139605 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【お気に入りブログ登録】 【ログイン】

  Pretty close

July 25, 2018
XML
カテゴリ:DV

時々吹き出す。過去の思い出の苦しさが雨のように降ってくることがあります。つらく悲しく
ただ、怖い。怖いから逃げた。
そのうち消します。

ご飯を作りました。録画したテレビの内容を話したときに
その後で大声で叫んで
「もうサーわかれたいんだけどっっ!!
ぼかっ。けり!
リモコンでガッガッガッ。五発ぐらい肋骨のあたりを殴られました。

愛とか情とか良い思い出とか一緒に大笑いした思い出、若かった20代中盤からの記憶。
そういったもの人生に同じ時を過ごした思い出があるのに。「そんなものは無い!!」
言葉で聞いて。わたしにはあると言いました。
無い!と叫ばれて、蹴り。

うるさい!ひとは変わるんだ!!!と叫んでいた。

蹴りあげ冷蔵庫の所まで追い詰めて頭突きを数回
意味不明濡れ衣のようなことも言いました。

情とか思い出。優しさ。暮らしや生きていくのに必要なもの、大切だと私がおもってきたもの。死ぬときはも持っていけるもの。思い出。
全身で負の力を使って否定しました。
死にたいと思いました。

結婚生活最初ワガママも言わなかったし良い子にしていた。
希望の職につけ好きな人達がいて、お給料もお休みも良かった東京の会社を辞めて知らない土地に来た。
来てからは、ずっと宏との関係性を考えて考えて
勉強してだけど。どうして暴力がおこるのか、どうして
キレるのか。でも他人事ではなく自分が当事者であり
神経の病気になった。なるまですごく働いた

メーターが振り切れるとわけがわからなくなり
どんなことをしてでも相手を傷つけようとしてしまう・・・
と昔、私に言ったことがあります。

体をおさえつけられて暴力。
何度も。人格を全力否定するひどい言葉を叫びながら。ひつこく。頭もいいので完全に抑えられます。
頭の中、心?精神?体?本当にぐちゃぐちゃになる。

体もおかしくなっていきました。
客観的に自分に起こっていることが認識できなくなっていきました。

そのことは、無かったかのようにして
外で見て来た楽しい話をしたり


相手の不機嫌な時も盛り上げるように努力しました。
渦中にいるので外から見ら怖い光景に気がつかないわたしも、ヘンだったのです。
続けていると一人で耐える力がなくなり
思考力が落ち、眠ること食べることが難しくなりました。

捕まえられそうになり
裸足で階段を走っておりて逃げて追いかけてきて怖くて心臓がドキドキうって心が破裂しそうになって
捕まえられて防音の効いたマンションの部屋に戻されて叫ぶような怒鳴り声でひどい言葉を言われ暴力を受けても、そのあとで、笑っていた時間を頼りにしてきた。なんとかなるんだきっと。

行けでて行け!
本気じゃないだろうと。 結婚して八年ぐらい前は絶対にでて行けとは言わなかったです。したことに涙したりしていました。

思考力も活動量も落ちて相手が望むような動きがますますできなくなってきてから、虐待のようになりました。
ストレスで10分の1ぐらいしか頭働かなくなり、どうしてしまったんだろうと思いました。気が張っている状態がキープできない。

向こうから見たら反応が悪いしなまけているようにみえるから余計に事態が悪化していきました。

キレたときの目の血走り、ほんきだ、狂気とおもいました。狂気で、もうなにかの一ミリの狂いでワタシ死ぬ。

わたしはあのひとがしている仕事にたいしても特に、本当に使い物にならなくなっていました。

頭が回らなくて発作が起こり息ができず体がしびれマックスまで
動悸がし、苦しくて休みの日に5メートル床をはってトイレまであるいたりしました。
死ぬのではというほど体がおかしくトイレに間に合わなかったり。

うつとおもっていなくて病院でたまたま指摘されました。
うつの薬は大学病院で半錠から同じ種類の薬を一度に4錠のマックスまで出されました。
初日は病院の長椅子にももう座る力が無く、よこになっていて別室にうつされて点滴をしました。
体重がものを食べる力がまったくなく30キロ台でした。
お箸一つ洗うことが、恐ろしくて恐ろしくて辛くて辛くてできないのです。
でもやりました。苦しくて、考えるのは、電車、車に、飛び込むこと、飛び降りること、飛び込むこと。
その反芻をし続けて、
でも、あなたは必ず来なさい、具合が悪ければ来なさい、と、
市大病院の先生が励ましてくれした。
DVとは言いませんでした。
わたしが弱いからなったのだと自分も責めた。
そのあと新薬がマックスから減薬になって3年かかって一錠にもどした状況でした。薬が効いたけど何か最新の新薬で、脳を無理やり調整したような感じで、もう集中力がない。

他者から見ると見た目は普通に見える。頭の中の混乱が。
普通に振る舞うのが苦しくてもそう見えるようにするのが役目。


今どんな感じ?(仕事を頼むときの言い方。かならず頭がおいづかずにぐちゃぐちゃになる)

と聞かれるのか辛かった。
相手の望む思ったレベルになければ、何かを大きな音でたたきつけてものをこわし暴れ、大声で怒鳴り酷い言葉を言われ続ける。
徹夜で作った書類をビリビリに破かれてまた午前中やり直したり。
わたしに頼みごとをすることの
モチベーションが負のものであるため。
そのコントロールでは働かなくなってしまった頭で働く頭のふりをして。
家事も結婚して忙しくても二人分すべてずっと家事をする。深夜でも早朝でもDVと暴力。
結婚してすぐに酷い暴行があった。
コンクリ並みの固いところに体と頭叩きつけられて、
頭の後頭部を強打した。
視界がカッとなって痛かった。
打ち付けたときに頭がゴッといった。
痛みは想像できかねるほど痛く。
あれは痛いというもんではなくて、
転げ回って気が遠くなった。血の気が引いた。

4本指をそろえたサイズよりも、大きなコブができた。

今頭が悪いのはそのときのせいかもしれない。
そのときの
暴力の時の痣は赤いのや紫や。
朝イチに、相手の機嫌を読みめなかったわたしがしたのか。
なにかを事実を勘違いして向こうがキレた。

カウンセリングに行くと言ってくれた。
すぐに辞めてしまった。そのときはまだ結婚して5年もたっていなかった。
「彼はもう怒って来なくなった。
自分と向き合えない。あなたは自分の言い分をいって資金もらって去るべきだ」
東京にまた戻って働きたい
とそのカウンセラーに言った。では慰謝料を下さいといいなさい。それで東京にまた戻りたいといいなさい。。そのようにしないとあなたがだめになるよ。離れてまた新しい人生にしなさい」

結婚って覚悟だと勝手に思っていたから。
真面目だったからその人の言うことを聞かなかった。


親身になってくれた人のアドバイス聞いて、
その30代前半で切り替えていれば今みたいにならなかった。
自分で自分を大切にしなかったのでバチがあたった。


その時一人暮らしの友達の家に一週間以上お世話になった。
友達とその彼が私の話を聞いてくれた。アザもみせた。

謝られ暴力を治す、と言った。
それでそうなるといいねと戻りました。
さみしくなってさっぱりと普通の喧嘩のような収まりで家出から戻った。
そのときに「もどったんだ」って友達ひとこと言いました。

結婚のことは本人で他人が責任をとれない。
その大人の友達は、他は何も言わなかった。

そのあとはその友人にもDVの話をしなかった。
暴力を男性から受けるような人間でそれを受け入れて結婚ているような自分が恥ずかしい。
良いところもあり一緒にいるからあの人を悪く?思われたくない。自分で自分の心に蓋をした。

「相手が気に触ることを言ったんだ。わたしも問題がある人間なんだ」と考えり、酷い人なのを見てないふりをしている、どっちなのか心がブレました。

俺を頼むから怒らせるな!!!
とよく言っていた。

スイッチが入ると大声でひどい言葉を言い続け、叫び続けて胸元を掴まれて、振り回される。
首根っこをつかまれて床にたたきつけられる。
先に寝ていて睡眠状態の時に、ふとんごとわたしを蹴り敷き布団と掛け布団を大きな力でひっぱり、私が布団から転がりでたら、何か大声で叫んで蹴る。

妻に対して後ろめたい時に自分を責めて攻めた感情、それすらもわたしに向かう。

俺は病気だ。何度も自分で言う。でも治療に通えたりも知人、身内にも相談したりも向き合えない。
サンドバッグになっている妻は世間に黙っているからそれで良しと甘えられていたのかもしれない。マンションを出たらそのマンションで既婚の方とすぐ暮らし始めた。
家を出る前の1年ぐらいはずっと家庭内では無視をされた。わたしがつかいものにならなくなったのです。

暴力の仕方が雑になり悪化した。手より足が多くなった。
妻は家事は夫婦分やり外で働いて食費を出し、夫の仕事は喜んで手伝わなければならない。人間扱いされていなかった。逃げる判断力ももうあまりなかった。
ばらんすがくちゃぐちゃ。
一番上に書いたように肋骨が。

離婚したいんだけど!と叫びながら殴られた

大きく振りかぶり鼻血が出るほどに往復ビンタだったりした日は、一日ビジネスホテルにとまった。正月の4日に。

日常的な暴力。裁判やら告訴やらする元気は全然なくて息するだけ必死で出た。
人といるときも元気なふりもできなくなり
外の色も音も景色も頭に入ってこないようになってました。


義理のお母さんにお別れと思って二月に遊びに来た時に親切にした。義理のお母さんは具体的には知らない。こうこうねーと褒めてくれました。
あのこはあなたのこと大好きだとおもうのよー。あのこがごめんねと言っていた。(わたしのことをアノヒトもうあまり好きでは無いのです、、私はもうつかいものにならないから
心で言いました)
うちのお母さんが来た時は、母を嫌い酷い仕打ちをした。
わたしと母を無視をし怒った。そのときに、
母は娘とその夫の関係性を知らずに正座して、頭を下げて、
娘を妻としてみてあげてください。というようなことを頼んだ。
だけどはぁー???
と言う顔をしました。

その数年前にわたし実家に帰った時があった。
食べられずに体もおかしくて心がいっぱいで会話ができなかった。苦しくて会話も成立せずに過ごしていた。ほとんど口をききませんでした。
あなたどうしたの?と何回も聞かれても言葉がでてこなかった。

母がお洒落な習字を一緒にしよう。年賀状用だよ。
ほら金粉とばしたら綺麗でしょ。

そのときに涙が止まらなくなった。
あなた、なんで泣きよるんかな?どうしたの?
と聞かれた。
言葉が一言も出なくてわーんと、めちゃくちゃに泣きました。
元気出してー。ほらー。どうしたんかね。
ふぁいとふぁいと。
と。でもなにもまた言えず泣いた。

だから何かおかしいから、母が来たとき頼んでくれた。


連日私の頭を連日おかしくして、無視と暴力と経済的締め上げとで自殺させたいかもだけど死んだら本当に悲しいふりをするだろう。
実際悲しんで後悔するだろう。でも
たぶん自分がしてきたことは過小評価するだろう。
殴打。足で蹴られ、転がされてふくらはぎ痛めて。
心のバランスがもうガタガタの。

人生辛いとき以外、ほのぼのしていたかった。
結婚というものは、素朴で働き者で可愛い奥さんが良かった。子供が欲しかった。実際起こっている二人の関係性の恐ろしい出来事と、
それをうけいれないような笑っている違う時間。どんどん乖離していく。

大切な20台後半から30代から40代半分台無しになった
今も恐ろしい場面が勝手に浮かんでは自分を苦しめる。
最後頃はリミッターの触れかたと執拗さが強烈になった。
叫び声が部屋中に響く。

どんどんどんどん逃げ込んだ奥の部屋にみずを流し込まれたことがある。
お風呂で水をくんではドアの下から水を流す。
ザバーザバーと流す。

何をしているの?この人はなにをしているの?
ドアを力づくで、鍵をあけて入っていくると捕まれて私自身が水をかけられる。
部屋にあるものでわたしが大切にしていそうなものを
全部壊される。その間叫んでいる。ものを切り裂く。
スマホなんかもガンガンたたいて、ぐちゃぐちゃにし水につける。

何をしているの?今何をされているの?
頭がマッシロになる
2日後ぐらいからしばらくは体がしびれたり息がくるしくなったりつらくてつらくてうごかなくなり、考えることなくなる。2時間ぐらいでガバっと起きてベランダに出た。
おかしくなって急になきだして、ずっとずっとあなたはわたしにひどいことをしている
とてもひどいことをしていると、言い続けて泣いたりした。
そうするとバカにして笑いながら動画を撮ったりされる。

泣いているお前が醜いから撮るんだ

事実じゃないか、ほら!!!!!!!!

異様な世界歪んで

殴られて軽傷、多数の打撲、筋を違える。

肋骨が今もたまに冷えれば痛くなり
そのイタイせいでその場面を思い出す

当時夫殴られ痛くて寝られないので病院にきましたとは言わない。衝撃が処理できなくて言えないのです。
助けてと言えない。現実感も自分でない。
あまりにも酷いことを叫び、言って、何度も同時に頭突きをされつつ痛みと叫び声に近い大きな声とで、脳に刻まれていて宏の怒鳴り声が脳内で、反復されている状態だった。

自分に起こったことが処理不可能になるのです。
結婚して五年目ぐらいすぎまでは。自分は強いと思ってかいかぶりメンタルに変調はなかった。
だけどだんだんおかしくなっていった。
心のバランスが崩れるのが、二、三日後。
痺れて体調が悪くなり体も動かなくなる。

寝起きがおかしくなり実際に聞こえてはいない怒鳴り声が聞こえたりする。

どんな恐ろしいことが次ぎは怒るんだろう。

肋骨、何日化しても痛くて仕方なくビョイウンに。
先生にコルセットしましょう?と言われて、オーバーだから良いといってしまう。
「当てつけ。わざわざそんなものをつけて」
だいたいそう言われると考えて、
コルセットをしなかったせいか忘れていたころにいまも、
肋骨が、そこがアタタタタ、キリリとしたりします。


度々足の打棒腰の打撲でも病院に行ってテーブルでつまずいた等嘘をつきました。次の日ではなく四日後ぐらいに激痛とれないために病院に行った。紫と赤の痣が。


膝の裏側をひねり、太ももに10センチぐらいの青タンができ、膝の下にも青タンができ、7箇所ぐらい右足が痛い時に本当に痛くて伸ばせず、足を
宏に、ひねられていて、
少し引きずっていたら

「ねえ、それ当てつけ?本当にいたいの?ふつうに歩けるでしょ?」
と言う。
イタイのでした、超痛い実際に。変な色の青タンが膝の横のところにおおきくできてた。

ひねったところは、
ウン!!ウン!!て、大声で唸りながら蹴ったところです。

現在進行形でいたみがあるところを、イタイということ

相手に言ったりそういう片鱗をつたえることは、
自分自身、そうだ、、、あてつけだ。
わたしはイヤミな人間だ、
とそういう気がしてくる、
痛くないように振る舞うようにした。

宏の暴力で怪我をしているというのに
「わざと足を引きずるの?」と言う
異常な関係性
「あなたのせいだ、蹴ったのは、痛いのは!」とは言いません

ぴーーーーと、脳波が振り切れた状態

周りの人や宏にわたしが身体の痛みがあるのはバレないようにしないといけない。
普通に歩かないければ。
あなたのせいで身体を軽傷をおっている。
これを言ってはいけない。言うとまた、その場でも、誰かそこにいたら、家に帰ってからでも、
100パーセントキレて倍以上、怖い思いをする。
イタイ?
イタイカ
ビョーインいく?
ごめんね
腕を掴まれて、顔殴られて。三本指の字がうでにくっきりあるときに
フラでティーシャツを来た時に、はっきりみえて自分で周りにも隠す。

捻られて筋をかなり違えて整体に行ったときにあざだらけでもわたしは嘘をつく。
夫に殴られましたというはずがないという前提です。
悪い箇所というか「打撲」として青タンが出来ている箇所に○を書かれました。
その場所に打撲があることに妥当な嘘をつきました。

わたしも、元旦那もその前提。
警察についには14年目にしてから別れる年に内容を相談に行った。
DV傷害罪告訴はしませんか。と警察の人は言った。
マンションにも警察来た。しません
と言ってしまう
身に起こったことで頭、脳の中が飽和状態で、ピーーーーーーーとなっている状態で。
混乱して、「そんなのはいいです」
泣くだけになってしまった。

虐待ような事が頻繁にある関係性とは誰にも知られないようにしなければいけなくて、
本音を書くなんてつらくて悲しくて。
心の底から、助けてと大声で、言えなかった。
一ミリとて人前でなんだかちょっとしんどい、辛いんですという空気を出してしまったら
察しておい!!!
さっきの態度は何だ!!!!
とやられるのです。

昔馴染みの同僚が奥さんを連れて来てその夫婦の旦那さんが奥さんを大切にしているところに呼ばれて集まって楽しく皆に気を使って感じよく楽しく過ごしていた
その後でもなぜか、皆と別れてから意味もなく
わたしはDVを受ける。
恐ろしいことが起きる。
スイッチが入る。リミッターがふれる。
二人以外の外の世界には、絶対に楽しそうに夫婦仲良さそうにしていなければならない。

宏が気分次第で優しいことを言ったりする。
コロコロ変わる。
警察にただ行っただけでもその自分が恐ろしかった。
普通の弱い人間です。
警察なんて怖い。

わたしの人生全体の可能性や、頭の中を、体調をぐちゃぐちゃにし続けて反省せずわかりもせず。
悔しい。

あちらの家族の人からは誰からもわたしの両親にも、謝られていない。
息子が暴力を日常的にしていたことを。


2011年完全に心のバランスが崩れて頭の中がぴーーーーーとなって何もかもわからなくなった。
病院で後で時間とれますか?と言われ。ものすごく頭が良い先生と二時間話して
苦しくて苦しくて詳しくは覚えていないのですが
大学病院の先生にあなたは鬱です。
鬱にかかっていらっしゃるので、パニック障害のプログラムの受け直しは、通うのが
今は難しいですと。
そう言われても
鬱?!!?
てなんのこと?と。その場でわーーーと、泣いてわけがわからず
怖い怖い!!こわい!!怖いっ!!!
大声で連発しました。
食べることも寝ることも動くことも座っていることもできなかった。とにかく苦しかった。ずっと何かの発作が起こっているかのように体が苦しく、五メートル歩いて、ものを取りに行くのも恐怖となった。脳の中がエラー。鬱が重篤で、起き上がれもせず。

お医者様に家族に説明するので一緒に話し聞いてもらえますか?と言われても夫は助けてくれなかった。
当たり前。歩くのがやっとで家で寝ていても通院に協力してももらえなかった。
夫のDVがある暴力があるとは一度も先生に言わなかった。
市大病院には、家族ときている人は待合室にたくさんいた。
ウツでだめそうな人に家族が付き添っていた。

絶対に来なさいと先生に言われた日に病院に向かうときには宏は家でぐっすり長々と寝ていた。

家族ではないんだな。病院どうだった?とか大丈夫とか。
気休めは言わない。
その頃体に症状が出て苦しすぎて自殺への反芻がすごかった。死への反芻がすごかった。
死の危険と間違うような発作が何度も起きて廊下やキッチンの床をはっていました。
死ねばいいと思われていた。
死ねばよかったのにと
といってた。


もっともっと追い詰めるようなことをされていた。他人事のように、
そして外の人に自分の都合の良いように宏は嘘をつき、そしてわたし自身
一番辛い時に助けてはもらえなかった。


新薬の薬を大量処方まで増えて。からだか動くようになった。笑うと止まらなくなるような、無理やり気分を上げるかのようなやる気が出る不思議な薬。
マイナスのことが考えられなくなる。

あなたはうつ病です。最初に言われたときに。通常の全体の
診療時間が終わってから、後で診察したいので残ってくださいと言われ多様な感じだつまた。
待っている間にもう起き上がれなかったので横になっていたら
別室のベッドがあるところに看護婦さんが寝かせてくれた。点滴をうちました。
上に書いたけど、怖い!怖い!連発して。
うつ病じゃない!!!!うつ病じゃない!
と自分ではたぶん言っていました。
大声で泣いた。

こういった薬があって、あなたは治る為、薬を飲まなければいけない・・。
「薬をのまされて実験台にされる!!」と本気で思って泣いた。

薬が効くまで数週間かかるというやつでその間ももう、皿を洗うだけのことが
針山に崖から飛び込みなさいと今言われているかのようにつらくなりました。
だけどききはじめた。
薬がすごくてマイナスなことが考えられなくなる。
細かいことまで楽しくなる。

多分脳を無理やり、そこあげする。
四年かけて大学病院の先生のところに通って、ヨウカイという状態になりました。
よくならないうちに負担、負荷を二人分すぐにかけてきた。
出会わなければあの好きだった職場で頑張って働いたろう。
20代は一人暮らしして働いて趣味のダイビングをしてバンドをして海外旅行にいっていた。
仲間もいて、皆のことが大好きで楽しかった。


むかし自力で立っていたことを忘れさせようということを宏に何度もされた。
何度もそうされた。思い出のものも捨てられた。
鬱のわたしに、
外で働いたことがないくせに!とかおかしな事実でないことまで言っていた。

付き合う時に何ヶ月も交際を言われて付き合い始めて望まれてと思って
会社も辞めてほしいって。
すごく躊躇して会社を辞めれなくて生活もどうなるのかなと思っていたりしたけど
「辞めるって言えないの?」という風な
「もうやめるって言った?」
若い頃のあの人だった。
辞めたのは自身の選択で自己責任はわかってる。

自分の身に起こって居た恐ろしい出来事がだんだん混乱から取れてきたような。
一歩でも一ミリでもで大怪我か、死んで居たような場面がたくさんあった。

生活の上だけでも全く何もせず本当に全てに手がかかり、鬱になる前は生活苦から病院にも二年以上行けず、靴も上着も一枚も買わなかった。冬の上着パニック障害でもいけるパートのところに行って、同じものをずっと着ていて30後半から神経が、完全におかしくなってエラーを起こした。
宏は朝起きれなかった。起こすためにわたしは職場から
彼の会社のフレックスギリギリによく電話をかけた。
会社に時々行かれなくて、毎年有給はそれで全て無くなっていた。

宏が急に仕事を退職した時。
仕事のストレスがあるのだと感じていた。
やめたらもしかしたらいろんなことが解消されるのかと。
サラリーマンと結婚したはずが無職の人の妻の時期が始まった。


結婚してしばらくずっと、私は派遣の生活費から二人分の生活費を払っていた。
生活費より安い家賃のところにすんでいた。
給料が少ないワタシのほうがアウトが大きかった、 。
だけどどっちがどっちの貯金とかかんけーない
と宏が常日毎いっていました。

当時、財布が別で自分の派遣代で二人分の買い物をいつもしていた。自分でできた貯金は、宏に説得されて、全部マンション関係に差し出して、わたし貯金がゼロになっていた。
逃げられない。
この資格を取ったら俺は年収〇〇〇〇万になる!と言っていた。

そんな資格があるの。
うまくいくかな?そんなもんあるのかな、、

無職で。勉強を始めました。
心から応援した。
生活のリズムもあちらの自由でした。深夜に勉強して昼間寝る。
夜食のおにぎりを作り、お茶を入れたり受験生の母のようになった。気をつかった。
先が見えないけど尽くした、それしかないから応援した。面接のときもこうしようああしようと
うまくいくように祈っていろんなことを言った。
だけど仕事が軌道に乗ったから、わたしを追い出しました。
厄介者になりました。1,2か月を待たず既婚者の若い愛人をパートナーにしました。わたしば自分から出たかのように振る舞いました。

裁判にも告訴もしませんでした。
そんなもん元旦那、傷害罪だよ!?と誰かに言われた。
名前を、ペンで書くのも精一杯。
わたしはすぐに無職で何もなく、一人で小さい狭いアパートを借りました。荷を出した。

今頭金を用意すればこれだけたすかると言われ、自分の貯金口座をゼロにしました。
10年以内に返すと言ったマンションの身内に頼んだ頭金は済んだんだから関係ないと。頼まれて親に借りた。新しいところに行ったら暴力をやめるよといわれて言われて。「本当?」と聞いて。身内に頭金を借りられるように電話した。二人で住むところで頭金を用意したら倍以上あとで返済が楽になると具体的に行っていた。
すぐに虐待を受けた。具体的にその時の映像が浮かび、心がその度に傷つく。向こうは忘れているだろう。

だけどその別の日はまた、良い人なのです。
いったことやしたことをすぐ忘れるのです。

わからなくなり
五年で神経がおかしくなりました。
家庭ではなく事務所に小さく住んでいる形となり深夜まで気を使いました。


心壊れていきました。
絶叫しながら罵倒されながら体に痛みを受けるのです。

時間が経てば薄れては来るのかというと、時々恐ろしい場面が鮮明に突然に出て来るのが辛い。怖い。脳があるからそれは仕方ない。
過去に怖かったことが出て来て。
寝起きとかに鮮明にでて覚醒する。

悪夢を良く見る。
夢でも全人格を否定する酷いことを言われる。

相手のために全てを用意し完璧でなくてはいけない。気を抜いてしまうと感情の爆発をうけとる。
普通にしてしまう、気を抜いてします。
かかってきた携帯電話を遅れてとると、携帯を折る。叫び怒鳴り、見せつけながら
ガンガンガンガンとたたきつけたり折ったり水につけたり気が狂ったように怒りました。
新しい機種に変えるときの理由がそうなります。
バカな自分のバカな顛末







最終更新日  November 9, 2018 04:43:10 PM
コメント(0) | コメントを書く

購入履歴

PR

カテゴリ

バックナンバー

November , 2018
October , 2018
September , 2018
August , 2018

Copyright (c) 1997-2018 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.