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2014/07/03
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カテゴリ:高校生時代




雨情




母がC型肝炎で入院していた時、私は不登校だったので、ずっと家にいました。

父と妹は朝早くから夜遅くまで帰ってきません。

私はずっとずっと一人でした。

何もすることもなく、ただ、じっと、一人でした。




言わずもがな、家事をする人は私しかいません。

ところが、恥ずかしいことに、家事という家事はすべて母がしてくれていたので、何もできなかったのです。

料理なんて以ての外、掃除だって洗濯だってままならない状態でした。

かろうじて、お米を研ぐことができるぐらい。




毎日、夜に、入院する母から電話がかかってきました。

ごはんは、冷蔵庫に何があって、魚も冷凍してるから、こうやってこうやって調理して、洗濯機はここのボタンを押して、

掃除機はかけられるでしょ、ま、掃除なんかしなくても死にはしないわ、そうやって翌日一日分の話を聞きます。

私は、「うん」ぐらいの会話しかしていなかったから、母の話をせっせとメモを取り、

イヤイヤながら、無理矢理に家事もどきをこなします。




当時は、そうやってなんとか「その日暮らし」の日々の生活が成り立っていました。

今思えば、あの頃から母と私は二人三脚で生きてきたのです。

今も、こうして生きているのです。











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最終更新日  2014/07/03 08:06:17 PM
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