EYASUKOの草取り日記

2006/11/27(月)17:22

神宿る手

音楽(59)

 1990年に講談社から刊行された宇神幸男氏の「神宿る手」は、幻のピアニストの復活を描いたミステリである。伝説となったジェラール・バローなるピアニストの私家版CDが出回る。音楽専門誌「音楽の苑」の社員蓮見は、その真偽を探る中、バローの代理人を名乗る島村夕子という女性と遭遇する。夕子は蓮見にとってのファム・ファタールで、彼女を巡って謎が深まっていき、いよいよバローの招請が実現の運びとなる。しかし・・・。 音楽ミステリと銘打たれたものの、ミステリとしての事件は起こらず、殺人事件があるわけでもない。けれど、謎に包まれた島村夕子という女性と、その師であるジェラール・バローの復活劇がはたして実現するのか、という興味が物語の最後まで読者を引っ張っていく。いたるところちりばめられた音楽に関する薀蓄も、著者の並々ならぬ学識と音楽への愛情を現し、好ましいものであった。 90年代近く、それまで演奏活動を休止していた大物ピアニストであるウラディミール・ホロヴィッツの来日復活公演が実現したことがあった。ところが、この作品で、ラノヴィッツとして、コケにされている人物は、まさしく彼であろう。 では、バローのモデルは誰か?作者は、日本では非主流であったコルトーを擁護している。おそらく、コルトーを意識しての人物造形であろう。純粋であるべき音楽の世界にも第二次大戦でのユダヤ・非ユダヤの争いが影を落としていると、仄めかしてもいる。フランスは特に戦争協力者という複雑な問題をはらんだ国であり、大戦後世界覇権国家となったアメリカと、さまざまな局面で渡り合っていったお国柄であった。作者はそのような世相や音楽界の「謎」にも切り込んでいるのかもしれない。 久々に、充実したミステリを読んだ気がしたという思いとともに、おそらくこれが処女作であろうこの作者はどんな方なのかと、思いを馳せた。 ところが、驚きはこれだけではなかったのである。この宇神氏こそ、宇和島市の南予文化会館での、エリック・ハイドシェックの伝説の復活コンサートの仕掛け人だったのである。

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