2010.04.18

自分を中立だと思わない心、他人に都合のいい中立性を求めない心

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 自分の中でのポリシーに
「自分の思考を通した時点で、完全な客観性などというものは失われる、だから、自分を中立だと思わない心、他人に都合のいい中立性を求めない心が肝心だ」と言うのがありまして。

 例えば、ゲームに対する意見でも、自分がまず開発者である、という立場にいる以上、どうしても完全なお客さんにはなれない。視点が開発者寄りになってしまう。これは仕事をすることによって本来お客さんには必要のない知識を知ってしまったり、自分も苦労をしているから、他のゲームの多少の粗や発売延期なども許せるようになってしまった、のだけど、本来、それはお客さんの立場になると「関係のない、コッチの勝手な都合」でしかない。その時点で中立性などは完全に失われる訳で。

 昔、歌手:さだまさしさんはある楽曲で「右翼的」と言われ、別の楽曲で「左翼」、関白宣言と言う歌で「女性蔑視論者」その後に書いた曲で「女々しい軟弱者」と、出す歌の歌詞で勝手に立場を断定され、いわれのない批評された、とコンサートで語られたことがあります。

 その際にさださんはこう語りました「人間に左も右も上も下もない。その時の自分の目から見て、相手が右側にいるか、左側にいるか?上にいるか下にいるか、だけの違い。本当に中立という言葉があるとしたら、それは単なる「無関心」か「無関係」という人だけ」

 人間が何か意見を発する以上、中立ということは考えられないのですよね。「数字は中立だ」という言葉がありますが、数字も例えば100万本売れたソフトを「採算分岐を超えて大成功」と見る人も「前作は半分の期間で開発して200万本売ったから失敗」と見る人もいる。同じ数字でも立ち位置によって変わったりもします。

 だから、私のBlogの意見もあくまで「私の意見」です。ヘンな中立性とか、公平さを他人に求めないでください。たくさんの人の意見があるからこそ、多様性が生まれる訳ですから。そして、他人を批評する際に「自分は中立だから正しい意見」と、胸を張って言える様な恥ずかしい勘違いはしたくない。そう思います。

 





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最終更新日  2010.04.18 10:09:42
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