人は信仰心に関係なく日常的に「あの世この世」という言葉を使います。
21世紀になっても人の心は、この世に対するあの世があると信じたいと思っています。
経典では、お釈迦様は「あの世はありますか?」との質問に、無記とされています。黙想していて何も答えなかったというのです。ほんとうは、黙想していることで答えているのですが、それを理解しない質問者が繰り返しこの質問をします。三度目に「まだ行ったこともないあの世のことを考えても何にもならない。今為すべきことを為せ」というような言葉で戒めています。
確かにその通りなのですが、家族や友達、親しい人が亡くなったりすると、あの世のことを考えてしまうのが人情というものでしょう。あるかないかは確かめようがないけれど、あの世があると思うことで慰めたり、安心できる。阿弥陀様の極楽浄土や天国に逝ったのだと信じることで、親しい人と死に別れなければならないという苦しみを乗り越えることができるのでしょう。
新潮文庫の新刊、『あの世 この世』を読みました。
出家30年の文壇の大御所で天台宗の瀬戸内寂聴さんと
今売れっ子の芥川賞作家である臨済宗の禅僧、玄侑宗久さんの対談集です。
ベテランの先達に言うのも恐縮ではありますが、彼らの仏教理解は世俗的で
それぞれの宗派以外のことについては疑問を感じるところもあり、
特に二人の理趣経に対する議論には、少し憤りも覚えました。
でもこれは彼らの責任ではなく、日本の仏教が宗派中心でそれぞれの宗論しか勉強していない、また原始仏教やその伝統を継承している南方の上座部仏教を長らく小乗仏教と呼んで、お釈迦様の説いた普遍の真理、真の教えを少し蔑ろにしてきた結果です。
しかし全体を通して見れば、お奨めできるものです。
あの世はあるのでしょうか?
なぜいじめが起きるのでしょうか?
自分を愛することができません
愛欲の悩みが尽きません
自殺はいけないことですか?
不慮の死をどう受けとめればいいのでしょうか?
このようないつの時代でも人々を苦悩させる問題に、誠実に話を進めています。
寂聴さんのドラマのような人生を活写しながら生きてきたお話し、
出家後、悩み多き信徒や相談者との関わり、
悲しみや苦しみの中にある人たちと接する中で感じたことには重みがあり、
深く心に沁みるものでした。
文庫本の中でも薄くて安い(税別362円)本ですが、
心に残る対談集ではありました。

合掌 観学院称徳
ご参考に:
今日を生きる 2006年05月11日掲載
http://plaza.rakuten.co.jp/epub777/diary/200605110000/
生きながら死んでいる 2006年03月25日掲載
http://plaza.rakuten.co.jp/epub777/diary/200603250000/
無益なること 2005年09月15日掲載
http://plaza.rakuten.co.jp/epub777/diary/200509150000/