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青春満開 気障太郎

雨の止んだ日曜日 TOP


雨の止んだ日曜日
~おやすみのひ~




「………ふぁ…あー……。」
春の空気が横切ったのを感じて、帽子で顔を隠して居た人物がもそりと深くもたれかかった椅子から動く気配がした。
…が、空気を揺らした人物に気付いている筈なのに立上がりもせずに、ましてや帽子すら取らずに小さく欠伸を零しただけだ。
わざとかつかつと足音を立てて、女性が眠ったフリを決め込む相手の前に立ちはだかり、腕組みをしてからその防止を睨みつける。
「……クラース!いい加減にしなさいよ、そうやって毎日ぐーたらぐーたらしてないでやることくらいあるでしょ?大体、ここで寝られたら邪魔なの。わかるでしょ?いい加減起きなさいよ。」
ミラルドがクラースの耳元で一気に捲し立てた。大きなよく通る声はきっと家の外にも届いて居る事だろう。こんなことだから、尻に敷かれて居ると言われてしまうのだ。
「……まったく…寝起きだと解っているなら、そうわめかないでくれ、ミラルド。」
やれやれと、いかにも大儀そうに椅子からずり落ちそうな体を持ち上げながら、帽子を取り去る。
その動きで腕にも刻まれて居る紋様が顔にもあることが解った、この世界ではなかなか異様と言えばそう言えなくもない代物だ。そして、少しでも体を動かせば首から下げた鳴子も音を響かせる。
クラースと呼ばれた男はどうやってこの場を凌ぐかと思考を巡らせる様に天井を見上げ、そしておもむろに呟いた。
「…疲れているんだ…少し寝かせてくれ。」
「疲れてる疲れてるって、なんで疲れてるのよ。最近じゃ調べ物を少しするくらいでロクに外にも出ないで…ああ、でもこれは元々かしら。とにかく、疲れる事なんてしていないじゃないの。」
ミラルドは強行策とも表せる仕草で腰に当てて居た腕を素早く滑らせて、クラースの帽子をひったくる。これを頭の上に乗せたらまた狸寝入りに入るだろう事は明らかだからだ。
帽子を取られてしまうと、クラースは仕方がないと言わんばかりに緩慢な動きで椅子に座り直した。
「…それでも、疲れる物は疲れるんだ。」
「あーそうですか、もう歳だものね。お年寄りなら労らなきゃならないわね。」
特徴的な装飾の付いた帽子を手で弄びながら、相手の嫌がりそうな事を繰り返し言ってミラルドはクラースの様子を窺った。
「やれやれ…解ったよ。私が昼間っからここにいるのが邪魔なんだな?」
クラースは思案した後に納得したと言わんばかりに肩を竦めてから足を組み直してミラルドを見て尋ねた。ミラルドもこれには頷くしかない。
「まぁ…それはそうだけど。子供たちの授業もあるんだもの、毎日こんな所で寝られていたら困るわね。」
そう、彼女は幼い子供たちに勉強を教える立場にあるのだ。こんな体たらくを見せる訳にはいかないと言うのはミラルドの本心でもあるだろう。
ただ、内心は続きそうな返答を予感して深く溜め息を吐く。
無論、クラースはその予想を裏切る事はしなかった。
「…そうか、それなら場所を変える事にするよ。…子供たちの授業の邪魔にならなければいいんだろう?」
「…そうくると思ったわ。でもね、今日は約束したじゃない…まさか、忘れたって言うのかしら?博識で何でも知っているクラースが、まさか忘れる訳なんてないわよね?」
ミラルドは大いに含みを持った声音を作りながら確認と言うよりは、相手が覚えていないであろうことを予測しながら言った。
「……今日は…何か、私に用事でもあったか?」
このクラースの言葉を聞いてミラルドはにっこりと笑った。明らかに作った笑みだと直ぐに解る代物である、背筋にぞくりとくる様な笑みだ。
クラースはややたじろぎながらも頭をフル回転させて、ある筈の今日の予定を必死で手繰ろうとする。だが、曖昧に生返事をしたきりの約束ごとなど覚えて居られるのは並大抵の事ではない。
「…ああ…いや、どうだったかな…最近、物忘れが激しくていかんな…。」
「さ、どうなのかしらねぇ?召喚術士のクラース大先生?」
クラースが口ごもるままなのに焦れたミラルドが言葉を遮って先を促す様に、丁寧だが嫌味のたっぷりと籠った慇懃にも見える言い方をする。
クラースはと言えば、さっぱり思い出せないと言うのが現状だ。
だが、このまましてやられる場合ではないのだ。内心で頭を抱えながらも平静をなんとか装うしかない。
「…そうだな、何かはあったと覚えてはいる。…だが、こう…喉の手前にひっかかっていて…だな…。」
はっきりと言わないことからも、クラースの様子からも既に答えは導かれているも同然だった。ミラルドは帽子を抱えながら今までの高飛車な言い方を寂しげな物にする。
「…ねぇ、クラース。本当に覚えてないのかしら。約束したじゃない…昨日も、確認して置いたでしょう?」
「昨日?そんなにすぐ忘れてしまうとは思えないが…昨日、か…。」
ミラルドの様子が変わった事着少し罪悪感を覚えながら、相手の言葉をヒントに何か繋がりがないかと再び思考を回転させる。
「昨日は確か、夕飯の後に…そうだ、パイを食べたな?」
「そうよ、新しく作ったチェリーのパイ。クラースはアップルかピーチの方がいいって言ったけどね。」
徐々に核心には近付いているのかミラルドもヒントを出す様に、ただ面白くはなさそうに言う。
日常的なことこそ忘れやすいのが人間の頭の作りの典型とは解って居ても、これだけの付き合いなのだ。呆れを通り越して悲しくなっても仕方がないと言うものだろう。
「そうだったな、チェリーもまずくはなかったが…私にはいつものものが良かったんだ。慣れ親しんだ味、とでも言うのか…。」
「それは昨日も聞いたわよ、その割りにはぺろっとチェリーパイも食べてたのは貴方だけどね?」
「だから、まずくはなかったんだと言って居るだろう。ここでつっかからないでくれ。」
「…わかったわよ。それじゃあ、思い出せたのかしら?」
クラースが話の方向を間違えない様にと訂正を加えながら首を傾げて問い掛ける。勿論、クラースはパイの話を思い出しただけに過ぎず、それ以上の話に繋げられない始末だ。
「チェリーパイを食べて、感想を言った…ところまではわかった。ああ、そうだ…その後私は本を読んだな、精霊についての事柄を…。」
「ちょっと待って。もしかして、その本を読んでそのまま寝た…なんて、普通のことを言いたいの?」
その間にあったことなのだと言外に言えばミラルドは疲れた様にクラースの目の前の席に腰を落ち着けて、頬杖を付いての相手の灰色の髪の毛が窓から吹く風邪に揺れるのを眺め
る。
「…では、本を読む前が問題か。…しかし、読む前はまたパイの話だろう?…ふむ…。」
腕組みをすると、どうすればいいのかも解らないまま昨日と言う身近である筈の記憶を手繰る。だがしかし、パイの印象が強かったからだろうか、それ以上が思い出せないのだ。
そのまま降参…と言う訳にもいかない雰囲気を察知すると腕を組んだまま解らない問いに思いを馳せるフリをする。考えもせずに白旗を上げたのならば、きっと今晩の夕食は抜かれてしまうだろう。
「…クラース、もう一度だけ聞くけど、本当に思い出せないの?…私との約束なんてそんなものだったってことかしらね…。」
ミラルドは悲しげな視線のまま午後の日差しの射すチラリと窓を眺めれば、溜め息を吐いて顔面を覆う様に手をついた。
「お、おい…ミラルド、泣くことはないだろう?思い出せるさ、きっと。」
「…泣いてなんかないわよ。ただ、呆れて物も言えないと思っただけだわ。」
「……すまんな。」
ここは素直に謝るべきだとミラルドの表情を窺いながら低く呟く。
「クラース、私は謝ってなんてほしくないのよ。ただ、昨日言ったことを思い出して欲しいだけよ…まだ解らないの?」
相手ならばきっと思い出してくれると信じて居た自分自身も馬鹿馬鹿しくなり、ミラルドはそのまま机に突っ伏した。
午後の春風が頬を撫でるのが心地いい。クラースでなくとも、眠くなってしまうだろうとぼんやりと考えた。投げやりになったせいか気怠げな口調でミラルドは続ける。
「…今日はお休みなのよ、クラース。」
「そうか、そう言えばこんな時間なのに子供たちが来ないと思った。」
「休みなんだから、別にここでクラースが寝ていても何も問題はないのよね、普通なら。」
「…まぁ、私を退かす口実としてはな。」
「クラースが思い出せなくて寝てたいなら寝てればいいのよ、私一人で出掛けて来るんだから。」
ミラルドが拗ねた様に机の上に置いた腕の上に伏せて顔を隠すと、ふと昨日の記憶が思い出された。
「…そうだ、思い出したぞ。」
「……本当に?気休めだったらいらないのよ。」
「違う、昨日も確かこうなっただろう。夕飯を食べて、パイを食べてから…そうだ、私が本を読んでいた時に。」
クラースが記憶の糸を紡ぎ出しながら言うのに顔を上げると、ミラルドは小さく頷いた。
「やはりそうだったか。それなら、その時に話して居たのは…明日出掛けようと言う話しだったな、買い物に。」
「…そうよ、私が一生懸命話してるのにクラースったら本に夢中で…だから、寝ちゃったんじゃない。」
昨日のこともそれはそれで怒りの対象となるのか、ミラルドはばつが悪そうになりながらもぼそりと低く返す。
そう、昨夜話の途中で生返事ばかりが続くことに退屈になり、座ったまま眠りに落ちてしまったのだ。そして、そのミラルドをベッドまで運んでくれたのは、眠る理由にもなったクラースに他ならない。
「…まさか、昨日の事から怒っているんじゃないだろうな?」
「別に、そんなことないわよ。ただ、話くらいは普通に聞いて欲しかったけどね?」
自分が眠ってしまった事は棚に上げてしまうと、ミラルドは恨みがましく言う。
そのあからさまな返事に困りながらも、ひとまずは思い出せたことに安堵してクラースは立ち上がった。
「…ミラルド、出掛けるんじゃなかったのか?思い出したのだからいいだろう。」
「忘れてたのが問題なんだけどね、どっちかって言うと。」
つんとした仕草で言い返されたクラースはミラルドから帽子を取り返すと深く被り直して軽く身なりを整えた。
「ミラルド…ほら、折角行く気になったんだ、買い物でもなんでも付き合ってやるから。」
「…本当に?」
「本当だとも。今更嘘を吐いても始まらんからな。」
「いつも女の買い物は長いって文句言うくせに?」
「…わかった、今日は言わない様に気を付ける。」
「今日だけなのね。」
「……出来るだけ、いつも言わない様に心掛ける。」
クラースが渋々ながらそう言うと、ミラルドはそれで承諾したと言う様に勢い良く立ち上がった。
「さ、それじゃあ行くわよ、クラース?荷物持ちくらいはしてくれるでしょ。」
「ああ、それくらいは勿論構わない。」
ミラルドの機嫌が直った事に安堵して、そう軽々しく言ったのことをクラースが後悔するのはほんの数十分後のことだった…。



―・―・―・―・―・―・―・―
言い訳みたいな後書きだったり。

何がしたかったのかナギー自身謎になりましたが(苦笑
尻に敷かれマンの称号を持つ彼に捧げたかっただけです(笑
一応、仲間キャラならばクラースさんが好きなんですよ。
何というか、クラースさんは…尻に敷かれている所とか研究馬鹿な所とかが愛しいので。
ちなみに、ミラルドさんの性格は一応外伝の小説も読んだ結果、こんな感じの尻に敷くタイプの人かなと。
でも、小説ではもっとクラースさんは自分勝手だった気がしますけど(笑
なんとなくクラースさんが尻に敷かれ過ぎなのは、ED後は一番ふぬけてしまいそうだと勝手な思い込みがナギーにあるからです(笑
エターナルソードとか封印する大役があるのにやり方が解らなくてやきもきしてたりしそうですし(苦笑
クレス達は村の復興とか目の前の問題があるんですけどね。
アーチェは何もなくても元気そうなのでよし。
すずちゃんはあのまま頭領になるだけだろうと思うのでよし。
となると、性格的にも平和になって大義を見失いつつあるクラースさんはどうなるのかなと。
適当にED後を捏造してみただけの、バレンタインらしからぬお話でした。
タイトルは雨とか関係ないのですが思い付きです(笑
二人だけでのたのた話すのには長い話過ぎましたか(苦笑

2007/2/20


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