ホテル物語

2016/05/23(月)20:34

乗り換えの多い旅

読む愉しみ(11)

 ここに田辺聖子著「乗り換えの多い旅」というエッセイ集があります。このエッセイ集は、「暮しの手帖」に6年間にわたって掲載されたものを集めたものだそうで、約20年前に刊行されたものです。今回は、そのエッセイ集のなかから、表題作でもある「乗り換えの多い旅」というエッセイを紹介したいと思います。   このエッセイの中で、著者は、「人生の電車は、たいへん乗り換えの多い旅なのかもしれない」と言っています。体力、気力、環境の変化・・・いつまでも同じ列車に乗っていたのでは、だめなのだ。その状況や状態に応じて、今まで乗っていた電車を降りて、乗り換え駅で別の線に乗り換えて生きていかなければならないのだと著者は言います。「乗り換え乗り換えして乗り継ぎしつつ、終点までやっていくのが、人間の一生なのかもしれない」と。 仕事のやり方を変える、働き方を変える、暮らし方を変える、生き方を変える・・・または、仕事を変える、経営を変える、会社を起こす、会社をたたむ・・・いままでの生活にスパッとけじめをつけて、新しい生活を歩み始める、つまりはそういうことことなのでしょうが、「別の線に乗り換える」という表現からは、地位や財産または今までの生活の居心地の好さなどに恋々としない、思い切りの良さを感じます。うしろを振り向かないで、キッと前を向いて進む潔さを感じます。 「なるべく乗り換えずに終点までいきたいと、人は思うけれども、時うつり事かわり、運命の転変、ということから人は避けられない。・・・・・昔の夢にいつまでも浸っていちゃいけない」 「息子が結婚し、新しい伴侶と別の電車で去ったとき、 がっくりとくる母は多いと思うが、この母も、また自身、乗り換えなければならない。 ・・・・・ たとえ実人生では同居というかたちをとっていても、息子たちとは、もう乗り換え駅で別れたとー思った方が生き易いんじゃないか」  生きていると、さまざまな出来事に出会いますよね。自分ではどうすることもできない出来事に出会い、自分の意志ではなく、やむを得ず電車を降りて乗り換えなければならないこともあるのではないかと思います。 今まさに理不尽な状況を必死で乗り越えようとしている方もいらっしゃることと思います。無念で、くやしくて、悲しくて、辛くて、さみしくて・・・今は涙の中にいる人も、きっといつか悲しみが懐かしみに変わるときが来ます。そしていつの日か悲しみから立ちあがり、元気に「乗り換え」ができますように。。。一部抜粋します。  ことにその乗り換えが辛いのは、人と死別したとき、また、愛を失ったときではなかろうか。 愛する者との仲を死で裂かれる、これはたぐいもない運命の理不尽である。その人といつまでも同じ電車に乗っていられる、と思いこんでいたのに、自分だけ、乗り換え駅で乗り換えなければならない。どうしようもない。 一人で乗り換えた支線は心ぼそく淋しく辛く、いつまでも慣れない。ありし日の思い出、昔の夢に涙するばかり、あたりに気をくばる余裕もないであろう。 そのうち、ふと、涙のあい間に、窓の外の景色に目をやるようになる。外は快晴である。個人の悲しみなど知らぬ気に、晴れやかな眺め、それにふと心奪われたとき、まさにそのとき、「乗り換えー 乗り換えの方はお急ぎ願います」 という声。 悲しみからやっと立ちあがったとき、その人は、乗り換えて別の人生を生きるわけである。   

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