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花屋な日々

2016.10.04
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がっちゃんとたーちゃん、
案外うまくやってる。

がっちゃんはネコが好きでたーちゃんともっと仲良くなりたいが、
たーちゃんはネコにほぼ興味がない。

それでもがっちゃんはいつも
そっとたーちゃんのそばに寄り添っている。



がっちゃんはガリガリに痩せ細り行き倒れていたネコだが

そんな状態になるまで
こ近所でがっちゃんの存在に気づいていた人達は見て見ぬふりだった。


ある日、捨てネコらしきネコが現れた、
自分の家の敷地に入ってきて困った、
居着かれたら嫌だから無視しよう、
日に日に弱って痩せていくが知ったこっちゃない、
死んだら市役所に電話して引き取りに来てもらえばいいや、
関わりたくないからもちろん餌なんてやらない、
そのうちどこかに行ってくれればいいんだけど。


がっちゃんの存在に気づいていた人達は、みんなそんな考えだった。




私は

普通の感覚を持った普通の人々は、
捨てネコを見て「かわいそう」と思うのかと思っていた。

「助けてあげたい」と思うのかと思っていた。

でも  そうではなかった。


かわいそう、助けてあげたい、と思った人が、
手を差しのべるやさしさと勇気をもって
なんとか最善の解決策を見つけるのがヒトの使命だと思っていた。

でも
多くの人々は  そうではなかった。


関わりたくない、
めんどくさい、
迷惑、
厄介者、
そんな認識しか持ち合わせていなかった。



私たちと同じ、知能も感情もある言葉を持たないだけの命が、
目の前で困って助けを求めていたら
人は人として
どう行動すればよいのか
誰も興味がなかったようだ。



動物をどう扱うかで、その国の
成熟度がわかる、というようなことを
かのガンジーは言ったそうだ。

ホントそうだと思う。


先進国経済大国日本は
動物愛護精神がとても遅れた悲しい国なのだ。

民度の低さが政治に反映される、
動物愛護に無関心な人々が
この国の民度を大きく引き下げている。

自分の楽しみや快楽の追求にはとても積極的だけど、
ひっそりと生きる声なき命には無関心。

世界は  人間だけが存在しているわけでもないのに。




もちろん、捨てる奴がいちばん極悪なのだが

その極悪の尻拭いをするのはもちろん、理不尽だが

でも
命が困って助けを求めていたら


なんとかしなければ、と思うのが
人間らしさだと

私は思ってしまうのでありんすよ。

みんなが
そんな
やさしい世界に
住みたいと思うと
私は思うが
それは
思い過ごし
なのだろうかのぉ。。






Last updated  2016.10.04 10:27:00



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