Re:迷いのもと~輪廻について
ママちゃんさんからのご質問へのお答えです。コメントの文字制限に引っかかったので、日記に掲載させていただきます。他の方にもご参考になれば幸いです。ママちゃんさん>その立場からお釈迦様の言葉を思うとき、やっぱり男性だなって思います。そうですね。伝説では光り輝くような美男子だったとか。。。やはり男性の立場で話していると思われる言葉が原始仏典にも度々登場します。ゴータマ・ブッダは、肉体を持つ生ける仏なのでしかたないですね。>輪廻の中で、男性が女性に生まれ変わることはあるのでしょうか?あるでしょうね。霊魂となって肉体を離れた時点で性別はなくなりますから、次の肉体へ転生する時に新たな性別が決まるのでしょう。輪廻はインドでは伝統的な思想であり、インドの後期密教を引き継いだチベット仏教などでは、ダライラマは観音菩薩の生まれ変わりとされています。高僧だけでなく、生きとし生けるものは皆、転生します。したがって虫も殺さない理由は、あなたのご先祖かも知れないからなどと言うのです。しかし実は、お釈迦様は輪廻に懐疑的です。方便として話にはよく出てきますが、バラモンとの議論においては、悟りには何の役にも立たぬ議論だとして沈黙を保っています。私は明らかに否定していると思います。生まれ変わって善い人になろう、幸せになろう!ではなく、「今この現世において悩み苦しみを滅し尽くして、涅槃(幸せ)の境地に行きなさい」と教えているように思うのです。>輪廻はどういう法則でなりたっているのでしょうか?>お釈迦様がその法則をはっきりと言い残してくれていたら、今の世はもっともっと良い世の中になっていたのではないでしょうか。長くなりますが、一言で言えば、縁起の法則の上に、仏教では十二支縁起として説かれています。「ダライラマの仏教入門~心は死を超えて存続する」(光文社知恵の森文庫)には、それらが実に明解に分かりやすく説かれています。残念ながら我が国の学者や坊さんの書いた本では、分かりにくいです。ダライ・ラマの仏教入門>男性ばかりがお釈迦様の言葉をつないできたことが、女性を学問から、社会から遠ざけてきた歴史が今のひどい世の中を作ったように思います。その通りかもしれません。でも現代では瀬戸内寂聴さんのような方もおられますから、今後は期待できますよ。>人の前に、自然があります。>自然全体が母そのものであり、すべての善悪のバランスを示してくれていると感じています。>もし輪廻が本当であれば、この世で償い残した罪は確実に来世に持ち越されるのではと思います。仏教が輪廻からの解脱を目指すものであることを前提としながら、輪廻の思想から抜け出せなかったのは、弱肉強食・非道無道の世の中で、現世での行いが来世に影響するということで最低限の倫理観を保とうとした結果だと思います。>ただどんな母も生まれる子供が不幸になることを望んで産むことはないように、生まれ変わった時には必ず本人の努力に報いるように、前世の罪を償えるように、同じ間違いを繰り返さずに成長できるように心を配るのではないでしょうか?観音様は、女性のようなお姿をされています。それも母親のような温かい面差しです。ような、ということは、ほんとうは男性なんです。般若心経を舎利子(シャーリプトラ)に説いている観自在菩薩は、観音菩薩の別名で、同一の菩薩さまなのです。サンスクリット語では、どちらもアヴァローキテシュバラ、「見る」という意味と「自在」という意味の合成語で、漢訳の際に、観世音、観音、観自在などとなりました。では何故観音様が女性的なのかと言えば、観音菩薩は、仏の慈悲の象徴だからです。お釈迦様はこの慈悲を教えるとき、いつも「あたかも母親が幼子を慈しみ哀れむように」と繰り返されています。仏の慈悲は、母親が我が子に注ぐ愛そのものだということもできるでしょう。>人から見たら馬鹿な考え方かもしれませんが、それが事実であったらいいなって思っています。-----馬鹿な考えではありません。それが事実であるかどうかでなく、そう信じることが大切なのだと、拙僧は思います。 あなたの未来が幸せでありますように!合掌 観学院称徳