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【 「知恵と創造の時代ー乱世の時代をどう生きる?」 】
自分発見請負人 e-太郎 ___________________________ 皆様いつもご購読ありがとうございます。コツコツと「本貯金」を一緒にしていき、有意義な人生をおくっていきましょう。 今日からご購読いたしました皆様、数ある日記の中から選んでいただきありがとうございます。 【この日記の主旨】 この日記は、ちょと前まで、まったく本というものをほとんど読めなかった作者が、 なんと、いまでは一日平均3冊以上の本を読めるようになり、 生き方が変化し、前向きになり、ビジネスもうまくいきだした体験から 「本当の自分を発見しこれからの生きるうえで何が必要か?」を作者の読んだ本を通してその時々の感じた要点をまとめた物です。 「本貯金」は将来利息がたくさんつき、リターンは素晴らしいものがあります。しかもリスクはほとんどありません、時間をちょっとだけ投資してください。 本貯金で得た情報はインプットも大事ですがアウトプットはもっと大事です。利息は自己投資のために使いましょう 初心を大事にしたいという思いから何かのお役に立てるのではと考え日記を書いています。 自分発見請負人として ___________________________ 今日の一冊は 「おやんなさいよでもつまんないよ 」 昨日はマネックス証券の松本大氏でしたが 今日はネット証券の雄 松井証券の松井道夫氏です。 まず 経歴をしっているとわかりやすいので お話ししておきます 1987年4月、務台の姓を捨て、松井道夫として松井証券に入社、総務部部付部長。1988年7月、法人部長。12月、取締役就任。1990年10月、当社常務取締役営業本部長就任、実質的CEOの立場となり、社内改革に乗り出す。 パソコンの活用を図ると共に、賃金体系を能力給に立て直した。組織を簡略化してフラットにし、 中でも社内を揺るがしたのは、 支店と営業マンを全廃し、電話での通信営業に切り替えたことだった。1995年6月、当社代表取締役社長就任。 1996年に顧客の口座管理料を無料に、翌年には店頭株の手数料を半額にするなど、他社に先駆けて業界の横並び感覚を切り崩す。 1998年5月、日本初の本格的なインターネット取引を開始。 2000年度の信用取引の取扱株数は野村証券など大手証券を押さえて東京証券取引所の会員証券約120社のトップになる。 2001年8月1日、東京証券取引所第一部に株式上場。ネット証券が株式を上場するのはマネックス証券、イー・トレードに次ぎ3社目となるが、 東証第一部上場は松井証券が初めて。 ■松井証券 松井証券は、創業者の松井房吉(ふさきち)が1918年(大正7年)に松井商店を創業したのが始まりで、松井商店を創業する以前、房吉は 5人の仲間と匿名組合を設立し、株のブローカー業務を行っており、その後、房吉が他の5人から権利を買い取りこれを松井商店としたものが、松井証券の前身。 本当にこの方は、いつも強気のコメントなのですが 緻密な計算の元で核心をついているのだと思います 自分自身で、破壊と創造を行い 特に衝撃的だったのは 支店と営業マンを全廃し、電話での通信営業に切り替えたことです。 いままででは考えられないことを創造していくことが信条で、他社に先駆けて業界の横並び感覚を切り崩しています。 破壊と創造 どこかで聞いたような そうです この日記の題目が 「破壊と創造の時代 乱世の時代をどう生きる」 です 今の時代 本当に活躍されている方は、破壊と創造を繰り返し繰り返し おこなっているのでしょう 本の題名の「おやんなさいよでもつまいないよ」というのは 松井氏が婿養子として郵船から松井証券に入社するときに、その当時の社長から言われた言葉です。 金融界は護送船団方式で横並びでした。 しかし、証券会社は、普通は、資本主義の最も中枢で、最も競争の激しい部分であると理解していましたが、いわゆる護送船団方式の中では実は最も競争もなく、ただひたすらに顧客の方向ではなく、 大蔵省の方向を見ていた業界であったのです。 ですから、松井道夫氏は「つまんないよ」といわれたのです。 その後、証券界の改革を起こした松井証券社長の自叙伝 なのです。 なぜ、彼は株式投資の世界をネット上にいち早く構築できたのか? 大手に勝った理由は? 新しいことを始めようとする者には大きな壁があるとゆうこと、それをどう乗り越えるのか? それから先にあるものは? 起業したい方、事業をされている方など一度は触れてみると役に立つのではないでしょうか。 破壊と創造です 教訓 あなたの方向性はどちらに向かっている お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年11月07日 10時03分06秒
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