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そうだ坊主になろう!~ヒロ伊藤流仏弟子修行

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2007年06月03日
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立松和平は、2度インドへ行っている。旅の友は1冊の岩波文庫『ブッダのことば~スッタニパータ』(中村元訳)である。初めは、結婚し子供が生まれる時、青春の終わりを確認するために現代の遊行者を志願して放浪したのだという。次は21年後、小説家として名を遂げ「遮二無二走ってきて厚い壁にぶつかってしまったこの時」1993年12月である。

本書は、立松和平のインドにおける20年を隔てた遊行とブッダの足跡を辿る旅、心の旅、人生の旅と、ブッタの人生とその最後の旅が交錯して、立松流の淡々とした語り口の中に一気に読まずにはいられない熱いものを感じた。人は皆「時の旅人」なのだ。2500年の時を越えて世界宗教へと奇跡的につながる人間ブッダの魅力が、原始仏典などの生きたブッダの言葉を通して、浮き彫りにされている。『ブッダのことば』『ブッダ最後の旅~大パリニッバーナ経』『ブッダ真理のことば(ダンマパダ)・感興のことば』『ブッダ神々との対話~サンユッタ・ニカーヤ』『仏弟子の告白』(いずれも中村元訳、岩波文庫)など拙僧もよく読み親しんできたこれらの原始仏典や法華経、宮沢賢治の詩などを引用しているので、容易に仏教の源流とその教えに触れることができる。お奨め本である。


「あくまでも人間をありのままに見ようとする、人は現実の中で生きているのであるから、教義や哲理が現実から遊離してはならない。ブッダの教えは生きた人間に向かって展開する。百人いれば百人へのいい方が可能になる。百人の背後には百種類の現実があり、それが縁起となっている。仏教とはつまり実践哲学なのである。」 


拙僧も大賛成。ブッダの教えを対機説法であることを疑う者はいない。今風に言えば、インタラクティブ・コミュニケーションであり、相手の気付きを引き出すという意味ではコーチングであるといえる。現代の我が国で、仏教のこうした機能が果たされているとは言い難い。それは仏教者たる坊主の怠慢であるばかりでなく、仏教が明治以降人為的法的に生活から切り離された結果である。その結果として人の心の中心にぽっかりと穴が空いてしまった。現代人の心には空っ風が吹いている。特に第二次大戦後は社会から伝統的な宗教が排除された。その穴を新興宗教やカルトが入り込もうとした。これだけ科学技術が発達した社会で、占いやスピリチュアル、ニューエイジが若者の心を埋めている。しかしそれらだけでは社会を、人の心を救うことができず、殺伐とした事件が続出している。宗教観の裏打ちのない道徳や倫理もまた空虚なものであり、殺伐とした社会を変えることはできない。

拙僧はスピリチュアルやニューエイジを否定するものではない。その源流には仏教的な思想が流れているのも事実であり、心の救済に素晴らしい効果を発揮する場合もあろう。しかし、TVなどマスコミに持てはやされる多くは、いい加減なものである。先達の師たちが廃した迷信としか言いようがない妄想を振りまいて憚らない。こういう状況を見るにつけ仏教で研究し尽くされた精緻な哲学や心の科学という遺産を活用できていないことは残念なことだと思う。仏教は葬式のためにあるのではなく、生きている人々の苦しみからの救済と心の平安のために、世界宗教としての普遍性を持ったのである。仏教が宗教として2500年も命脈を保ってきたのは、大乗仏典に語られる荒唐無稽な神話的な奇蹟よりも奇跡的なことだと思う。この人類の宝を、現代に活かしたい。

ついでだが、先週テンポロジー研究会という勉強会に出席したとき、「文化のない商品は売れない、文化のない都市も繁栄しない」というような話を聞いた。拙僧は、宗教施設のない都市は繁栄しない、永続しないと連想した。ニュータウンなど新都市開発から宗教施設が消えて久しい。都市設計者の頭には発想の原点に宗教がないのだ。江戸時代までは都市設計に宗教施設は必須の機能と考えられていた。明治時代でも国家神道ということでは、明治神宮や平安神宮などが造られた。歴史のある社寺がある都市では現代でも多くの人を集めている。しかし高度成長期に創られた都市の多くは、人の心に風穴が空いているように、都市も心の置き所が無く空虚である。最近開業が相次ぐ都心再開発でも同様だ。宗教施設のない都市は短命に終わるという。一世代30年が寿命である。長くその命を保ってきた伝統的な都市や村落には宗教施設が必ずあり、それが維持できなくなったとき、都市も村落も滅びる。同様に、宗教心を無くした社会もまた人心が荒廃し滅びるのである。

『ブッダその人に』を読んで、立松和平という茫洋とした作家の原点に触れた思いがした。その原点に、人として確かに生きていたブッダが、その死の瞬間まで伝道者として教えてくれた真理のことばが生きている。最後にその最終章の一節を長いが引用しておきたい。


「ブッダは生きているときも、死ぬときも、また死後も、変わらぬ伝道者だ。私たちの前にはブッダがいてくれるのである。ブッダが教えてくれた法(ダルマ)が、どこにいこうとたえずあるではないか。生老病死という一切皆苦の中で生きなければならない私たちは、おそらく最期の最期まで苦しみと格闘し、悲しみを燈明として生き、死んでいく。その最期の瞬間の安穏な心境を得るために、生涯という時間が与えられているのだ。だがその時間は充分に長いとはいえない。生涯が一瞬の夢幻ともなるし、死後も人々の中に生きつづける永遠の時間を、たとえばブッダのように獲得できるかもしれないのである。そのためにやるべきことはすべてやり、やってはいけないことはしないのが、法(ダルマ)のもとに生きるということなのだ。」             (『ブッダその人に』立松和平著より)

ブッダその人へ ブッダ神々との対話










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最終更新日  2007年06月04日 13時55分45秒
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