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fairy-cardのプライベートDiary

家族のことを中心にプライベートなできごとを書いています。
身内にむけて書いてるところもあるので、
他人にはよくわからないことや些細な細かすぎる内容もあるかもしれません。・・・あしからず・・・
2016.06.23
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カテゴリ:闘病日記

そろそろ皆に病気のことを公表するにあたり、近況報告のためにも詳しく経過をまとめ記録しておくことにしました。
今後の予定も決まり次第更新しておきますので、必要な方はこちらをチェックしてください。


子宮体癌・症状と治療の経過と予定

2015/8月頃〜 時々不正出血もアレ?と思う程度
2015/9月半ば頃〜左足股関節の痛み増強(歩行時/就寝時)リンパの腫れ…整形外科受診
2015/11月半ば頃〜不正出血続く

2015/11/26(木)・・・あけぼのレディースクリニック受診、子宮癌検診
2015/11/30(月)・・・北海道医療クリニック受診
2015/12/1(火)・・・CT検査
2015/12/2(水)・・・MRI検査
2015/12/9(水)〜10(木)・・・検査入院、齋藤医師による説明(弟同伴)
・・・リンパにも転移あり、ステージ3以上

2015/12/16(水)・・・外来、1月手術の予定を返上し、抗癌剤治療開始を決定
2015/12/20(火)夜・・・左足浮腫み発生
2015/12/21(月)〜29(火)
・・・抗癌剤治療1クール(パクリタキセル/カルボプラチン)1,2週目
2016/1/5(水)〜6(木)
・・・抗癌剤治療1クール(パクリタキセル/カルボプラチン)3週目➡︎脱毛始まる

2016/1/18(月)〜28(木)
・・・抗癌剤治療2クール(パクリタキセル/カルボプラチン)1,2週目
2016/2/3(水)〜4(木)
・・・抗癌剤治療2クール(パクリタキセル/カルボプラチン)3週目
2016/2/10(水)・・・外来、CT検査➡︎血栓ができる副作用

2016/2/15(月)〜25(木)➡︎38.0℃以上の高熱が出るようになる
・・・抗癌剤治療3クール(ドセタキセル/カルボプラチン)
➡︎本剤3日目で、下痢、食欲不振(退院時)
2016/2/16(火)・・・CT検査エコー検査/大静脈フィルター装着

2016/3/2(水)・・・外来➡︎白血球減少・・・注射
2016/3/3(木)・・・注射
2016/3/9(水)・・・外来

2016/3/14(月)〜19(土)
・・・抗癌剤治療4クール(ドセタキセル/カルボプラチン)
➡︎本剤3日目で、食欲不振(退院時)
2016/3/15(火)・・・CT検査エコー検査
2016/3/16(水)・・・大隈医師による説明
・・・抗癌剤治療にも関わらず、腫瘍マーカー上昇、画像による腫瘍の拡大がみられる

2016/3/25(金)・・・外来➡︎白血球減少・・・注射
2016/3/26(土)・・・注射
2016/3/27(日)・・・注射
2016/3/28(月)・・・採血、外来➡︎右足痛悪化

2016/3/29(火)〜4/4(土)
・・・右足痛緩和のため入院
2016/3/30(水)・・・齋藤医師による説明(弟同伴)
➡︎2016/4/1(金)夕〜解熱剤スリノフェンを頓服でなく朝昼夕食後に飲むように変更

2016/4/11(月)〜21(木)
・・・抗癌剤治療5クール(シスプラチン/ドキソルビシン)
・・・左足痛のため、痛み止め点滴
➡︎痛み止め点滴翌日から吐き気と食欲不振(痛み止め点滴と抗癌剤の副作用ダブルパンチ)
➡︎貧血・・・輸血1パック

2016/4/27(水)・・・外来➡︎白血球減少・・・注射
2016/4/28(木)・・・外来・・・痛み止め薬増やす、注射
2016/4/29(金)・・・注射
2016/4/30(土)・・・採血、外来
2016/5/2(月)・・・外来
・・・この頃から両足とも浮腫み

2016/5/9(月)〜16(月)
・・・抗癌剤治療6クール(シスプラチン/ドキソルビシン)
➡︎本剤翌日に、食欲不振
➡︎貧血・・・輸血1パック

2016/5/20(金)〜弾性ストッキング履き始め、徐々に浮腫み減少
2016/5/23(月)・・・外来、CT検査➡︎白血球減少・・・注射
2016/5/24(火)・・・注射
2016/5/27(金)・・・外来、注射

2016/6/6(月)〜10(金)
・・・大量出血のため外来、入院(抗癌剤治療7クール目予定を先送り)
➡︎貧血・・・輸血4パック
➡︎貧血のため、初日夜から吐き気と食欲不振、腹部鈍痛

2016/6/9(月)〜28(火)
・・・出血を止めるため、放射線治療(札医大附属病院)6/10(金)転院、週5日14回
腹部鈍痛、慢性的に食欲減退続くも、土日の外泊時自宅では気にならない

2016/7/1(金)・・・この頃から弾性ストッキング履いていても、右足浮腫みひきずらくなる。
2016/7/5(火)・・・採血、外来、CT検査、フェントステープ3mg→4mg

〜腹部鈍痛多少マシに 

2016/7/12(火)・・・採血、外来

〜この間、嘔吐 2〜3回。食欲激減

2016/7/18(月)〜29(金)

・・・抗癌剤治療7クール(イリノテカン) 1,2週目

〜嘔吐頻回(ゼリー状に近い食品のみ) 

 2016/8/2(火)〜3(水)

・・・抗癌剤治療7クール(イリノテカン) 3週目
2016/8/9(火)・・・採血、外来

 2016/8/16(火)〜20(土)
・・・抗癌剤治療8クール(イリノテカン) 1週目
 2016/8/25(木)〜26(金)
・・・抗癌剤治療8クール(イリノテカン) 2週目
 2016/9/1(木)〜9/2(金)
・・・抗癌剤治療8クール(イリノテカン) 3週目
 2016/9/7(水)
〜9(金)・・・採血、外来CT検査➡︎輸血のため緊急入院


 2016/9/13(火)〜17(土)
・・・抗癌剤治療9クール(イリノテカン) 1週目
 2016/9/21(水)〜22(木)

・・・抗癌剤治療9クール(イリノテカン) 2週目
 2016/9/29(木)〜9/30(金)
・・・抗癌剤治療9クール(イリノテカン) 3週目
〜フェントステープ4mg→6mg


 2016/10/11(火)〜15(土)
・・・抗癌剤治療10クール(イリノテカン) 1週目

 2016/10/20(木)〜21(金)
・・・抗癌剤治療10クール(イリノテカン) 2週目
 2016/10/26(水)〜10/27(木)
・・・抗癌剤治療10クール(イリノテカン) 3週目
2016/11/2(水)・・・採血、外来、CT検査

 2016/11/8(火)〜12(土)
・・・抗癌剤治療11クール(イリノテカン) 1週目

 2016/11/16(水)〜12/1(金)
・・・入院
➡︎のはずが、朝食後転倒。
そこから立ち上がれず、救急車を呼ぶ。
副作用の骨髄抑制による貧血のため、輸血
今後、1人暮らしのリスクや、抗ガン剤と副作用を天秤にかけ、ホスピスを選択。
勤医協中央病院を念頭に話を進めることになる。
場合により、家に帰れないまま転院もありうる。
MRI/CT検査
11/18(金)〜整形受診・・・背骨第四腰椎に欠けあり。コルセット採寸。
11/20(日)
〜フェントステープ6mg→8mg
11/21(月)〜勤医協中央病院、受入可判定
11/22(火)〜コルセット仮合わせ
11/25(金)〜コルセット出来上がり/勤医協中央病院・家族面談にて外出(付添従姉)
・・・到着時、嘔吐。

12/1(金)〜  ホスピスへ転院(介護タクシー・ストレッチャーにて)








抗癌剤治療6クールまで(12月から5月)まとめ
1〜2クール・・・血栓ができる副作用(肺大静脈にフィルター装着)→抗癌剤変更
3〜4クール・・・抗癌剤の効きが悪い→抗癌剤変更
5〜6クール・・・多少効き目あり、今後も継続(が、まだ手術には至らず)
                 その後の大量出血で抗癌剤が効いていないとわかる。
6クールが一区切りとは言われているが、手術ができるほど小さくはなっていない。


抗癌剤治療7クール以降(7月から11月)まとめ> 
イリノテカンを使い続けるが、マーカーは上がり続けている。
左鼠蹊部のリンパ節が大きくなっているのが自分でもわかり、痛みも増している。
浮腫みが全身に広がり、立ち上がりの困難さ、足の上がらなさも増している。
客観的に見てもより広範囲にリンパ節への転移も見られることから、これ以上癌が小さくなることは考えられないし、手術も考えられない。


友達の皆へ
希望をもって絶対よくなるとの応援の言葉は嬉しく励みになるが、私自身すでにその境地は超えています。
希望的観測による応援に頷くことには、徐々にウソとプレッシャーを感じるようになりました。
むしろ、私が死を受け入れて、最良の終活をやりとげることにこそ、明るく応援してほしいです。
形見のつもりで送る作品の発送作業、個展で受けたポストカード注文の製作と発送作業、
私の最後の個展となる葬式のプロデュース。
あとは、家にある不用品のリメイクと有効な利用。
これらをできるだけやり遂げたい‼️
みんな、どうぞ私が悔いなく旅立てるよう応援してください❣️




母の死
3月末から4月にかけて、どうにも治らない足の痛みで治療の合間に入院しており、
その間4/3に母が亡くなる。
3/23、ショートステイ先で夕食時嘔吐、長期入院先を探していたこともあり、3/24入院先として近くの病院へ連れて来てもらうが、
元気そうに見え、相談の結果入院を3/29からと決めて連れ帰る。
が、その晩夕食嘔吐し食べられず、翌朝も食べられず、3/25入院決断。
一方、母が入院したことで私も3/29から入院となり、入れ替わりで東京の弟が来札。
一度東京へ帰った方がいいのではと言っていた4/3日曜日の午後、今晩あたり危ないと言われたことで、
私も外出許可もらい準備中、 今亡くなったとの連絡。
日曜日だったことで、弟も妹もついていた時だったのは幸いだった。
で、4/5通夜、4/6葬儀、4/9初七日、4/11入院。
母は、直前まで家の中歩いてもくれてて、ギリギリまで頑張ってくれた。
膵癌が大きくなって胃を圧迫し、吐血の量も多くなったことで、力つきる。
それでも、穏やかな綺麗な死顔で、駆けつけた時にはまだ温かく、声かければ目を開けそうな気が。
今もまだ、何となく母の帰りが遅くなってて、1人羽を伸ばしてるって感覚・・・











Last updated  2016.12.01 11:31:28


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