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花屋な日々

2021.06.16
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昔  100万回生きたネコ という絵本を
本屋さんで立ち読みして
その場で号泣したことがある。

なんだったんだろうあれは

今読み返しても
号泣はしないのに
あの時はなんだったんだろう あんなに泣いて
しかも立ち読みで



銀ちゃんもそうだったし
茶坊くんもそうだけど
いつも悟りを開いたような顔をして
穏やかで やさしくて
なんでもわかってる風で

あのひとたちはきっと もう
100万回目の猫生だったんだろうな

100万回生きて、最後私のところにきてくれて
だからきっともう
生まれ変わらない。
この世での修行はもう終わり、
もう、さよならだよ。
次逢えるとしたら
空の上しかないよ。

そう言われてるような気がしてならない。



銀ちゃんが死んだら私も生きていけない、って思ってたこともある。でも私は生きて、普通に生活して、
銀ちゃんロスにはなったけど
不思議と 心はそれほど重くなかった。

奏くんが死んだ時は、毎晩骨壺抱いて泣いてたのに
銀ちゃんには 素直にさよならできた気がした。

茶坊くんもそう。
突然過ぎて まだ信じられないし、
家の中に いまでも毎日茶坊くんの姿を探してしまうけど
なんだろう、、心は意外と穏やかだ。

あのひとたちは きっともう 100万回目だったんじゃないか、と思う。

私のところを最後に選んでくれたんじゃないかって。

何もかもわかった顔して
何もかも静かに受け入れて
もうこれでおしまいだよ、って



ネコって不思議で
たくさん生まれ変わってる気がする。

今うちにいる子達も、かつての子達の生まれ変わりでしょ?って思うことばかり。

ミケ子は絶対 最初のネコ ぷるーの生まれ変わりだし
ジーナは福ちゃんの生まれ変わりで
小梅ちゃんはたみちゃんの生まれ変わりで
フータはちびの生まれ変わりで
はっちゃんはのらおの生まれ変わりかな
月子はももの生まれ変わりで
銀ちゃんは 多分 私が愛したのらくろの生まれ変わりだったでしょ?きっとね

そんな風に
感じることは多々あって

みんな毛皮を着替えて来ちゃうから
最初は気がつかないんだけど
それぞれの中に
過去に見送ってきた子達の面影を見つけるときがある。

だからなのか
前の子にしてあげられなかった後悔を糧に

私たちは 学んで やさしくなれる

それもまた 人間側の修行かなって


ネコは何度も生まれ変わって教えてくれる。
後悔や 懺悔を
やり直すチャンスをくれる。

ネコ自身も100万回、やり直したら
もう二度と 生まれ変わらない。

絵本の話だけど、そうかもしれないなとホントに思う。


玄関のお出迎えに、いつものご飯の時間に、寝るときの枕元の横に、
茶坊くんがいないことにまだ慣れなくて、つい「あれ?どこいった?」と一瞬探してしまうけど

茶坊くんは今頃 空の上で
のんびりのほほーんと暮らしてるよね。
痛いの辛いの苦しいの、なんにもなく、ただただ平和で満たされて、
ぐぅぐぅ喉を鳴らしてゴキゲンに、のんびり寝そべっているに違いない。

100万回も生きたんだもの、もう修行は充分、何もかも悟り尽くして
私を見守っててよね。
私はまだまだ修行が足りないから、
泣いたり転んだり怒ったりしながら
まだまだ生きていくしかなさそうだよ。

いつか私もそっちに行ったら
「よく頑張りました」って
褒めてよね。

それまでバイバイだ。

私の愛したネコたち、待っててね。






Last updated  2021.06.16 02:25:05



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