第30章―帰ってきたアンネローゼ1「お前は立派だよ、ルドルフ殿下」 その手も、姿も同じなのに。 「だから」 キラキラとした笑顔。風で揺れる金髪はくせ毛がちで。 「自分が陥れた、悪人なんて言わないでくれ」 雪が降っていた。少女は少年の体にうなだれて。 「でも、私は・・・」 一部の人間のために、誰かの血を流し続けなければいけないのか。 「俺がいる」 「え・・・」 ルドルフは顔をあげる。まっすぐな、オッドアイ。愛らしく、整った顔立ち。 「お前が道を踏み外そうなとき、俺が支えてやる」 「悪魔の手をとる気か、・・・引き返すなら今だぞ」 軽やかに少年は笑う。 「望むところだ」 なんというか、最初からボスキャラすぎる。 目の前に天使がいる。 いやだまされるな清廉な聖女の裏には怖い悪魔がいるのだ。 アンネローゼなんだ。 「あの、こんなところで2人きりで話って何ですか」 これは姉さんの魔力を取り戻すため、そう姉さんのため。吸血鬼の血をもらったらもう彼女と別れられるのだ。世界の運命が与えられたような重い友情も。大人と少女の姿を持つ魔法少女と離れられるのだ。というか出会ったときにいってほしかった、吸血鬼とか。 無実でか弱い女の子を剣で襲うとか少し心痛むが。 まあ僕も異能者だし、ほとんど異能使えないけど。代わりにどんな完璧な結界も防御システムも鍵も壊せる体質らしいが、そんな泥棒スキルの魔法があってもなぁ。目には見えないし、いつの間にか建物中や玄関の中に入っているし。 「うん君に見てほしいものがあって、ああ、あそこの崖の上の花だよ」 よくこのハイキングであんなドレスはけるな、息が苦しい。 「ほらほら近くで見てきなよ」 レディーってずるくないですか、荷物持たないであんな軽装で。 「ええ、それでは」 姉さんの魔術回路や吸血衝動をなくして、人間に戻すために。 背後からそっと近づいた。 すべてが終わり、安息を深めている時、ヴォルフリートはすぐ近くの小川で足を洗っていた。 神様が助けてくれたんだわ。 アリスの言葉が思い浮かぶ。 「・・・マスター」 振り返るとシェノルの姿があった。 「よくあることなのか?」 金髪の少年はそう聞いた。 昼間、少女を暴力の餌食にしようとした男をカイザーは止めようとしたが、多勢に大勢、あっという間に彼の手の中に落ちた。 「君を助けたんじゃないさ、食事の邪魔をされたから、それだけだよ」 卑怯なことは許さず、他人に手を伸ばす。女性や老人、力ないものは守る。英雄になるなら彼のような人間だろう。本当なら彼女の王子様はこんな小物の怪物ではなく彼だった。帝国は、彼女の王子様役を友達役を間違えたのだ。 「お前の名誉が辱められてもか」 「ああ、お前も加わるかと言われたことか」 彼女は売られるところだった。どのような末路か誰の目にも明らかだった。 「あんな奴、ろうにつながれていればいいんだ」 何でこの人こんなに頬を赤くして怒っているんだろうか。 「?」 ゴットヴァルトは首を傾けた。 「言われたのは君じゃないだろ?僕だ。それによくあることなんだから、そんな怒ることないじゃないか、他人のために怒るとか器用な奴だな」 何なんだというニュアンスを込めて軽く言ったら、 「俺がいやなんだ!!馬鹿!」 「はぁ?」 「・・・・馬鹿な女」 「何ですって」 「ゴットヴァルト」 マリアベルの胸ぐらをつかむ。 「お前の兄カイザーは最初からいなかったのに」 「いいよね、君達はいつでも綺麗な場所でいられて、バカバカしい。誰のおかげでヒーローでいられるんだかへどが出る」 「それで汚いことばかりする僕らが悪?理想で世界を救う?優しい偽善が世界を救う?いつも悪の仮面ばかり押し付けられる君の親友もかわいそうに」 「ディートリンデ、席をどうぞ」 優しく柔らかくほほ笑む少年には気品が漂っていた。出自にふさわしい品格が。まるで同じ貌の別人と接しているような。 「・・・ヴォルフリート」 「はい、何かご用でしょうか、ルドルフ殿下」 にこりとほほ笑む。洗練された動作。貴族らしい振る舞い。日の光を浴びて、ルドルフの前にヴォルフリートは立っている。 「・・・悪いがお茶を」 「お分かりました、すぐに持ってこさせますね」 そこの君、とすぐ近くのメイドに声をかける。 そんなに階級が高くない生徒や使用人ばかり付き合って、ゴットヴァルトは笑顔で話している。 いや、ヴォルフリートは。そんな姿を侯爵家が設けた席でルドルフは見ていた。そういえば宮廷にいるときからそうだった。元々庶民として生活してきたから、身分にこだわらないのだと。 それに敬語を使う奴でもなかった。 「気持ち悪いくらいだな」 侯爵家から大分離れて、ヨハンがそう言った。 「というかあれは別人だな」 「あいつにも事情があるんだろう」 ヨハンがじっとルドルフをみる。 「女の香水の匂いを漂わせる奴がか」 ルドルフはびくりと肩を震えさせる。 「―ヴォルフリートにも家や周囲との付き合いくらいあるだろう」 「ルドルフ」 優しくディートリンデ、いやリーゼロッテの手を引き、エスコートする優しいまなざしのゴットヴァルト。貴婦人たちにもなれた様子で対応する。 「・・・・僕は知らない」 「・・・」 離れて、出会って。 「あんな、あんなヴォルフリートを」 淡い髪をくしゃりとする。 「・・・きな臭いな、ジ―クムントや奴の父も何も言わないしな」 「ひゃっ」 まるで化け物にあったように、紅茶色の少女は箒を持って、侯爵家の門の前で掃除に明け暮れていた。 「何だよ・・・」 「あ、あの・・・」 周りの視線が痛い。まるで自分がメイドの少女をいじめているようではないか。ただ友達に会いに来ただけなのに。 ズタぼろの服を着た、挑発的な瞳の少女がカイザーの前に現れた。 「お前は・・・」 エリアス卿の肩に持たれて、ただカイザーを見ている。頭痛がするのか、ただ少年を静かにみている。 「・・・・貴方は、誰?」 「随分古い眼鏡だな、ヘルムート」 「・・・・昔の知人のものだ」 「よくやりました、さすがは銀の腕の息子」 表では、裏の世界の重鎮の息子、裏では銀の十字架で戦闘員として多くの部下とともに各国を回っている。 銀の十字架の紋章。武装組織に保護されていたらしい、不幸な貴族の少女。 「こんなのは私じゃない、私じゃ」 月夜の夜、狂ったようにバラが咲く中庭でアリスはそう泣き叫んだ。 彼女はなぜいつも偉そうにひざ当てに手を置き、足を組んで、偉そうな猫の足のような金であしらった椅子に座っているのだろうか。ルーマニア付近のローゼンバルツァーの屋敷いや、別荘で、アンネローゼ・フォン・ローゼンバルツァーは淡いピンク色の少女らしいドレスで自分を見下ろしていた。 漆黒の長い髪、透明感のある白い肌、整った顔立ち。薔薇の髪飾り。指輪は蛇を思わせるデザインだ。 「随分と偉くなったものね、子犬ちゃん」 「…今月は犬なんだ」 彼女は友情の形をあだ名で表すことが多い。貴族というのは閉鎖的な世界なので趣味も変わったものが多いと聞く。行儀作法にこだわる王子様がいれば、血筋にこだわるエリアス卿もいる。 「あら、聞き間違えたかしら、今、誰か人のような声がしたけれど、ねえ、シュバルツァー」 周りをみるがいつも通り、コウモリのような仮面に黒いマントの女性が部屋の隅に立っているだけだ。だれもアンネローゼにこたえていない。 「シュバルツァーは主人の声が聞こえないだけんなのかしら」 くいっ、とアンネローゼが指を折り、近くの女性が反応する。その女性が近くに来いと合図をする。11歳の女の子に従う大人って変な図だなぁ。 「ほら、来なさい、お前のご主人様がお前を呼んでいるわよ」 「僕らは従兄弟だろう、それに僕の雇い主はきみじゃないし」 「座りなさい」 周りをみるが、椅子はない。 「すみません、椅子か何かもらえませんか」 アンネローゼがじろりと見る。 「聞こえなかったの、私の前に正座で座りなさい」 ・・・。 「でも、そのカーペットが引いてあるとはいえ、床は冷たいよ?」 「座りなさい」 もう一度言った。 ヴァるベルグラオ家のヴォルフリートの部屋から、一本の古いかぎが見つかった。古く錆びついたカギだった。 「これは・・・」 ルドルフはカイザーの趣味と思えないそのカギを拾い上げ、不思議そうにみる。脳裏にダークブラウンの髪の少年が浮かぶ。ずっとあの日から探している。誰が誘拐したのか。 何故、異能者であることを魔術を使うものを黙っていたのか。 「皇太子殿?」 振り返ると惨劇の生き残り、コンラ―トがいた。 「コンラ―トこの鍵は、ヴォルフリートのものか?」 鍵を見せると、 「薔薇を模したデザイン的な鍵ですね、これは年代物だ。すみません、渡して見せてもらえませんか」 「ああ」 鍵を渡すと、思いついたのか顔をあげる。 「これは確か先々代の人形師が作った鍵ですね、ということはエレオノ―ルの少女時代のものか」 「アリスの母の?」 ええと笑顔を浮かべる。 「ヴォルフリートは11才でこの家に引き取られてから、妹に随分過保護に扱われていましたから。成人した今も部屋で人形集めに熱中していたのでしょうよ、恐らく一緒に遊んでいるうちに息子の部屋に置き忘れたものかと」 「そうなのか」 コンラ―トは不思議そうにルドルフをみる。 「そうした話をあの子は殿下にしていないのですか?」 「ヴォルフリートはアリスのことは話すが、両親のことはあまり言わないものでな」 そうですかとコンラ―トは去る。 「・・・・どこにいるんだ」 アリスだったら、こんなに喪失感に襲われるだろうか。 「勝手な奴め」 「・・・お父さん、あなたは」 呪いがかかったアリスの瞳、地面に転がった魔法銃。舞台で旅に出ていたのではなかったのか。 「貴方達は・・・」 ジャンル別一覧
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