1712245 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

南カリフォルニアの青い空

全2294件 (2294件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 >

カテゴリ未分類

2022.01.24
XML
カテゴリ:カテゴリ未分類


友達に書いた手紙の一部を載せてみます。彼女とは1967年にハワイから日本に里帰りしたときの帰りの船で友達になり、日本に行く度にあってました。亡くなられたご主人がメキシコの大学で助教授をしていたので、彼女は英語の他にスペイン語も話せます。ご夫婦で我が家に泊まった事もある気の置けない友達です。おたがいに年取ってきたのでもう会う事はないと思いますが、文通は続けてます。

〇〇さん

明けましておめでとうございます。

 カードも送らずごめんなさい。歳と共に、物事にだんだんずぼらになってます。その典型として、コンピュータ―をやっていると、文章を替えるのも簡単、忘れた日本語もすぐ出てくる電子辞書があったりするので、手で字を書くことが億劫になりますね。ですから、読めても書けない漢字ばかり。これは、どうやら海外に住んでいる日本人ばかりではなさそうです。脳の構造も、【自分で考えるモードから、ネットを操るモードになってるのでしょう】 
  
 お正月などないアメリカに58年も暮していると新年になった気がしないので年号も間違いやすいですが、日本は日本で天皇陛下がかわる度に年号がかわるから、混乱しますね。今、令和2年くらいかしら。

 COVIDも、デルタが下火になったと思ったら、オミクロン株がでてきて、なかなか普通の生活にもどれませんね。外国籍の元日本人は故郷に帰りたくても、日本が入れてくれないので家族にも会えない人が心を痛めてます。感染は国籍に関係ない筈ですから日本の方針は理屈にあいません。一つ良い事は、アメリカでも、これからは、マスクをしても変な目でみられないことです。全国民がやってますから。コロナ前だったら、病人しかマスクをしなかったので、嫌な顔をされたでしょう。それと、アメリカ人でも手を洗う人が増えたことは良い傾向です。

 我々の合唱団も半分以下ですが、ライブでの練習を去年の9月からはじめました。勿論、マスクをかけて歌ってます。それでも、生でうたうハーモニーは、楽しいものです。二年間、インターネットで練習をしていたのですよ。これでは、ハーモニーが出来ないのです。短音しかできませんし、皆家でコンピュータ―の前でマイクの音を消してうたうのですから、味気ない事この上なし。

 それでも、私は、今までとあまり変わらない生活をしてますよ。行きたいところには、マスクしてでかけるし、去年の9月から我が家に友達を招いて、彼等さえ怖がらなければ(全員、ワクチン済の人ばかりですし) 食事までしてますけど、感謝祭やクリスマスの家族のあつまりも大丈夫でした。

 もう海外に行くのも面倒な歳になってきたので、全部おぜん立てをしてくれるスペイン・ツアーに2年前に申し込んだのに、コロナ禍で2年のびてやっと4月に行けるみたいですが、ツアーはバルセロナから始まって、セビリアで終るので、何の事はない、自分でカリフォルニアからバルセロナ往復、セビリアからバルセロナ片道の航空券やら、2日余計なホテルなどの予約をせねばならず、また、そういう込み入った事はグレッグが出来ないので、コンピュータ―の前で1人で血圧をあげてます。

 車の運転は昼間はまだまだ自信がありますけど、とくに高速は暗くなると危険になってきたので、今年からは止めます。よるでも近所の運転はできます。つまり、スピードと遠近感の問題ね。脳の活動もじょじょに衰えて来てると思うので、地元雑誌の連載やフェイスブック、楽天ブログなどは続けています。指先動かして、あれこれ脳を使う事によって、すこしでも老化を防げたらと思ってます。

 ありがたいことに、この歳になると、もう「死ぬときは死ぬさ!なきゃないで、なんとかなるさ」と居直った人生で、何事にもあまり驚かなくなっていますから、平和に暮らしてます。

 あなたとのお付き合いも半世紀以上、長いわね。何度も何度も色んな人をつれて行っては、仙台でも東京でもお世話になりました。感謝しています。あなたが、コンピュータ―をやらないのが、ただ一つ残念ですが、これもあなたにとっては、平和かもしれないと思ってます。

 では又、お元気でね。












最終更新日  2022.01.24 15:12:33
コメント(0) | コメントを書く


カテゴリ:カテゴリ未分類








時として
越えし山河も
としとらば
夢か真か
おぼろげになる

Sometimes I wonder,
ups and downs of steep mountains
I achieved in youth,
whether they were real or dreams
the distinction is fading.
01/22/2022






最終更新日  2022.01.24 14:03:44
コメント(0) | コメントを書く
2022.01.15
カテゴリ:カテゴリ未分類





これは、1980年か、81年です。

私は、昔から日にあたると直ぐに肌がこげ茶になりますが、タヒチではこんなに黒くなってしまいました。このために、起こったおかしな話もいくつかありますが、一つは、日本人のご婦人たちのツアーに、公衆トイレで出くわした時、「まあ、日本からおいでなのですね、懐かしい日本語。私も元は日本からですが、アメリカに長くすんでいて、日本語をわすれかけてますから、日本語きくのうれしいわ」と言ったら、「この人、気を付けた方がいいわよ。この肌みてよ、地元の人にきまってるじゃない」「さぎよ」といって、皆、バッグを胸にかかえて出て行ったのです。

大きな目の、右から三人目は、このカップルの長女で、この写真をみて一番最初にメッセしてきました。「ヒヒヒ、これ誰だかしってる」と。
今では二人の子の素晴らしい母親になっていて、三人目が死産で今四人目を妊娠中。幼児(カメハメハ)を抱っこしてるのは、カリ。この人は、内外美しい人です。もう孫が何人もいます。カリのお母さんが、友人マリアンで5か国語話せる人.。ベルギーからの移民で私と日本を旅しました。ちょくちょく、私のブログにもでてきます。

私が抱き寄せてる子は、モエアニといって、スパの娘で、スパは、マルケサス島出身、(写真にはいません)スパのおばあさんは、ポール・ゴーガンが、食べものもなくて、ひもじい思いをしていた時代に、毎日食事を食べさせていた人で、お礼にと、ゴーガンがくれた絵を、ありがとうといって、彼が帰っていくと、「こんな果物や子供の絵のどこがよい。じゃまだ」と、次々と海に投げ捨てていたそうです。「あ~あ、あれが、一枚あったら、大金持ちになれただろうに」と、私に話してくれて、爆笑したいつわがあります。
ここにいる子達はそれぞれ親になって、もう高校生以上の子供達がいます。
未だに、つきあっていますから、カリフォルニアに来るときは、我が家にもあいさつにきます。

私は、来月80歳になるので、あれこれ整理してますから、思い出の写真が沢山でてきます。








最終更新日  2022.01.15 14:13:49
コメント(0) | コメントを書く
2022.01.07
カテゴリ:カテゴリ未分類





年の初め

 日本でもアメリカでも元旦早朝はシーンとしているが、その理由には雲泥の差がある。日本の【年の初めの厳かな日】に対してアメリカは【パーティー疲れか二日酔いで寝坊する日】といったらちょっと大げさかもしれないが、それが私の印象である。

 1964年に日本を出たから最初の元旦は1965年のホノルルであった。大晦日は島中で爆竹や花火を一晩中バンバンならして、どこでもニューイヤーズ・パーティー。アルコールを飲んでどんちゃん騒ぎ、翌日は祝日で、お昼ごろまで寝るか、パジャマのままテレビでパサディナのローズ・パレードを見てからスーパーボールを見るコースが大半の殿方の元旦のようであり、フットボールを見ない人はパーティーの後片付け。3日が平日なら仕事も学校も普通にはじまるのがアメリカである。

 ハワイ時代は、前夫も私も若かったし、二人共フットボール・ファンではなかったので「泳ぎにいこう」とワイキキの浜辺にいった。まだ殆ど人がいなくて静かな砂浜には、色とりどりの爆竹や花火の紙がちらばっていた。元旦に泳いだのは、後にも先にもこの時だけであるが、泳ぎが好きな私には「こういうのも悪くはない」と、外国での忘れがたい初泳ぎの思い出となった。

 珍しかった海外生活も数年たつと、日本のお雑煮やおせち料理が懐かしくなったが、当時は白人の友達しかいなくて日本の食材などどこで買うのかも知らなかったから、大根と人参のなますとか、卵焼き、鶏の唐揚げに (日本から送ってもらった海苔で) 海苔巻きや、お吸い物だけでお正月を祝ったりしたが、日系二世などと知り合うようになったら、結構自分達で餅つきなどをやって、おせち料理もどきを作っているのを知った。明治生まれの一世達が、日本のトレディッションを維持していたようである。

 私の小学生のころは、戦後のどさくさ時代であったが、幸い私は疎開先の田舎で育ち、山に餅草や、ぜんまい等を摘みに行ったり、漁村だったので食べものは豊富であり、大家さんの庭で、つきたてのお餅をいれたお汁粉などをいただいたり、羽付き、かるた遊びとか、海辺で凧揚げしたり、それよりもなによりも、お年玉をいただくのが待ち遠しかった。

 ハワイから本土に引っ越した時、爆竹は違法なのでカリフォルニアではやらない事を知った。つまり、州によって法律も違うというのを実感しはじめた時期である。いつの間にかニューイヤーズイブには全国あげて、いや全世界で花火をあげるのをテレビで放映するようになった。ところが、アメリカ合衆国は広く、元旦といってもカリフォルニアが24:00だとすると、アメリカン・サモアはまだ17:00、ハワイも21:00、それなのにニューヨーク側はとっくに元旦の03:00という具合だから元旦もだらだら続き、年の終わりも始めもはっきりしない。つまり大きな国では、始めも締めくくりもばらばらで、私は新年気分になれない。

 アメリカ生まれの子供達に、日本の『新年』を経験させてやりたいと思い立ち、社会人になっていた娘と大学シニアの息子に聞いたら、「是非行こう」と話しが決まり、クリスマス前に日本に着くようにした。子供達は、大家族の私の弟一家や、まだ健在であった母にクリスマスギフトを用意して行ったが、メリー・クリスマスと書いた小さなケーキがでただけで、ギフトを開けて終わりのあっけなさに、”Is that all?”とケラケラ笑っていた。

 ところが大晦日まえになると、家族で大掃除したり門松たてたり台所で忙しくしてるのを見て、「アメリカのクリスマスと日本のお正月の感覚は逆なんだね」と言った。また、真夜中に家族揃ってたべる『年越しそば』に笑いころげ、そのあとで神社に出かけて身動きの出来ない初詣にはしゃいで写真をとりまくり、土産を買いまくり、2時頃帰宅したから翌朝はまだ眠いのに起こされ、家族全員そろって「おめでとうございます」といっておせち料理を食べる体験をして、日本の風習は感無量だったと言ってくれた。

 日本は7日までは、お正月の雰囲気が漂ってるが、アメリカではまだクリスマス・ツリーを飾りっぱなしの家も可なりあって、前の年が終わってないような締まりのない気分になるから、私は大晦日前にはクリスマスの飾りは片づけてしまう。

 帰国後ある日娘の家にいった時、「日本で買った凧、ここに飾った」と、龍と言う字が書いてある凧を誇らしげにみせてくれたが、上下逆さまであった。私が日本語教育を怠ったのがバレバレの一件である。
 












最終更新日  2022.01.07 14:57:20
コメント(0) | コメントを書く
2022.01.04
カテゴリ:カテゴリ未分類
The First Walk of New Year

今年もよろしくお願いいたします。







7時前
重ね着をして
初歩き
いつものコース
犬と我のみ

It’s not yet seven,
I wear layers of sweaters,
put leash on happy dog
the routine course just for us
on the first walk of new year
1/1/2022






最終更新日  2022.01.04 04:04:31
コメント(0) | コメントを書く
2021.12.29
カテゴリ:カテゴリ未分類



幼児時代から、兄弟で一緒に歌うのが好きでしたが、そのまま育ち、
御兄さんのコールと同じ大学(USC)音楽科で勉強中ですが、
コールはプロダクションの方に力をいれ、自粛の一年休校して、自宅で
レコーディング会社を始め、プロのプロダクション会社との契約もし、すでに、数人の歌手を社会に送り出してます。あと、一学期のこってます。
弟のライアンは、唄専門、とても音域もひろく、心にしみる声をしています。大学三年ですが、学校でも常にパーフォーマンスに力をいれてます。
今の時代は、ネットで名前を広げることが大事なんだそうですので、
ソフト・ロックがお好きな方は、彼のインスタグラムのFollowerになってくださるとうれしいです。心優しく、親切な子です。背も186くらいあります。





My grandson, Ryan, has amazing vocal skills.
I'd appreciate you to click "follow" on Instagram https://www.instagram.com/ryanmitchell.mp3/https://www.instagram.com/ryanmitchell.mp3/
. I guess this is one of the modern way to stardom.

孫次男坊のインスタグラムの、”Following”㋾クリックして応援してください。幼児の頃から自作自演でうたってましたが、高校も芸術学校、大学もUSC音楽科でうたってます。
https://www.instagram.com/ryanmitchell.mp3/






最終更新日  2021.12.29 15:41:57
コメント(2) | コメントを書く
2021.12.28
カテゴリ:カテゴリ未分類
これは、HISのメルマガのコピペですが、これじゃ、帰国する気になれませんね。

【12/27 最新情報】日本の水際対策・カリフォルニア州・テキサス州・フロリダ州からの入国規制が強化

Translate message to: English | Never translate from: Japanese
HIS 北米支店メルマガ
Mon 12/27/2021 10:07 AM
Reply
Reply all


日本入国の水際対策
2021年12月27日の日本政府からの発表により、 カリフォルニア州・テキサス州・フロリダ州からの再入国者及び帰国者は、検疫所が確保する宿泊施設での3日間の隔離から、6日間の隔離へと延長が決定されました (詳細はこちらから)。指定州から日本へ出発される方、及び、日本行き出発の14日以内に指定州に滞在歴のある方が改定の対象となります。

① 検疫所が確保する宿泊施設での6日間の待機が指定されている州:
●ニューヨーク州
●ハワイ州
●マサチューセッツ州
●イリノイ州

2021年12月27日に追加された州:
(※日本時間12月30日午前0時以降の日本到着便より適用開始)
●カリフォルニア州
●テキサス州
●フロリダ州


② 検疫所が確保する宿泊施設での3日間の待機が指定されている州:
●米国全土の州 (詳細はこちらから)
※ニューヨーク州・ハワイ州・マサチューセッツ州・イリノイ州・カリフォルニア州・テキサス州・フロリダ州を除く
※日本時間12月25日午前0時以降の日本到着便より適用開始






最終更新日  2021.12.28 03:51:12
コメント(0) | コメントを書く
2021.12.24
カテゴリ:カテゴリ未分類
クリスマスあす、クリスマスイブに二年振りで、家族があつまりますので、下準備におわれています。今年も私のサイトにたちよってくださって、ありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします

クリスマスの模様をご覧ください。


















下の写真は、私から私へのクリスマス・プレゼントで、ゼロカロリーのケーキです。今までで一番高いケーキですけど、一生もちます。ははは
この画家は、もとは、メキシコ系のギャングの一員で、監獄などにも
ちょくちょく入っていたのですが、改心して、運送会社で一生懸命に働いてます。絵は、第二の仕事。私は、そういう人を少しでも助けたいのです。












最終更新日  2021.12.24 15:02:27
コメント(5) | コメントを書く
2021.12.15
カテゴリ:カテゴリ未分類


先日、地元の月刊誌12月号にクリスマスの話を書いたのを載せましたのでそれを先ず読んでみてください。

あの話の当時、弟は3歳くらいだったと思いますが、母は自分のクリーム色のセーターをほどいて染め直し、妹と私にはホクシャピンク、弟には緑いろの手袋を編んでくれたと書きましたね。その時の弟を忘れません。

緑色の手袋を見た途端に、ぽーん!と放り投げたのです。驚いた母が、
「あら、どうして投げたの?はめてみたら?」と言ったとき、
「僕は男の子だ!赤いのなんかヤダ!」と叫んだので、赤緑色盲だとわかったのです。びっくりした母が、これは緑色なのよ、おねえちゃんのはピンクで違う色なのよ。と説明してもはめるのをいやがっていました。

私の従兄も同じく色盲で、ある日ピンクのトレーナーを買って来て、「これグレーだろ?」と言ったので驚いたことがあります。それからは、必ず私も一緒に買い物についていったものです。いうまでもなく、そのトレーナーは私の物になりました。

 あれから70年たち、最近ネットのコマーシャルに色盲の人でも普通の色に見える眼鏡が発明されて流行ってるビデオをちょくちょく見るようになったとき、弟にどうしても色の世界を見せてやりたくなり、さっそく購入して送ったのです。

 弟はネットもやらないし、メールもやらないので、甥を通して会話をしてるのですが、
「赤ってこんなに鮮明な事に驚き、74歳にして世界が変わりました!」とよろこんでたよ。息子の自分もうれしいです。としらせてきて、ウルウルしてます。

日本のアマゾンではかなり安く買えますよ。なんか安っぽくて説明も不完全な日本語だったので、アメリカで買っておくりましたけど、アメリカのデザインでも中国製だったので、笑ってしましました。中国が経済大国になる筈ですね。日本のアマゾンのアカウントがなかったので、どのみち私は買えませんでしたけどね。一応お知らせしておきます。

 ご存じでしょうが、色盲は99%が男性にでます。でも、そのDNAは自分の子供にはでません。つまり、お父さんが色盲でも子供は大丈夫なのです。色盲DNAは女性をとおして次の代に行くので、私の息子に出る可能性があったわけですが、大丈夫でした。娘は実子がいないので、我々の代で止まりました。

 もっと早くに発明されていたらなあ、と思いますが、生存中、弟に色の世界を楽しめてもらえてとっても嬉しいです。







最終更新日  2021.12.15 13:28:22
コメント(0) | コメントを書く
2021.12.09
カテゴリ:カテゴリ未分類
お元気ですか?リタイア後、80近くになっても、なんだかんだ忙しくしてます。20年前のように、忙しくても、楽天も欠かさず書いてたのとちがって、やはり、動きが遅くなってますから中々、楽天アップもできませんが、生きてる間はつづけますので、時々のぞいてください。12月号がでましたので、原稿を載せますね。






クリスマス

 我が家はクリスチャンでもないのに、クリスマスを祝った。父が海軍士官で、遠洋航海というトレーニングで世界中を回って来たからかも知れない。イギリスでソーシャルダンスやテーブルマナー、ソーシャルマナーを習ったそうで、ダンスは母と一緒に県大会で二位をとるくらいうまかったし、レディース・ファーストのマナーもばっちり守り、母にドアを開けたり、ダイニング・テーブルでも母が座る椅子をひいたり、母が病気になると二階まで抱き上げて階段を上ったりしたのを見て育ったから、私も息子をそのように育てた。ところが、アメリカ人の夫は二度とも全くその反対で、ドアを開けたら、遅れた私の目の前でバタンとしまってもさっさと行ってしまうし、荷物は持ってくれるどころか、私のバッグにあれこれいれ、飲み物をズルズル音を立てて飲むしでがっかりした。

 「西洋ではキリストの生誕祭に、クリスマス・ツリーという物を飾って、子供たちが寝ている間に、木の下にサンタクロースがプレゼントを置いていくのだよ。そしてクリスマスの朝、子供達はそれを開けるんだ。日本でツリーは無理だから、お隣の杉の木の枝を一本いただいてこよう」と父が言った。「どの枝でもどうぞ」と言われ、父はのこぎりをもって行き私は1メートル位の枝を隣から担いできて、色紙で鶴やら風船を折ってぶらさげ、真綿を雪のようにのせ、床の間に飾った。枝しか見てないので、日本の七夕みたいだと思っていた。

 母は、嫁入り前にフランス人からケーキ作りをならったそうで、戦後の物資難の頃でも、臨機応変に練炭の入った火鉢の上に置く、吹けば飛ぶように安っぽいかまぼこ型のブリキで出来たオーブンを使って、クッキーやケーキを焼いてくれた。お砂糖など売ってない時代で、サッカリンという人口甘味料をつかっていたのを覚えている。疎開先の田舎の人々にとって、我々の生活は珍しかったらしく、遠くから自転車に乗ってまで、そのクリスマス・ツリーもどきやら、ケーキを見に来た。その人達も、クリスマス・ツリーは、日本の七夕の竹に短冊みたいなものだと思ったかもしれない。

 両親は私を自由にお寺にも、キリスト教会にも行かせてくれたので、毎週日曜日に一人で教会にでかけた。讃美歌をうたったり、カードを集めるのがたのしかったのだ。ちなみに私はまだ小学生で、同級生のお父さんが牧師さんで「来ない?」と誘われたからだった。その子の両親はハワイ生まれの日本人だったから、時々夫婦で英語など話しており、クリスマスにはサンタクロースの恰好をして子供達にミセスが焼いたお菓子などをくれた。

 12月は温暖といわれる静岡でも炬燵に足をいれて寝るくらい寒くなったのだが、母は私と反対側に座り子供達がねてからコッソリ何かをしていた。ある晩、寝たふりをして、うっすらと目を開けて眺めたら、編み棒が忙しく動いていた。戦後は新しい毛糸など、まず手に入らない時代だったから、母は自分のセーターをほどき、緑と、ホクシャ・ピンクに染め直して弟には緑、妹と私にはピンクの毛糸で手袋を編んでいたのだった。

 クリスマスの朝、まだ真っ暗な中で布団から手を出し頭の辺をまさぐるとヒヤリと冷たい畳の上にソフトな何かと、“固い何か”が置いてあるのを感じて、嬉しくて朝日が昇るのが待ちきれなかったのを思い出す。何も知らない弟や妹はまだスヤスヤ寝ていた。やがて雨戸の隙間から朝日がスゥ~と入ってきた時、早速手袋をはめてみた。指を一本ずつ入れながら母の愛を感じて、手袋の両手で思わず自分を抱きしめた。その色も感触も網目もよく覚えている。ちなみに、“固い何か”は、小さなアルミの缶で、色もデザインもきれいなアメリカのキャンディーが一杯つまっていて、当時の私には宝物のように見えた。

 あれから70余年、クリスマスをヨーロッパで過ごしたこともあるし、アメリカの我が家では4メートルもあろう大きなツリーをかざったことも数えきれないほどある。さまざまなパーティーに招かれ沢山のプレゼントをもらってきたが、クリスマスの度に心温かく思い出すのは、あの時の父が手伝ってくれた杉の一枝と、母の編んでくれたフォクシャ・ピンクの手袋である。
 

****
クリスマスギフトに私の本はいかがですか



日本では、アマゾンでこの題名でサーチするとでます。
アメリカでは、私に直接メールください。8pkaigo@gmail.com です。











最終更新日  2021.12.09 22:48:11
コメント(0) | コメントを書く
このブログでよく読まれている記事

全2294件 (2294件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 >

PR


© Rakuten Group, Inc.