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2019.10.21
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イースⅠ・Ⅱ通史(番外):イースグローバルガイドブックの謎

 なかなか面白い昔のゲームの裏話・・・のようですが、実は「現場でアドリブで決めて、あとから設定やら意味を作った」というゲーム作りは普通にあります。

 と、いうか私もゲーム制作歴が長い(一番最初は個人製作のPC88)のでわかりますが、当時ってグラフィッカーに専門的美術センスがいらない時代でもありまして。というのが8×8ドット、あるいは16×16ドットのサイズ、8.あるいは16色の色数でちまちましたキャラアニメーションを書いたり、チップを組み合わせてマップを構成する、だと経験さえ積めば素人にもそこそこのものが打てる(もちろん、センスがありますがむしろ打った経験の方が重要)。美術的なデッサン力とか色彩感覚以前の問題。むしろ限られた条件でどれだけゲーム画面を描けるか、の方が重要な時代。

 で、なぜイースという日本のRPGにおいての金字塔のようなゲームですら、モンスターデザインが完成後から書いたようなことになっているかというと、逆に最初からゲームできっちりデザインを決めるという方が稀で。まじで「適当に雑魚作っておいて」みたいなことが当たり前の時代だったんです。
 だからドラクエが出た時に「キャラクターデザイン、鳥山明」というのにびっくりしたぐらいで。と、いうかゲームを先に作ってあとからパッケージデザインやマニュアルのキャラ絵をイラストレーターに起こしてもらう、なんて当然の時代でもあります。

 ドット絵の後期の、現場でいよいよ開発規模が大きくなってきたあたりからはさすがに意思統一のため最初にデザインやネタを仕様にしておくようになりましたが、まだ開発者5人とかでやっているときは今のような完全分業になっていない、プログラマーがドット絵を書く、デザイナーがプログラム組む、サウンドの人がプログラムをする、なんてのもごく普通、逆に美術系大学卒業生が初めてドット絵ツール渡され(当時はパソコン持っている人も少ない)「こんな小さくて色数も使えないキャンバスで何を書けっていうんですか!」と切れた、という話もあります。

 思い出話になりましたが、だから上のように「売れたソフトだからこういった本を作るために後付けで設定やストーリーを勝手に考えてくっつけた」という、奇妙な資料本が残っている。

 むしろ「たかがゲームの設定なんてそんなもの」という、おおらかさがある時代の話です。

・・・というか・・・今でもありますけどね。アイデアも含めて現場に丸投げ、できあがってきたものを「これにはこういう意図があって」なんてインタビューで言う企画者とか(怒)






最終更新日  2019.10.21 09:52:44
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2019.10.20
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知ってほしい事

 多くの人が勘違いしていることで、例えば、傍から見て奇行に見える行動が、他者への攻撃になるわけではない。電車内で延々とアナウンスを真似している男性、延々と同じ場所をグルグル回っている女性、体をS字に捻じ曲げ、頭をポリポリ掻いている人・・・

 こういう場合、自分の理解の範疇外の行動をしている→怖い→何か攻撃されるのではないか みたいに思いがちですが、逆で「自分の世界に入っていることが多い」と。

 映画「ジョーカー」の中で、主人公は自分の意志と関係なく突然意味もなく笑いだしてしまう精神疾患を患っている。この描写が本当につらい。他人からは頭のおかしい人、あるいは馬鹿にしていると思われる。本人にそんな意思はなくても。ただ、映画内でもあるが「私はこういう疾病を患っています」というカードを持ち歩き、気味悪がる人にそれを手渡す、なんとも言えないさみしい光景で・・・

 つまり、そういうことなんです。この映画を見た側はジョーカーの主人公の苦しみ、境遇を映画で見ているから理解ができる。しかし、一般社会では知らないのが普通。だから、わずかでもいい、上のような公報で少しでも理解がある社会になればと。

 ちなみに精神疾病は先天的なものだけでなく、過度なストレスや疲労によって後天的にも発生します。過労で鬱病になるとブツブツ独り言を言ったり、延々と頭を壁に押し付けていたり・・・一昔前はノイローゼ、という言葉で簡単に切断処理されていた、昔からある「脳の病気」です。健常だと思っているあなたも、いつ、そうならないとは言えない。

 自分も含めてそういう人に何かできるか、といったら、何もできないのが普通です。だからこそ、理解をもって見守る、それが一番だと思います。






最終更新日  2019.10.20 17:01:11
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献血ポスターのキャラの胸が強調されすぎて不快だ、問題について。

 私は思うのです。「こういう人もいる」と。私のようなオタクにとって、あのポスターは何も問題点を感じない、既存キャラを献血ポスターに使っただけの、それこそドラえもんやサザエさんが出ているポスターと何ら変わりがない、そういうものだと思っていました。(実際、吉祥寺の駅前商店街にも貼ってありましたし)

 が、これを「はしたない!女性を性的なものとして描いていて不快だ」という人が実際にいた。それが全体の何人か、はわからない。そこは認めるべきなんです。

 で、認めたうえでの対応で。あくまで「その人個人の意見」でしかない。法律に反していない以上、そう言う個人の意見をかならずくみ取らなければいけない、という理由はなくて。

 また、これを表現の自由だと思うのと同時に、「ではあなたも公共の場に自分が嫌いな表現、それがグロであったり、スプラッター、サイコ表現、あるいは集合体恐怖を生み出す表現(ハスコラ)であっても許すだけの覚悟を持ちなさい」ということであり。閉鎖され、希望者のみ見ることができる愛知の「表現の不自由展」と違い、路上で誰でも見ることができる作品には、否応なく見てしまえる以上、必ず好悪個人の意見が分かれる。

 これは自分の表現の自由を求める人が対価として相手の表現の自由も認める、認めないまでも存在を許容する条件の一つでもあります。

 今回の件を「フェミニストの横暴」と、私は言いたくないんです。というのは映画「ドリーム」を見た影響もあるのでしょう。意識のない側にとってはなんでもない、それこそ簡単に乗り越えられる10センチほどの段差が、車椅子の人にとっては生活に大きく影響するように。気にもしていない側にとってその要求は不当なもの、わがままに感じることもある。だが、当事者にとってはとても大きな問題であったり。

 わたしはだからあのポスターを取り外すことには賛同しませんが、「そういう意見の人もいる、彼女たちも真剣なのだ」ということは心にとどめておきたい。

 留めたうえで「どのようにリアクションするか」はそれこそ等価値の個人の表現の自由になる、と思います。

 *ただし、科学的、医療的、数値的、歴史的に明らかに間違った知識、嘘情報である場合は「誤解や偏見、差別を広げる表現である」という理由で規制できると思います。これが許されると「あの人(実在の人物名)は人を殺した」という根拠のない嘘情報も表現の自由に含まれてしまうため。他にも「ジャガイモの芽は油でいためて食べると美味しい(実際は毒があるのでダメ!)というレシピを配るのも、人体に危険がある、という意味で表現の自由にはならない。

 間違った表現で実在する罪のない人を傷つけることは法律でも禁止されてますので。






最終更新日  2019.10.20 16:33:01
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同じ題材でも、実況者の人によって全然印象が違うなあ、と思ったこと。

 たとえば自分の既にクリアしたゲームの実況動画を時々見るのですが、実況者によって「もっと見たい」と感じさせてくれる人と「もういいや」になる人は当然いて。

 で、もっと見たい、の人の実況って、意外と落ち着いているんです。無理に面白いことを言ったり、奇声や激しいリアクションをしない。また、編集もうまくて、経験値稼ぎや行ったり来たりのところは早送り、カットといったことをちゃんとする。変にバラエティー番組のようにでかい字幕を入れたり、画面演出をしない・・・

 意外と淡々と、でも、ただ単なるプレイ動画ではない、退屈にならないような実況を入れてある。

 逆にこういうのがそのソフトを「もう一度やってみたい」って思ったり。また、他人のプレイが自分と全く違うこともよくあって、2週目をしようかという意欲につながり面白いです。

 ともすれば実況動画は「ゲームを買わなくてもいい」にしてしまいがちな、製作者の自分としては痛しかゆしのものです。特に謎解き系だと面白さの半分以上を失ってしまう。けど、その実況で面白さが伝わるのであれば大歓迎。

 なにより、ゲームは動画じゃありませんので、ぜひゲーム本作を遊んでみてください。






最終更新日  2019.10.20 08:44:47
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2019.10.19
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天皇陛下の即位に合わせての恩赦が発令、減刑、公権復活、仮釈放などあるようです。

 で、これについて荻上チキさんがラジオで語っていたのが
「今回の恩赦というのは、それこそ立法府(国会)でも司法(裁判)でも認められていない特例を「昔からの慣例だから」という理由だけで歪める内容で、これは明らかに天皇という権力の乱用となる。また対象になる受刑者の基準にも明確なものがない。制度として残るのであれば、国会でまず恩赦というシステムを明確に確立してから発布するものだろう」

 と。

 確かに、元号が変わったという流れで当然のように流してしまいそうですが、考えたら「天皇が変わったからお祝いで受刑者の刑を減ずる」って、なんの脈略も法的根拠もない。例えばその受刑者に被害を受けた人の感情、司法として判断した懲役の長さや裁判の意味さえ変えてしまう。

 また、何よりおかしな話なのはこの国では「天皇の政治利用は禁止」のはず。しかも、考えればわかるけど天皇自身が「この人、この受刑者の罪を減じよう」という指示を出すのではない。ということは、この制度と関係ない「何者かの判断によって」恩赦対象が決められている。これは公正さが求められる司法判断をゆがめられた形になって。

 生前退位の騒ぎもそうだけど、この国にはいまだに天皇という権威で、陰から国の大きな部分を動かそうというやつらがいる。やれ「陛下の写真を燃やすなんて」とか、「こういうことに反対するやつは非国民」とか・・・

 しかし、歴史ではこの国は70年前、その陛下のご意向で戦争に突入し、膨大な死者を出し、最終的に陛下のご意向を借りて戦争を終わらせた。そんな国。

 だから、今回の恩赦のような「なんとなく昔からやってるし」で思考停止してはいけない、やるにしてもちゃんと民主的プロセスを踏襲して発布されるべきなのではないかと。

 私は。先代の平成天皇陛下は本当に素晴らしい方であったと思っています。だからこそ、その威光を借りて裏から物事を通そうとする連中は卑怯者だと。そう思います。






最終更新日  2019.10.19 09:37:45
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2019.10.18
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今回のような水害の避難所に汚いホームレスを入れるな、周りの迷惑だ、という言葉に関しては

「だったら優先的にシャワーを浴びさせ、清潔な着るものを無償で提供できるようにするのが先決だろう」

 と、思うのだが。というのは水害などの避難所はホームレスでなくともずぶぬれ、埃まみれ、汗まみれで逃げてきた人が大勢集まる場所。普段セレブが膝上まで泥水につかって膨大な雨でずぶぬれ、ようやく避難所に転がり込んだ、なんてのも簡単に想像できる。

 だからこそ、最低限の衛生環境を求めるなら誰へだてなく汚れている人から優先的に簡易シャワーを浴びてもらう、着るものを提供する準備をしておかなくてはいけないと。特に地震と違い台風は事前準備期間がある。結局空振りだったね、でもいいから、普段からそういうシステムを作っておくべきなのだろう。

 東日本大震災の避難所で印象的な光景がある。被災から一週間、自衛隊の方々が簡易のお風呂を提供したところ、本当に被災者の方々がうれしそうで。そりゃそうだ。着の身着のまま逃げ出してきて一週間、ずっと避難所に生活しているのだから。

 上の話に戻るけど、学校の体育館や公民館施設には、災害時にこういった施設(簡易シャワー)や、それが無理であっても汚れたり、濡れている人には清潔な衣服を事前準備して着替えてもらうことをする方が、ホームレス排除によって守ろうとする衛生環境よりよほど建設的だし、少なくとも水害などで避難所に来ている人間はみな、その時点で彼らと同じホームレス状態であることを認識したほうがいい。

 たとえば300人収容できる避難所であれば、台風が来る前に濡れた人への下着、靴下、タオルや防寒用のジャージ、簡易洗面道具など一式をまとめたものを一人分ずつパックした災害時の緊急パックとして用意しておき、配布する。だけでも、ずいぶん避難者の生活クオリティーは変わる。

 天災が多いことがわかりきっている日本なのだから、戦闘機一機予算を削ってでもこういう準備なら必要な措置だと思う。






最終更新日  2019.10.19 18:35:52
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現場で実際に制作していたり、物を作っている第一線の人が直接言っている、にもかかわらず「あれはうそだね」「ネットで聞いた話ではあんなことはない」という連中って、いったいファンが何を根拠に業界を語っているんだろうか?

 また、業界、とひとくくりにできないのは私もよく知っている。同じゲームを作っている会社であってもA社とB社で全然違う、もっと言えば上司によって同じ会社内でも違う、などということは日常的。それを考えると漫画家のような極めて家内制手工業に近い現場ではもっと違うだろうし、同じ仕事内容であっても求められる水準や納期が違えば全く違う。

 だから、自分が時折語ることはあくまで自分の範囲内、経験でのお話。そうでないところがあって当然。よくまとめサイトなどが一人の業界関係者のツイッターだけ抽出し「ゲーム開発者、〇〇と発言。業界終わった」みたいなまとめになっているのを見ると、こういうまとめサイトだけ見て変な業界通、事情通って生まれるんだろうなと。もっとも、この手のまとめサイトは炎上狙い、話題にさえなれば真偽など関係ない連中が集まってできた掃きだめですから。

 漫画家は偉くなるとアシスタントに全部書かせている、本人は目しか書いてない、みたいな。そんな人の方が例外なのに、なぜかそれが普通に語られて・・・






最終更新日  2019.10.18 12:42:32
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2019.10.17
カテゴリ:カテゴリ未分類
今回の台風被害で、ニュースにもなっている武蔵小杉に自宅マンションがある人が私の会社にもいて。
 町はいまだに泥が堆積し、夏でないためそこまでひどくはないけど生臭い泥の異臭がたちこめている、また、一番困っているのが駅の施設電源が復旧していないので特にラッシュ時に大変な混雑だとか。

 とりあえず会社と相談してしばらく午後出社にしてもらうようになったみたいですが、もともとあそこは新興のベッドタウンになる前は河川敷で川の氾濫なども多く、近代でも工場用地、倉庫用地として使われた低地です。それをここ近年、都心へのアクセスが便利という理由で急速に住宅地として発展した街でもあり。

 逆に言うと、不動産会社というのは物件を売るためにその街の地理的イメージまで変えてしまう。よくあるのが昔の地名を「呼び名を変えてしまう」ことで過去の水害などに由来することを隠してしまったり。

 以前、別の地区ですが大雨で大規模な土砂崩れで大勢亡くなった場所は、昔の地名がとても不吉な名前であり、それは元々こういう災害が起きているからついた名前であった、ということがあります。

 で、家を買う、暮らすときの条件として、「近所に昔(江戸時代より古いとよい)からある神社やお寺があるか」「そこのご神木が古いか」を確認するといい、という話を聞いたことがあります。そういうものがある場所は土地が安定している、定期的な水害(洪水や津波など)が起きていない歴史でもあると。

 あと、最も近い川や用水路より10M高い場所にあると安全とか、逆に山を削った造成地でないか、平地であっても裏に山がないかなと・・・

 とはいえ、自然災害にあってしまうのは完全な「運」です。「そんなところに家を買うからだ」なんて指をさして笑っている人間の自宅周辺が、明日、巨大地震の震源地になるかもわかりません。

 今回の台風15.19号に関しては、死者数が東日本大震災より少ないので目立たないですが、被害の広域化、復旧規模の大きさは東日本大震災に相当します。で、地震と違って来年も、これからも毎年のように台風はやってくる。それに対して土木系、電気系のインフラを支える職人、企業は高齢化、人手不足で、昔のように大規模治水工事は間に合わない。今後こういう土地は2度、3度の水害に襲われるかもしれない。

 水害への備えは官民、そして自分個人含めて常に意識しないといけないと思いました。






最終更新日  2019.10.17 09:45:25
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2019.10.16
カテゴリ:カテゴリ未分類
台風避難所へのホームレス立ち入り拒否についての批判に、ネットで「だったらお前の家に臭いホームレスを避難所として入れろ。偽善者が」というコメントを見て、この人は誰に向かって吠えているのかよくわからなくなる。

 まず、この国では憲法で「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活をする権利を有する」とあります。つまり、そういう人を本来出してはいけない、存在させてはいけないんです。だから生活保護のシステムがある。

 しかし、ホームレスという方々はれっきとして存在する。すでに非常時以外での行政システムの欠陥。また、年末などに炊き出しがよくNPO法人の方々が行っているけど、それは本来行政が行わなくてはいけない。それも昨日今日の話ではない。で、国内にそういう人々を恒久的に受け入れる施設が各所にたくさんあるか?というと、そっち方面の施設は本当に少ない。

 たとえば「戸籍がない」とか「高齢で親族もおらず、身元引受人がいない」「親からのDVで逃げだし、どこにも帰れない」「日雇い仕事をしていたがケガなどで働けず、お金もないので住む場所もない」様々な事情がある。行く場所がない、帰る場所がないから路上生活者なのに。

 で、今回の災害(雨風)はそういう弱い人、住む場所のない人々に一番大きな負荷がかかる。川の増水は死に直結する。だから行政が憲法を守る組織である以上、緊急時だからよけいに最優先で受け入れるべき存在です。

 そして何より、こういうことを言うのを「偽善」というのであれば、あなたは自分が彼らを見逃す、無視することを「悪である」ことを認識しているという裏返しであり。こいつは偽善の数百倍タチが悪い。

 私は仕事をして、そして消費をしてこの国に税金を払っている。税金を払う理由は道路や橋を作るだけではない。「自分も上のような人の立場に明日なる可能性がこの国ではいくらでもある。だから、そうなっても安全に生きられるように」社会保障費としてお金を預けているに過ぎない。

 勘違いしてはいけない。国家のお金ではない。私たちの財布から一時的に預けているだけ。だから、オリンピックの「見栄え」のためにホームレスを見える場所から強制排除する行為は許せないんだ。また、最近ではホームレスに長時間居座られないように、わざとトゲトゲのオブジェを床面に配置したり、公園のベンチを横になりにくい形に間仕切りしたり・・・本当は彼らがそんな場所にいなくてもいい生活場所を作るのが最低限の福祉の前提なのに。

 冒頭の意見は物事の優先順位が違う。現に他の区ではそういうことは行われず、むしろ数日前から市の職員が河川敷に暮らすホームレスに避難場所を促すチラシを配っていた。

 彼らをどう見るか、で、対応がここまで違うのだ。






最終更新日  2019.10.16 11:13:29
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今回のラグビーのWカップでも思ったことなのだが、結局はスポーツそのものに興味があるのではなく「日本人が勝つかどうか」に興味がある報道をされるんだな、と。

 というのは、先日ラジオで別のスポーツの結果について報道していたのですが、「日本の○○選手は第2試合でオーストリアの選手に敗退しました」という言葉。で、最後まで相手選手の名前が出なかった・・・

 すげえなと。スポーツ報道なのに勝った側の選手が取り上げられない。似たようなことはゴルフの世界大会で日本人選手のショットの映像やスコアは出るのに、その試合の優勝者はスコアも映像もなくさらっと流されたり。

 こういうのって、本当にスポーツの報道なのかと考えてしまいます。日本と関係ない選手は、どんなに活躍しても存在しないことになるとは。逆に少しでも日本に関わっていただと、大きな大会で勝った時のみ急にすり寄ってくる。

 来年はこの国でオリンピックが開かれる。ですが、私は今でも不可解で不正、疑惑、他イベントにかける迷惑を振りまくオリンピックに、そして「スポーツには国境はない」を歌いつつ、結局日本を支援、応援することを強要するこの国の姿勢に反対しています。






最終更新日  2019.10.16 08:00:56
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