7854911 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

FANTA-G

全4708件 (4708件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 >

カテゴリ未分類

2020.10.20
XML
カテゴリ:カテゴリ未分類
83年「形式的任命」政府答弁の維持「答えるのが困難」 内閣府

 呆れるような回答を引き出してしまいましたが。

 「答えるのが困難」ということは、イコール 「形式的任命が維持されていない」と同義語であり、つまり、政府内で約束が守られていないことを認めたようなものです。

 つくづく思うのですが、詭弁というのは黒を何とか白にするために言いつくろって

「真っ黒とは言えない>濃い黒ではある>濃い目のグレーと解釈できる>グレーと言っても差し支えない>グレーというのは幅がある>グレーの中に淡い白色も含まれる>ややくすんでいるので完全な白ではないが解釈次第で・・・>白も一つのグレーであり>白も許される」

と・・・

 こうして段階を踏んで180度違う回答をひねり出す。これを霞が関文学というらしいが、客観的に見たら全く通用しない言葉であり。

 上の記事も、どう解釈しても形式的任命を今回、総理が理由説明なく変更するには無理がある。しかし、その無理を通してしまうのが安倍、そして今の菅内閣であり、一度強引に解釈を通すと、今度は官僚にとって「前例」という免罪符になり、それが横行するようになる。

 今回の学術会議任命排除問題は単に学問の世界の話ではありません。憲法で言われている平和主義も、国民主権も、基本的人権も「こういう論法で」すべて覆すことができる。何しろ自衛隊の同盟国支援要請受け入れも、他国の戦争に日本が協力することを許可したことになるし、ミサイル防衛構想も「敵国がミサイル発射の前に敵施設を攻撃できる」ってのは先制攻撃にしかならない。真珠湾攻撃と何が違うというのか?

 何より、本当に筋が通っているなら今回排除した6人の理由を堂々と説明すればいい。「総合的、俯瞰的に考えて」などというのは、それら理由を全部国民に提示したのちに見比べなければ通用しない。






最終更新日  2020.10.20 08:45:01
コメント(0) | コメントを書く


2020.10.19
カテゴリ:カテゴリ未分類
コロナの影響でここ半年で「マスクが日常」になりましたが。

 で、先日、ある自称マナー講師が「葬儀には白いマスクではなく、黒、あるいはグレー、紫などのマスクが好ましい」と・・・

 こういう愚かな人間が勝手にマナー作ってマウント取るのか!

 テレワークのマナーもそうですが(上司より先にログインすると画面の上位に表示されるから一度抜けてログインしなおせ、とか、会話が終わっても上司より先にログアウトしてはいけないとか・・・)何なんだこの手の連中は!

 こういう輩はてめえの勝手な「相手への気遣い」を他人にも押し付け、むしろ世の中を面倒くさいものにするだけ、しかも、それが「昔からの常識」であるかのような歴史改変まで行う。

 こういうマナーを言ってくる連中はお尻を拭いたマスクを口に縫い付けてやりたいよ!






最終更新日  2020.10.19 09:44:20
コメント(1) | コメントを書く
2020.10.18
カテゴリ:カテゴリ未分類
日本には「死体に鞭打つようなことはしてはいけない」という言葉があります。死んでしまった人間を悪く言うものではない、と・・・

 しかし、私は逆で「死んだからこそ、恨みのある人間はその時にはその人間の圧力で抑えられていた鬱屈やこれまで受けたひどい仕打ちをたたきつけるべきだ」と。

 よく「だったら生きているときに言え、卑怯者」というひともいますが、生きているときにそういうことをさせない側の人間だったんです。それは組織的圧力であるか、あるいは復讐や報復の恐れであり。逆に言えば死んだとたん、それら生前の罪をまるで「なかったこと」にされるのは、被害当事者にとってもっとひどいやり方だと思ってます。ましてやこういう言葉がないと生前の都合のいいところだけ美談にされる。

 「死んでしまった側が反論できないから」というのも、それは生前に恨まれる反論の余地を与えなかった側がいまさらなんだということでもあり。その人間によって塗炭の苦しみを味わった人にとって、「死んだからいい人」にされたら、たまったものじゃないと思います。

 中曽根元首相の葬儀に対して「こういう時はどんな形であれ、一国の総理だった政治家に弔意を示すのが常識だ」なんてのは都合がよすぎはしないか?彼の政治によって苦しめられた、あるいは未だ苦しんでいる人間もいて。そういう人にまで「人として弔意を強要する」という愚かさ。被害者側は死んでも憎しみも公に吐き出せず、苦しめということか?

 「みっともない」なんてのは他人事だから言える言葉だ。






最終更新日  2020.10.18 10:33:32
コメント(0) | コメントを書く
2020.10.16
カテゴリ:カテゴリ未分類
たとえば初めて行った寿司屋で板前さんに
「なんか適当に握ってよ」

 と頼んで、出された寿司に対して「あ~、俺、ヒカリモノ嫌いなんだわ」「マグロなんて食い飽きてるんだよね」「卵なんて今食べたい気分じゃないでしょ」「どれもピンとこないなあ」という客がいるとしたら、これ、注文したほうが悪いと思いませんか?

 これが常連客でだいたい食べているものがわかっている客なら覚えているかもしれません。が、初対面の客に「適当に握って」と言われたら、定番か、無難なものを選びます。それに対して「ぱっとしない」というのは客側が注文の仕方をわかっていない。

 「この店始めてですが、ちょっと変わったネタ、ありますかね?ちなみにヒカリモノ苦手で、マグロもこのところ食べ飽きてたんで、あとタマゴも今はさほど食べたくない、それ以外でおすすめあったら」と頼むのが正解。そうであれば板さんの方から「じゃあ北寄貝なんてどうです?今日、新鮮なのが入ったんですよ」と握る前に情報を提供される。客側も「じゃあ、それをもらおうか」「へい。あと、軽く火であぶった炙りエンガワってのもありましてね」「それもいただこう」と、こういうことであり。

 これが「自分の頭の中にモヤモヤしたものが具現化できない時に相手に注文を出すやり方」なんです。明確な正解が表現できない以上、「これはNG」というネタの方を提出する。そうすれば受け手がそれを避けたネタを示すので、そこからチョイスしてもらう。

 これがないと「なーんかちがうんだよね~」を延々と続けることになる。そりゃそうだ。自分がわかってないものを他人にわかってもらうなんてエスパーか、相当都合のいい、それこそ「何の取柄もない平凡な僕の毎日に、ある日突然、猫耳メイドの可愛い女の子がやってきた!」を期待するようなものだ。

 まして、それが仕事だとしたらクライアントの体を出していない。莫大な予算とスケジュールを与えられるならともかく、一回分の値段とスケジュールでぼんやりリテイクを何度もするのは客じゃない。立場を使って相手にこれを強要するのは「仕事ができない証拠」だと。

 ちなみに優秀なクライアントは「徹底的に細部までわかる資料と作り方の手順まで示している」方か、逆に「大枠だけであとは全部まかせる、よほどのことがない限りリテイクはない。出来上がってきたものが正解とする」のどちらかで。

 「ぼんやりしたイメージと出来上がってきたものに対して何度もダメ出しを繰り返す」が一番厄介な相手です。






最終更新日  2020.10.16 07:46:33
コメント(2) | コメントを書く
2020.10.15
カテゴリ:カテゴリ未分類
私が新入社員などまだ業界に入って間もない人に一番やってはいけないと思っている指導が
「自分で考えろ」を自分の好みに合わせることにするダメ出し

だと思っています。というのが、正解のない世界の場合、上司の好み通りに作ること=自分で考えろ では、単なる非効率でしかないからです。

 というか、教育する側が自分の好み通りのものをやってもらいたい場合、、きちんと理を持って、順序だてて、確実に正解にたどり着くルートを作ったうえでの教え方でないといけない。いきなり初心者にコンパスも地図も渡さず「あの山の頂上に俺がいるから、そこまで自力で登ってこい」と・・・そりゃ新人は混乱します。で、山のすそ野でウロウロ迷っているのを上から「なにやってるんだ!」と叱る。しかし、それは指導放棄といっていい。

 よくこの手の「俺も若いころはさんざん殴られ、泣きながらやった、周りでは苦しくてやめるやつも多かった。だが俺はあきらめなかった。だから今の俺はこういう地位にいる。お前らも見習え」と苦労自慢している人がいますが、苦労した人より、しないでも到達できる方法を考える人のほうが同じ高みに到達した場合、脱落者もなく、正しく伝わっている、指導者として優秀である、と思わないのでしょうね。

 最低でも基礎の部分をしっかり教え、一通りの仕事ができるようになってから「自分で考えろ、それは自分とあなたでは考え方が違うから」でありたい。






最終更新日  2020.10.16 08:03:20
コメント(0) | コメントを書く
2020.10.14
カテゴリ:カテゴリ未分類
学術会議 「首相が一つ一つチェックしない」加藤官房長官 杉田副長官が判断に関与

 よかったね!じゃあ首相の判断からたまたまもれていた!ということなので、勝手に人材削減した官僚を見つけて更迭、6人に謝罪して改めて学術委員に招聘すれば全部解決ですよ!

 ・・・ってことになるんですけどね。本来。そうじゃないんでしょ?

 よく言われるのが「偉い人がすべての書類に目を通して細かくチェックをできるわけがない。だから、信頼のおける部下に書類のチェックを任せ、捺印を代行させることで膨大な事務仕事が回る」というのがあります。その通りです。が、そのチェックを他人に任せた以上、責任もすべてその印鑑の主になる。だから今回、首相が「知らなかった」で済ませられるわけがないし、記事のように部下が勝手に人材の取捨選択していたのだとしたら大問題で。何しろ誰が行ったのか・その理由、任命権限のない人間が通した案を総理は「知らずに」ok出したことになるのですから。むしろそっちをもっと追及されるべき。

 今回の学術会議任命漏れ事件を軽く見ている人がいますが、これは結局安倍内閣から続く「責任を取らない人が大きな権力を持つ」ことの恐ろしさです。と同時に、こういった事件が明るみに出たとたん、「俺は知らない」「誰がやったのかわからない」「こんな小さいことをごちゃごちゃやっている暇があったらもっと別の大きなことを~」で毎回流される。森友、加計学園、桜を見る会、公文書偽装、すべて踏襲する、菅内閣を支持などできる訳がありませんよ。






最終更新日  2020.10.14 09:11:51
コメント(0) | コメントを書く
2020.10.12
カテゴリ:カテゴリ未分類
ここ数年でアメリカでもトレンドに上がってきている言葉に「反知性主義」というのがあります。いわゆる学者や知識人、エリートと呼ばれる人を「自分たち庶民の敵」として攻撃する、一部政治家もそういうエリートより圧倒的に票数の多い大衆人気を得るために、彼らを分断し攻撃対象にする。

 これによって「よくわからないけど頭のいいイケ好かない連中」にすることで彼らの提言を無視、あるいは自分たちの敵である、と。

 ですが、このやり方は過去の歴史で文化の大きな喪失になっている。わかりやすいところだと中国の文化大革命。人民平等の名の元に、当時の医者、学者、教師、機械技師、果ては中国に古来からあった伝統技術の後継者まで粛正の対象となり、ひどいときは「眼鏡をかけている」という理由だけで文化人扱いで処刑の対象になった。これによって中国では優秀な人材や知識が失われ、大幅に国力が低下。その後半世紀発展が遅れた、と言われています。

 また、他にも「国民から知識や学問を奪い、愚民化することで支配者に有利な政治を行う」というのはベトナムのポルポトなど枚挙にいとまがありません。

 そして今、日本でも今回の日本学術会議の任命拒否を巡って、​大坂の橋下徹氏がツイッターにこんなことを書いている
 
 これが典型的な反知性主義をあおり、人気を集めようという言葉だし、そもそも「たった一つの分野に何十年も人生をかけて研究に没頭し、評価された人間は、ずっと同じ仕事を続けている職人やプロと何が違うのか?「役にも立たない」というのは単に自分が使わない、というだけで、これが世の中の役に立っているからこそ、こういう人はこれまで学者として生きてきたのだから、それは「自分が一生行かない地方の道路なんて税金の無駄だ」というのと同じぐらいアホな言葉であり。

 漫画や映画などでも知的エリートキャラは嫌味で、苦労を知らない、上から目線のキャラとして描かれ、それを主人公の反知性(バカキャラ)がパワーだけで強引にぶっ倒すのが爽快、などというテンプレがある。が、本当はこういう人たちって、恐ろしく地道で、地を這うような努力を何十年も真面目に、コツコツと情熱をもって研究した成果として今の地位があるだけで、どんなジャンルであっても尊敬しかありません。

 何より「知を否定することは自分の優位を示すことにはならず、単に美しい絵画や優れた美術品をバットでぶっ壊すことが一時的に爽快」というだけであることに気が付くべきだと。そして、失われたその美術品は2度と戻らない。後の人が見ることができない。そういう行為です。






最終更新日  2020.10.12 09:04:41
コメント(0) | コメントを書く
2020.10.10
カテゴリ:カテゴリ未分類
予想・・・というか、すでに出てきている言葉

「野党はこんなつまらないことで国会の時間を無駄に費やす暇があったらコロナ対策が先だろう!」

 ・・・えっと、森友の時も、加計学園も、自衛隊日報隠しも桜を見る会も、かならず政権に不利な状況になると「〇〇を審議する暇があったら××をするのが先決だろうが!」と・・・で、この〇〇問題を風化させ、何の解決もしないままなかったことにされる。

 彼らの言う「野党はこんなことにかまっていないで仕事をしろ!」ってのは何なの?桜を見る会も安倍首相がホテルから「これがやましいことを一切していない証拠です!」と領収書の控えを取り寄せて見せたら終わる話だったはず。すべてこんな調子。

 学術会議任官拒否問題も「(学術委員会会員として)明らかに不適切な人物であるという理由」を明確にすればいいだけ。学者本人から「選から漏れた理由がききたい」といっているのだから、ここにはプライバシーは関係ない。

 つまり「○○を論議する暇があってもやりたくない」ってだけだ。






最終更新日  2020.10.10 09:11:07
コメント(0) | コメントを書く
カテゴリ:カテゴリ未分類
菅首相、推薦リスト「見てない」 会員任命で信条考慮せず―学術会議会長と面会も

 いよいよ世論的にも分が悪いことがわかってきて、攻撃の矛先を総理から逸らす作戦にきたな、と思った・・・

 この問題で重要な伏線になっていたのが​今の国会で共産党の田村議員の追及があります​。ものすごく理詰めの詰め将棋みたいな質疑の積み重ねで、形式的任命であるから学問の自由は保障される、という前提がある、だから今回の6人の任命拒否は憲法15条1項から「明らかに不適当である」という理由を説明しなければいけない。だから、任命権者の総理大臣は「総合的に判断して」「俯瞰的に見て」といった、あいまいな理由では拒否できないことになっているんです。それどころか、今回はずされた6人は「(学術委員会会員として)明らかに不適切な人物」というひどい名誉棄損を受けたことになる。

 これまで何十年も地道にその分野の研究をして評価された人に対して、人間性を否定されたと言っていい最大の恥辱ではないだろうか。

 で、これに対して総理は「候補者名簿を見ていない」ことにする・・・これはひどいと。つまり

「ボク、知らなかったんだも~ん!いつのまにかそうなってたんだも~ん!だから総理のハンコウは押したけど責任がありませ~ん!」

 と・・・これが許されるならどんな犯罪も「知らなかった」で責任がないことにできます。

 ・・・いや、前の安倍政権下ですでにそうなっていましたよね?近々だと桜を見る会で、本来、功績があった各界の人物を内閣府が招待する、という会のはずが、与党議員にのみ一人何人という地元支援者を募る書類が発覚したことに関して「招待者を募集はしたけど募ってはいない」という意味不明な答弁をしたことが記憶に新しいですが。

 安倍内閣から続く彼らのやり方は「人事権を握ることで現政権に反する人間を排除、それによって生まれる委縮、忖度でさらに権力をより強固なものにする」という一貫した成功体験です。

 このやり方をいつ、国民の側に向けられるかはわかりません。それどころか私たち一般有権者の中にも「仕方ないよ、政治なんてそんなもの」と諦めのムードがないか?今のまだ何もやっていない、にもかかわらず政権交代しただけで世論調査7割の支持率という意味不明の状況を生み出していないか。

 民主主義国家において、政治の腐敗の責任は最終的にそれを支持した国民、あるいは選挙に行かない国民になる。






最終更新日  2020.10.10 07:44:46
コメント(0) | コメントを書く
2020.10.09
カテゴリ:カテゴリ未分類
日本学術会議任命拒否問題を「推薦があっても拒否できるのは法律上問題はない」というのは

 駅で切符を買う行列に後から来た人間が先に割り込んでも「法律で行列に並ばなければいけない、なんて書いていない、だから俺が並ばなくても問題ない。お前らは勝手に常識と称して並んでいるだけ」というのと同じです。

 それに50年以上も続いているものを変える以上、政府には相当な理由説明がいる。なにしろ、任命責任が内閣総理大臣にあるのだから。たとえば重大な犯罪を犯した、論文の盗用、ねつ造があった、あるいは病気などで職務に耐えられる状況にない、などであれば理解はできる。しかし、今回選から漏れた6人に共通するのがたった一つ。

「前政権のやり方を学問、歴史、法学の面から否定した」

 という、この一点だけ。で、ある以上、これは完全に「お上に逆らう学者に制裁を与え、他の学者に対してもプレッシャーを与えるみせしめ」にするやり方以外に考えられない。

 気持ち悪いネットの意見に「国が金を出す会議の学者である以上、今の政府に批判的な学者を選ばないのは当然」というのがあった。馬鹿じゃないだろうか?学問の結果というのは、科学、数学、統計学、医学、歴史、法律、あらゆる面において結果が必ずしも今の政治家の都合のいいものではない。むしろ、そういう政治の暴走を研究者の視線から「それはおかしい!」と突っ込むのが仕事であり。逆に言えば政権の都合のいい結果しか認められない学問など、それは単なる太鼓持ちで、それこそ国民の税金で賄われる学術会議の意味がない。「お上」などという言葉があるように、まるで国民は政府のやることに従わなければいけないような気持になっているが、「政府」と「国民」は主従関係が本来逆なのだ。税金は私たちが一時的に国に預けているお金。だから旧政権であった「桜を見る会」とかが大問題になっているんです。

 太平洋戦争前。この国では「もし、日本とアメリカが戦争になったらどういう結果になるか」というのを戦術研究所にシミュレーションしてもらった結果、「100%日本が負ける」という回答になった。で、その時の研究者のリーダーは後に左遷された。

 結果どうなったか?皆さんご存知の通り。

 安倍政権からずっと続いているが、今度はいわゆる学者という知的階級を「税金の無駄使い組織」「頭がいいだけで現実を知らず、何の役にも立たない無駄飯ぐらい」という庶民との分断を煽ろうとしている。恐ろしい話だ。私などは学者や研究者というのはどんな分野であっても本当に宝みたいな方々で、自分が一生わからない世界を解明し、広げてくれるオーパーツみたいな人だと。

 そういった人が自分たちの研究を何の制限もプレッシャーもなく政府に言えるからこその学術会議の意義であり。

 逆に言えば今の菅総理がこの人たちの意見を「煩わしい」と思っているとしたら、相当間違ったことをやっている、そう考えるべきで。






最終更新日  2020.10.09 11:56:32
コメント(1) | コメントを書く

全4708件 (4708件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 >

PR


Copyright (c) 1997-2020 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.