|
カテゴリ:ヒロ伊藤流?仏弟子修行
![]() 明けましておめでとうございます。 多忙にかこつけて仏道修行もままならない?拙僧ですが、 お陰様で与えられているポジションとそのお仕事を通して 皆様のお役に立つことが利他行、菩薩道であると心得て精進したいと思います。 今年もよろしくお願い申し上げます。
幸せになる道 仏教には、誰にでも実践できる、幸せになるための実践法があります。 四摂法、四摂事とも呼ばれるもので、お釈迦様の時代から説かれているものです。
「比丘たちよ、これらは四摂事である。布施、愛語、利行、同事である。」 (『アングッタラニカーヤ・南伝大蔵経増支部経典』二)
布施とは、お寺やお坊さんにお金を差し上げることだけを言うのではありません。本来は慈悲の心で、何の見返りも求めることなく、相手に何かを施すことです。 布施には三種類あって、金銭や衣食や寝るところなどを施すことを財施、仏の教えを説くことを法施、災難に遭って救いを求めている人を慰めその恐怖心を除いてあげることを無畏施といいます。観音様と同じです。相手が必要としているものを自分ができる範囲で分け与えることが布施なのです。 サンスクリット語では、ダーナ(旦那・檀那)、臓器移植などの提供者を意味する英語のドナー(donor)の語源ともなっています。 愛語とは、相手と接するのに常に慈愛の言葉で接することです。汚い言葉や脅かす言葉は憎しみの心を生みますからね。 利行は、利他行為の実践、相手にとって善い行いで親愛の情を産み出すことです。 同事とは、相手と苦楽を共にしてそのレベルに応じて、チャンスをとらえて同じ心持ちになることです。 そう四摂事は、まさに仏道、菩薩道の実践法ではありますが、わたしたちの生活を楽しくして幸せを感じるための実践法でもあるのです。簡単なことだけど難しいと言われる方も多いと思います。でも少しづつでも気をつけて実践していけば、その効果はたちどころに現れ、長い目で見ればあなたに人徳が備わることは確かですよ。
ひかりあり
ひかりがある それは闇夜に輝く電球の光 そっと人をつつみこみ 疲れた心を癒してくれる 光と陰が空間に意味を与え 心の居場所をつくりだす 光は人とともにあり 人の心に生きる力を充電してくれるのだ ☆ ひかりがある それは闇夜を破る朝日の光 力強く人を抱き起こし 迷う心を正してくれる 光が闇を追い出して 心の遊び場つくりだす 光は人とともにあり 人の心に生きる力を充満させてくれるのだ
☆ 天から溢れる光がある 闇を照らす光がある 光はひとつとなって昼も夜も 生きとし生けるものを照らしている 光と名付けられたこの目に見える波動は 心の闇にも明かりを灯す 除闇遍明、能成衆務、光無生滅 オンアビラウンケンバザラダトバン 合掌 観学院称徳 ☆ イエスは言われた。 「私は世の光である。私に従う人はもう暗闇の中を歩くことはなく、命の光を得るだろう」 (『ヨハネ伝』) 菩薩が天から降りて来られるとき、世界はどんな強い輝きも及ばないほど そして世界の隅々まで、すべての暗がりを、この光があまねく照らし出すだろう。 (南伝仏典『ディーガ・ニカーヤ』)
光はすべての生きものにとって命のよりどころであり 自ら光に背を向けてはなりません。 あなたの内から必ず元気が湧いてきますよ!
生きとし生けるものが幸せでありますように 生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように 生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように 生きとし生けるものにも悟りの光が現れますように 生きとし生けるものが幸せでありますように
(2005年09月06~8日)
仏とは、心が清らかなことであり、 仏法とは、心の輝きであり、 仏道とは、何にも遮られないで、《いのち》が透明に光ることだ。 仏というは心清浄是なり。法というは心光明これなり。道というは処々無碍浄光是なり。 中国唐代末期の高僧 臨済義玄禅師(生年不詳~867年没)の言葉 出典:『前衛仏教論~〈いのち〉の宗教への復活』 「<いのち>が透明に光る」とは、何といい言葉だろう。悪口雑言の毒舌で有名だった中国禅臨済宗の祖が、思わず自然体で語った言葉のようですが、仏教が死者のための宗教ではなく、生きるための〈いのち〉の宗教であることを、やさしく、しかし明確に言い切っているところが清々しく、新米の仏弟子には力強い応援歌のように聞こえてしまう。今年も力まず自然体で頑張ろうね。 合掌九拝 観学院称徳 ご参考に 四つの無限の心(四無量心) 大いなる光の仏・ヴァイローチャナ・タタガータ 真実の友情は慈しみから~弥勒菩薩 スーパースター阿弥陀様~限りない光りの仏 阿弥陀如来の秘密!? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[ヒロ伊藤流?仏弟子修行] カテゴリの最新記事
|
|