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風にそよぐような感じで。。HBのパン/ミシン/手芸/植物etc..

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身内メモ

2010.12.21
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カテゴリ:身内メモ
    ゆ~かりprofile画像

    と言っても私は病気じゃない。

    実は母が今月から入院中で
    その入院先病院から、別の病院に外来でかかる必要があり
    1日付き添い。

    家族が付き添わなきゃ、外出させてもらえないんだって。
    そういうもんなんだ・・・
    (付き添えないなら退院しろと言われた)


    そんなわけで
    朝8時半すぎから夕方7時ごろまで
    普通のビジネスタイムをどっぷり全部費やす。
    もちろん今月は他にも幾度となく。


    こういうのって・・・・・



    どうなんだろう・・・・・・・・



    こうやって
    仕事を怠けてのうのうと私用にかまけていても
    無責任な第三者ならもれなく 偉いわねぇ~とか言うものなのだろうな







最終更新日  2010.12.26 23:45:01


2009.11.24
テーマ:たわごと(24126)
カテゴリ:身内メモ


    ゆ~かりptus・エイプリルフールの「ほんとうのかお」

    定期的に母を病院に車で送り迎えしている。


    ある程度仕事でバタバタしていても、それなりに工面していつも上手い具合に時間を確保しているのだが・・・どうにも手一杯で、今日はそれもままならなくなった



    私が送り迎えしなければ
    タクシーを使えば良いだけのことだが
    病院に行くのに医療費以外にいちいち3~4千円をタクシー代に使わせるのはやりきれない。
    タクシー代に費やすぐらいなら、何かおいしいものでも食べて贅沢したほうがよい。

    なので出来る範囲で私がデバってやっている。。

    出来る範囲でやることなので、こんな日があってもいい。しょうがない。
    でもなぁ。あーあ。

    私は生きるために送り迎えをするのではなく
    生きるために仕事をしなければならない。。。のだから しょうがない。







最終更新日  2009.11.28 14:18:12
2009.07.17
カテゴリ:身内メモ

    090709の朝顔「スカーレットオハラ」なんと
    昨日お見舞いに行ったばかりのいとこは
    今日亡くなってしまったと知らせが来た。

    容態が悪かったので
    その日は案外近いのかなとは感じたが
    まさか、昨日の今日とは・・さすがに想像しなかった。


    変な言い方かもしれないけど

    昨日、無理してでも行っといてよかったよ


    もし軽い気持ちで
    お見舞いを1日2日先送りにしていたら。
    来週行こう、なんて言ってたら。
    会えずに終わってしまったことになる。
    父とは古くからの付き合いがあったようだが
    私などは慶弔行事で顔を会わせる程度だったので
    別にいとこは
    死ぬ前に私と母に一目会えて幸せを感じたりするわけは絶対にないんだけど。
    要するに
    こっちの気持ちの問題か。自己満足か。。

    去年父のお見舞いにすぐ駆けつけてくれた恩義も感じていたし。


      父の墓参りをせっせとする私も自己満足なら
      病床の親戚を見舞う私も自己満足。
      でもそれでいいんだよな、きっと‥

      言い方によっては世の中の小さな親切とかなんかも、相手のためよりもほとんど自分自身の自己満足のためなのかもしれないし。


      あ~
      話がぐちゃぐちゃになったが
      とにかくその時その時で悔いの無いようにやれることをいっぱいいっぱいにやっといたほうがよい。改めてそう思った本日であった。。


      もちろん
      いとこや父の、死に方というか死に至る生き方というか
      それについては「もっとこうしていたら」とか思うことはいろいろある。
      でもそれをも含めて生き方なのだと言っちゃえばきれいごとかもしれないが、でもそう思うしかないし‥ ウン、そういう生き様なんだろうな。。



    そんなわけで
    “ビニール詰め放題キュウリ5割増し”状態(cf 7/15))の今日この頃。

    なんでこんなにめまぐるしいんだろ。
    詰めろ詰めろ!状態。いや自分で詰めてるからめまぐるしいんだ‥ 詰めなきゃ余裕ができるんだけど‥ つい詰め込んでしまってる。。

    中川翔子風に言えば「ギザ☆貪欲」みたいな(笑)
    中川翔子風に言わなければ 貪欲。みたいな(要は時間に対する貧乏性。)







最終更新日  2009.07.22 11:00:29
2009.07.16
カテゴリ:身内メモ

    090716の東京タワー

    昨日の夜、突然連絡が入り
    今日は急遽、いとこのお見舞いへ。

    いとこと言っても私より30歳ぐらい年上だ。
    去年父のお葬式で会った時は
    老けてるなとは思ったがまあまあ元気だった。
    突然倒れて入院したらしい。


    行ってみると
    狭い病室は
    家族と 知らせを聞いて駆けつけた親戚でごった返し‥

    しゃべれず動けない病人本人をそっちのけで
    ベッド際でキャーキャーと近況話に花咲かせるオバサンがた(但しほぼ皆70代)の様子は、あたかも 先日与野で見たアンドゥ家 の光景をリアルにしたような感じだった・・

    病床のいとこはなんとなく背格好がアンドゥ先生にも似ていて
    いやそれ以上に
    昨年父が悪化した頃の状態に何から何までそっくりで(顔も当然似てるし)
    痛々しくて
    デジャビュのようでもあり
    去年父が倒れてからの
    思いもしない現実を次々と突きつけられ 展開が速い中でどうしようもなくいろいろ大変だったけど泣いてる暇なんかなくて気が張りつめて頑張ってた日々の情景などが、初めてリアルにドッと込み上げてよみがえり

    思わず泣いてしまった







最終更新日  2009.07.20 16:03:14
2009.05.22
カテゴリ:身内メモ

    080512のミズキの花と葉っぱ
    あまりに劇的なぶっつけ本番みたいな1日だったよなあ。
    去年。
    今日みたいに晴れてて太陽が照りつけ
    暑いぐらいの日だった。



    1周忌の法事はすでに済ませたが
    今日もいちお、お墓参り。



    お墓を洗ったり、手を合わせておがんだりしても
    「霊」とかが無いものならば
    死人にそれが伝わるはずもなく
    じゃあ何のためにそんなことするのかというと
    きっとそれは私の自己満足であり。
    「今日こうして参って手を合わせたりしてる自分がエラいと思う」とかいうような自己満足なんだよ結局は。
    なら生前もっと何かできることがいろいろあったんじゃないのかとかも思ったり。

    じゃあなにゆえ死人に手を合わせる? と考えると
    やっぱり
    故人を偲ぶ中で、故人が生前私に教えてくれたことやメッセージを思い出して受け止め、気持ちを新たにすること。
    それがきっと、亡き人が私の中で生き続けること


    人は死んでしまえば
    その人が持っていた独自の「気持ち」や考え方、長年にわたり獲得・蓄積してきた知識やノウハウ、技能など、その人が持っていた「文化」そのものが全て
    その人とともにあっけなくこの世から消えてなくなってしまう。
    でもそのひとかけらでも
    残された者がしっかりもらって大事に持ち続けること、学ぶこと
    平たいコトバで言えば、故人から何かを「受け継ぐ」こと
    それがいわゆる
    「○○さんは私の中にずっと生き続けています」的なことなんじゃないのかな。
    最近そう思うようになった。


    お墓に向かい合いながら
    ほんとは自分の内面と向かい合う。
    自分を謙虚に省みるひとつの機会‥







最終更新日  2009.05.24 20:27:19
2009.05.09
カテゴリ:身内メモ
    080512のミズキの花と葉っぱ


      清志郎の告別式だそうだ。

      そっかー。




      うちでは


      父の一周忌法要だぜベイベー。








最終更新日  2009.05.10 14:47:56
2008.07.22
カテゴリ:身内メモ
    080710のモントブレチア(クロコスミア)のオレンジ色の花

    父が死んで、もう2ヶ月だ。
    早い・・・
    あっという間に2ヶ月も過ぎてしまった。
    この2ヶ月、一体私は何をしてたんだろうか?


    父が入院していた期間がちょうど、約2ヶ月間だった。
    いろんなことがあり
    とてもとても とてもとても長く感じられた2ヶ月だった。

    入院中、または亡くなった時点で、
    3月に救急車で運ばれて入院した日のことを振り返って思い起こすと
    とてもはるか遠い昔の日のことに思えていた。


    たった2ヶ月なのに。


    不思議だ。


    急激な変化の量と、時間の長さの感じ方は比例するのかな。


    平和な日常生活は
    光陰矢の如しだ~








最終更新日  2008.07.24 09:36:17
2008.07.05
カテゴリ:身内メモ

060623小石川植物園での めずらしいアジサイ


      ほんの少し早いが四十九日の法要を済ませた。
      そして納骨。

      骨壺‥つまり「中身= 父・現物」が
      長年見慣れたお墓の、石の下の空間に
      本当に入れられてしまったという現実が
      あらためて
      なんだかとても違和感‥だった


      さらに
      もう来週が すぐにお盆なので
      新盆のお経も一緒にあげてもらった。



      これでまた一区切り。



      こうしてひとつひとつ経て

      生きてる人間は前に進んでいくんだな。


      とても暑い夏の日だった‥









最終更新日  2008.07.10 11:54:24
2008.06.20
カテゴリ:身内メモ
    070428のアイビーゼラニウムの花


    祖母の月命日なのだ。


    私の現在の住居が、偶然、お寺のすぐそばだったことから
    特別ほかに用事がない限り
    これまで、毎月この日に参って 軽くお掃除したりしてきていた。



    来月には
    父の納骨だ。

    だから


    この日付に来るのは今月が最後だよ。
    今度からは父の月命日に来るから。


    そう告げてきた。









最終更新日  2008.06.27 17:36:18
2008.06.08
テーマ:闘病日記(3946)
カテゴリ:身内メモ

    080506のコデマリの花
    備忘録1 から続く‥


    父の病状を我々家族が受け入れた段階で、
    次は父に知らせるかどうかの検討にうつった‥

    点線1


    家族でケンケンガクガクの末、
    父の性格から考えてありのままを伝えたほうがよいだろうという結論を得た。

    残された命が限られているのであればあるほど
    本人がいいように過ごすこと -例えば言いたい事を言い残す、等 -
    ができるようにしてあげたほうがよいだろうと。

    そして家族同席のもと、先生から本人への病状説明をしてもらった。

    家族に診断が告げられてから、ここまで2週間を費やした。
    主治医は忙しく、
    説明のための時間を確保してもらうのも前もって「予約」が必要であった。
    入院から1ヶ月弱が過ぎていた。

    点線1


    父は、自分の病気が癌である事を知った。
    しかし、我々家族が最初そうだったように
    手術など、治療の可能性についての望みを持って前向きだった。

    「ただこうして寝ながら死ぬのを待っていてもしょうがない。」
    これが父の思いだった。
    手術でも何でも、やってみなければ分からないじゃないか。
    そう考えて手術への覚悟を決めていたように思う。


    しかし
    手術の内容 -- 前回 にも書いたが、胃と小腸をつなげるバイパス手術-- というのは

    癌を直して生きるための手術ではない、というのが本当だ。




      (また次回へと‥)









最終更新日  2008.06.15 15:38:52
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