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FATの小説

FATの小説

田舎の朝

 
「水面鏡」


田舎の朝




―1―

 水溜りが映した青空が、鳥が、雲が歪む。地を這う無邪気な振動が鏡を割った。
「おはようございますっ!! お姉さま!!」
 淡い桃色の服を着た小柄な女の子が勢い良く走り寄り、お尻を突き出す。両手を腰に当て、大きなあくびをしていた「お姉さま」はこの尻撃であごが外れそうな程強かに家の壁に顔を打ちつけた。
「って!! …こら、デルタ!! 挨拶代わりにヒップアタックするんじゃねぇ! あごが外れるとこだったろうが!!」
 デルタ=ゴッドレムは首を35度斜めに傾け、
「あら、レンダルお姉さまったらご冗談を。お姉さまの強靭なあごがそのくらいで外れるはずがありませんわ」とくすくす笑った。
 レンダル=ヒューストンは呆れた顔でぼさぼさの髪を掻き揚げ、眠たそうな半目を擦ってデルタに背を向けた。
「久しぶりに街に出れるからってあんまり浮かれるなよ。俺は正直アウグスタには興味がないんだ。どうせならブリッジヘッドまで行って異国の武器を…」
「もうっ! お姉さまはどうしていつもそうおっかないものに興味を惹かれるの? たまにはおしゃれをしましょうよ!」
 よれた肌着を捲りながらレンダルの目が鋭く光る。
「おしゃれだぁ? デルタ、お前それがおしゃれだと思ってるのか? 俺から言わせてもらえばピンク一色に揃えた気狂いとしか思えないぞ。おしゃれっていうのはエイミーみたいな奴のことを言うんだよ」
「な、なによ~! レンダルお姉さまにだけは気狂いだなんて言われたくないわよ! この男女ぁ!!」
 むすっとしたデルタを横目に、レンダルは密かに笑いながら着替えを済ます。開けっ放しのカーテンからは爽やかな春の陽が射り、木製のタンスが主役になったかのようにライトアップされる。その中の一段を引き出し、乱雑に畳んだ寝巻きを押し込むとデルタの頭を掴み、
「誰が男女だって? こ の く そ ガ キ が !!」と力を込めた。同時に耳を劈くような高音の悲鳴が家中を轟かす。
「おい! レン! 朝っぱらから騒がしいぞ! デルちゃん連れてとっとと出てけ!」
 上階から父親の迷惑そうな叫びが届いたのでデルタの背中を蹴り、野外へと引き摺り出す。「ふんっ!」っと鼻息を鳴らし、枕元の銭入れを懐に仕舞うと、錆び付いた曲刀と小さな丸い木の盾を背中に括りつけ、瞳を潤ませているデルタに一言かける。
「すねてんなよ。もう嘘泣きなんて通用しない歳だぜ? そんな気持ち悪いことしてないでとっととエイミー起こしに行こうぜ」
 父親譲りの男口調が彼女を本物の男のように印象付ける。セットなどする気のないぼさぼさの髪、起伏の見られない胸、短い脚、勝気な目。どれをとっても女らしさが見られず、周囲の人たちも彼女を男のように扱っている。これに対しデルタは細くほわほわした髪質に加え童顔、ピンクを好むせいか全体にふんわりとふくよかな印象を受ける。
「お姉さま! 今朝は暴言の嵐ですわ! 気狂いだの、くそガキだの、気持ち悪いだのって!! 私がどれだけ傷ついたか分かっていらっしゃるの!? 胸が痛んでもう歩けませんわ」
 座り込んだままレンダルの気を惹こうと派手な手振り身振りで熱演する。セリフを言い終えた後で反応を心待ちにするが時間が止まってしまったかのように静寂がデルタを包む。
 おや、と頭を上げてみると遠くの方にちんまりとレンダルの姿が見える。
「もうぅぅぅ! お姉さまぁ~! 私をもっとかまってぇ~!!」




―2―

「なんだ、エイミー、起きてたのか」
 レンダルは庭先の畑に水を差しているエイミーを物珍しい顔で見た。
「やだ、そんな顔しないでよ。私だってたまには一人で起きれるわよ」
 エイミー=ベルツリーは少しはにかんだように笑い、水の半分入ったブリキのじょうろをレンダルに向けた。
「うわっ! ばか! 濡れるだろっ!! っとわ!」
 突然の攻撃に慌て、足をもつれさせてしまったレンダルは今しがた水やりを終えた畑に尻餅をついてしまった。吸収途中だった水は飛び込んできたレンダルのズボンに新たな逃げ場を見つけ、一瞬で沁みこんだ。
「あひゃあ!! つめてーー!! パンツまでぐちょぐちょだよ…。やってくれたな! このぉ!!」
 急いで立ち上がるとエイミーの手にしていたじょうろを分捕りその突先をエイミーに向ける。
「レン、落ち着いて。あなたが勝手に転んだだけでしょう? 私、まだ水を飛ばしてなかったわよ?」
「知るかー!」
 いたずらっ子のような快活な笑みと共にじょうろを振りかざす。と、そこに、
「おはようございますっ! お姉さまっ!!」
 再び勢い良くデルタが飛び込んできた。彼女は得意のヒップアタックを繰り出そうとしたがその前に盛り上がった土に足を取られ、エイミーのちょうどへその辺りに頭突きを見舞う形になった。
「きゃああぁ」
 突然の衝撃に耐え切れず、二人は折り重なってじょうろをかざしているレンダルの方によろめいた。
「あ゛…」
 避けようにも距離が近すぎた。二人に押し潰される形でレンダルはまたも吸水の手伝いをすることとなった。更には無意識に空へ放り投げたじょうろが絡まっている三人に冷ややかな朝の洗礼をもたらす。
「あはははははは!」
「きゃははははは!」
 レンダルとデルタの明るい笑い声が山々にこだまする。そんな二人をエイミーは満足そうな笑みでみつめる。彼女はあまり声に出して大笑いをするということがない。もしかしたら出来ないのかもしれない。しかし、彼女の微笑みは見る人の心を温める不思議な魅力を持っている。この笑みを独占できることにレンダルとデルタは幸せを感じていた。
「さぁ、エイミー、アウグスタへ行こうか」
 笑いを満喫したレンダルが出発を催促する。
「え? 着替えないの? レン」
 キョトンと目を丸くしてレンダルの顔を見張る。
「ん…もう慣れたしな。気持ち悪くないからいけるだろ?」
「…あなたらしいわね。私は着替えるからもうちょっと待ってて。デルタも着替えるでしょう?」
「はい!着替えてきまっす」
「じゃあね、レン。風邪引いても知らないわよ」
 わざと冷たくレンダルをあしらい、エイミーは家の中に消えていった。デルタも飛ぶように家に帰り、レンダルは独り庭に立ち呆けた。独りになると急に濡れた箇所がむずむずと疼き出した。それと共に朝の冷たい空気が身震いを起こさせる。
 エイミーが着替えを終え庭に出るとそこにはレンダルの姿はなかった。思い通りになったことで今日はいい一日になるような気がした。鼻歌混じりにエイミーは紅茶を沸かし始め、ちょうど良い色が出る頃に例の二人が戻ってきた。
「ささ、お出掛けの前に体を温めておきましょう」
 二人をテーブルに誘導し、熱い紅茶とクッキーを添えた。
「そういやラスの野郎は元気にしてるのか?」
 レンダルが一口にクッキーを頬張りながら思いついたように言う。
「さぁ?まだ出て行ってから一ヶ月も経っていないから…。でもあの子なら何も心配はないわよ。向かうところ敵無しっていうのはきっとあの子のことを言うのよね」
「でたでた、この親ばかが」
「エイミーお姉さまはラスちゃんラブですものね。でもあの子の性格的に危険なことに首を突っ込んでそうで恐いですわ」
「大丈夫よ。私の子ですもの。教育はしっかりとしたつもりよ?」
「でもなぁ…あいつまだ七歳だろ? 色々感化されてそうだなぁ…」
「それにけっこう怒りっぽいですしねぇ。まだ早かったのではないですか? ラスちゃんを冒険に出すのは」
「でも…どうしてもって言ってたから…親としてはね…心配だけど行かせてあげたいって思って…」
 徐々に無口になっていくエイミーに付き合いの長い二人は口を紡いだ。窓の外を放牧されている牛がのっそりと通り過ぎ、レンダルが奮起する。
「ごちそうさまっと。んじゃ、今度こそ出発と行こうぜ!!」
 大きな声をあげ、せかせかと椅子から立ち上がる。連れてデルタも立ち上がり、置きっぱなしにされているレンダルのカップと小皿を自分のものに重ねてキッチンへ運ぶ。ちらりとエイミーに目配せをし、二人は戸を開いた。
「ラス…元気にしてるわよね…。手紙くらいくれてもいいのに…」
 ぬるくなった紅茶を飲み干し、齧りかけのクッキーを小皿に乗せたまま、キッチンへと運ぶ。水を溜めておいたタライを覗き込むとそこには白い顔があった。黒い瞳が何か物憂げに映え、深い闇のようでもある。そんな視線に気付かずに、クッキーを乗せたままカップと小皿を水に漬け込むと少し急ぎ足で二人の下に向かった。




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