『今夜も落語で眠りたい』 中野翠著 文春新書

なんだか魅力的なタイトルでしょう。仕事上の先輩から推薦された本ですが、タイトルに惹かれてすぐに読んでしまいました。著者の中野翠さんは、20年間も夜な夜なテープやCDで落語を聴いていたという落語中毒患者です。うれしいときも辛いときも、一日の最後はいつも落語。彼女にとっては就眠儀式なのだ。その語り口は、わけしり顔の落語評論家ではなく、一から十まで落語好きが拗れた落語中毒(ジャンキー)、熱狂的ファンの立場からの文章で貫かれています。
女史の贔屓は今は亡きプリンス古今亭志ん朝、そして志ん朝の父にして昭和落語を代表する古今亭志ん生、その兄でいぶし銀の芸を見せた金原亭馬生、大名人の桂文楽、人間国宝になった柳家小さん、先代の林家正蔵(彦六)、三遊亭円生など、今はみんなあの世に逝ってしまった名人大スターがきら星の如く輝いています。彼ら話芸の達人神様仏様たちの極めつきの名演になる古典落語のスタンダードナンバーが活き活きと思い出されます。
読んでいると拙僧よりちょっと年上のようですが、ほぼ同時代を生きて来たようで、懐かしさで思わず昔録ってそのまんまになっていた落語のビデオやテープ、CDなどを探して廻って聴いています。お陰で自室は今散らかり放題、出家の住処とはとても言えない状況です。
大昔、拙僧が小学生~中学生くらいの時は、今では考えられない大落語ブームでした。
ビートたけしやさんまたちが大スターとなった漫才ブームのさらに昔々のことでした。
最後に著者の言葉をご紹介しましょう。
「一日の終わりに楽しむ娯楽。グデーッと寝そべり、目を閉じ、
放心した状態でも楽しめる娯楽。
人生の後半、いや終盤になるほどネウチがわかる娯楽。
いろいろな意味で、落語こそ最終娯楽~と私は思っている。」
拙僧も常々日本人の文化的素養は、上は将軍様から下は庶民に至るまで、落語や講談、浪曲など大衆芸能が担ってきたが、昭和37,8年生まれがものごころつくころから、この伝統が途切れたことで、日本人の底流に流れていたはずの儒教や仏教的倫理観が消滅し、ホリエモンなどの拝金主義者を生んだと思っていたのです。東京の落語が好きな人には、是非お奨めの本だと思います。