2259947 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

アウトドア~な温泉日記

全25件 (25件中 1-10件目)

1 2 3 >

観光日記(県外番外編)

2016年11月24日
XML
さて今日は出張生活の締めくくりにかつて行ったけれど結局掲載しないまま終わった場所ということで・・・
まあ新しいところで。。。
20161008(犬山城3)

犬山城・・・
最後の愛知出張で空いた一日を利用して訪問。。。
国宝4城は残すところ松本城のみ、まあ松本城くらいなら私用でも行けるしね・・・
20161008(犬山城2)

この城は本当は専属ガイドがガイドしてくれるはずだったんだけれど・・・
旦那さんの仕事でタイにお引越し中で。。。
帰ってくるのは待ってられないので行っちゃった・・・
国宝4城というのは国宝指定されている
姫路城・彦根城・松本城とこの犬山城を指してそういうのですが・・・
実は昨年63年ぶりに国宝指定された城がありましてね・・・
松江城、なので現在国宝指定されている城は全国に5つ、
今後は国宝5城と呼ぶべきかね~~
残念ながら松江城も行く機会はなく・・・
まあその前にさんざん出張で行った愛媛の松山城にも行けずじまい・・・
松山城も現存天守12城の一つ。。。
まあ出張は「仕事」だから・・・
20161008(犬山城1)

犬山城、歴史上これと言って華々しいお話はないんですよね・・・
城主が信長と対立して甲斐に逃げて以降織田家の所領・・・
小牧長久手の戦いのときにちょっと出てくるくらいかな~~
織田信勝(信長の次男)その後、豊臣秀次(秀吉の甥)でもってそのあと関ケ原とかいろいろあって転々とした後、最終的に尾張藩家老の成瀬家の所有・・・
これと言って特筆すべきことも無し。。。
まあただこの城十年ちょっと前まで日本で唯一の個人所有(成瀬家)の城だったんですよね
は~い江戸時代から明治維新も乗り切り平成の時代まで成瀬家の個人所有の城だったという変わった城ではあります、はい・・・
20161008(犬山城4)

犬山の名物と言えばこの国宝「犬山城」と犬山祭り・・・
からくり人形が乗った山車が祭りのメイン。。。
これはミニチュアね・・・

まあいつか招待して案内してくれることでしょう。
専属ガイドのハックさんが。。。

さて次・・・
グルメ。。。
このブログ書き始めたころにはもう行慣れて書くこともなくなっていた静岡県・・・
変なものばっかり紹介してきましたが(何しろ十年以上通ったので当たり前のは飽きちゃって・・・)
マグロが美味しい地域でもあり。。。
というかこっちに来るようになって地元で、ま~~食うことが無くなったのがマグロで・・・
美味しくないんだもの、新潟のマグロ・・・、
まあそりゃそうだよね・・・
20161029(清水魚市場1)

清水の魚市場の中に美味しい店があります・・・
まあここは観光市場的なのだからいろいろ店があるんだけれどね・・・
静岡だと清水・それに沼津・それに焼津にこういった観光市場がありますね、
でこの清水の市場はシーバスも出てます、シーバス乗ると三保の松原とか行けるのだけれど単なる松林だから別にどうでも。。。
20161029(清水魚市場2)

静岡は長かったから評価が手厳しいのです・・・
実は富士山ももう見慣れてしまってその辺の「山」と大して変わらない評価。
始めてくる人とかと一緒だとね「あ~富士山が見える~」とか言って興奮するんだけれどね・・・
慣れた私にとっては「そりゃ見えるでしょうよ山は動かないもの、あって当たり前、見えて当たり前」だからどうしたのよ「単なる山」でしょうが。。。
で、だいたい「冷めてるね~~」とか言われるんだけれど、そりゃ10年も同じ山見続けりゃ珍しくも何ともありませんわ・・・

でこれが清水の魚市場「みやもと商店」のマグロ丼・・・
20161029(清水魚市場3)

冷凍物でない生の本マグロが乗ってます、これは中トロイン。
普通の赤身のと中トロ乗せと大トロ乗せがあるのです。
まあ値段はそれなりにします・・・
まあマグロは明らかに静岡の方が美味い、新潟では好んで食べないね~~、レベルが違うもの・・・

でもって最後は温泉・・・
これはだいぶ前だけれど、出張中の空き日に行った箱根湯本温泉。。。
20160724(箱根温泉2)

天山湯治郷・・・
源泉かけ流し、箱根の温泉も泉質はいろいろだけれど・・・
比較的特徴の無い湯が多いんですよね箱根は。。。
箱根は静岡と神奈川の県境の温泉、静岡には伊東温泉、湯河原温泉、熱海温泉など名の通った温泉が多く温泉天国と言われていますが・・・
20160724(箱根温泉1)

強烈な個性を持った温泉は少なく私の中での温泉天国はやっぱり群馬ですね、後は大分(別府があるから・・・)
まあすっかり慣れた私にとっては静岡はハンバーグ(みんな大好きさわやかハンバーグ)の県ですね。
 *)「さわやか」は静岡県のみにあるハンバーグチェーンのファミレスです(美味しい地元に一軒欲しい・・・)

今日は光君も食べたい「さわやか」ハンバーグのお話でした。。。
「玉ねぎ入ってるからダメ!!(さわやかのハンバーグはオニオンソースが美味しい)」
20120405(ハンバーグ4)

なんのこっちゃ・・・

20160515(光君3)


ではまた。。。






最終更新日  2016年11月26日 10時08分17秒
コメント(18) | コメントを書く


2016年09月17日
さて奈良の続きです。
奈良は歴史都市です、さてその昔の奈良の都がここ・・・
20160904(平城宮1)

平城宮です。
平城宮は平城京の中心、平城京はこの平城宮から南へ3.7km先の羅城門が入り口となります、
南北5km、東西6kmの古代都市です。
20160904(平城宮2)

そしてこの平城京の中心平城宮の入り口が羅城門から朱雀大路を北に進んだ先にあるこの朱雀門です
この先が平城京の中心部平城宮となります。
まあこの朱雀門から3.7km先の羅城門までが今でいうところのメインストリートなわけですね。

ちなみにこの朱雀門年中開け放たれていたわけではありません、通常はこの門は閉ざされていて、
開くのは外国からの使節が来た時や帰る時、天皇が出入りする時、
この先の平城宮には今でいうお役所が立ち並んでいるわけですが、普通の役人はこの朱雀門から出入りしません、
他にたくさんある別の門から出入りします。
20160904(平城宮4)

これはそのたくさんある別の門の一つ「建部門」
平城宮には朱雀門のほかにこの建部門を含め11の門がありました、
朱雀門の東西に壬生門(東)、若犬養門(西)、
東側にちょっと出っ張った東院正面に2つ、小子部門(西)と建部門(東)、東側に呉犬養門
平城宮の裏側にあたる北側に3つ、猪使門(中央)、海犬養門(西)、丹比門(東)
西側に3つ、伊福部門(北)、佐伯門(中)、玉手門(南)

でこの出っ張った東院には庭が作られていて・・・
20160904(平城宮5)

こんな感じ・・・
この平城宮の中は言ってみれば御所と役所が密集地た場所、

これは天皇に使える宮内省の跡(復元)
20160904(平城宮6)

これらの復元された建造物、発掘調査から復元したものですが、
平城京はその後遷都されて長岡京に、平城京の建物は解体され長岡京に移されましたので後には礎石の跡とかしか残ってないわけです、
これでは当然上にあった建物がどんなものだったかは分からない、
雨水を流す樋の跡から軒の出を予測したり、同時代の法隆寺などの建築物から当時の建築様式を予測したり・・・
まああくまでも予測で、たぶんこんな建物だったのだろうというのがこの復元した建物なわけですね。

で、この平城宮の中心がここ・・・
20160904(平城宮9)

大極殿です・・・
朱雀門を入った正面にあたるのがこの大極殿・・・
なんですが実は平城宮の中って何度か作り替えられていて、大極殿も2か所ある・・・
20160904(平城宮7)

これは古いほうの大極殿を再現したもの・・・

その後なぜか大極殿は朱雀門から少しずれた壬生門の正面に移動・・・
まあ平城宮の真ん中と言えばこっちのが真ん中な気もするけれど。。。
なんで動いたのかはよく分からないそうです。
政治的な何かがあったのかもしれませんね。
20160904(平城宮3)

これが新しいほうの大極殿の跡、基礎だけ再現されてます。
第二次大極殿は大極殿の後ろに内裏があります。
この時代の建造物は中国の影響を強く受けていますね。
なんとなく中国っぽい建物でしょう・・・

でもって次の奈良は・・・
20160904(春日大社1)

ここ、
春日大社・・・
春日大社も現在造り替え中、一応この本殿が国宝です。
でもなんか朱塗りがきつい気が・・・
20160904(春日大社2)

一度来ればいいかな?・・・
国宝だろうが何だろうがあんまり好きでないのはあんまり好きでないのです・・・
そんだけ、春日大社終わり。。。

え~と最後は温泉でも・・・(笑)
20160903(洞川温泉)

洞川温泉です。
これで「どろがわ」と読みます。
温泉地としての雰囲気は悪くないと思います。
修験者の霊峰、大峯山の入り口、霊峰大峯山は女人禁制で古くはこの洞川温泉は遊郭の役割も果たしていたんだそうですよ。
泉質は普通、特に特徴なし・・・
単純泉だし・・・

ということで奈良終わり・・・

20160703(光君)


ではまた・・・






最終更新日  2016年09月17日 17時39分02秒
コメント(22) | コメントを書く
2016年09月04日
さて久しぶりの日記になります。
家族で出かけることもめっきりすくなっくなりましたので・・・
まあ温泉くらいかね。。。

ということで今回も出張中の観光のお話で・・・
今度は奈良で時間が空いた・・・(一日半・・・)
またか!!って、でもね、1日半空いて一回帰っても行って戻ってくるだけで何時間もいれないし、
いてもどうせ最近の傾向からすると寝てるだけなので寝てるだけなら帰らないほうが楽・・・
経費的にも往復の交通費考えたら帰らないほうが安い。。。
ということで気にせず観光しましょう・・・

さて奈良はすでにこのブログでも何度か出てきており、奈良の代名詞ともいえる東大寺(大仏の寺)と法隆寺(世界遺産)を紹介してしまっていますので・・・
まあそれ以外ということで・・・
20160904(薬師寺3)

まずここ・・・
法隆寺ではありません、それはずいぶん前に紹介しました、これは東西に二つの塔をもつ寺、「薬師寺」です。
薬師寺は697年に創建され、平城遷都に伴い現在の位置に移ったのが710年、非常に古い歴史を持つ寺ですが、
長い歴史を持つがゆえに過去幾多の災害に見舞われ、1528年享禄元年の兵火で東塔以外のほぼすべての伽藍が灰塵と帰し、
現在の伽藍の多くは昭和になって復元されたものです。
しかも現在その唯一残る東塔の解体修復中で東塔は見れないと来ています、
じゃあ見る価値ないじゃん!!

とんでもない、奈良でも最古級の歴史を持つ薬師寺にはほかにも見るべきものがたくさんあります。
まあただ見るべきものがほとんど撮影禁止なのでブログ的には・・・
20160904(薬師寺8)

まず本堂となる金堂にはこの寺の本尊となる薬師三尊(国宝)が収められています。
薬師寺ですのでご本尊は薬師如来です、当たり前・・・

お寺ですので柏手はいりません、手を合わせてお参りしましょう・・・
合掌・・・
誰ですか「南無阿弥陀仏」とか言ったのは?
南無阿弥陀仏というのは南無「阿弥陀仏」、阿弥陀如来に帰依しますという意味の言葉です。
この薬師寺のご本尊は薬師如来、まあ相手が仏さまなので怒りはしないでしょうけれど、薬師如来の前で阿弥陀如来に帰依しますと言われてもね・・・
相手が人間なら喧嘩売っとんか!!となるところですね。

では何と言ってお参りするか・・・
ここ薬師寺は法相宗の寺、法相宗は解脱密教系のお寺ですので真言を唱えます、
「オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ」
これであまねく諸仏と薬師如来に帰依しますという意味になります。
念入りにお参りしたい人は・・・
そうですね薬師如来大呪でも唱えておきましょう
「ナウボウ バキャバテイ バイセイジャ グロ バイチョリヤ ハラバア ランジャヤ ターギャタヤ アラカテイ サンミャク サンボダヤ タニヤタ オン バイセイゼイ バイセイゼイ バイセイジャ サンボドギャテイ ソワカ」
薬師三尊ですので正面の薬師如来のほかに左右に脇侍の菩薩様が二人・・・
月光菩薩と日光菩薩です。
まあ一応月光菩薩は「オン センダラ ハラバヤ ソワカ」
日光菩薩は「オン ロホウニュタ ソワカ 」という真言がありますが、
まあここでは薬師如来の脇侍となっていますので薬師如来真言で良しとしましょう。

さて次に大講堂へと向かいますと・・・
20160904(薬師寺4)

今度は弥勒三尊が収められています。
合掌・・・「オン コロコロ・・・
それは薬師如来真言です、弥勒菩薩の前で薬師如来に帰依しますと宣言してはいけません。
やり直し・・・
「オン マイタレイヤ ソワカ 」
はいこれであまねく諸仏と弥勒菩薩に帰依しますという意味になります。
弥勒菩薩の脇侍は法苑林菩薩と大妙相菩薩、
え~・・・さすがにこの真言は知りません・・・
だってあんまり出てこない菩薩様だもの。。。
まあ弥勒菩薩の脇侍なので弥勒菩薩真言で良いことにしましょう。

何?こんな真言覚えてられないって?、
心配いりません本尊となる仏様の真言はちゃんとそこに書いてあります、それを読めばいいだけです。
20160904(薬師寺7)

これは西塔、残念ながら兵火に焼けて昭和に再建された建物です、古い東塔は修復中・・・
20160904(薬師寺5)

これは玄奘三蔵院伽藍、これも公開される時が決まっていて今は非公開・・・
外から見ることはできますので・・・
20160904(薬師寺6)

この薬師寺の法相宗は玄奘三蔵がインドから持ち帰った経典を起源とする仏教ですのでね、玄奘三蔵が祀られていても何の不思議もないわけです。
この玄奘三蔵院には三蔵のご遺骨の一部が安置されているそうです。
残念ながらそんなに古い建物ではありません。

さて薬師寺はこれで終わりと思ってはいけない、気づかず帰ってしまう人もいるようですが、薬師寺にはもう一つ建物があります。
20160904(薬師寺1)

国宝「東院堂」です。
東院堂は養老年間に創建され天禄4年(973年)の火災で焼失、弘安8年(1285年)に再建されました、
すでに700年以上の時を経た貴重な建造物です。

ここに収められているのが
聖観世音菩薩(国宝)、観音様です
合掌・・・
もう分かりますね観音菩薩真言です。
観音菩薩真言は「オン アロリキャ ソワカ 」です、
これであまねく諸仏と観音菩薩に帰依しますという意味になります。
ではあらためて合掌・・・
「オン アロリキャ ソワカ」・・・

この薬師寺のご本尊薬師如来は大医王仏、瑠璃光を以て衆生の病苦を救う仏、無明の病を直す法薬を与える医薬の仏、仏教では珍しい現世利益信仰の仏さまです。
20160904(薬師寺2)

まあ闘病中のブロ友さんもいるので最後にもう一度合掌・・・

オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ

今日は薬師寺のお話し・・・
ネタがないのでまだ引っ張ります奈良でね(薬師寺は終わり・・・)・・・

20160717(光君1)


ではまた・・・






最終更新日  2016年09月04日 18時50分47秒
コメント(22) | コメントを書く
2015年05月26日
テーマ:食べ物探検(125)
出張で東北に行きました。
日本全国飛び回ってるように思われている方も多いようですが、
実は東北はほとんど行くことはなく、仕事で行った東北の県は宮城だけでして・・・
それも極々稀。。。

私用で(キャンプで・・・)福島と山形は行ったことがありますが、岩手・秋田・青森には公私ともに足を踏み入れたこともありません。
なので東北はほとんど知らないのですよ・・・

で、今回行ったのは・・・
人生初の岩手~~、さんさ祭りの地域ですね・・・
あとは・・・
20150521( 冷麺)

冷麺・・・
盛岡といえば冷麺ですからね・・・
麺類大好きな私としてはやっぱりこれは食べておかないと・・・

何しろ東北はほとんど知らない、盛岡に至っては今回初ということで、
東北観光広報部長(東北混浴推進エロがっぱだったかな?)に聞いてみると・・・
「冷麺なんてガムみたいで美味しくないよ、岩手の麺類ならじゃじゃ麺だす」
とのこと。。。

根がとっても素直な私は・・・
20150522(じゃじゃ麺)

とりあえずそれも試食・・・
なんか様子がおかしいって?、だってここ飲み屋だもの。。。
冷麺もじゃじゃ麺も飲んだ後の〆だもの・・・

せっかく教えてくださったのに申し訳ないのですが・・・
個人的には冷麺のほうが好きです。。。

じゃじゃ麺というのはうどんに肉味噌がかかったようなもので。。。
冷麺のほうが麺類としての個性があるような気もしますしね・・・
麺類はビーフンでも刀削麺でも、フォーでも、大概のものは大丈夫なので・・・
冷麺くらいの硬さなら別にさほど硬さは気になりませんので・・・

〆の紹介が先になってしまいましたが三陸のつまみといえば・・・
20150521( ホヤ)

ホヤです・・・
ホヤは苦手という人も多いのですが、ホヤはすごく鮮度に影響されますので、鮮度の悪いホヤを食った人は・・・
もう二度と食いたくないというのも分からないでもないですが。。。

実は今回の私のブレーン、東北混浴推進エロがっぱさんもホヤが苦手で・・・
ホヤは美味かったよと言ったら「あホヤ!!」と言っておりました。。。
三陸のホヤはそんなに臭くないんだけれどね~~
さてアテだけあって酒がないというわけにもいきませんので、岩手の地酒を・・・

初日にいくつか試飲してみたのですが今一つ好みにあった酒がない・・・
その旨連絡したら「岩手の酒より青森の田酒が美味いよとの返信が・・・」
青森の田酒が美味いのは知ってまんがな。。。
岩手に来て青森の酒飲んでもしょうがないでしょうが・・・

無いといわれると探したくなるのが捻くれ者というもので。。。
翌日は居酒屋の岩手の地酒を端から順番に飲んでいったのでした・・・
まあわりと好みにあったのは紫波郡紫波町の月の輪酒造の月の輪・・・
明治19年創業の老舗ですが現在の杜氏は横沢裕子杜氏、酒蔵には珍しい女性杜氏です。
全国新酒品評会でも何度も金賞を受賞している常連の酒蔵です、
ちなみにこの情報は飲んだ後で集めたもので知っていたから飲んだわけではありません。。。
酒なんてね、飲んでみなきゃ分からないのよ、
名が通っていれば美味いわけでもないし、高い酒が美味いわけでもない、賞を取ってる酒が美味いわけでもない。
飲んで美味かった酒が美味い酒!!

さて帰り道・・・
途中の国見SAの牛タンが高速のサービスエリアで食べれる牛タンにしてはなかなか美味いので食って帰ろうと思っていたのですが・・・
岩手で飲みすぎて金がない・・・
牛タンは食いたいけれど先立つものが。。。
20150523(辛味噌牛タンラーメン)

辛味噌牛タンラーメン・・・
ほんのちょっとですが、こんなものラーメンに乗せていいんかい!!というような本格的な牛タンが乗っています・・・

このSAの牛タンは仙台市内の専門店と比較してもそうひけは取らないと思うけれど、
その分料金の方も・・・
牛タンラーメンなら安いからね。。。

岩手のお土産は・・・
東北観光宣伝部長の推薦で。
20150524(ごま摺り団子1)

松栄堂の「ごま摺り団子」・・・
そういえばごま摺りができなくて東北に飛ばされたんでしたな・・・
東北で摺りごまの味をおぼえたわけで。。。
20150524(ごま摺り団子2)

団子の中から摺りごまの旨味が飛び出してくるという仕掛けの団子です・・・
家族にはおおむね好評。。。

今日は岩手初出張のお話でした・・・
情報提供ネタ提供「悠々愛々さん」でした。。。
ありがとうございます。

20150424(光君)


ではまた・・・








最終更新日  2015年05月26日 20時55分47秒
コメント(18) | コメントを書く
2015年04月20日
テーマ:食べ物探検(125)
さて今回の行き先は四国の外れの方と言いましたが、意外とみんな四国も松山過ぎたら知らないのでなかろうか・・・
松山より向う側の四国ってどんなところかと言いますと・・・
20150412(大洲城1)

まずこれ・・・
大洲城、大洲城はかつて宇都宮氏が築いた城で伊予を南北に結ぶ大洲街道と宇和島街道のつながるところ、西には大洲の外港八幡浜があり、
四国の外れではありますが交通の要衝となっておりました。
今の天守閣は平成16年に復元されたものです。
20150412(大洲城2)

な~んだ復元された城でないの珍しくもない・・・
いえいえとんでもない。。。
大洲城は戦後初めて当時の工法、木造で復元された城です。

大洲城の天守は高さ19m、本来建築基準法で木造が認められない高さです。
そのため愛媛県、建設省共に建設計画を認めず、大洲市は2年の歳月をかけて折衝を続け、
保存建築物として建築基準法の適用除外を認めさせ、ようやく建設されたものです。
20150412(大洲城3)

大洲城がほぼ当時の形のままに再現できたのは、大洲城は明治21年まで天守が現存しており当時の写真などの資料が多数存在したこと、
大洲藩作事棟梁中村家に大洲城の天守雛形という木造模型が現存しており、その内部構造を詳しく知ることができたこと、
この2つの幸運が重なり、当時の技術を使い、ほぼ当時のままの姿に再建することが可能となったのですね・・・
20150412(大洲城4)

このような見事な木組みができる職人がまだ残っているというのも、この城の再建には不可欠の条件ですね。
富山県の宮大工を招き地元の大工と協力して築き上げたのがこの城です・・・

さて次はこの大洲城とは対照的に・・・
20150412(宇和島城1)

現在に当時の姿のまま残る城です・・・
宇和島城・・・、国内に12しかない天守が現存する城です・・・
宇和島城は天守以外のほとんどの建築物が撤去されており、天守自体も小さいのでこれを見るには想像力がいるかもしれません・・・
20150412(宇和島城2)

宇和島城は築城の名手と言われた藤堂高虎が苦心の末に築き上げた名城で、当時としてはかなり革新的なアイデアが詰め込まれています。
実はね、この城五角形なんですよ・・・
五稜郭のように砲術的観点からの五角形ではありません、錯覚を利用したトリックのようなもので・・・
攻める方は自然城は四角と思って攻めます。
四方を取り囲むと残った一辺が死角となる・・・、この一辺は攻撃盲点となり物資の搬入、脱出経路、反撃のための攻撃経路にもなるわけです。
この錯覚を利用した宇和島城にはたくさんの間道があったと伝えられています。
20150412(宇和島城3)

まあそんな細かな設計上のことだけでなくてね・・・
かつてこの石垣の上には櫓が組まれ天守と合わさって主郭を形成していたと思われます・・・
今は無いたくさんの構造物を頭の中で補いながら見るとね・・・
宇和島城というものが分かるのではなかろうかと思いましてね。
20150412(宇和島城4)

現代に残っているのはこの小さな天守閣だけ・・・
城の西側半分を海に接する海城でもあったのですが、現在は海も堀も埋め立てられてしまって。。。
やっぱり想像力がないと・・・
20150412(宇和島城5)

まあ宇和島城に限らず城というものは当時のままに残っているわけではありません。
巨大な要塞であった城のほんの一部の主郭部分だけがわずかに現在に残っているわけです。
足りない部分、今は無い部分は補って、想像力を働かせて見ましょうね・・・

さて宇和島といえば・・・
そう、鯛めしです、宇和島風鯛めしの本場です・・・
20150412(かどや1)

今回は宇和島郷土料理の老舗の「かどや」さんで頂きました・・・
鯛めし・・・
本場宇和島の鯛めしが・・・
20150412(かどや2)

これです・・・
ご飯の上に鯛の刺身が乗っていて、ついでにウズラの卵なんかがかけてあって、出汁をかけて食べる、
なんてスタイルの「宇和島風鯛めし」が宇和島以外にはたくさんありますが。。。
本場の鯛めしはそんな食べ方はしません・・・

ではどう食べるか・・・
真ん中に卵の入った出汁が用意してあるでしょ~
まずは卵をといて、出し汁に刺身も刺身の付け合わせの海藻もシソの葉も全部入れてしまいます。
お茶椀にご飯を盛って・・・、その上にこの混ぜ合わせてぐちゃぐちゃになったものをかけて食べる・・・
20150412(かどや3)

こんな感じです、これが正しい宇和島風鯛めしの食べ方・・・
本当よ~~~ん。

ずいぶんと下品な食い方と思うかもしれませんけれどね・・・
宇和島風鯛めしというのは、その昔、火の使えない船の上で海賊たちが食べていたものでしてね、
酒盛りをした酒の器に飯を盛り、その上に鯛の刺身を乗せて食ったのが始まりだと言われています。
海賊の酒盛りの〆みたいなもので、もともとそんなに上品なものではないのですね。

地方の郷土料理には海賊、山賊、漁師、狩人、農夫、海や山を知り尽くしたもの達が残した美味がたくさんあります、
公家の料理、料亭の料理とは大きく異なる・・・
みすぼらしくも真実の味です、見た目にこだわっていては郷土の美味など味わえないのですよ。

私は食に対する好奇心が強いので、結構気持ちの悪い変なものも食べます・・・
「ホヤ」とかね・・・、ま~見た目美味そうじゃないからね~~~
国内だとそれで思わぬ美味に出会うことも多いのですが・・・
こういう輩は結構海外で腹を壊すのだそうです・・・

国によっては衛生管理がいまいちなところもあるので、海外では得体のしれないわけの分からないものは食べない、くらいでちょうどよいのだそうで・・・
まあでも食ってみないことには美味いかどうかは分からないからね・・・

あ~そうそう・・・
20150412(かどや4)

宇和島といえばジャコ天も有名です・・・
他には・・・
「さつま」とか「ふくめん」とか。。。
なにそれって?。。。自分で行って食べなさい・・・
全部は紹介できないの!!、そんなに食べれないし結構高いんだから・・・

今日は松山から先の四国のお話・・・

20150315(光君4)


ではまた・・・








最終更新日  2015年04月20日 19時30分05秒
コメント(23) | コメントを書く
2015年03月21日
テーマ:食べ物探検(125)
さて、また久しぶりの日記になりました、
前々回が千歳、北国でしたので、今度は南の方に移動しましょう・・・
まあ南というより西かな?・・・
20150313(下関7)

本州最西端、山口県です

20150313(下関4)

これは長州砲、幕末攘夷運動を行いその後の明治維新の中核となった長州は幕末というイメージが強いかもしれませんね。
もともと攘夷運動というのは鎖国の継続を主張して起きたものでその筆頭が長州藩です、
では開国を主張していたのはどこかというとこれが幕府・・・

20150313(下関3)

この長州砲で船舶を砲撃し無謀な戦争を仕掛け、こてんぱんに叩きのめされていたのが長州藩で・・・
この無謀な戦いで長州藩は近代兵器の力というものを嫌というほど知ることとなります、
それがのちの開国、近代化への原動力となっていくわけです、
この国の開国近代化が鎖国を主張していた長州藩を軸にして行われていくのですから歴史とは面白いもので。。。

さて山口県は九州との境・・・
20150313(下関8)

このトンネルを抜けた先が九州です・・・
20150313(下関5)

トンネルの底、
ここが県境です・・・
ここから本州側は山口県下関市、九州側は福岡県北九州市です。
20150313(下関6)

歩いて九州上陸です・・・
特に意味はないけれど。。。

九州との境となる山口県は幕末以外にもいくつか歴史の表舞台に登場します、
中でも有名なのが・・・
20150313(下関1)

壇ノ浦の戦いです。
「平家にあらずんば人にあらず」、平清盛の時代に隆盛を極めた平家の時代もこの壇ノ浦で幕を閉じます。
20150313(下関2)

二位尼に抱かれて安徳天皇は史上最年少で崩御いたします御年8歳・・・
この時二位尼に抱かれて海の底に沈んで行ったものがもう一つ・・・
三種の神器「草薙の剣」です、
こうして失われた三種の神器は関門海峡の底で眠ることとなります。
この時、八尺瓊勾玉も一緒に沈んだのですが、玉は箱に入っていたため浮かび上がりその後源氏に回収されたといわれていますが、
剣はついに発見できず、三種の神器の一つはこの時に失われたといわれています。

さて山口県といえば・・・
獺祭。。。
磨き2割3分という驚異の精米度を誇ります・・・
まあ酒は飲んでみないと分かりませんので、
飲んでみましょう2割3分・・・
20150312(下関2)

獺祭2割3分を含む地酒利き酒セットです・・・
ここまで磨き上げても味が抜けておらずまあ美味い酒といっていいでしょうが、
私の好みとは違いますね、それに高い、
利き酒セットですので他に2品の日本酒がついてきます、共に山口の地酒、
「金雀 純米吟醸」と「五橋 本醸造」です。
五橋だけは純米では無く本醸造でアル添されていますので味に濁りがありますね。
金雀はなかなか良い・・・

さて酒のつまみは
20150312(下関3)

河豚です、
下関に来て河豚食わないわけに行きませんね、
トラフグの刺身にフグ蒲鉾、それにフグ皮のサラダ・・・
一人なので鉄ちりが食えないのが残念ですが。。。

山口県はかつては田布施杜氏、大津杜氏などが活躍した地域ですが、今は受け継ぐものもおらず消滅寸前の状態にあります。
しかし山口の酒造りの伝統は途絶えたわけではなく、南部流などの杜氏を迎え入れ現在も酒造りをしています。
この金雀の酒蔵、堀江酒造も南部流の酒蔵です、
杜氏には流派があり、たとえ山口の酒であっても南部杜氏が造った酒は南部流の酒になります。
なので金雀は南部流・・・

はい、つまみ追加・・・
20150312(下関1)

小河豚のから揚げとフグステーキ。。。
酒は・・・、カワウソ(獺)よりもスズメ(雀)がいいね・・・
金雀おかわり~~~

獺祭は中国地方の酒であっても関西の山田錦を酒米に選んでいますが・・・
中国地方には中国地方の銘酒米があります、
「八反錦」・・・、主に広島で栽培される八反錦は広島の安芸津杜氏や三津杜氏が得意とする酒米ですね。
この金雀にも一部「八反錦」が使われています。
山田錦は銘酒米、越後流の杜氏の多くも山田錦を使っていますが、山田錦だけが酒米でなし、
新潟の「五百万石」、広島の「八反錦」、岡山の「雄町」、長野の「美山錦」・・・
全国には美味い酒を造るのに適した米がまだまだたくさんある。。。

ちなみに米に恵まれた新潟の越後杜氏がなぜ山田錦を使うのか・・・
新潟の酒米の主力は「五百万石」「亀の王」「白藤」どれも高度精米に向きません、壊れます・・・
なので精米度を極端に上げた大吟醸なんかを造る時にね。。。
YK35などと言いましてね、精米歩合が40%を越えるような高度精米には山田錦が向いているのですね。
まあ今は高度精米にも耐えられる「越淡麗」が開発されているので純新潟産の大吟醸も増えてきていますけれどね・・・

獺祭のような磨き2割3分なんていう極端な大吟醸は山田錦が向いているということでしょう・・・
ちなみに銘酒と言われる酒に多い磨きは。。。
3割5分です、磨けば磨くほど美味くなるというものでもないのですね、
米の6割から8割近くをヌカにしてしまっているのですから、思えば贅沢なことで・・・・

さて、飲んで、食って、くだ巻いたので帰りましょう・・・

20150315(光君1)


今日は下関のお話・・・




サボりすぎてネタが余ってきました・・・
マズイね。。。






最終更新日  2015年03月21日 13時06分51秒
コメント(23) | コメントを書く
2015年02月21日
今日は我が家のお庭を紹介しましょう、
20150219(栗林公園8)

はいこれ・・・
広さはほんの75ヘクタール、いや~~小さくてすみませんね~~
でもってこれが・・・
20150219(栗林公園7)

茶室・・・

そいでもってこれが・・・
20150219(高松城1)

門・・・

え~と自宅の方は・・・
20150219(高松城4)

これかな?

え?、そのネタは以前の後楽園と岡山城で使ったって?
懲りない奴だって・・・

は~い
これは高松の栗林公園です、自宅といったのは高松城跡です。
20150219(栗林公園9)

栗林公園はかつて文部省発行の高等小学読本にて
「我が国にて風致の美を以って世に聞えたるは、水戸の偕楽園、金沢の兼六園、岡山の後楽園にして、これを日本の三公園と称す。
 然れども高松の栗林公園は木石の雅趣かえって批の三公園に優れり」
と記載されており、日本三名園よりも優れていると紹介されたため、日本三名園に肩を並べる名園として知られています。

20150219(栗林公園6)

ミシュラン観光ガイドではわざわざ訪れる価値のある場所として最高の3つ星に選ばれています、
米国の庭園専門誌「ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング」の日本庭園ランキングで足立美術館(島根)、桂離宮(京都)に次ぐ第3位にも得ればれています。
まあこういったものは選者の好みが反映されるものではありますが、
日本を代表する回遊式大名庭園の一つであることはまず間違いないでしょう。
20150219(栗林公園2)

栗林公園という名前ですが庭を構成する木は松が主で栗ではありません、
名前の由来となった栗林はかつては存在していたようですが鴨猟の邪魔になるということで伐採されたのだそうです、もちろんず~~~~と昔のことですけれどね。
20150219(栗林公園1)

特定名勝として指定されている日本庭園の中ではもっとも広い公園で、
6つの池と13の築山で構成されています。
さてこうして出張中の観光など書くと「あ~、またサボってるな~~」と思われるかもしれませんが、
私は早起きなので・・・、
以外にこういった公園は開園が早く仕事前の散歩にも使えるのですよ、
ちなみにこの栗林公園の開園は7時です、岡山の後楽園もそのくらいの時間には開園したものと思います。
営業時間外ですよ。。。
20150219(栗林公園3)

南国四国は暖かいのでもう梅の花が咲いていました・・・
新潟の梅はまだ咲きそうにないけれどね~~
20150219(栗林公園4)

紅梅に白梅・・・
春の訪れを感じますね。

物には見頃というものがあり、
夏には見事な花をつけるであろう蓮池も・・・
20150219(栗林公園5)

今はこの通り・・・
とかく人は美だけに目を奪われがちですが、その一瞬の美を作るためには、誰からも見向きもされない長い不遇な時間が必要なのですね。
大輪の蓮の花にもこのような時代があるわけで・・・

さてついでの高松城です。
20150219(高松城2)

なに?水攻めされた城?
そりゃ備中高松城でしょうが・・・、中国大返しの・・・
これは讃岐高松城です。
20150219(高松城3)

天守閣はありません、版籍奉還に伴い廃城となり破却されました、その後アメリカ軍の高松空襲により三の丸桜御門が焼失。
現在に残るのは北の丸月見櫓、北の丸水手御門、北の丸渡櫓、東の丸艮櫓の4棟が重要文化財に指定されています。
日本初の本格的な海城で三重の掘りが廻らされ、城壁は瀬戸内海に直接面していて内堀、中掘、外堀全てに海水が引きこまれていました、
20150219(高松城5)

軍船が直接城内に出入りできる構造になっており、
日本初にして最大の海城です。
讃州さぬきは高松さまの城が見えます波の上・・・・
20150219(高松城6)

これは本丸に続く唯一の導線、蛸橋・・・
これを切り離すと本丸は海の上に浮かぶ完全に独立した城郭になるわけです。
20150219(高松城7)

これが本丸、奥に見えるのが天守台です。
海城ですので高低差はあまりなく観光する分には疲れない構造でしょうね・・・
海城という特異な城でありますので、城としての趣は好みの出るところでしょうけれどね。
20150219(高松城8)

これが天守台・・・
今は礎石が残るだけ。。。

この高松城の堀は海水で構成されていますので・・・
20150219(高松城9)

なんとお堀には鯛が泳ぎ・・・、牡蠣が張り付いています・・・
ちなみに鯛は養殖です・・・
城の堀で養殖された鯛なんてここだけでないかな。。。

ということで今日は栗林公園のお話・・・

20150208(光君5)


ではまた・・・









最終更新日  2015年02月21日 09時08分12秒
コメント(20) | コメントを書く
2014年10月10日
出張先の近くに大きなお寺があったのでちょっとよりました・・・
20141007(法隆寺7)

これ国宝です・・・
金堂。。。
どこだかわかるかな?。。。

20141007(法隆寺6)

これも国宝・・・
大講堂。。。
20141007(法隆寺11)

これも国宝・・・、このお寺には国宝建築物がいっぱい・・・
これは東院鐘楼。。。
鐘突き堂まで国宝?・・・
は~い、このお寺、日本で一番最初に登録された世界遺産ですので・・・
20141007(法隆寺3)

これも国宝・・・
なんだか後ろに塔みたいのが見えますね・・・
って、もう分かりましたね、というかタイトルに書いてあるし・・・
20141007(法隆寺5)

ここは法隆寺です。
世界最古の木造建築群がこの法隆寺・・・
20141007(法隆寺2)

なぜか寺内のあちこちに落書き禁止の立札があります。。。
この歴史的建築物、法隆寺に落書き?・・・
そんな輩は死刑ですな・・・
20141007(法隆寺1)

この法隆寺にはもう一つあまり知られていない世界最古のものがありましてね・・・
さて、なんだか分かりますかね・・・

法隆寺の大宝蔵院にそれはあります、国宝でも何でもないし、何の説明書きもないのでさらりと通り過ぎてしまいそうな展示物です。
まあ知っていなければ注意して見ることもないものかもしれません。
20141007(法隆寺4)

大宝蔵院には百済観音をはじめとしてたくさんの国宝の仏像があります、
そんな中でこの世界最古のものは何とも地味・・・
残念ながら仏像をはじめ中の展示物は撮影禁止、なので写真はありません。
20141007(法隆寺8)

世界最古のものですが、国宝にも重文にも指定されていないのは数が多いからで・・・
焼失したり散逸したりしてまとまった数を見ることはなかなかできないのですが、もともとは100万個あったはずのものです・・・
大安寺・元興寺・法隆寺・東大寺・西大寺・興福寺・薬師寺・四天王寺・川原寺・崇福寺の10大寺に10万個づつ・・・まあ正確には「個」ではないですが・・・
法隆寺以外のものは焼失、散逸し法隆寺に4万数千個が残っているほかは数個づつ博物館や個人が所有しています。
20141007(法隆寺9)

マニアックなので分かりませんね、
確認出来る世界最古の印刷物、百万塔陀羅尼です。
奈良時代に、鎮護国家と滅罪を祈願するために6年の歳月を掛けて「無垢浄光大陀羅尼経」に基づいて陀羅尼を100万巻印刷し、100万の小塔に納めて10の寺に奉納されました。
この陀羅尼を納めた小塔を百万塔といいます。

さて、明治の蛮行「廃仏毀釈運動」これにより歴史的価値のある多くの寺院が取り壊され、仏像が破壊されました、
この仏教弾圧の波は法隆寺にも例外なく襲い掛かります。
法隆寺はこの運動により維持が困難となり危機的状況にさらされます。
法隆寺は多くの寺宝を金に換えることによりこの危機を乗り切ろうとしました、しかし単に売り払っては貴重な文化財が散逸することになる。
百万塔の多くもこの時に散逸してしまったようです、現在個人や博物館が所有する百万塔の多くも元はこの法隆寺にあったものであるといわれています。
そこで法隆寺はこの国で最も安全な方法で文化財の散逸を最小限に防ぎ、寺の維持費用を調達します。
何を行ったか・・・
皇室に寺宝300点を献納しその見返りとして1万円を下賜されます、こうして寺の維持費用を調達するとともに文化財の散逸を防ぎました、
現在この法隆寺の献納品の多くは東京国立博物館に保管されています。
20141007(法隆寺12)

たくさんの国宝が並ぶ法隆寺の展示物の中では地味なものですが・・・

あ!!、百万塔・・・

と、つい足が止まってしまいました。。。

20141007(法隆寺13)

説明書きがないと分かりませんね・・・
ただ並んでいるだけなんだもの。。。
世界最古の印刷物・・・みんな気付かずに通り過ぎてますよ・・・
20141007(法隆寺14)

100万枚もの印刷物を1枚の木版で刷ることは不可能で鋳造で複製した金属活版を用いたのではないかといわれています。
世界最古の活版印刷物ですね。

20141007(猫2)

法隆寺にも眠り猫がいました・・・
ただここの眠り猫は時々起きて動き回るようですが。。。
ホッホッホ・・・
20141007(猫1)

東照宮の眠り猫は起きないけれどね~

今日は法隆寺と百万塔陀羅尼のお話・・・

20141007(法隆寺15)

柿食えば、腹が鳴るなり、法隆寺・・・
次回は食べ物のお話です。
まあ奈良の食い物と言えば奈良の食い物ですが。。。
ラーメンです・・・

20140927(光君7)


こちらも負けずに寝ております・・・

ではまた・・・









最終更新日  2014年10月10日 21時08分02秒
コメント(12) | コメントを書く
2014年09月13日
テーマ:徒然日記(17825)
本州と四国を結ぶルートは3つあります、
四国にはよく行くのですが1週間(正確には4日)の間にその3ルート全部通りました、
流石にこんなことは珍しいので記念に写真を撮っておきました。
20140908(明石海峡大橋)

まずは明石海峡大橋・・・
兵庫県神戸市垂水区東舞子町と淡路市岩屋とを結ぶ世界最長の吊り橋です
全長3911m、中央支間1991m
明石海峡大橋の主塔の高さは海面上298.3m、横浜のランドマークタワーより高いんですよ~
神戸-鳴門ルートの橋です。

さて次の橋・・・
20140909(来島海峡大橋)

来島海峡大橋・・・
愛媛県今治市、瀬戸内海の来島海峡を跨いで大島と四国を結ぶ世界初の3連吊り橋です
来島海峡第一大橋、全長960m、中央支間600m、
来島海峡第二大橋、全長1515m、中央支間1020m、
来島海峡第三大橋、全長1570m、中央支間1030m、
総延長4105mの橋です。
尾道-今治ルートの橋で通称しまなみ海道。

さて最後の橋・・・
20140911(瀬戸大橋)

瀬戸大橋です・・・
瀬戸内海をまたいで岡山県倉敷市と香川県坂出市を結ぶ10の橋の総称です
塩飽諸島の5つの島の間に架かる6つの橋梁と、それらを結ぶ高架橋による総延長は12300m、
上部には瀬戸中央自動車道4車線が通り、下部にはJR本四備讃線が通る2回建ての橋です
鉄道道路併用橋としては世界最長で人工衛星からも確認できる橋だそうです。
児島-坂出ルートの橋です。

どこに行ったかは内緒・・・
尾道-今治ルートを通った先で泊まったホテルの朝食が・・・
20140910(ふぐ雑炊)

これ・・・
写真ではなんだ雑炊じゃないの・・・
よくあるよくあると思うかもしれませんが、
これは雑炊は雑炊でもふぐ雑炊です・・・

ビジネスホテルの朝食がふぐ雑炊というのはあんまりないです。
まあふぐの産地だから・・・

さて前回の日記に誤りがありました・・・
我が家の湯めぐり91湯目と記載しましたが、数え間違えていました、
我が家の湯めぐりは前回の「あやめの湯」で97湯目でした・・・

このデータは家族3人で行った温泉施設の件数で私が出張中に行った温泉は含まれません、
まあでも温泉というか入浴施設・・・、非天然温泉(海洋深層水風呂とか人工温泉とか)が3湯含まれています。
又、温泉には温泉法の基準を満たした温泉と療養泉の基準を満たした療養泉があり、
我が家の湯巡りの中にも療養泉の基準を満たさない温泉法上の温泉も3湯含まれています。
なので療養泉ということに絞るとやっぱり91湯ですね
目先としては単純な100湯が目標ですが最終的には療養泉100湯が目標ですので・・・

私一人であればとっくに100湯は超えてるのですけれどね・・・
こっちはデータがないので現在何湯目かは不明です。。。

出張中には道後やら別府やら有馬やら入っておりますがこれは家族3人で行ったわけでないので除外、
対象となるのはもっぱら県内の日帰り温泉で湯数の3/4は新潟県です、県外湯は20数湯・・・
掘れば湯が出ると言われる火山列島日本、せっかくですので恵まれた天然資源を楽しまねば損ということで・・・

今日は本四連絡橋のお話し・・・

20140808(光君)


ではまた・・・









最終更新日  2014年09月13日 07時21分04秒
コメント(26) | コメントを書く
2014年08月31日
さて前回明石城を紹介しましたが播磨の城といえばやっぱりここでないでしょうかね・・・
20140821(姫路城7)

国宝にして世界遺産、姫路城です。
池田氏52万石の本城です。
現存天守12城の一つで最大のもの、白亜の大城郭・・・
20140821(姫路城3)

ご存知の通りただいま修復中です肝心なところは入れません・・・
がまあようやく外からは見れるようにはなっておりますので。。。
20140821(姫路城9)

姫路城は日本の城の中で唯一世界遺産に登録されている城で、
現存建築物のうち大天守・小天守・渡櫓等8棟が国宝に指定され、74棟が重要文化財に指定されています。
本当はもっと奥の方に見所がいっぱいあるのですが・・・
20140821(姫路城10)

今は奥までは行けません・・・
まあでも姫路城は以前行ったことがあるし・・・
まあまだ行く機会もありそうだし・・・
20140821(姫路城11)

まあある意味国宝姫路城とクレーンのコラボなんて今しか見れないかもね・・・
不釣合だけれど。。。
20140821(姫路城8)

天守にはいけませんが西の丸までは行け櫓に入ることも可能です。。。
でもまあほぼほぼ入れるのはここまでで・・・
20140821(姫路城4)

無念登城ならず(最初からわかっているけれど・・・)
さあ帰ろう。。。

さて残りは別の話題で・・・
20140816(光君11)

我が家の愛犬光君・・・
盲導犬をフォークで刺したという事件が話題となっておりますね。
20140821(姫路城5)

盲導犬を刺した罪ってどんなものになるのでしょうか?
いくらペットは大切な家族だと訴えても、犬には人権はありません、
「器物破損」か「動物愛護法違反」でしか裁けないのです、残念ながら捕まっても大した罪にはなりません。
20140821(姫路城6)

器物破損?・・・
そうなんです法律上ペットは物としてしか認識されないのです、
さて、飼い主さんの中にもペットを物やインテリアとしてしか見ていない方もおられます、
無計画に繁殖させて飼えなくなったからといって捨ててしまったり・・・
飽きたからといって保健所に持ち込んだり・・・、
保健所に持ち込まれた犬がどのような運命をたどるかは・・・ご存じですよね・・・
20140821(姫路城2)

光君は別に保健所に連れてこられた犬を引き取ったわけではありません、ペットショップで買いました、
でも一度我が家に来て家族になったからには最後まで一緒にいようと思います。
なんでこんなことを書き始めたのか・・・
20140821(姫路城13)

私はコメントを書く前にそのことについて軽く調べます、
ペットについて調べていていきあたったのは殺処分の問題・・・
いま殺処分されている犬の多くは飼い主に捨てられてしまった犬たち。。。
殺処分の頭数が減らないためにその現状を、殺処分の現場を公開しているところがあります。
20140821(姫路城12)

飼い主に捨てられ最期の時を待つ犬たち・・・、怯えた目・・・
なぜこのようなことになったのでしょう。。。
20140821(姫路城1)

こんなのも見つけました・・・

犬の十戒 ・・・・
1、私の寿命は、10年。長ければ15年。
  何があっても最後まで、あなたのそばにおいてもらえますか。
  私を飼う前に、どうかそのことをよく考えてください。
2、あなたが私に望んでいることを、ちゃんと分かるようになるまで
  少し時間をください。
3、私を信頼して下さい......それが何より嬉しいのです。
4、私のことをずっと叱り続けたり、罰として閉じ込めたりしないで下さい。
  あなたには仕事や楽しみもあるし、友達もいるけれど
  私には....あなたしかいないのです。
5、時には私に話しかけて下さい。たとえ、あなたの話す言葉はわからなくても、
  あなたの声を聞けば、私に何を言ってくれているのか、分かるのです。
6、私のことをいつもどんな風に扱っているか、考えてみてください。
  あなたがしてくれたことを、私は決して忘れません。
7、私を叩く前に思い出して下さい。
  私には、あなたの手の骨など簡単に噛み砕ける歯があるけれど、
  決してあなたを噛まないようにしているということを。
8、言うことをきかないとか、手におえないとか、怠け者だと叱る前に
  そうさせてしまった原因が無かったか、思い起こしてください。
  ちゃんとした食事をさせてもらっていたでしょうか
  太陽が照りつけている中に長い間放っておかれたことはなかったでしょうか、
  老いた私の心臓が弱っているせいで、動けないのかもしれません。
9、私が年老いても、どうか世話をして下さい。
  私達はお互いに、同じように歳をとるのです。
10、最期のお別れの時には、どうか私のそばにいてください。
  「つらくて見ていられない」とか「立ち会いたくない」とか
  そんなこと、言わないでほしい。
  あなたがそばにいてくれるなら、私は、どんなことも安らかに受け入れます。
  そして、どうぞ忘れないで。
  私がいつまでもあなたを愛していることを。

光君が我が家に来て5年・・・、彼が我が家に来てくれたことを嬉しく思います、
これからも共に歩んでまいります、我が家の大切な家族として。。。

20140816(光君12)

映像を見ていたらとても暗い気持ちになったので・・・
後半は変な日記。。。

光君は今後もこのブログのマスコット。。。




ではまた・・・






最終更新日  2014年08月31日 21時40分29秒
コメント(26) | コメントを書く
このブログでよく読まれている記事

全25件 (25件中 1-10件目)

1 2 3 >

PR


Copyright (c) 1997-2020 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.