7345674 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

FANTA-G

全4376件 (4376件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 >

2019.10.23
XML
カテゴリ:カテゴリ未分類
いよいよ北朝鮮を笑えない、と思ったのが、今回の天皇陛下即位のタイミングに合わせて「日本全国で不思議なことがおきています~」みたいな報道を嬉々としてやっているメディアとネットでの反応のこと。

 天候が晴れたとか、虹が出たとか、普段は咲かない花が咲いたとか・・・

 ちなみに北朝鮮のニュースで「将軍様が登壇すると普段見られない〇〇が現れた!」なんてよくやっている。こういう報道を私たちは馬鹿にするように見ていたはずだが。だいたい、びっくりしたのが首相の「万歳三唱」だ。こんなのは伝統でも何でもない。戦前回帰かよ!まさにどこの独裁国家だよ、と

 「せっかくの縁起物にケチをつけるな、無粋な」という方。その考えが危ない。世の中のこういった「神に守られた」とかいう権威付けは「普段あってもニュースにならないようなささいなことを無理やり関連付け、それを複数集めることで、まるで神の意志があったかのように演出する」のだから。

 逆に言えば、芸能人で「この人が出た番組では必ず出演者にけが人が出たり、番組が打ち切りになったり、誉めたものに必ず味噌が付く」といった、逆神あつかいにも。どちらも根拠がなく、しかも本人に何もできないところでその人の価値をゆがめられる。ひどい話だ。

 と、いうか、私が上皇(平成の天皇)を尊敬する理由は、こういうことではない。彼の行った行動、立ち居振る舞いが素晴らしいと思うからであって、単に「天皇陛下だから」尊敬しているのではない。

 ちなみに、皇室関係者で言えば、テレビによく出ている皇室の血筋を売りにしている竹田ナントカという人間の発言を見ると、「ああ、人間性というのは血で出るのもじゃない」とつくづく思います。逆に言えば、血族による皇位継承というのは、場合によってはああいう最低な人間であってもこの国の天皇として受け入れなければいけないリスクも抱えている。

 私はむしろ、生まれながらに人生を決定されるような、今の天皇制は近代国家として許されない、非人道的だとしてやめるべきだと思っています。象徴がほしければ、それこそ建物や三種の神器のような物品でも代用できる。

 現在、皇室の女系問題が持ち上がっていますけど、この機会にそこまで踏み込むべきだと。

 話がずれましたが、結局天皇自身ではなく、こういう「奇跡がおきた」と忖度する連中が気持ち悪いのだと。で、それを否定する人間は非国民だ、反日だと攻撃する。戦中と同じではないか。

 儀式の中継の画面外側でL字字幕で台風情報が刻々と流れ、実際、体育館に避難生活を続けている、いまだ先日の台風被害の片付けに追われて苦しんでいる人々がこの国にはたくさんいることを思った。

 そもそも、それに配慮してパレードが延期になったのに・・・






最終更新日  2019.10.23 08:51:22
コメント(0) | コメントを書く
2019.10.22
カテゴリ:カテゴリ未分類
今日の即位礼でそれまで雨模様だった空から、儀式のタイミングに合わせたかのように空から日差しが入って虹が出た、これが天皇の力か・・・みたいなツイートがやたらに流れてますけど・・・

 思うのは、こういうことが「神格化、権威付け」なんだろうなと。というのは、それまで曇っていた空がイベントに合わせたかのように晴れる、なんて私は何度も経験してます。そう、コミケでw

 なにしろ台風がよけたとか、降雨率80%だったのにビッグサイト上空だけぽっかり雲がないとか、コミケが終わったとたんに土砂降りの雨とか

 この手の笑い話にするのがオチです。が、これが何年後かにそっち系の人が天皇崇拝の根拠として「神の御威光」とか「この国は陛下に守られている」なんて本気で結びつける、いや、結び付けてなぜかそんな天皇を崇拝する自分が偉い、みたいに誇ろうとするアホがいますので。

 本当に気象に影響与えるというなら、前週の台風19号で被害が出て今日のパレード自粛、なんてことにはならないよw。あと、平成天皇のときは一日晴れだったし。

 気象と権威を結び付けるやつらは「それによって御威光とか権威をありがたがる、あるいは他国民族に誇りたがろうとする幼稚なこと」だと。

 っていうか・・・なんでこんな風に考えたがるか、容易に想像つくのになあ・・・






最終更新日  2019.10.22 17:25:57
コメント(0) | コメントを書く
カテゴリ:カテゴリ未分類
加害教員の自主退職認めず「厳正に処分」 神戸・教員暴行

 まあ、当たり前というか「犯罪を犯しておいてこれはない。本来なら懲戒免職どころか刑事告訴されているべきこと」という

 自分の嫌な日本的社会システムに「自主的を強要する」というのがあります。上からの命令、圧力に「あくまで自分の意志で行動した」という形にする。たとえば社員の自主的な休日返上で仕事をした、とか、今回のように内部でセクハラパパワハラを犯した上司が社内処罰を受けず「自主的に退社した」など・・・

 これは責任の所在をうやむやにする、もっといえばその管理責任者が責任を取らないようにするために「自主的」という切断処理で逃げようという・・・たとえは悪いが日本の切腹文化の流れというか。

 ちなみに戦争中の神風特攻隊も「志願兵」だったそうです。彼らは自ら進んでお国のために死を選んだと・・・笑えますよね。いや、笑えないか。そういう作戦命令を出した側は生き残っているのに。

 今回に限らず、自主退社以前に刑事、民事両方でまず「いじめではなく傷害罪、名誉棄損」で立件すべきです。そして何より、こんなひどいことをしていながら自主退職などという逃げ道で本人だけでなく管理者、責任者をうやむやにしてはならない。






最終更新日  2019.10.22 11:18:49
コメント(0) | コメントを書く
カテゴリ:カテゴリ未分類
 吾妻ひでおさんの訃報に、「ああ、一つのオタクの歴史がまた」と感慨深いものがあります。

 
吾妻ひでおさんというと、昨今はベストセラーにもなった「失踪日誌」が取り上げられますけど、私のような古いオタクにとってはいわゆる「ロリ絵の走り」みたいな人で。というか、このロリコンとオタク、そして同人を結びつける結節点みたいな作家さんである印象です。

 現代マンガの創成期、黎明期のそれこそ手塚先生、藤子不二雄先生の時代というのは「漫画は子供たちが読むものであるから健全であるべし」というのが底辺にあった気がします。が、いわゆる「漫画を見て育った漫画家」という世代の中で、彼のような今も続く美少女系作家、えっちな作風を肯定的に描いて人気を得る作家の急先鋒であり、その彼の切り開いたいわゆる「マニアック、狭いニッチな市場、だけど好きな連中が集まるオタク的漫画」という、今のコミケでやっている同人的作風を商業で広げた革命児的な人だと。

 もっとも、「失踪日誌」にも描かれていますが、本人は漫画に悩み、苦しみ、失踪やアルコール依存などにも陥る。流れのはやい業界で生き残る難しさも。

 今回の訃報に、漫画家の同業者の方が多く哀悼のコメントを寄せています。それだけ多くの漫画家に影響を与えた作家さんであることを。

 改めて「偉大なオタク」の先輩に敬意を。

 







最終更新日  2019.10.22 11:11:04
コメント(1) | コメントを書く
2019.10.21
カテゴリ:カテゴリ未分類
イースⅠ・Ⅱ通史(番外):イースグローバルガイドブックの謎

 なかなか面白い昔のゲームの裏話・・・のようですが、実は「現場でアドリブで決めて、あとから設定やら意味を作った」というゲーム作りは普通にあります。

 と、いうか私もゲーム制作歴が長い(一番最初は個人製作のPC88)のでわかりますが、当時ってグラフィッカーに専門的美術センスがいらない時代でもありまして。というのが8×8ドット、あるいは16×16ドットのサイズ、8.あるいは16色の色数でちまちましたキャラアニメーションを書いたり、チップを組み合わせてマップを構成する、だと経験さえ積めば素人にもそこそこのものが打てる(もちろん、センスがありますがむしろ打った経験の方が重要)。美術的なデッサン力とか色彩感覚以前の問題。むしろ限られた条件でどれだけゲーム画面を描けるか、の方が重要な時代。

 で、なぜイースという日本のRPGにおいての金字塔のようなゲームですら、モンスターデザインが完成後から書いたようなことになっているかというと、逆に最初からゲームできっちりデザインを決めるという方が稀で。まじで「適当に雑魚作っておいて」みたいなことが当たり前の時代だったんです。
 だからドラクエが出た時に「キャラクターデザイン、鳥山明」というのにびっくりしたぐらいで。と、いうかゲームを先に作ってあとからパッケージデザインやマニュアルのキャラ絵をイラストレーターに起こしてもらう、なんて当然の時代でもあります。

 ドット絵の後期の、現場でいよいよ開発規模が大きくなってきたあたりからはさすがに意思統一のため最初にデザインやネタを仕様にしておくようになりましたが、まだ開発者5人とかでやっているときは今のような完全分業になっていない、プログラマーがドット絵を書く、デザイナーがプログラム組む、サウンドの人がプログラムをする、なんてのもごく普通、逆に美術系大学卒業生が初めてドット絵ツール渡され(当時はパソコン持っている人も少ない)「こんな小さくて色数も使えないキャンバスで何を書けっていうんですか!」と切れた、という話もあります。

 思い出話になりましたが、だから上のように「売れたソフトだからこういった本を作るために後付けで設定やストーリーを勝手に考えてくっつけた」という、奇妙な資料本が残っている。

 むしろ「たかがゲームの設定なんてそんなもの」という、おおらかさがある時代の話です。

・・・というか・・・今でもありますけどね。アイデアも含めて現場に丸投げ、できあがってきたものを「これにはこういう意図があって」なんてインタビューで言う企画者とか(怒)






最終更新日  2019.10.21 09:52:44
コメント(0) | コメントを書く
2019.10.20
カテゴリ:カテゴリ未分類
知ってほしい事

 多くの人が勘違いしていることで、例えば、傍から見て奇行に見える行動が、他者への攻撃になるわけではない。電車内で延々とアナウンスを真似している男性、延々と同じ場所をグルグル回っている女性、体をS字に捻じ曲げ、頭をポリポリ掻いている人・・・

 こういう場合、自分の理解の範疇外の行動をしている→怖い→何か攻撃されるのではないか みたいに思いがちですが、逆で「自分の世界に入っていることが多い」と。

 映画「ジョーカー」の中で、主人公は自分の意志と関係なく突然意味もなく笑いだしてしまう精神疾患を患っている。この描写が本当につらい。他人からは頭のおかしい人、あるいは馬鹿にしていると思われる。本人にそんな意思はなくても。ただ、映画内でもあるが「私はこういう疾病を患っています」というカードを持ち歩き、気味悪がる人にそれを手渡す、なんとも言えないさみしい光景で・・・

 つまり、そういうことなんです。この映画を見た側はジョーカーの主人公の苦しみ、境遇を映画で見ているから理解ができる。しかし、一般社会では知らないのが普通。だから、わずかでもいい、上のような公報で少しでも理解がある社会になればと。

 ちなみに精神疾病は先天的なものだけでなく、過度なストレスや疲労によって後天的にも発生します。過労で鬱病になるとブツブツ独り言を言ったり、延々と頭を壁に押し付けていたり・・・一昔前はノイローゼ、という言葉で簡単に切断処理されていた、昔からある「脳の病気」です。健常だと思っているあなたも、いつ、そうならないとは言えない。

 自分も含めてそういう人に何かできるか、といったら、何もできないのが普通です。だからこそ、理解をもって見守る、それが一番だと思います。






最終更新日  2019.10.20 17:01:11
コメント(0) | コメントを書く
カテゴリ:カテゴリ未分類
献血ポスターのキャラの胸が強調されすぎて不快だ、問題について。

 私は思うのです。「こういう人もいる」と。私のようなオタクにとって、あのポスターは何も問題点を感じない、既存キャラを献血ポスターに使っただけの、それこそドラえもんやサザエさんが出ているポスターと何ら変わりがない、そういうものだと思っていました。(実際、吉祥寺の駅前商店街にも貼ってありましたし)

 が、これを「はしたない!女性を性的なものとして描いていて不快だ」という人が実際にいた。それが全体の何人か、はわからない。そこは認めるべきなんです。

 で、認めたうえでの対応で。あくまで「その人個人の意見」でしかない。法律に反していない以上、そう言う個人の意見をかならずくみ取らなければいけない、という理由はなくて。

 また、これを表現の自由だと思うのと同時に、「ではあなたも公共の場に自分が嫌いな表現、それがグロであったり、スプラッター、サイコ表現、あるいは集合体恐怖を生み出す表現(ハスコラ)であっても許すだけの覚悟を持ちなさい」ということであり。閉鎖され、希望者のみ見ることができる愛知の「表現の不自由展」と違い、路上で誰でも見ることができる作品には、否応なく見てしまえる以上、必ず好悪個人の意見が分かれる。

 これは自分の表現の自由を求める人が対価として相手の表現の自由も認める、認めないまでも存在を許容する条件の一つでもあります。

 今回の件を「フェミニストの横暴」と、私は言いたくないんです。というのは映画「ドリーム」を見た影響もあるのでしょう。意識のない側にとってはなんでもない、それこそ簡単に乗り越えられる10センチほどの段差が、車椅子の人にとっては生活に大きく影響するように。気にもしていない側にとってその要求は不当なもの、わがままに感じることもある。だが、当事者にとってはとても大きな問題であったり。

 わたしはだからあのポスターを取り外すことには賛同しませんが、「そういう意見の人もいる、彼女たちも真剣なのだ」ということは心にとどめておきたい。

 留めたうえで「どのようにリアクションするか」はそれこそ等価値の個人の表現の自由になる、と思います。

 *ただし、科学的、医療的、数値的、歴史的に明らかに間違った知識、嘘情報である場合は「誤解や偏見、差別を広げる表現である」という理由で規制できると思います。これが許されると「あの人(実在の人物名)は人を殺した」という根拠のない嘘情報も表現の自由に含まれてしまうため。他にも「ジャガイモの芽は油でいためて食べると美味しい(実際は毒があるのでダメ!)というレシピを配るのも、人体に危険がある、という意味で表現の自由にはならない。

 間違った表現で実在する罪のない人を傷つけることは法律でも禁止されてますので。






最終更新日  2019.10.20 16:33:01
コメント(3) | コメントを書く
カテゴリ:カテゴリ未分類
同じ題材でも、実況者の人によって全然印象が違うなあ、と思ったこと。

 たとえば自分の既にクリアしたゲームの実況動画を時々見るのですが、実況者によって「もっと見たい」と感じさせてくれる人と「もういいや」になる人は当然いて。

 で、もっと見たい、の人の実況って、意外と落ち着いているんです。無理に面白いことを言ったり、奇声や激しいリアクションをしない。また、編集もうまくて、経験値稼ぎや行ったり来たりのところは早送り、カットといったことをちゃんとする。変にバラエティー番組のようにでかい字幕を入れたり、画面演出をしない・・・

 意外と淡々と、でも、ただ単なるプレイ動画ではない、退屈にならないような実況を入れてある。

 逆にこういうのがそのソフトを「もう一度やってみたい」って思ったり。また、他人のプレイが自分と全く違うこともよくあって、2週目をしようかという意欲につながり面白いです。

 ともすれば実況動画は「ゲームを買わなくてもいい」にしてしまいがちな、製作者の自分としては痛しかゆしのものです。特に謎解き系だと面白さの半分以上を失ってしまう。けど、その実況で面白さが伝わるのであれば大歓迎。

 なにより、ゲームは動画じゃありませんので、ぜひゲーム本作を遊んでみてください。






最終更新日  2019.10.20 08:44:47
コメント(0) | コメントを書く
2019.10.19
カテゴリ:カテゴリ未分類
天皇陛下の即位に合わせての恩赦が発令、減刑、公権復活、仮釈放などあるようです。

 で、これについて荻上チキさんがラジオで語っていたのが
「今回の恩赦というのは、それこそ立法府(国会)でも司法(裁判)でも認められていない特例を「昔からの慣例だから」という理由だけで歪める内容で、これは明らかに天皇という権力の乱用となる。また対象になる受刑者の基準にも明確なものがない。制度として残るのであれば、国会でまず恩赦というシステムを明確に確立してから発布するものだろう」

 と。

 確かに、元号が変わったという流れで当然のように流してしまいそうですが、考えたら「天皇が変わったからお祝いで受刑者の刑を減ずる」って、なんの脈略も法的根拠もない。例えばその受刑者に被害を受けた人の感情、司法として判断した懲役の長さや裁判の意味さえ変えてしまう。

 また、何よりおかしな話なのはこの国では「天皇の政治利用は禁止」のはず。しかも、考えればわかるけど天皇自身が「この人、この受刑者の罪を減じよう」という指示を出すのではない。ということは、この制度と関係ない「何者かの判断によって」恩赦対象が決められている。これは公正さが求められる司法判断をゆがめられた形になって。

 生前退位の騒ぎもそうだけど、この国にはいまだに天皇という権威で、陰から国の大きな部分を動かそうというやつらがいる。やれ「陛下の写真を燃やすなんて」とか、「こういうことに反対するやつは非国民」とか・・・

 しかし、歴史ではこの国は70年前、その陛下のご意向で戦争に突入し、膨大な死者を出し、最終的に陛下のご意向を借りて戦争を終わらせた。そんな国。

 だから、今回の恩赦のような「なんとなく昔からやってるし」で思考停止してはいけない、やるにしてもちゃんと民主的プロセスを踏襲して発布されるべきなのではないかと。

 私は。先代の平成天皇陛下は本当に素晴らしい方であったと思っています。だからこそ、その威光を借りて裏から物事を通そうとする連中は卑怯者だと。そう思います。






最終更新日  2019.10.19 09:37:45
コメント(0) | コメントを書く
2019.10.18
カテゴリ:カテゴリ未分類
今回のような水害の避難所に汚いホームレスを入れるな、周りの迷惑だ、という言葉に関しては

「だったら優先的にシャワーを浴びさせ、清潔な着るものを無償で提供できるようにするのが先決だろう」

 と、思うのだが。というのは水害などの避難所はホームレスでなくともずぶぬれ、埃まみれ、汗まみれで逃げてきた人が大勢集まる場所。普段セレブが膝上まで泥水につかって膨大な雨でずぶぬれ、ようやく避難所に転がり込んだ、なんてのも簡単に想像できる。

 だからこそ、最低限の衛生環境を求めるなら誰へだてなく汚れている人から優先的に簡易シャワーを浴びてもらう、着るものを提供する準備をしておかなくてはいけないと。特に地震と違い台風は事前準備期間がある。結局空振りだったね、でもいいから、普段からそういうシステムを作っておくべきなのだろう。

 東日本大震災の避難所で印象的な光景がある。被災から一週間、自衛隊の方々が簡易のお風呂を提供したところ、本当に被災者の方々がうれしそうで。そりゃそうだ。着の身着のまま逃げ出してきて一週間、ずっと避難所に生活しているのだから。

 上の話に戻るけど、学校の体育館や公民館施設には、災害時にこういった施設(簡易シャワー)や、それが無理であっても汚れたり、濡れている人には清潔な衣服を事前準備して着替えてもらうことをする方が、ホームレス排除によって守ろうとする衛生環境よりよほど建設的だし、少なくとも水害などで避難所に来ている人間はみな、その時点で彼らと同じホームレス状態であることを認識したほうがいい。

 たとえば300人収容できる避難所であれば、台風が来る前に濡れた人への下着、靴下、タオルや防寒用のジャージ、簡易洗面道具など一式をまとめたものを一人分ずつパックした災害時の緊急パックとして用意しておき、配布する。だけでも、ずいぶん避難者の生活クオリティーは変わる。

 天災が多いことがわかりきっている日本なのだから、戦闘機一機予算を削ってでもこういう準備なら必要な措置だと思う。






最終更新日  2019.10.19 18:35:52
コメント(0) | コメントを書く
このブログでよく読まれている記事

全4376件 (4376件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 >

PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール


FAM5220

楽天カード

カレンダー

お気に入りブログ

まだ登録されていません

コメント新着

もにゃら@ Re:表現の自由とは、相手の表現の自由も認める覚悟が必要(10/20) この件については『ポスター撤去するまで…
46で正社員でスネかじりの童貞@ Re:表現の自由とは、相手の表現の自由も認める覚悟が必要(10/20) ポスター見てみました。 アニメキャラを…
サクライ@ Re:43万人の避難の現実性(10/14) 垂直避難でよろしいかと

フリーページ

ニューストピックス


Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.