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Aug 12, 2020
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テーマ:戦争反対(1185)
カテゴリ:伝えていくこと

※先日は母から伝え聞く話を掲載しました。父からの話もこうして絶やさないことが務めだと思って掲載します。(2006年当時の多摩火薬廠のリンク先の方の考証をどこかに書き留めておけばよかった、と後悔。戦争を語る声を風化させない努力をしていかなければと身にしみて思います。)


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今朝、小泉首相がテレビに映し出される頃は泪雨かと思っていたのに、その後、体調の気になる子どもをウチからはちょっと遠くにある小児科まで連れ出していく頃には空は青々としてじりじりと照りつける太陽。61年前もそんな日だったのでしょうか。

東京都下出身で、戦争当時旧制中学に通っていた父は、学徒動員体制下にあって、稲城の多摩火薬廠で働いて(火薬への爆弾の充填作業というのか?)いました。
他に、工女、工専からもたくさんの勤労学生がやって来ていたといいます。
今でも中・高生が通学するには大変な距離だというところを、毎朝4時起きで2時間以上かけて働きに行っていたそうで、工場に居る間も、往復の通勤の間も、いつ死ぬか分からないという状況に幾度となく直面してきたようです。

今回ブログに載せるにあたってアクセスしてみた『稲城の多摩火薬廠』でリンクした戦跡の紹介文には、父から聞いた話をそのまま内包していたので実に驚きでした。

(以下、略)

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稲城の多摩火薬廠(通称:多摩弾薬庫)について、当時リンクした先が既にリンク切れでweb上では父の話ほどに触れているものは見つけられないので補足します。

父は旧制二中(新制:都立立川高校)の出身です。

この工場で最も危険な作業にあたっていたのは朝鮮人労働者の方たちで、父が居た時間帯に起きた爆発事故のために4,5人が亡くなり、ご遺体は跡形もなかったといいます。

~死への最前線には父より少し上の若者たちが駆り出され、国内でも危険な仕事を中学生や労働者が引き受け・・・戦争は未来を継ぐ者の芽を根こそぎ奪っていく兇器・凶器・狂気以外の何物でもない~

(道中では最も怖かった機銃掃射の追手から逃げて側溝に隠れて命拾いした時に、傍らで機銃掃射に撃たれた人のむごい死を目の当たりにしています。背中から入った時の弾は小さくてもぐるぐる回転しながら貫通するので臓物が全て出てしまうのだといいます。)

終戦の報を受けて火薬づくりもこれでおひらきと思いきや、また来るべき時?!に備えて「敵に見つかる前に早く隠せ!」との命に、稲城の丘の中腹に弾薬を急ピッチで移動させたそうです。やがてこの一帯は米軍に回収され始末へ。

終戦翌日にはまだ戦争は終わっていないというデマが一瞬流れたそうで、士官の下に生徒たちはまだ戦争を続けられる!と勇んで歓喜の声を上げたといいます。(涙が出そうだ・・・・)

このデマが流れたという話。昨年、息子の小学校時代の友だちが夏休みの作文の宿題のために父から話を聞きたいと言って実家まで来て父が話してくれた際に私も初めて耳にしたことでした。

弾薬移動とデマと、時系列でどちらが先なのか確認しないとわかりませんがデマの出所は海軍だと聞いた、と。ん?!陸軍のテリトリーの話だから自作自演かも。


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こうして、人の死をあちこちで目にして、毎日を空腹に耐えながら、怖かった陸軍士官の命令に従い働き、次は自分が特攻隊にとの憧れを持つ、多感な年頃の子どもたちを洗脳してきた環境は、その後のかじ取りによっては、もっと混乱する社会に向かわせていく危険を孕んでいます。


少なくとも当時の日本では、世界情勢の様々な時の運が作用したのか、国柄・国民性だったのか、表にでない闇も当然抱えながらも、復興に向かって一気に集結していった稀有のパワーの凄まじさがあったように思えます。これは、途中、国家主義的な色彩の教育がインプットされた世代がありながらも、それまで脈々と先人から受け継いでいく「教養」の高さを誇れる国民性だったからではないかと想像します。


昔を美化するわけではないけれど、ダントツの識字率の高さを継いできて、また、大事にされてきた教育の観点が戦後変わっています。自分自身もそのレールの上に居た一人ですが、教育の中から教養がどんどん欠落していき、皮肉にも質を確保できないのが日本の現状ではないかと心底危機感を抱いています。


教育の改革の歴史を辿れば、何を見落としてきたのかが教育界の素人でもなるほど、と分かる点があります。専門の人、行政の人、責任もって見直してください。


私自身がささやかながらできることでは、就学前の子どもと子どもに伝えていく親の存在に重きを置いての講座を開いています。

【参考】現在でもなお、世界では1億7500万人の未就学児が学べる場すらない現状にあります。​2018年秋、UNICEFにより未就学時期の子どもたちへの教育の重要性・緊急性とともにこの数字が公表され、2019年4月には政府当局に向けて就学時前教育への資金配分の重要性が唱えられています​。日本国内でも7人に1人の子どもが貧困の窮状にあって教育格差も深刻化しています。


国内の格差是正にもいずれつながるよう、就学前親子をターゲットとした教育従事者の教養を磨いて層を厚くすることはとても重要だと認識している所以です。








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Last updated  Aug 12, 2020 11:43:57 AM
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