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カテゴリ:読書/映画・TV鑑賞
今年の春くらいから落語にはまっていることは以前にも書きました。二十年以上のブランクを経て、またここに戻ってきたという感じです。CDやポッドキャスティングからiPodに入れて聴いたり、昔録ってそのままになっていたビデオやカセットテープを引っ張り出して聴いています。当初音楽を聴いていたiPodですが、落語や講談、浪曲、朗読など話芸を入れることになったことで、利用時間が非常に増えました。これはカセットテープのウォークマンやCD、MDなどの携帯プレイヤーのときには有り得なかった習慣です。電車の中でニタニタ笑っていたり、思わず声に出して笑ってしまったりと、周りの人から見れば少し気がおかしい気持ち悪い人と思われるかもしれません。 毎週のように寄席にも行っています。何故こんなことになったのか?と言えば、仕事がらみもありますが、やはり落語そのものの魅力ということに尽きるのです。分解して見ると、落語の噺そのものの魅力と、演者である落語家のキャラクターやその演じ方の魅力です。また、寄席などの生で聴く場合は、本題に入る前のまくらの面白さも重要な要素といえます。その時々の時候や社会の出来事などを交える、今、このときを表現するするものです。落語家の人気の秘密は、実はこのまくらにあるのかもしれません。もちろん本題の噺が面白いのは当然のことですが。 さて、タイトルですが、カフェ・ヒラカワ店主軽薄の平川さんが読んでいた本です。 カフェ・ヒラカワ店主軽薄 http://plaza.rakuten.co.jp/hirakawadesu/ 面白そうなので、さっそく買って読みました。以前に中野翠さんの『今夜も落語で眠りたい』を紹介したことがありますが、本来拙僧は批評本は好きではありません。まして落語の批評などもってのほかです。大衆芸能のもっともベースにあるような落語をインテリが分け知り顔で批評したものなどチャンチャラおかしいというのが、その理由です。面白いか面白くないか、いいのかよくないのかなんて極めて主観的な問題であって、誰かの解説や批評によって左右されるものであってはならないと思うからです。むしろ、万人には受けなくても自分だけのおもしろみを発見できれば、それこそが嬉しいわけです。また、もしそれを他人にも分かってもらえたら、これはもう無上の喜びを感じることになります。『今夜も落語で眠りたい』は、批評ではなく落語の大ファンである中野翠さんの落語遍歴を著わしたものですし、今回の『落語名人会夢の勢揃い』も批評ではありません。著者はソニー・ミュージックのプロデューサとして落語のレコードやCDの制作に関わってきた人です。その落語とともに歩んだ半世紀の話です。 キラ星のごとく輝いていた名人達の時代、桂文楽、三遊亭圓生、古今亭志ん生など全盛期の落語にはまっていった少年期、今はなき人形町末広などの寄席の話や勢いのあったホール落語の思い出、レコードプロデューサとなって名人芸を残すことに全力を傾けた時代の話、さまざまな落語を求めて行った時代、 「芸ってものは、消える。だからいいんです。あ、いいな...と思っても次の瞬間にはもう消えている。戻らない、残らない。これが芸ってもののいいところなン。」とレコード化を渋る古今亭志ん朝の話、その他、若い時から頭角を表していた柳家小三治や桂文珍の話、子供落語家時代から気にしていた桂文朝の死など、落語と落語家を愛してやまない、しかし趣味を仕事にしてしまった者のちょっとした悲哀を感じている著者のあたたかい心情が伝わってくるような本でした。こんな名人達とリアルタイムに付き合えた著者に嫉妬心を覚えつつ、今を生きる名人上手との出逢いを願って、最後のページを閉じました。 『落語名人会夢の勢揃い』京須偕充著 文春新書刊 今夜も落語で眠りたい 2006年05月29日掲載 http://plaza.rakuten.co.jp/epub777/diary/200605290001/ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年09月18日 22時47分54秒
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