1673982 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

南カリフォルニアの青い空

2021.07.23
XML
カテゴリ:カテゴリ未分類
​​私の人生には不思議なことが数々起こる。

私が前夫と離婚した後も義両親の最後まで看取った事は本に書いた。義父は脳溢血、義母はアルツハイマーであった。(ハッピー介護はその経験談である・アマゾンでどうぞ)

義母は、住んでいた道の名前から、チキタ・人形劇団というグループを作り出し、義妹が小学生3年の時に5人の同級生を対象に始めたもので、高校を卒業するまで続いた。その内、4人は嫁いできた私とも懇意になった。一人は私がこの町に来た頃は、他の州に引っ越していた。
 
1960年代に始まった劇団は、当時インスタント・センセーションとなって、南カリフォルニアでは引っ張りだこになったくらい売れっ子になり、ディズニーランドからも招待されて、パーフォーマンスをしたし、ラグナ・ビーチのアート・フェスティバルでも毎年パフォーマンスをしていたj。(後に、これは美術には入らないから、フェスティバルから削除しようとした人もいたが、その後も、他の人形劇団がずっと続けていた。
それだけでなく、地方テレビからも毎週番組を続けてほしいといわれ、彼女等が卒業するまで続いた。

話は半世紀以上後の2021年に飛ぶ。
ある日、フェイスブックで、リンダという人に巡り合った。
「あなたは、知らないと思うけど、私はチキタ・人形劇団チームの一人だったものです。今は他州に住んでますが、この夏は久しぶりにラグナ・ビーチに行く計画なので、是非あってください」というものであった。つまり、5人の内、1人だけ会えなかったリンダであった。

玄関のドアを開けると、にこやかな白髪の女性が大きなバインダーをかかえてたっていた。招きいれて、そのバインダーの山とある新聞記事やら、プログラム、宣伝パンフレットなどをみせてもらい、半世紀以上昔の四方山話に花を咲かせて楽しんだ。義母からとってもかわいがられたという。そういえば、母からもリンダの事はよく聞いていたので、「じゃ、母から受け継いだ、イギリスのティーカップで、お茶を飲みましょうね」と、言うと
「懐かしい食器棚に、ティーカップ!」と、とても嬉しそうだった。

私の本にも書いたが、義妹と母はウマがあわず、高校を卒業してから、ずっと、東側に行ったきり、殆どあいに来なかったし、「母のものなど、何もいらないから、弘子に全部あげる」といったので、私が、食器棚ごともらったのだ。また、母の認知症が進んでからは、私が、母の替わりに全国からくるファンレターに答えていたというと、リンダは「それは素晴らしい」と言った。

楽しい数時間を過ごして帰って行ったが、まるで一か所欠けて、気になっていたジグソーパズルが、やっと完成したような、不思議な空間の出来事であった。
​​​​​













最終更新日  2021.07.23 05:17:48
コメント(0) | コメントを書く


PR

X

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール


Hirokochan

お気に入りブログ

花紀行(6157)-サガノ… New! 宮じいさんさん

アカウシアブ_体が… New! いねねさん

四国徳島半田オカベ… New! 松島タツオの楽しい家庭料理 札幌在住さん

ジャングル・ナイト… ナイトサファリさん
ちいさなしあわせ shachieさん

コメント新着

Hirokochan@ Re:ピーボディ―賞を獲得!!!!やったね!(06/25) いねねさんへ ありがとうございます。最…
いねね@ Re:ピーボディ―賞を獲得!!!!やったね!(06/25) Hirokochanさん_娘さんのピーボディー賞…
Hirokochan@ Re[1]:枇杷狩り(05/01) maki5417さんへ この辺には、沢山ありま…
Hirokochan@ Re[1]:枇杷狩り(05/01) 銀線名人ぬかしんぼさんへ 。我が家は、…

フリーページ


© Rakuten Group, Inc.