりとゼロスが呟くと、ロイドが自分の布団を二人で被る様にばさりと掛け直す。 「…っ、わ…?」 驚いて声の出ないゼロスを見てくすりと笑いながらロイドはその表情を眺めて言った。 「ゼロス、お前ってさ…なんか、寂しがり屋なんだろ?」 「…は?…な、何言ってんだよ、ハニーってば。そりゃ、一人寝なんかは寂しいなーって思うけど、寂しがり屋とかじゃないってば。違うって。」 見透かされた様に気分になったゼロスが慌てて捲し立てると、ロイドの視線から逃げる様に自身の布団に頭から潜り込んだ。 「ばーか、そうやって隠したら自分から図星っつってる様なもんじゃんかよ。」 毛布の中でロイドの声を聞きながら解ってくれることに安堵しながらも、隠し通したい自分がいるせいで葛藤しながら顔を上げられずに居ると不意に頭を撫でる手が触れてきた。 「…ロイド、くん?」 「話があんなら付き合うし、一人で寂しいならそう言えばいいだろ?ゼロスって頭いいのにそーゆーのってわかんないんだな。」 ゼロスにとってたまらない程眩しい言葉と、言われたくないと思っていた言葉が何の目論見もなく発された。それがロイドなのだと解っていても、どうしても虚を衝かれてしまうのだ。 きょとんとして毛布から頭を出したゼロスが見たのは、ロイドの笑顔だ。 「…頭がいいと言えなくなることもあるんだよ、俺様はもう大人だし…言えねぇだろ。甘えるとか…有り得ねぇし、さ。」 「言えばいいだけなのに…ややこしいよな、ゼロスって。あー、大人って皆そうなのか?なら、俺は大人とか面倒臭えからなりたくないな。」 思ったままを口にしながら的確に核心を衝くロイドの言葉にゼロスはこれ以上何も言えなくなる。大人になってもロイドはロイドなままな気がした。 「なぁ…ゼロス。」 天上の、色の違う空を見上げながらなんとか発光して居る星を見上げながらロイドが改めて口を開いた。条件反射とも言える仕草でゼロスはその横顔を眺める。 「…なんだよ、ロイドくん。」 ぼそりと、毛布のせいでくぐもった声で返すとロイドの苦笑が返ってきた。 「ゼロスはさ、世界再生したらどうするんだ?」 「っ……それは…どうしようか、考えてなかったな。まだわかんないけどさ~…楽しく過ごしたりしたい、かな?出来るなら…。」 もろに核心を衝かれたゼロスは珍しくしどろもどろになりながら答える。自分の裏切りを知らないロイドにとっては当たり前の質問なのだろうが、相手の声が続くのを半ば恐れる様に言葉を紡ぐ。 未来を信じられない自分と正反対の相手の言葉が、たまらなく不安に思えてしまう。 痛いのだ、ゼロスにとってロイドの言葉は。 「ま、楽しく過ごすのもいいかもな、お前らしくてさ。でも、やりたいことってないのか?俺は色々あるけどな。」 「…あっても、出来るかわかんないだろ?」 ロイドが続けるのに否定する様に小さく言葉を発して食い止めようとして。 「そーやって諦めんのはやめた方がいいと思うけどな。やってみなけりゃわかんねぇんだし…ゼロスって、なんか投げやりだな。」 投げやりである理由を自分の未来で知りながらも、口に出来ない歯痒さと言えない状況に少しだけ感謝する。 言わなくていいのだ。 裏切り者になる自分の言葉なんて必要がないじゃないか。 全て曖昧なまま過ごして答えを求めず、俺は自分の自己中心的な思想と裏切りを重ねるのだから。 未来なんてないのかもしれないのだ。 少なくとも、この温もりを共有しながら見れる夢の様な未来はないのだ。 「…ゼロス、どうした?…あ、さては眠くなったんだろ。人の事起こしとしてこれだもんなー、我が儘は相手に出来ねぇっての。」 「…はは、それでもちゃんと相手してくれてんじゃんか。ロイドくんってさ、ホントにいい奴だよな…なんか、馬鹿だけど、優しいよ。」 珍しく素直に言葉が出たことにゼロス自身驚いたことだろう。それを聞いたロイドも一瞬きょとりとしながらもすぐにからからと笑い出す。 「なーに珍しいこと言ってんだよ。優しいとかはなんかこそばゆいからやだって。」 「…そ、だよな。でも…ロイドくんは優しいよ。」 同じ毛布にくるまると密着する身体に伝わる相手の優しい温もりに眠気を感じながら夢うつつでぼんやりと言葉を紡ぐ。既に、自分でも寝言なのか解らない状態のゼロスはロイドの肩に頭を乗せて心地良さそうに呟いた。 「ロイド…お前は俺が居なくても平気なんだろうな。俺は…俺…は…。」 次第にゆっくりになる言葉にロイドも瞼を閉じてゆっくりと耳を傾ける。 「…ロイド、くん……すぅ…」 「………くぅ……んー、むにゃむにゃ…。」 大事な話はそっちのけで、すっかり二人で眠りについてしまった。 それを見兼ねて、少し距離のある場所で仮眠を取って居た巨体がのそりと音も立てずに立ち上がると、二人を見下ろした。 「…やれやれ、これでは見張りを立てる意味がないのではないか。」 幸せそうに寄り添うロイドとゼロスを眺めながら苦笑を混じらせたのはリーガルだ。起こさない様に細心の注意を払いながら毛布を直してやると少し距離を取って焚き火を燃やし始める。自分が見張りになるつもりでそのままじっと辺りに何か気配がないかと気を巡らせてふと見知ったものが感じられたのに顔を上げた。 「……今は…皆、眠っている。クラトス殿、少し位寝顔を見るくらい構わないのでは?」 感じられた気配の主が樹の影に潜むのを感じると振り向きもせずに、薪をくべながらリーガルは問い掛ける。 逡巡の後がさりと音がすると死角になっていた箇所から紫を基調とした燕尾のシルエットが足音も立てずに躍り出る。焚き火に照らされる表情は息子に向けられていて、その隣りに眠る神子をどこか痛々しく見つめた。 「…私は見張りをしているだけなのでは、危害さえ加えなければ貴殿の好きにするといい。…会いたかったのではないか?」 リーガルが低く呟くとクラトスは緩く首を振りながら小さく零す。 「…会いたいのは、山々だ…だが、その前に…。」 ロイドに向けていた視線をゼロスにじっと向けて。 「詫びても詫びきれん事をする。…私は決して許されはしないのだろうと、それを刻みに来たのだ。」 独白の様な呟きを耳に入れながらもリーガルは気にした風でもなくそのまま受け入れた。 「…そうか。貴殿にも、さぞかし辛い事なのであろうな。だが、罪を背負うのは言い訳でしかないのではないかと私はここのところ、思えてならない。」 自身の戒めとして常時付けて居る手枷の鎖を小さく鳴らしながら自嘲めいた笑みを漏らし。 「…リーガル殿の罪とは違うのであろうが、な…私は一つの幸せを奪う結果を迎える。償いきれん対価を背負うことになるだろう。」 「だが…貴殿には未来があるのだろう?」 エゴでしかない未来図と、自分の為に亡くしてしまう尊さを心中に止めどなくあふれさせて居たクラトスには何より辛い言葉であった。 「…だが、神子は認めて居るだろう。受け止めて居るのだ、自分の運命を。」 「強い物だ…私ですら、その強さは真似出来た物ではない。未来を閉ざす結果を…。」 「しかし、それは貴殿の選択だけではあるまい?神子自身が望む結果なのだ。我々には…」 「何が出来ると言うのだろうな。」 遠く浮かぶ月を見上げながら、その言葉は暗闇に吸い込まれていった。 そして、声の主も音も立てないままに去っていく。 燃え盛る薪の炎だけが、今が偽りではないと語っていた。 ―・―・―・―・―・―・―・― 言い訳みたいな後書きだったり。 クラトスルートの時のゼロスを書きたかったというだけです(それだけなのか 久々の小説更新なのにこんなどうしようもない内容でいいのか自分でも本当に情けない限りですが(泣 そんな訳で、バレンタイン企画第一弾をお送りします。 最後にクラトスだけを出す予定だったのに出張ってきた会長に一番吃驚したのはナギーです。 しかも、最近本当にジェイドの口調とかが一番やりやすいなりきりなのにTOSなんてやるから口調がさっぱり頭から抜けている気もしますが、多めに見てやってくださいませ。 結局、冬はまたセンチメンタルになるんだなぁと思った一品でした。 2007/2/14更新 |