203634 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

近代文学、SF小説、ジャズ、そしてゴスペル

近代文学、SF小説、ジャズ、そしてゴスペル

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

PR

カテゴリ

フリーページ

<文学論 漱石とその後継者たち>


<夏目漱石> --近代自我の原点--


『坊ちゃん』のお清 --母性という生き方--


『道草』『硝子戸の中』不在の母(1)


『明暗』『道草』不在の母(2)


『草枕』の那美(耽美的女性像)


『虞美人草』(古き女性と近代女性)


『三四郎』の美禰子 --不信とシンパシー--


『それから』の三千代 --不安と憧れ--


『門』の御米 --罪ある者--


三部作のヒロインたち --強き母、弱き妻--


『彼岸過ぎまで』--束縛する母--


『行人』の女性達(異性=外世界)


『こころ』の「奥さん」=潔白さと不純さ


『明暗』 --現実世界の女性たち--


<森鴎外> --運命の美学--


『雁』『舞姫』『山椒大夫』=運命への反抗


『カズイチカ』『渋江抽斎』=運命の美学


<志賀直哉> --親との対立と和解--


<太宰治> --果たされなかった希望--


<芥川と有島> --近代自我の挫折--


<宮沢賢治> --近代科学と法華経の融合--


『グスコーブドリ』『銀河鉄道』--妹の死--


<樋口一葉> --涙のあとの哀しい笑み--


『大つごもり』『たけくらべ』--運命と涙--


<有吉佐和子>--才女が描く日本・家・女--


『華岡青洲の妻』=脚本家が描く女性像


『海暗』『私は忘れない』=離島と「女」


『紀ノ川』=運動論者か、脚本家か


<三浦綾子>『氷点』基督教と日本


『ひつじが丘』『塩狩峠』=伝道文学とは?


『道ありき』=証文学


『細川ガラシャ夫人』=証と伝記


『泥流地帯』=ヨブ記の苦難


『夕あり朝あり』『愛の鬼才』=恩師の伝記


『ちいろば』『命ある限り』=リバイバル


『われ弱ければ』=三浦文学の限界1


『母』『銃口』=三浦文学の限界2


<番外>『ダ・ヴィンチ・コード』


<藤原てい>『折々の栞』新田文学の背景


<新田次郎>『芙蓉の人』明治女性の生き様


『富士山頂』日本近代化の金字塔


『八甲田山死の彷徨』日本近代化の暗い影


『槍ヶ岳開山』宗教登山とマリア信仰


『劔岳 点の記』私=日本人の根拠


『孤愁(サウダーデ)』外来人と日本精神


<番外2> モラエスとハーン


<壷井栄>『大根の葉』母性の文学


『二十四の瞳』『母のない子~』家族の物語


<番外3>植村花菜「トイレの神様」


---一応の終わりとして---


音楽紹介(JAZZ・POPSのスタンダード曲を和訳・紹介)


I'll Close My Eyes(邦題:瞳を閉じて)


カレンダー

バックナンバー

2024.04
2024.03
2024.02
2024.01
2023.12

サイド自由欄

コメント新着

コメントに書き込みはありません。

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2020.04.14
XML
カテゴリ:家族
コロナの影響で思いがけず1か月ほぼ休みとなってしまった。
 時間があるので「大草原の小さな家」を見ながら思ったこと。

 昔は地域ごとに自然発生的に共同体があって、隣人同士の逃げられない人間関係というものがあって、そこで付き合っていく以外の選択肢はなかったし、いざという時に困った人は助けるというのが当たり前だった。

 いまは社会の利便化が進んで、共同体に参加しなくてもよい、逃げ口が確立されてしまった。面倒な近所づきあいは可能な限り避けて、必要な品なら各家庭ごとに買いに行くか、ネットで注文して宅配でドアツードアで届けてもらえばよい。災害時はある程度の話までなら業者を選んで連絡、それ以上のことは保険制度、国の保証制度というものがある。
 便利な社会になったが、よほどのことがなければ、困っている隣人を助ける必要もなくなってしまった。それで何事もなければ、まあ良いと思うが、商業主義で消化しきれない災禍が生じたら、自然発生的な共同体倫理は復活可能なのか。震災の時も、台風の時も、隣人で助け合う姿は見られなかった。

 商業主義とネットが進んだ社会では、各家庭が、財とサービスを提供する側に対して顧客として頼り切っている方が都合がよい。資本主義・商業主義が社会を耕し直して、かつては共同体に所属していたそれぞれの家庭は細分化されて、顧客として飼いならされてしまった。商業主義に慣らされて、いざという時の瞬発力も鈍っている状態だといえる。

 そうして、快適だが、いざという時に情報を読み解きながら賢く(悪賢く?)立ち回る人が得をする時代になり、倫理もあやふやになってしまった。マスクの買い占めや転売は、要はその結果だと思う。

 例えば、それぞれがそれぞれの家族を守るという動機でマスクを多めに買っておきたい、トイレットペーパーを買い置きしておきたい、これは、それぞれにとっては、あやふやな社会規範よりも確かな、目の前の大切なことなのだろうと思う。
 それぞれが買い置きして品不足が生じているのなら、買い置きしてある分、隣人にマスクや紙を分けることは無理なのか。国が各家庭にマスク配布、ではなく。。。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2020.04.14 20:08:35
コメント(0) | コメントを書く
[家族] カテゴリの最新記事



© Rakuten Group, Inc.