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ruka126053のブログ

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第4章青の記憶


「秘密の恋ですか」
「ええっ、親友の貴方なら知ってるでしょう、ルドルフの初恋の相手を」
「・・・」
心の中で思う。正直、面倒だなと。まあ、許さないだろうな。
「私が聞くわ、力になりたいもの」
「出た・・・」
はぁ、とため息をつく。

「えーい」
空から降ってくるアーディアディトをナターリアはあわてて駆け寄り、その体を拾い上げた。
「無事着地」
「何を考えてるんだ、君は」

「貴方は馬鹿にしないのですね」
コンラ―トに出迎えられながら、アリスはカップを持ちながらほおを緩ませる。
「え、ああ」
上品そうな母の笑顔に少しだけ似ている気がした。

さく。
日だまりの中でダークブラウンの髪の少年が音に気付き、振り返る。
きっとわたくしはこの瞬間を忘れないだろう。
白い馬がひひん、と鳴く。
切れ長の目を私は彼にゆっくりと向けた。開いた口からは牙が見えて―。

「わぁ・・・」
輝くようなアリスの笑顔。
「似合うわ、アリス」
アリスがくすりと笑う。
「私はアーディアディトよ」


「お前に図書室の整理を命じる」
「殿下・・・」
「いいな、端から順番にすべて並べて、列ごとシリーズならシリーズで行うんだぞ」
なにせ、相手は労働階級である。服装も一応いいものを着せているが、宮廷でどういう役割を与えるか、皇帝付きの侍従に聞かれ、力仕事させてみようとなった。
「はぁ・・」
「お前は言う通りにすればいい、二日くらいあればできるだろ、なるべく一人で行うんだ、重いものは道具をかりろ」
「まあ、がんばってみます」


「私をこの一座に入れてください!!」

「ウィーンを通るんですよね、そこまででいいんです!!」
「お願いします!!」

どこから、聞きつけてきたのか、新しい歌手や踊り子を探していたピュロス座の主人ドーグラス・イクセル・ベルイフェルトは、地方をふらふらと歩く靴磨きの老人についてきた美しい少年が女の子である事にすぐ気付いた。
目が不自由らしい老人は、杖を使って、歩きながら、こびた笑顔を浮かべていた。
「えへへっ、どうですかな、ご主人。このチビは結構な才能の持ち主ですよ」
高貴そうな青い瞳は生命力にあふれていた。
「・・・お嬢さん、お名前は」
「アーディアディト・バルトです」
「私は、ドーグラス、スウェーデン系のオーストリア人だ。ウィーンでは歌や劇を客に見せる仕事をしている、失礼だが、君はどこの生まれだね、両親は何の仕事を?」
「親はいません、私は歌を皆に届けたいんですっ」
まるで運動会の選手声明のように、正面を見つめながら、アリスは自信ありげに言った。ドーグラスは肩を浮かせた。
「君の得意な曲を歌ってみてくれ、とりあえず」
「はいっ」
アリスはブラームスの子守唄を歌い上げた。




指定さてたやすい宿に向かうと、格段上クラスの容姿を持つ美少女達がアリスを待っていた。一番上の14歳・デルフィーナ、13歳のチェチェリーアとブレンダ、12歳のフレデリカはけだるそうですでに洗練された美しさをもって、アリスを圧倒した。
「よろしく・・・」
デルフィーナの赤い唇がそういった。
人形のような顔立ちにアリスは戸惑いを覚えた。
「貴方、可愛いわね」
デルフィーナがアリスの白い頬に手を滑らせた。
「え・・・」
ブレンダがその様子を見て、むっとなって、アリスとデルフィーナノ間に入った。黒髪のウェーブヘアが印象的で挑発的な鳶色の瞳をしている。桜色の唇がきつく閉められる。
「お姉さま、私がこのアーディアディトさんに色々教えますわ」
「でも・・・」
「大丈夫です」


グ―ラシュ、ハンガリーのシチュー料理のようなものを出会ったばかりの新聞記者のハンスにごちそうされた。
「そうですか、だ―グラスさんはフランスの広場にも言ったことがあるんですね」
「ああ、そこで画家志望の青年と出会って、一日パリを回ったよ」
「難しい話ばかり・・・」
デルフィーナが口にスプーンを当てたまま、盛り上がる大人を睨みつける。
「そう?私、村から出たことない~刺激的だったけど」
キラキラした笑顔でアリスがそういった。
「まあ、あんたはね」
「お前ら、面白いな」
けらけらとローランが笑う。




ホーフブルク宮殿、それは代々ハプスブルク家が住む居城である。ウィーンの中心にあり、皇帝フランツ・ヨーゼフの居所である。
デラックスに広い。
置かれている家具も、大臣も女官も軍人も聖職者も全てが整えられている。




その中の一室で、ヴォルフリートは意識を現実に戻した。
「・・・ん」
視界に入ってきたのは、見たこともないような高そうなカーテンで覆われた四角い天井だった。

・・・・だるい。

「あれ、うちの教会にこんな部屋あったけ・・・」
ボーッ、とする頭でしばらく天井を見つめた後、額に置かれた冷たいタオルに気付いた。
「冷たい・・・・」
今、何時だろう、他の皆を起こしに行かないと。

炎に包まれた教会。焼けた孤児院。
そして―ー

「う・・・え・・・っ」
吐き気をヴォルフリートを襲う。
「きもちわる・・・・・」
タオルを手にとって、ヴォルフリートは、ふらついた身体を起こして、ベッドから出ると、
「・・・え?」
と声を出した。
少なくとも自分が今まで寝て、過ごしてきた部屋よりははるかにはるかに、はるかに広い空間にいる事にようやく気付いた。

高級そうな、少なくとも一級品モノのテーブルや家具、手が届かないほど豪華なつくりの照明器具、金ふちで覆われた磨きぬかれた鏡。

「・・・・・」

―庶民の目から見ても、どう見ても、それは今まで見た着たような貴族がもてるものではなかった。
寝ぼけた頭が急にはっきりとしてきた。首には先日、プレゼントされたペンダントが下がっていて、着ている寝着はどう見ても高級品だった。

磨きぬかれた、手入れが届いた銀食器がテーブルに置かれ、新鮮な手入れがされた花がガラスで出来た花瓶に入れられている。

寝る前のことを思い出しながら、窓に向かって、窓の下を見た。光が振りそすぐ庭園には、整列するように芝生や花が植えられており、雑草は一つもない。
気味が悪いくらいに、決められた動きをしたへいたいが動き回っている。

シャノンが憧れるような上流階級、貴族が住むような、いや、この大きさだともっとえらい階級の、そう、例えば。
王族。雲の上の・・・・。
「いや・・・」
ヴォルフリートは考え込むように口に手を当てて、ベッドに戻って、座り込んだ。
待てよ、自分。

・・・・落ち着こう、おちついて、状況も牧師様やシスターもそういってたし。これはあまりにひもじくて、パンすらもひとかけらしか食べてこなかった僕の潜在意識とかから来る願望なのか。

何だ、この・・・なんだ、シャノンの夢見るような展開は。
そんなご都合主義が、美しい可憐な姉さんならともかく、商店街の売り子のような外見のこの僕に怒るはずがない。天性の才能もないというのに。大体、男だし。こういうのは可愛い女の子だろう。

「でも、僕、実は誇大妄想とか、・・・・権力者になりたかったのかな」
実は自己顕示とかの塊なのか。それとも、誘拐?労働力にしても、そういう業者の人がこんな場違いな所につれてきて、こんな高そうなベッドに僕なんかを高級品のパジャマを着せて親切に寝かせるんだろうか。
大金も持っていないし、僕は器用とか、なんか特別な特技があるわけではないし、権力に擦り寄ろうとか、ないな。
その時、扉が開いて、機械人形のような女官が入ってきた。
「ヴォルフリート様」
「・・・・・・はい?」
「速やかにお着替え下さい。殿下がお部屋を貴方をお待ちです」



                  2

ヴォルフリートは苛められてないかしら。旅の最中、常にアリスの心をヴォルフリートの存在が支配していた。
「アリス・・・・」
「会いたいよ、ヴォルフリートに」
デルフィーナは優しく、アリスを抱きしめる。
「大丈夫」
「デルフィーナ・・・」
包み込むように、デルフィーナがアリスを抱きしめる。
「大丈夫、きっと・・・すぐに会えるわ」


王族、皇帝、宮廷。

廊下はまるで迷路のように入り組んでいた。教会の中のように圧倒的な沈黙と圧力が宮殿の中を支配し兵士たちは人形のように立っていた。

・・・・・・司祭様、僕はいつ夢から覚めるんでしょうね。

からからとした音が頭の中で響いた。間抜けた表情だ。
ハプスブルク家。ハンガリー。ウィーン。
さすがに教育も受けてなくても、その名前は知っている。いやでも耳に入る。ヨーロッパの大体を支配する名門の王家だ。何か二つ頭の紋章の。
何で、格調がある世界が僕の夢の中に?何、この異世界?
いやがらせかな、シンデレラでもあれは才能や容姿が優れていたから、さらにあれは普通に貴族のお姫様だった。ああ、女官さんの視線が痛い。思い出せ、洗濯屋の微妙なにおい、村のせまい道を。ここは僕の世界じゃない。ああ、これは神が与えた試練。
脚本雑すぎるだろ。
「普通に歩いてください」
言えませんけどね。うなずくしかない。
いくつか、廊下を歩き、階段を上っている愛だ、いちいち、豪華な美術品や電飾、高級品の高級品の一級品に完全に借りてきた猫状態だ。
「ヴォルフリート様」
声の冷たさに、体は硬直する。
「お早めにお願いします」
「つきました」
どきり、となる。
ノックをした後、女官が静に扉を開ける。
「どうぞ」
アレキサンダーがベッドの側から歩いてくる。


「こんにちは」
優しげな、少女のような声。
「・・・え」
軽くめまいと、世界の終わりを感じました。
多分、ひとめぼれはないな、見た瞬間、過去の自分を思い出して軽く殺意感じたもんなぁ。何だ、神に愛されたこの生き物。
絶対、この子、将来もてまくるだろう。どうしよう、僕犯罪者になる?
柔らかそうな艶やかな髪。人形のように整った顔立ち。美しく澄んだ瞳。あまりの威圧感、高貴さと王者としての圧倒的な雰囲気。
「そばに来てよ、病人に声を晴らせる気?」
十人が十人、少女なら一目ぼれするだろう天使のように美しく、それでいて威圧感のある。王となるべく生まれた。
「はい、殿下」
すぐにうずくまった。悲しい庶民性である。まさか、社長とかブルジョアを超えて、トップ・ザ・トップに出会うと思わなかった。やっぱり神に嫌われてるらしい。
そんな存在だ。だが、ヴォルフリートが最初に感じたのは、そんな感覚ではない。整えられた髪は少年特有の生気に満ちているのに、寝着に身を包んでいるのは病的な白さの細い腕。それも目が鋭いので、幽霊がいるように見えた。いや、9歳の子に言うのも失礼だが。
にこり、と爽やかにやさしくほほ笑まれた。うへえ、いいにおいするな。お貴族さまは子供でも香水するんですね、あ、生活臭あるわけないですよね。
「最初に出会った時もそうだけど、君は実に生き生きと声を上げるね」
というか怖い。声が優しすぎるだけに、か弱いだけに、天蓋つきのベッドの皇太子さまって。不敬罪というやつか。
え?僕、殺されるのか?
明らかな別次元の人間。通常ならかかわることも見ることもない人間。王侯や貴族といわれる部類の人間。どんな人間もすぐに気付くだろう。外見にこだわらないヴォルフリートもさすがに頭の中がついていかず、強張る。
「・・・そうだね、耳障りだよなぁ、はっはっはっ」
目をさけられた。なんだその方ことは。
表情が青いのは状況が受け入れられないのだろう。サファイヤのような右目と深い緑色の目、あかげかかったブラウンの髪。
よく田舎にいて、うわさにならなかったものだ。
母親と離され、祖母に厳粛に教育され、それ以来、いるのは臣下だけ、味方などいない。ご機嫌取りの貴族や家庭教師だけ。姉の部屋の人形の目に似ている。帝国が長いものということは、影の部分も機能している。脅すだけでよい、姉も孤児院も上をしめ上げれば、それだけでいい。
「忘れたかな、ヴォルフリート。君の地元の林の中で君が蹴り上げた僕の事を」
安心させるように柔らかい声で話すと、ようやく表情に険がとれてきた。
「「・・・・ええと、皇太子殿下。・・・・先日は知らなかったとはいえ・・・無礼を」
「いいよ、僕は気にしていない」
「はい、ありがとうございます、殿下に失礼でなければ、聞いて、いいでしょうか」
アレキサンダーがベッドの上に上がってくる。
「何?言ってごらんよ」
「湖の・・・その自殺した人は、葬式をあげたんでしょうか?」
さすがに自殺なので、口に出すことを困っているのだろう。
「そうだね、病死として片付けられたらしいよ、僕も聴いた話だけど」
「・・・そうですか、そうですよね。・・・自殺じゃ、教会も葬式を」
ヴォルフリートの頬が緩んだ。
「ねえどこから、聞いたの?湖でのこと、おきてから数日たったとはいえ、一応緘口令は出ていると思うけど、村の人にショックを与えないように」
「いいえ、何も」
今度はルドルフが顔を上げた。
「皇太子殿下、僕は何も見ていません、殿下と会うのも今日が初めてです」
僕は、か。
「ルドルフでいいよ」
「帰ります。お詫びは後でしますから、僕も火事や兄弟の葬式とか、後始末しなきゃ、いけないし、これで―ー」
ルドルフに背中を向けると、
「ここはウィーンだよ、君が孤児院の事件を見た日から何日、立っていると思うんだい?」
ドアノブが揺れた。
「・・・ウィーン?」
恐る恐る振り向くと、ルドルフの優しい笑みがあった。
「勝手な振る舞いはウィーンでは嫌われるよ、ヴォルフリート・フォン・ローゼンバルツァー。覚えていくといいよ、ゆっくりと。君はこれからここで過ごすんだから」
「・・・・貴方は、一体・・・」
ふっとほほ笑む。アレキサンダーの顎を優しくなでる。
「君が僕を蹴り上げた後、僕言ったよね、僕の家に遊びに来ないかって」







はめるつもりでディートリヒは、メイドにスープをぶっ掛けられて、メイドに着替えをされていたヴォルフリートをブリジットのお茶会に来ないかといった。
「ディートリヒ」
咎めるような声をレオンハルトは上げる。レオンハルトお気に入りの音楽をするための部屋で、自分のライバルを落す為にディートリヒがそんなことを言い出したから、息子を咎めたのだ。
「しかし、お父様、新しいものには己の立場を」
「ならぬものはならぬ」
ちぇ、と小さくディートリヒが声を上げた。
「私はあの女が好きではない。無粋で男を男だと思っておらん」
どうやら、レオンハルトは、ブリジットという伯母が苦手らしい。嫌悪感すら感じる。その気配を感じたヴォルフリートは戸惑ったような表情を浮かべる。
「ヴォルフリートもあの女に近づくな」
「何故ですか・・・」
きつい眼差しでヴォルフリートは、レオンハルトに睨まれた。穏やかな人と思ったのに、意外な。迫力にヴォルフリートは後さずった。



教会の中で並べられた柩の上で、絶望し、生きる希望をなくして、うずくまるアリス。旅行鞄。権力にヘッする地元の警察や大人たち。冷たい対応。むしろこんな騒ぎを起こして、迷惑だと一身にその冷たい視線を向けていた。
アリスの世界を包んでいた殻が割れだす。火事はだれのせいでもない。シスターは火事で孤児院の子供達がなくなったといっていた。遺体もみせてもらえなかった。
「ウィーンに行きなさい」
「そこであなたの運命が待っているわ」
赤いチェックのガラのスカーフが巻かれた旅行鞄。孤児院で飼っていた子猫、マロンが鞄の上に乗っかってくる。
優しさも温かさもない。
「いきなさい、アリス」



        3
ルドルフと同じ同年代の少年がいるということは宮廷のだれもがすでに知っていた。壁という壁に埋め込まれた書架。埃一つもないたな。本棚はみたこともない文字で書かれた分厚いものや図鑑もある。日に焼けた手。フェリクス夫人は宮廷に入ることを許された立場の女性である。次の日は荷物運び用の荷車、作業用の手袋を持って、借りた本のチェックをして、大きさを同じものでそろえ、シリーズものや難しいものは形や文字の形状で覚えたのか、覚えた棚の正しい場所に納めていく。
「なんなの、あの子は」
名指しでフルネームで今日使用する人間を呼び止め、案内をしている。無論、裁判やその手の情報を知るわけではない。服装でどの立場か判断し、ほしいものを的確にとらえ、必要なものだけ数冊渡している。

「私を解任ですと・・・・?」
ゴンドレクール伯爵がエリザベート皇妃とルドルフの祖母ゾフィーに呼ばれ、そういわれたのは数日後だった。
「良かったですわね、ルドルフ様」
中年の女官と若い女官がルドルフに言った。
「君が進言したんだって?」
「まさか、私にそのような権限ありませんわ、ただ、あの男はこの宮殿には似つかわしくないと思っていましたけど」
「・・・新しい教育係はそれは優しい人らしいですわ」
ルドルフは少し考え込むような姿勢をとった。
「そうだね、それはいい」
「ところで、あの少年はどうなさるのです?所在不明をごまかすのは難しくなってるのでは?」
「大丈夫、彼はヴォルフリート・バルトはちゃんとした家の嫡男だ」
若い女官が不思議そうな表情を浮かべた。

「・・クソッ、あの書き、散々こき使って・・・」
酒場まで来ると、伯爵はビールのビンを思いっきりテーブルに突き付けた。

                
アーディアディト・バルト。
ミュンヘンのホームレスだったデニスは、一座のした働きの少女に出会って、合いたくてあえなかった娘と会う事ができた。
「お父さん・・・」
「ビルギット・・・」
アリスもホッ、と胸をなでおろした。
「よかった・・・」
「ありがとう、お嬢さん」
デニスは子供のような笑顔を浮かべた。戦争で職人にとっての命である右手を失い、酒びたりになり、子供と引き離された。
―だからこそ、この少女に執着した詩人志望のオイゲンが、アリスを追いかけて、貴族の馬車に引かれて、死んだときの醜い表情が忘れられない。
金髪に澄んだ瞳の美しい少女に良心的な青年が運命を狂わせた。この少女の今後を思うと、なぜかとてつもない不吉な予感が付きまとう。
―アーディア。アーディア。
オイゲンの最後の言葉が忘れられない。

次のザルツブルクを行けば、アリスはヴォルフリートに会える。



草叢を抜けて、現れたのは、窓から抜け出したヴォルフリートで宮殿に上がったグレーティあのお付きの中のオマケとしてやってきたシャノンは驚きすぎて、声を出すのを遅れた。
「シャノン、シャノンじゃないか、君がどうして、ここに?」
人懐っこい犬のような表情で嬉しそうにヴォルフリートが声をかけてきた。
「・・・ヴォルフリート???」
あまりにも似合わない、バカで間抜けのアリスのオマケの、人がいい友達のヴォルフリートがナゼ、ここに?


「へえ、バーデン家のお嬢様のお付きに、凄いや、さすがはシャノンだ、ハプスブルク家の宮殿に入れる身分の家で働けるなんて、夢が叶ったんだね」
「・・・ヴォルフリート、あんたは何で、ここに?」
「・・・え、ええと、それは・・・」
「お金持ちとか貴族に興味ないんじゃなかったの?言ったわよね、一生関わる事ないって」
「ごめん・・・」
「何で、謝るのよ、・・・貴方、宮殿に働く人間にコネでもあったの?」
シャノンはため息をついた。
「コネはないよ、僕はだって、宿屋のした働きとか、とにかく姉さんと生きていければ、それでよかったし、・・でも」
「でも・・・?」
ヴォルフリートはため息をついた。
「早く、上品で気品があって、重ぐるしいここを出たいんだ、あまりに違いすぎるし、参ってるんだ、何もしていないのに優しくしてもらっても気持ち悪いし、正直な所、・・・シャノンだって、ここに僕がいるのがおかしいと思うよね?」
じっ、とヴォルフリートがシャノンを見る。
「それは・・・・」
ヘルガやアマーリエ、バーデン家の当主がそこを訪れる、使用人を連れて。
「・・・お前、何してるの、仕事をサボって」
「・・・あ、それは・・」
「お父様」とグレーティアが心配そうにシャノンを見る。
「使用人の分際で仕事をサボり、その年で男あさりか、これだから庶民上がりは・・」

                   4

ザルツブルク。
公爵令嬢ヘレネは、バレリーナの衣装でショーの呼び込みをするアリスとまたであった。嫉妬され、いらぬ嫌疑をアリスはかけられ、その可愛い顔立ちを涙で濡らしていた。心配する団員はいても、アリスに近寄ろうとしなかった。
「デルフィーナを落とそうとしたくせに」
「裏切り者に当然の報いよ」
「早く出ていけばいいのに、図々しい」
口々に、まるで罪人を見世物にするように嘲笑い、冷たい言葉を遠慮もなくぶつける。旅の一座はひとり者の集まりで事情を抱えるものも多い。
・・・・クラウド家と縁戚のあの侯爵家とのお茶会までまだ時間はある。
それに昨日まで気が狂いそうなほど、あの皇帝陛下に取り入ることばかりに夢中で娘を一流のレディーにすることに熱心な父や依存症の母、気が合わない腹違いのオルクとの付き合いや勉強やダンス。
逃げ出したい。それに目の前のあの少女を助けたい。渋滞する道路の中で隣の執事が目をそらした時、ヘレネは行動を映した。
「ごめんなさい、スカートのすそがドアに引っ掛かっているの、開けてくれるかしら?」
「え、はい、すみません!!」
今だ。
ヘレネは行動を映した。

メイド長はぴくぴくしている。
笑顔がひきつっている。通りかかった外交官はたまたま目にしたのだが。
「すごいわ、うちの執務長よりも的確よ」
「ええっ、僕以外、飲む込み早い」
と、ヴォルフリートは王妃づきの使用人たちから絶賛されていた。
                    
―赤ん坊のときに、私は年の近い弟とあの村に孤児院に拾われた。
私には指輪が入っていたペンダント。弟には紋章入りの懐中時計。

整えられた雪のような手。まるでおとぎばなしのおひめさま、いやしちゅえーしょんてきにははくばのおうじさまか。まるできしのようにそのちょうこくのようなつめたいびぼうのしょうじょはこおりがとけたように、年相応に可愛らしい笑顔を浮かべて。
角砂糖のように、思ったよりも高く、訓練された女優のように聞きとりやすい、滑りこむように優しく私に話しかけてきて。花の香りがするレースのハンカチで涙をぬぐってくれた。
「ごめんなさい、二度しか会ったこともない、・・・その貴族のお姫様に、私みたいなただの女の子がこんな親切してもらうなんて」
舞台の上のキャットウォークから現れたのは、相性の悪い犬猿の仲のマリエルで。いつも帽子をかぶり、喧嘩腰でぎらついた瞳の。アリスには彼女が怯えているように見えた。確かな立場がなければつぶされる。少女はそういった環境で、女友達とあちこち移転してきて、育ったようだった。
リーダー役の年上の少女が対談し、入れ替わるように、キャンディーという少女が入って以来、劇団の中は揺れていた。




―夢は夢だ。
ルドルフは庭園の中を歩いていると、元教育係の伯爵がルドルフの前に姿を現した。
「・・ゴンドレクール伯爵」
「ルドルフ殿下、お久し振りです、相変わらずお元気で・・・・」
「僕に何のようだ」
伯爵が眉を動かした。
「・・・いきなり教育係をやめさせられてね、私も生活に困っているんだ。皇太后様の命令か、それとも貴方のご意志か」
アレキサンダーが身構えた。
「止めろ、アレキサンダー」
「くうん・・・」
「まさか、僕は皇太子であり、まだこんな子供ですよ、教育係をどうにかできるわけないじゃないですか」
ルドルフは子供らしい表情を浮かべた。



闇の中で、自分は一人で寝ていた。だが、誰も来ない。やがて思い知らされる。自分が一人であることを。過ぎていく時計の音、機械的な女官たちの目。あざ笑う、着飾った貴婦人達。監視する兵士や腐った司祭たち。
誇り高く、孤高に。
怖がるな、戦え。
・・・僕は、俺は、皇帝になるのだから。それ以外の道は考えるな。
氷のような、冷え切った手がルドルフの額に触れた。
「先生、ルドルフ様が起きましたよ」
「そうか」
時間は深夜に差し掛かっていた。目を開けると、ヴォルフリートが荒れた手をルドルフの額から離していった。濡れたタオルをルドルフの額に当てた。
「・・・・熱はないみたいだ、よかったですね」
温かい、のんびりした笑顔だ。ルドルフはありえないことに、普通のことのように看病をするヴォルフリートに驚いた。表情は変えていないが。
「・・・お前が呼んだのか。・・・・まさか、僕が倒れて、この時間になるまで、・・・どうして」
怒りに触れたのに。ありえない、ありえない。
きょとんとした表情になった。
「苦しそうにしてる年下の子を放っておくほど、非情ではないよ、僕。それに病気になったら看病する、辺り前のことじゃないか、変なことを聞くなぁ。一人で病気と闘うのは大変だし、友達なら側にそっといるものだろ」
え、何、間抜けな表情は。
「・・・間違えてます?」
何故、眩しそうに見ているように見えるんだ。普通のことなのに。
「熱はもう大丈夫だ、・・・・お前、下がっていい。ヴォルフリート、お前はここにいていい・・・」
「は、しかし」
「頼む」
ヴォルフリートは首を傾けた。
医者が去ると、身体を起こして、ルドルフがヴォルフリートの膝に頭を預けてきた。
「・・・・熱い、やっぱり、熱があるじゃないですか」
「ヴォルフリート」
額に手をやると、熱かった。
「限界がきている―ー、この国はもう・・・・」
・・・・・・僕がアホなせいかな。王族はわからないな。
「次の世界は、神はいない」
でも、子供で、・・・この子、何なんだ?頭が随分いいらしいけど、怖いし、化け物みたいな力を持ってるのに体は弱いし。
「・・・・て、寝ちゃったよ」
体は子供で、中身は魔王・・・見たことないが、それくらい巨大な力があるとは。これだけ怖すぎると、外見なんか・・・本当にな、ただの事実だよな。
しかし。
「変だな、僕と同じなら、僕を殺すはずなのに」


                   

                 5

ローゼンバルツァー家に当主の双子の娘、双子の姉の娘、エレオノールの子供が馬車で来たのは、雨の日だった。叔父のコボルド伯爵は子供達に危害を加えようとして、罰を与えられたという。
彼らの友人のシャノンと言う少女は、エーベルハイト家の誘拐された、アルベルトの妹シャノンの座についたという知らせをアリスはルドルフから聞かされた。

「姉さん!!」
「ヴォルフリート!!」
青空の下で、アリスとヴォルフリートは再会した。場所は、王宮内だ。ローゼンバルツぁーの人間が彼女を連れてきたのだ。
2人はお互い走りよって、お互いの身体を強く抱き合った。
「良かった、ヴォルフリート」
アリスは涙ぐみながら、優しく微笑んだ。
「姉さんこそ、僕心配したんだよ、一人でおなかすかせてないか、怖い目に合ってないか」
「ヴォルフリート!!」
「姉さん!!」
2人はまた抱き合った。ルドルフの姿を見ると、アリスの表情が一瞬暗くなる。
「・・・・?」
ルドルフは不思議そうな表情を浮かべる。アリスは見たのだ、この少年が仲間を使って、何したかを。



「「楽しめばいいの」
「えっ、やっ」
困ったようにアルフレートは、白いドレスの少女に戸惑いとおぼつかない脚で立ち向かう。



                           6
                     

「・・・貴方、どこの国の人なの?」
アリスは、かくまったエレク達とともにザファルートに尋ねた。
「中東の小さな国ですよ」
お嬢様の気まぐれ、それくらい、自分だけ助かり、庶民となって生きている。ザファルートはやさぐれていた。



                  

オレンジのヒカリが空一面に包み込み、昼と夜が重なり、薄紫色の空になる時間、ルドルフはヴォルフリートの姿を見つけて、話しかけた。
「王宮の庭でボーっとするとはいい度胸だな」
「ルドルフ様、す、すみません!!」
ヴォルフリートは慌てて振り返り、そのまま、豪快に地面に向かって倒れて、額に擦り傷を負った。
「・・・・大丈夫か」
「ハイ、何とか・・・」
手を引いた。異国の少年を強引に掴んで、父親の注意も聞かずに、病院につれていった。病院の前まで言って、初めて、自分の体が自分の意思で動かせた。特に理由もなく、助けた。少年は驚いたように最後まで自分を見ていた。
不思議で仕方ないといったように。
・・・傷つけられるのは苦手だ。血など見たくはない。自分も他の人の血も。
だから、すぐにハンカチで出血が酷い場所を声を荒げられたのに強引にふさいだ。血の感触にぞくりとなった。


ルドルフは、ヴォルフリートにその力で自分に協力して欲しいと、命令をした。
「協力?」
「勿論、ただとは言わない、僕を守り、君が僕の味方でいれば、その代わり僕が何があろうとも、君やアーディアディトを大切にしてやる」
「仕事の関係って事?」
数秒、ルドルフを見つめた後、柔らかな笑みがヴォルフリートに浮かんだ。それにつられて、ルドルフも頬を緩めて、笑みがこぼれた。騎士と王のように、ヴォルフリートはルドルフに頭を下げた。ルドルフは作ったばかりの花飾りをヴォルフリートの頭に載せて。
「約束します、どこにいても必ずルドルフ様の身はお守りします」
「契約成立だな」
膝を折って、ヴォルフリートは誓いの言葉を立てた。



別の日の夕暮れ時、伯母の館内にあるアリスが迷子になった。迷宮も組しているこの広大な庭園にまよいこんだときいてヴぉるふりーとは探していた。後ろにはアリスの側仕えの女性の姿がある。ソフィア・ジャスパー。この年、入ったばかりのアリス付メイドである。命令を何でも聞いているが、仕事以上の関係はアリスに求めてこない。硬い性格のようだった。そのせいか、アリスは未だに彼女の側にいると緊張してしまう。
ご機嫌な斜めだった。
アロイスから別れ際に貰ったブローチを嫉妬したヴォルフリートが奪い取り、川に落としたのだ。いつもは優しいアリスもこのときばかりは普段の優しさを捨て、感情的にナッツた。静まり返る周囲。
パァァァン。
「ヴォルフリートなんかだいっきらい!!」
怒りながら、アリスはふるふると涙を浮かべた。何故、こんなひどいことをするのか。自分の大切な思い出のブローチを。それも自分の見方のはずの、大好きなヴォルフリートが。川に叩きつけられた瞬間、2人の関係が一方的に壊された気がした。アロイストの関係も。ヴォルフリートとの関係も。
「ねえ・・・さん・・」
ヴォルフリートはショックを受けたような表情をしていた。
「消えて、どこかいっちゃえ!!」
「待って、僕は・・・」
声が震えていた。差祖伸べてきた手をアリスは振り払って、ヴォルフリートを睨んだ。
「アーディアディト」
「ブリジット伯母様」
「そんな言い方は」
「私、悪くないわ!!」
はっとなる。ヴォルフリートが泣きそうな表情で走り去ってしまった。


・・・早く出てきてよ。
これじゃあ、自分が悪いみたいじゃない。
「ヴォルフリート・・・」
離れていた間、あんなにあいたかったのに。大好きだから、同じ思いを共有して欲しかったのに。誰よりも、ヴォルフリートだけには。
「バカ・・・」
ヴォルフリートではない。アリスは自分に対して言った。アリスはきたの方角の石造がおかれた薔薇園に出た。ツタで覆われた古い白い小さな洋館には温室がつけられていた。
「・・・・うわ」
アリスの目には大きく見えた。薔薇園のすぐ近くには、金属製の鍵がいくつかつけられた扉が見えた。扉の下には数歩だけ上る階段が中央につけられていた。塔のようなものもある。
「魔女とか本当に住んでそう」
青い、毒々しい薔薇がアリスの頭上にゆっくりと舞い降りてくる。
ローゼンバルツぁー家の北に存在する、使われていない洋館の前まで、アリスはアリアを歌う、カナリアのような歌声を確かに聴いた。洋館は相当古いのか、茨で囲まれている。
「・・・・・」
何かに導かれたように、アリスは洋館の玄関へと足を向けた。
「近づくな」
ライオンの頭をかたどったドアノブに触れようとすると、ラインハルトの長男ーフォルクマが銀髪のショートヘアで表情を一定も変えずに、黒い馬を連れて、アリスに近づいてくる。金髪のウェーブヘアのダミアンの姿もある。
「そこは、ブリジット叔母様の持ち家であり、ブリジットおば様の娘たちの住まいだ、許可泣く入る事を許されない」
しかし、何十もの鍵で閉ざされた扉は開いている。茨が頑丈な扉を覆い隠していた。
「ついてきなさい、君の家のもののところまで君を連れて行くから」
その時、高級なスーツに身を包んだ黒髪とあごひげの中年の切れ長の男、ブレーズ子爵が医者をつれて現れた。医者の方は青年といった年だった。
「誰だね、君は・・・ダミアン君に君か」
フォルクマに緊張感がはしる。
「お久し振りです・・・」
2人の間には妙な緊張感があった。
「えっ、あっ、え?」
「誰だね、君は」
「お待ち下さい、子爵、彼女は・・・」
「何だ」
「・・・・こいつが、あのエレオノールの・・・」
「?」
「すまない、おびえさせて、私はブリジット様の夫であるこの家の主の友人で、とあるお方の世話役のようなものをしているブレーズ子爵だ。皇帝陛下から身分を貰った君と同じ庶民の生まれだ」
手を差し伸べられた。
「・・・は、はい」
・・・?別の視線?
振り返ったが誰もいなかった。
「ここは、ブリジット様たち家族のプライベートエリアだ、迷ったのだろう。君の家のもののところまで」


                  7


大人たちの元に戻ると、辺りはもう闇になっていた。
レオンハルトは真っ先に駆けつけ、優しくアリスを抱きしめた。
「良かった、無事で、お前に何か合ったと思ったら」
「お父さん・・・!」
ぎゅう、と抱きしめられた。オープンテラスの中にはフィネに寄り添うディートリヒの姿とつめたい表情の女官の姿があった。
「お帰りなさい、お姉様・・・・ご無事でよかった。・・・?あら、ヴォルフリートお兄様は、お姉様は探しにいったのですよね」
フィネがディートリヒの服の袖を掴む。
「あ、ああ、そうだね」
「まあ、それじゃあ、入れ違いになったのかしら」
「ヴォルフリート!!」
アリスは心配になり、慌てて駆け出し、その後を慌てて、レオンハルトも追いかけていった。硬い表情のフォルクマが警棒を手に取りながら、何かを考えた後、侍従が持っていた馬の紐を奪い取った。切れ長の人元北欧の貴族を思わせる秀麗な、女性のような顔立ちが引き締まる。帽子を被りなおす。
「父上に伝えてくれ、僕も探しにいく、下のものを管理するのも私の役目だ」
フォルクマール・フォン・ローゼンバルツァー。長らく、女子ばかりで、ようやく生まれたヨハネスの長子、ラインハルトの長男で、このとき、13歳を迎えていた。長い手足にアンティークドールのような顔立ちに白い肌。立場は次期近衛隊筆頭で、賢く、冷静で正義感が強く、実力主義。だが、決して中身まで冷たいわけではなく、ライバル達と競い合い、皇太子ルドルフの側に置かれることを許されているがお飾り人形ではない。



時間はまだ赤い夕暮れ時のメイズの中に戻る。同じような壁や壁を覆うツタや苔、無造作に咲かせているような状態の色とりどりの花たち。庶民にはまず変えないような似たような石像や噴水があちらこちらにあり、壁の中は庭園と鳴り、重厚な扉が壁であり門である物体にめり込んでいた。
「~・・・・やべ、迷った」
念のために地図やランプを持ってきてよかった。
「とりあえず、地図・・・・何、これ、古ぼけて、霞んでいるじゃないか」
ううむ、と首を傾け、広げた地図とにらめっこをする。
「・・・・全部、同じつくりに見える」
どくん・・・・。
からだがざわついた。ああ、まただ、この感じ。
喉が妙に渇いて、貧血気味になって。意識失って、気付いたら別の場所にいる。
ウィーンに連れてこられてから、いや、もっと前かな?
自分の体の中で、かぜでも普通の、もっと思い病気ではない。説明できない何かが起こっているのは。特にこの気持ち悪い感じはあの事件の前後以降、強くなった。
それで医者の先生は凄い健康体というし、意味がわからない。
「・・・・?」
ヴォルフリートは振り返る。
「気持ち悪い、・・・なんだこの煩い声、狼か?」
背筋に冷たい感じがした。


沈黙が馬に乗せられているアリスとフォルクマールの間に流れる。表情が硬すぎるのだ。
「どうした、アーディアディト」
種類的にはルドルフと同じように美麗で冷たい印象の少年で、似ていると思う。雰囲気が硬い。全身から緊張感がはしっている。
声は涼やかな、鋭利な小枝がどこか女性も感じさせる。
「いえ・・・・」
何だか、急に自分の姿が恥ずかしくなった。リボンと花のドレスを着せられたからって、急に中身が変わるわけではない。
瓦礫や散らばった木、行き止まりの道がアリスの前に現れる。
「そうか、叔父上、僕達は中央から右の道を行く、叔父上は反対方向からヴォルフリートを探してくれ」
「しかし・・・」
レオンハルトが不安そうにアリスとフォルクマールを見る。
「安心なさってください。アーディアディトの弟君を彼女と発見したら、彼女と共に無事に貴方の元へ連れ帰りましょうぞ」
笑うのが不器用なのか、小さくフォルクマールは笑う。
・・・・笑った。



                    8
「これはおかしいこと」
階段を降りながら、姉と弟を出迎えたのは、ブリジット。エレオノ―ルの姉である。
「これはブリジット、やあ、元気そうじゃないか」

そんなにはきはきはなかったが、アリスが話しかけると、重々しく、ゆっくりと口を開いた。特にルドルフや皇帝陛下の話しとなると、声が子供らしいものとなった。
「・・・・本当に陛下はオーストリアとハンガリーを、この国の未来を守ろうと毎日たった一人で考えていらっしゃる。外交や民族問題、宗教を・・・・女性に話すものではないか」
「いえ、新鮮で楽しいです!」
元気よく答えると、じっとフォルクマールがアリスを見た。
「・・・・」
「・・・・」
えええっ、あの。
何。
しばらく、アリスを見た後、視線を前に戻す。
「そうか」
ぶっきらぼうに切るようにそういった。
調子が狂う・・・・。
居心地が悪くなり、早く、ヴォルフリートに会いたい、そう思った。
「お前の弟は気弱で少々女々しいようだから、どこかでないてないといいが」
家に入って以来、感じていることだが、どうやら、彼らには姉の後ろに隠れる温厚なとろくさい少年のように見えるらしい。マイペースで好奇心旺盛で、どこかのんびりしていて、基本的に難しいことを考えない、姉思いの弟。
・・・鍛えないといけないかしら。
基本的にあの弟は誰にでも懐くし、軽はずみで、後先を考えず、行動するというけってんがある。だれにでも、ぴょこぴょことついていく。

「確かに似ていますけど、できすぎていません?」
ドロテアはほかの侯爵家の子供たちと同じ部屋で、アリスを見た。
「きれいな子」
「でも生意気そう」

「・・・・あっ」
フィネがあわててアリスから離れる。
「待って」

「すみません、お姉さま」


貴族や王族というものは規則や伝統を重んじる、何とも窮屈な存在だった。自分達兄弟の素性を徹底的に調べ、家の人間とわかると、ローゼンバルツァー家で自分たちの反対派と賛成派が勝手に出来ていた。
蔑む目もあるが、姉はすぐに順応し、楽器やダンスが得意で、氏も読めるし、刺繍もレディーとしての振る舞いも自分のものにしていった。ウィーンの聖母と呼ばれた女性の生き写しであることも家の中の立場が上がる理由だった。
「トラブルを起こす才能をお持ちなようね」
「とにかく良くも悪くも目立つこのようだ。あの気の強さは父親というより、母親譲りかな。いやぁ、正義感が強い子だ」
「見た目は可憐な令嬢なのに」
ある大人たちがそういった。
「いやあ、まさか、人前で召使いの衣装で踊りだすとは、大した舞台根性だ」
「あの天才少女のマリーベルもいっしゅんひるんでたぞ」
一座の誰かがそういった。
「まだ子供なのに賭けトランプで・・・」
「私がまともに稼いだお金ねと無邪気に」
父の友人がそういった。
それを聞いている自分としては少々、姉の将来が心配だ。

「・・・」
隣に軽やかな重みを感じたので、ヴォルフリートは反対方向に向き直った。
愛らしい整った顔。流れる金髪。
・・・・まあ孤児院でも雑魚寝していたし、いいか。
そう思い、また同じ方向に向きなおし、瞳を閉じた。
「ていたい、いたい」
「しめつけないで、まじいたい」

「・・・・・塔」
ヒュウウ。ここが姉さんの言っていたアンネローゼの。
まるで巨大な墓のようだ。それくらい、静寂が、死のにおいがする。その時、軽やかで高い少女の声が聞こえた。
「そんなところにいないで上がってらしゃいな」
ギィィィと扉をあけると、植物を模したデザインの壁が円筒状となって、埃と冷えた風とともにヴォルフリートを包み込む。


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